26 報告
2話続けて投稿しました。
王都へ帰る日、サザーランド伯爵様は養子縁組の書類を持たせてくれた。
後は私の両親に署名してもらうだけである。
「困ったことがあったら、いつでも頼ってくれてかまわない。恩は必ず返す。」
サザーランド伯爵様は義理堅い人のようだ。
私も「各国への連絡にお役立てください。」と予防法、治療法、呼吸器の仕組みを図解したものを渡す。
後は伯爵様の方で分かりやすくして量産してくれるだろう。
国境の町の人とは昨日挨拶を済ませたので、今日は伯爵家の人たちだけの見送りとなった。
それでも、ほとんど全員が見送りに来てくれたようで、伯爵様、御嫡男夫婦とその御子息の姿も見えた。
王都に帰った後は大忙しだった。
王様に面会する間もなく、クロード様に報告を任せ一緒にガロワ領に戻り両親にクロード様との婚約と伯爵家との養子縁組の話をする。クロード様が経緯と今後についてきちんと説明してくれた。
両親は驚いたが反対はせず、ありがたい話ですと恐縮していた。
領主様のお邸にも一緒に行き報告をする。
私は領主様に説明と婚約の許可をとってくれるクロード様の隣で、人形のように固まることしか出来なかった。
実家でゆっくりする間もなく、急ぎ王都に帰り、養子縁組と婚約の書類に許可を求める。
思いの外早く両方とも許可が出た。
ここまで私は一度も城に行かなかった。
だから知らなかったのだ。伯爵様が言っていたことが現実になるとこれ程までに恐ろしいことになるということを。
クロード様が報告よりも先に養子縁組と婚約を済ませてしまった理由も。
「ようやく許可が降りたよ。」
ガロワ領から帰ってきてずっと張りつめた空気を纏っていたクロード様がようやく緊張を解いて、許可証をヒラヒラ振りながらにこやかに帰って来た。
クロード様の厳戒態勢に何が起こるんだろうとビクビクしていた私もやっと一安心だ。
「良かったですね。これでようやく仕事に行けますね。」少し他人事のように言ってしまった。実際、ガロワ領から帰ってきて数日、私は部屋に帰ることも許されず、事態をきちんと理解出来ないままクロード様のお邸に滞在させられていたので、どこか他人事だったのだ。
伯爵様が言った事がわからなかったわけではないが私にはクロード様がそこまで厳戒体制で報告すらきちんとせずに急いで許可を取った理由がわからなかった。
「うん。それで早速仕事なんだけど、明日朝から報告に呼ばれたから、そのつもりでいてね。」
「わかりました。」
次の日にどんな目に遭うか知らない私は気楽に答えたのである。
次の日になり会議室へと向かう。
すれ違う人たちの視線が気持ち悪い。特に中・下級貴族が親しげに声をかけてくるのが不自然だ。
クロード様が挨拶し私を庇ってくれる。
会議室に入っても視線が集まり息が詰まる。
レックスとスティーブ、一緒に行ってくれた騎士様と政務官の人たちの側に座り少し安堵する。
クロード様が「大丈夫。心配要らない。」と手を握ってくれてようやく力が抜けた。
王様が来るまでの時間がとても長く感じた。
王様が来て報告が始まる。もともと毎日通信で報告していたのだ。ほとんどが確認で終わる。私たちがガロワ領に行っている間にサザーランド伯爵領の流行病も終息していた。
そうなると今度はいつまで国境を閉鎖したままにするかが問題となった。
「我が国もいつまでも人も物流も留めておくわけにもいきません。治療も出来るのです。もう開放しても良いのでは?」
「また流行病が入ってくれば今度は一つの町では済まないかもしれないぞ。」
「では、各国で終息するまで閉ざしたままにするのか?そういうわけにも行くまい?」
あぁ、面倒くさいな。この前みたいに話が分かる人たちで話し合いたかったな。
宰相様がこちらを見ている。
この状況で私が発言するんですか?無理です。難易度高いですよ…。
そーっと視線を逸らしてみる。
クロード様がそれに気付いて「代わりに言ってあげるから、方法があるなら教えて欲しい。」と小声で言ったので、私も小声で「国境を超えてきた人は必ず砦の個室で3日過ごして貰うようにして貰えば解決します。その間に発熱がなければ通して大丈夫です。」と返した。
クロード様が挙手をする。
「今回の流行病は感染して3日以内に発熱します。国境を開放し国境を超えてきた人は3日砦で留め置き、感染していないことを確認できた者から入国させれば良いと考えます。どうでしょうか。」
その案は採用され、サザーランド伯爵様には負担をかけてしまうけど、その分国から支援が行われることも決まった。
ようやく会議は終了した。
しかし、私の恐怖はここからだった。
会議が終了したとたん、見知らぬ貴族に取り囲まれる。
「シェリル嬢、今回の件、一番貢献したのは貴女だ。それにふさわしい褒美が必要だとは思わんかね。」
「うちには釣り合いのとれる息子がおるがどうだろうか?」
「魔術師団で使われるのは辛かろう。今回も無理矢理派遣されたのではないか?」
「他国からも狙われるであろう?我が家が保護して差し上げますぞ。」
みんな私を囲んで口々に言いたいことをいう。この会議に参加できるくらいだ。地位か役職が高い方ばかりなので迂闊なことも言えない。
伯爵様が言っていたことの意味を今さらのように知る。
嫌だよ気持ち悪い。私はクロード様と婚約したんだからもう放っておいてよ。伯爵様だってお義祖父様なんだよ!
気分が悪くなってきた。クロード様とスティーブが私とレックスを庇うように立ってくれた。さほど時間は立っていなかったのだろう。
王様の退室に付いていった宰相様がお戻りになった。
会議室は静かになった。
宰相様は静かに言った。
「先ほどの会議では申し上げませんでしたが、今回の功績にサザーランド伯爵が感謝を示しシェリル様を後継様の養子になさいました。それにともないクロード・ガロワ様との婚約も認められております。クロード様も今回の功績を認められ昇爵のご予定となっております。既に王の決定がありますが、これに意義のある方は後程私のところまでお越し下さい。」
これを聞いて会議室からは一人二人と続いて退出していった。
クロード様が肩を抱き寄せてくれる。
その暖かさが安心できて涙が出てしまった。
どれくらいそうしていただろうか。
それほど時間は経っていないはずだが、残っているのは団長とレックスとスティーブと私とクロード様だけになっていた。
スティーブが「大丈夫か?しばらくクロード様から離れるなよ。まだしばらくこんな状態が続くからな。気を付けろよ。」と言って帰っていった。
まだ続くの?やだよ。怖い。
団長も「しばらくクロードの邸で匿って貰うか?仕事は休んでもいいぞ。どうせすぐに特別研究院に移動になるしな。」と言う。なにそれ、特別研究院って新しい部署の名前?変なの。
そう思って笑おうとしたらすごく変な顔になってしまった。
「無理するな。レックスもうちで保護したから心配要らない。レックス自身も騎士爵位を貰えることになっている。」団長も変な顔で笑った。
クロード様は何も言わずにただ頭を撫でてくれている。
「国を救った英雄に集ることしか出来ない迷惑な奴らのことは放っておけ。とりあえずほとぼりが覚めるまではクロードから離れるな。一緒に来れないときは仕事に来るなよ。分かったか?クロードはシェリルを邸まで送ってこい。」団長もこう言い残すとレックスを連れて会議室を後にした。
私たちも会議室を出る。馬車に乗るまで、また見知らぬ人達に声をかけられて、クロード様に守られながらようやく邸に帰ったのである。




