17 続・おまじない
今日は私は治療院の担当だ。
自分達で直せないくらいの少し大きな怪我をした人や、家族が体調を崩して薬を貰いにくる人がやってくる。
怪我も小さいものは自分達で治してしまうし、薬もそれなりに高価なので患者がいない時間も多い。
そんな時間に、薬を作るのも魔術師の仕事である。
最近は熱冷ましの減りが早いので多めに作っておく。
足りない薬草の発注も早めにかけておく。やらなきゃいけないことを早めに終わらせて、神父様の許可も頂き学校の子供達に“おまじない”を教えに行く。
「はーい。お早うございます。魔術師のシェリルです。今日は治療師として皆さんに特別に秘密のおまじないを教えに来ました。」まずは子供たちに挨拶をする。気分は小学校の先生だね。
「何のおまじない?」
「おまじないって言ったら恋のおまじないだろ?」
「えー。おまじないより魔術がいい!」
「お前子供だなー。本当に効くわけないじゃん。」
口々に話し出す。まぁ、そうだよね。
「今日皆さんに教えるのは、風邪をひかない“おまじない”です。」
「本当に効くの?」
「本当に効くかは、みんなで試して見ようよ。最近、寒くなったから風邪をひく人が増えたよね?近所の人とか学校の子とかおうちの人とか風邪ひいてない?」
「俺んち、弟が昨日から熱だしてる。」
「うちもじいちゃんが、「風邪かのぉ。」って言って咳してたよ。」
「風邪って近くの人がひくと、何故か自分もひくことが多いよね?そこで秘密の“おまじない”!」
「どうするの~?」
「手に洗浄の魔術を掛けてお白湯でうがいをするだけです。」
「うがいって?」
「お白湯を口に含んでがらがらぺっとすることです。」
「それだけ?」
「それだけです。おうちに帰った時とご飯の前にすると一番良いよ。あと、おうちに風邪をひいた人がいるときは、一緒にご飯を食べたり、一緒に寝ると風邪をひきやすいので気をつけてね。」
「へぇ。面白い~。」
「帰ったら、母ちゃんに教えてやる。」
「じいちゃんにも教えてやるよ。」
「お前のじいちゃんはもう風邪ひいてるんだろ?」
「今度はひかないようになるじゃんか。」
子供は素直だ。今日から早速やろうということになってワイワイガヤガヤと大きな鍋を借りてきて、白湯を作り始めた。
うまく行ったね。
子供たちがどんどん広げてくれるといいな。
治療院でも、“おまじない”を広げる。
今日来た風邪の患者さんの家族にも、うつるから出来たら別の部屋で休むようにして、“おまじない”をすればうつりにくい事を教えておいた。
「確かに一人風邪を引くと子供はみんな風邪ひいちまうんだよね。すぐに治るもんでも、ひかないにこしたことはないね。」子供の風邪薬を貰いに来たお母さんは素直に「試してみるよ」と帰っていった。
その後も治療院の担当の時に少しずつ“おまじない”の話をする。
どれだけの人が試してくれるかわからないけど、世間話のついでのように少しずつ広がればいいな。そう思い治療のついでに“おまじない”を広げていった。
私が“おまじない”を広げていると、レックスが手伝ってくれるようになった。すると先輩も「数年前から団長たちが冬になるとしていたが、不思議な行動の理由はこれだったのか。」と面白がり、一緒に“おまじない”の普及活動をしてくれるようになった。
そうこうしているうちに気がつけば、騎士団の方でもちらほら“おまじない”の噂が広がり、王女様の侍女から広まって、王宮の役人、使用人に至るまで、かなりのスピードで広がった。
そうなれば、否定する噂など立とう筈がない。いや、実は否定的な意見もあったようだが、王様や王女様、宰相様に騎士団長に魔法師団長、そうそうたるメンバーがしていることを笑うものなどいるはずもなく否定的な意見はすぐに消えたのである。
そのうちに、『記憶持ち』の誰かが売り出したのだろう。
ゴムがないので頭の後ろで結ぶタイプだが、王宮内で“マスク”を見かけるようになった。
私は負けたと思った。私もマスクは考えていたのである。でも、ゴムがないので耳でかけるのがうまく行かず三角巾で口を覆うのは悪人みたいで見映えが良くない。風邪が大流行するまでは流行らせるのは無理だと思っていたのだ。このタイミングでマスクを作り貴族に売った人物に称賛をおくりたい。
私も早速注文した。もちろん団長と副団長とレックスと手伝ってくれた先輩の分洗い替えがいるのでとりあえず急ぎで2枚ずつである。
さらに追加で、実家の祖父、父、母、弟、使用人ジルの分も注文した。
実家に使い方と効果を説明して送れば、後は商売がてら町にも拡げてくれるだろう。
確かな手応えを感じて冬の寒さも気にならないほど、暖かい気持ちになったのである。