22 サザーランドの日々
最初の一週間程は忙しかった。
他の町や村からは患者は出なかったのは幸いだったが、国境の町の貧しい家庭で薬を飲まずに家で寝ていた患者が相当数いたのである。そしてその患者の方が重症化していたのである。
特にお年寄りと子供は働き手ではないため、寝ていればそのうちなおるだろう、と楽観視されていた。
症状が軽かった若い人も少し良くなれば無理をしてでも買い物や仕事に行く。そこで感染を広げていた。
国で治療してくれることが広まると隠れていた患者が一気に砦に集まったのである。
きっと私1人では混乱が起きていたと思う。
本当にクロード様がついてきてくれて良かった。
「シェリル大丈夫。全部一人でしなくていいんだよ。君がしなければいけないのは、重症者の治療とみんなへの指示だ。患者の搬送の指示は僕がする。薬の不足がでないように政務官には指示を出してある。まずは、死者を出さないことが重要だよ。」
一気に患者が増えたとき私は不安だった。病気について知っているのは私しか居ない。私の『記憶』だけを頼りに私が指揮をとる。もし失敗して感染が拡がったらどうしたらいいんだろう?
そんな不安をクロード様は理解してくれた。
「大丈夫。出来る範囲でいいんだ。流行病は君のせいじゃないんだから。」
「迷ったら僕やレックスに聞いたらいいよ。両方説明してくれたらどちらが良いのか一緒に考えよう。」
「今日もお疲れ様。大丈夫。君は十分やっているよ。みんな回復に向かってる。明日も一緒に頑張ろう。だから、今日もしっかり休むんだよ。」
いつも出来るだけ側に居てくれて、不安を消してくれる。
それがどれだけ私を助けてくれただろう。
クロード様が情報を集めて整理してくれたからスムーズに患者を連れて来ることが出来た。私が治療に専念出来るように、伯爵様への報告も、王都への報告もクロード様と政務官がしてくれた。レックスとスティーブが一緒にきてくれて治療を手伝ってくれたから、必要なときに町の兵士や住人への指示も出せたし、町の治療師にも呼吸器への治癒魔術のイメージを教える時間も取れた。
伯爵様も自分が感染するかもしれない危険を省みず、報告を聞くだけでなく自分で状況を把握しようと何度か砦に足を運んで下さった。人員の不足がないかも気に掛けて下さった。
伯爵様の騎士や町も兵士、伯爵家の使用人も町の人との連絡や病人の搬送、シーツの洗濯や食事の用意、大量の白湯の準備等々…文句も言わず一生懸命手伝ってくれた。
みんなが私を助けてくれた。いくら感謝してもぜんぜん足りない。
私がちゃんと使命を果たせたのは協力してくれたみんなのおかげだ。
そのおかげで最初の混乱を乗り切った後は流行病はスムーズに終息に向かった。
今回協力してくれた伯爵家の騎士、使用人や国境の門番、町の兵士の中にも数人感染者が出たが、皆3日程で回復し経過観察の日数を含めても1週間ほどで仕事に戻っていった。
サザーランド伯爵領に来て10日程過ぎ、ようやく新しい感染者がいなくなった。
死者も出ること無く終わり、対策方法も肺炎の治癒も伯爵領の治療師でも出きるようになった。
素晴らしい結果である。
私たちの役目も終わったと言えよう。
そんなある日、伯爵様の騎士さまが私に話しかけてきた。
「シェリルさんは若いのに凄い魔術師だったんだね。町のみんなを救ってもらって本当に感謝してるんだ。
ところで、シェリルさんとクロード様ってどんな関係?もしかして恋人同士?まさかクロード様がこちらに来るなんて誰も思ってなかったから、俺たちずっと気になってたんだ。」
「クロード様ですか?私とレックスがガロワ領の出身でクロード様は後見人です。クロード様ってサザーランド伯爵様と何かあったんですか?」
「あれ?知らない?クロード様はエルヴィーヌ様の婚約者だったんだよ。エルヴィーヌ様が一方的に婚約破棄したからクロード様を買っていた伯爵様はかなり落胆されていたんだ。クロード様も嫌なことを思い出すだろうからあんまり来たくないだろうと思っていたけど、あんまり気にされていない様子だったから俺たちも安心したけど伯爵様ももっと安心しただろうね。」
「エルヴィーヌ様は伯爵様のお孫さんですか?今もこちらにいらっしゃるんですか?」
「とうの昔にお嫁に行かれたよ。それこそ婚約破棄してすぐだったはず。」
「それより、シェリルさんもレックス君も養子縁組していないんだね。そう言う話来ないの?」
「たぶん来てるんだと思うんですけど、クロード様がお断りしてくださってると思います。私たち自分の家族が大事だし、貴族社会でやっていける自信がないので。」
「そうなんだ。君たち大事にされてるんだね。」
「ありがたいです。魔術師団の団長にもいつも過保護だって言われてるんですけど、言われながらも守ってくださるので感謝してるんです。」
「そうか。大事にしてるのは君だけじゃなかったんだね。」
ありがとう、邪魔したね。と彼は去っていった。
王都との連絡の際、新たな感染者が居なくなったことを報告すると、そろそろ帰還せよとという指示が出た。伯爵様もここまでくれば後は自分達でも大丈夫だと言ってくれた。




