13 呼び出し
次の日、休日だったが部屋から出る気にもならず、私は覚えている医療の知識を書き出す作業をしていた。
『レポート』はあんなに大変で嫌な記憶なのに、目的があれば結構楽しいんだな。と思いながら筆が進むままにまとめていく。
お昼を食べることも忘れて作業していたが、部屋の入り口をノックされる音がして作業を止めた。
いきなり開けることはせず、「はい」と返事だけすると「ラザールだ。団長の使いで来た。身支度を整えてなるべく早く会議室に来て欲しいそうだ。」と先輩の声がする。
ドア越しになってしまったが
「魔法師団の会議室ですか?」と聞くと、
「違う。全体用の会議室だ。」という。嫌な予感しかない。
「支度に時間がかかるか?」
「いえ、もう着替え終わるので少しお待ち頂けますか?できたら一緒に行って欲しいです。」
私は「お待たせしました。」と言ってドアを開ける。
先輩は制服に着替えた私を見ると、うなずき「いくぞ」と歩きだした。
今日はレックスは治療院の担当だったのだが、「クリスティーナ様の為に腕のいい魔術師を」と側近が乗り込んできたらしい。そしてレックスを指名しようとした。
男性であることを理由にお断りしたのだが、「症状を聞いて投薬だけでも、少しお妃様とお話していただくだけでも良くなると思うのです。」としつこかったようだ。
副団長が呼ばれ「王と相談するので、部屋で待機するように」と命令してくれて一時解放されたが、これはある程度譲歩しないといつまでたっても帰らないのでは、ということになり、どうせ会わせるなら、人見知りのレックス一人よりはシェリルもいた方が上手く誤魔化せるとのことで呼ばれたようだ。
会議室につくと、お忙しいはずの国王様、宰相様、騎士団長、魔術師団長、副団長、レックス、私と凄く豪華なメンツが揃っている。私とレックスはひどく場違いだ。
レックスはさっきまでもっと心細かっただろう。と可哀想になった。
もう一度状況の説明をされ、形式上はクリスティーナ妃の問診と投薬。
内容としては極秘の会談も行うと言ったことだ。
出来れば自分達も含め『記憶』持ちの情報を渡さないようにと言われた。
質問はあるかと聞かれ、挙手をして発言を求める。
「あちらの側近の方はどんな方なのでしょうか?『記憶』持ちと伺っていますが、上級学校でお会いしたことが無いので、その方たちの情報を教えていただきたいと存じます。」
宰相様が答える。
「彼らは上級学校には入学していない。妹のシャルロット様という例をご存じだった為か、クリスティーナ様が当時の側近に命じて探しだした者たちだ。彼らは王都出身でまるで本物のような絵を書く者と、レックスのようにおもちゃを作って売っていた者とで子供ながらに注目を浴びていた。確か彼らが上級学校に通うような年頃だった時期だ。」
詳しくは知らないがと
「学校には通っていたが上級学校への推薦はなされていなかったはずだ。身分は低かったようだ。
クリスティーナ様がマナーと剣術と外国語の教師をつけていたようで4年前に輿入れの際に連れていった。」
次に騎士団長が説明を引き継いだ。
「二人は2年ほど騎士団に訓練のため顔を出していた。
頭は良かったが、基礎から教えたので当時は伸びは見られなかった。あちらに行って少しは鍛えられたかもしれないが体型的に剣士としては使えないと思う。」
なんかあんまり情報がないな。
絵が得意、おもちゃを作る、他に何が出来たんだろう?どっちも職業じゃなかったよね。本職は何だったのかな?
上級学校に行かず貴族社会で側近をするって大変じゃないかな?マナーは教わってるから大丈夫なのかな?
二人は今の状況に満足しているのかな?
もう一度発言を求める。
「もしクリスティーナ様から無礼講でお話させていただける機会を得られましたら、私が『記憶』持ちであることを公表しても良いでしょうか?『記憶』持ちにはわかる話題で内容を誤魔化せばあちらでも新たな開発のヒントにもなりますし、私たちもまだ開発できていないもののヒントを得られるかもしれません。現存の情報を秘匿したままお互いに利が得られるのなら納得してお帰りになってくださると思うのです。」
副団長が発言を求めた。
「それでは、君たちが勧誘されるリスクが高まるだけではないだろうか?」
どう思う、と宰相様が私に聞くので
「勧誘はされますが、きっぱりお断り致しますので問題ないと思われます。クリスティーナ様には私たちに今以上の利益を提供できないからです。」
どうしてそう思う?と騎士団長が聞く。
「失礼を承知で発言致しますがお許しください。」
宰相様と騎士団長がうなずくのを確認して続ける。「少なくても私は平民ですのでいくら上級学校に通ったとはいえ、こういう場に慣れておりませんし、皇太子妃様や貴族の方たちと毎日を過ごす生活が想像できません。想像してもそれこそ体調不良になってしまうほど精神的に疲れてしまうと思われます。」少し嫌みが入ってしまった。反省。
「今の魔法師団の仕事は楽しくてやりがいがありますし、上司も先輩も仲間も皆良くしてくれます。家族も少しはなれていますが、長期休暇に会いに行けますし、金銭的にも全く不足がありません。クリスティーナ様に私たちに出せるものがあるとは思えないのです。多分レックスも同じだと思われます。」
宰相様がレックスにどう思う、と尋ねる。
「私もシェリルと同じ考えでございます。生活に不満がないのが一番の幸せだと『記憶』から学んでおりますので。」と答えた。
これで方向性は決まった。
いよいよクリスティーナ様との直接対決だ!
団長が小さな声で「くれぐれもさっきみたいな嫌みは混ぜないように」と注意してきた。
良くわかっていらっしゃる…気を付けます。