38 ウェブズリー領の街
次の日、見送られると恥ずかしいので、朝の早い時間に出発することにした。
教会の神父様と治療師、町長に見送られそっと街を出る。
次は少し大きな街らしい。
街の入り口で身分証を求められる。
最近は大きな馬車が少ないようで、何を積んでいるのかと訝しむ。
セルジュが身分証を出すと驚いたように「御使い様」と言った。
うん?「セルジュのこと?」と小さな声でシルビアに聞くと
「セルジュ様は治癒魔術で王都をお救いになったので『神の御使い』と呼ばれることがあるのです。」と教えてくれた。
セルジュも恥ずかしい思いをしているようだ。仲間だね!
丁寧な対応になり、領主様のお屋敷に案内される。
急な訪問なので、改めて訪問すると言ったのだけど聞き入れて貰えなかった。
先触れの早馬が走り、その後をゆっくりと騎士の先導で進んで行く。
大通りを通ったのに、人はまばらで活気がない。
いつもは屋台が並んでいるだろう広場にも、ただ何もない空間が広がっていた。
「お店も閉まっているところがあるし、活気がないですね。」私が言うと
「商人が減って物が流れてこないのかも知れない。」
クロード様が答えてくれた。
大きな街だから、食料も他所から運んでこないととても足りないもんね。
冬が終わって商人が行き交う時期なのに、その商人が居なくなったことは、こういう所にも影響を及ぼしているようだ。
領主様のお屋敷に着き客間に案内される。
セルジュ任せたよ!と心のなかで応援する。
「初めましてセルジュ様。お会いできて光栄です。
領主のウォルト・ウェブズリーが臥せっておりますので息子のジョージ・ウェブズリーが代わりにご挨拶させていただきます。」
扉が開いて補佐官と一緒に入ってきたのはまだ若い(私たちより明らかに年下の)男の子だった。
領主様は先日の流行病で代替わりし、代わったばかりの領主も肺炎で臥せっているとのことだった。息子のジョージ様も一時は流行病で臥せっていたが、若かったこともあり現在は病床の父親に代わり領主の仕事をしているそうだ。
流行病はこの街ではかなりの拡がりを見せ、治療院は機能せず薬も手に入らない。商人も寄り付かなくなり、食料も薬も不足している。このままでは町中で餓死者が出ることになるので、元気な兵士に流行病の被害の少なかった農村まで食料と薬を買いに行って貰っている状態だという。
そんな状態なのに、とても痛々しい疲れた表情をして話をしているのに、ジョージ様はセルジュが病を治せることを知っているはずなのに、治療をして欲しいとは一言も言い出さなかった。
一人治してしまうと治療を求めて人が殺到するのを理解しているからだろうか?
彼は諦めたような顔をして「このような状態でお役にたてるかはわかりません。どのようなご用でお越しいただいたのですか?」とセルジュに聞いた。
セルジュは「流行病の治療法を拡げに参りました。」と切り出した。
だけどジョージ様は緩く首を横に振って
「この街にはお支払できる金銭がございません。偽の聖女が来たために多額の治療費を請求され、食料を買いに行くものに残りのお金も持たせてしまいました。」と諦めたように言った。
何それ!偽の聖女って誰!そんな事で諦めちゃダメだよ!
私が思わず腰を浮かしそうになったのをクロード様が気付いて肩を押さえてくれる。
「偽物の聖女のことは後でお訊き致しましょう。ですが本物の噂を聞いてはいなかったのですか?サザーランド伯爵領に数人を連れて訪れ、死者を出さずに治療し金銭も地位も要求しなかった。その治療法も予防法も無償で各国に提供したはずです。サザーランド伯爵から各地に手紙が送られましたがこちらには届いていないのですか?」
「届いております。ですが、届いたときには祖父は亡くなった後で、既に治療院も機能していなかったのです。私たちには旅の治療師に頼るしかなかったのです。」
偽物の聖女を捕まえるのも私の目的に加わった。
「諦めないでください!」言ってしまった。
でも、小さな男の子がこんな悲しい表情をしているのは見たくない。
「セルジュ様、クロード様。話は後に致しませんか?ジョージ様、私たちはクリスティーナ皇太子妃の依頼で治療法を広めに来ております。私たちが求めているのは金銭ではなく人手と人命です。領主様とお話させていただきたいので治療させていただいても宜しいですか?」
この先のこともあるから、時間は貴重だ。
こんなやり取りは治療しながらでも出来るよ。
ジョージ様はどうして良いかわからない顔になった。本当に金銭を要求されないのか不安なのかもしれない。
「ジョージ様、治療をお願い致しましょう。王都でたくさんの方を治療された御使い様と聖女様の婚約者様です。偽物の時とは違いますよ。」
補佐官がそう言うとジョージ様は顔を伏せて「お願い致します。」と言った。
ポタリと顔から雫が落ちるのを隠すように部屋を出ていってしまった。
「偽物が治療した妹様がそのあとすぐにお亡くなりになられたのです。ご不快思われましたら申し訳ありません。」補佐官が静かにそう言って、領主様の寝室に案内してくれた。
私たちは想像以上にひどい状況にやり場のない怒りを覚えたのだった。