68.最強種族にだって苦手なものくらいはある
ドラゴン軍団が飛翔する上空までもうもうたる黒煙が上がり、空がドラゴンの血に赤く染まっている。
「なんだこりゃぁあああ!」
ドラゴン軍団を率いるグレイドが叫んだ。
ドカン! ドカン! と煙を上げながら激しい衝撃音と光で撃ち込まれるのは大砲の弾だった。
タダシ王国に、こんなたくさんの兵器があるなんて聞いていない。
「グレイド、大変だよ! ワイバーンのみんなが鉄砲でドンドン撃ち落とされてる!」
「鉄砲って帝国が使ってるやつか。あんなの、俺様たちドラゴンの硬い鱗には通用しないはずじゃ」
「弾が魔鋼鉄なんだよぉ! いくらなんでも魔鋼鉄の弾丸を撃ち込まれたら羽根に穴が空いて落とされちゃうよ!」
グレイドは頭をかかえた。
瞬殺だと思っていたタダシ王国は、百門もの大砲と千丁もの鉄砲を携えてドラゴン軍団が強襲してくるのを待ち構えていたのだ。
山脈の地形効果も利用した四方八方からの集中砲火に、空中を旋回するドラゴンたちはなすすべもなく撃ち落とされていく。
このままじゃ魔王になる前に戦力がなくなってしまうと、グレイドは輝く金髪を掻きむしる。
「ああーもう、俺様は頭を使うのが得意じゃないんだ! デシベルどうしたらいい?」
「あそこ! きっとあそこが敵の本陣だよ」
戦場を良く観察していたデシベルは、独自の嗅覚で敵の本陣を見つけ出す。
「おおそうか。俺たちが敵の大将を倒せば終わりだもんな! いくぞデシベル!」
「う、うん」
デシベルの嗅覚は正しかった、そこには確かに王様である大野タダシがいた。
しかし、その護衛には当然タダシ王国の最強戦力が待ち構えている。
「出たな竜公!」
「公国の勇者、なんでお前がここにいるんだ!」
聖剣を振り回して迫ってくるマチルダにグレイドも肝を冷やす。
マチルダの使う天星剣の神力だけはやばいというのは、魔王軍の幹部クラスなら誰でも知ってる。
まともに喰らえばドラゴン軍団ですら多大なダメージを受けてしまう。
しかし、それ以前の問題だ。
「お前が敵のボスか!」
マチルダと息を合わせて、獣人の勇者エリンも飛び込んでくる。
二人の加護を合わせれば、グレイドにも匹敵する力を持っている。
「ええい、うるさい連中め! 輝ける竜の剣閃竜光剣!」
グレイドは両手に光の剣を出して、二人の勇者を相手どる。
そこまでは互角であったが、グレイドにはデシベルの助けがある。
「グレイド今助けに、うわぁ!」
ズバババッと、地が耕されグレイドとデシベルが分断された。
戦う農家、大野タダシである。
「なんだまだ子供じゃないか。頼むから降参してくれ!」
こんな女の子までもが戦場にいるとは、タダシは悩ましい顔をした。
グレイドは、勇者二人を相手にしながら叫ぶ。
「デシベル! 話に聞いたとおりだ! 鍬を持ってるそいつが大野タダシだ!」
「わ、わかった! ぼ、僕が大将さえ倒せば!」
弱々しい少女に見えるが、デシベルとて爪裂き侯の異名を持つワイバーン族の長。
こう見えて本気になると怖いのだが、この戦場には竜族よりもっと恐ろしい存在がいたのである。
「グルルル……」
銀色のもこもこのその獣は……。
「ひぇぇ! フェンリル!」
内股になったデシベルは、ひょこんと腰を抜かしてしまう。
フェンリルは、フェンリルだけはダメなのだ!
疾走するクルルは、戦意喪失したデシベルを無視して向こうに行く。
「な、なにー!」
そして、一人で勇者二人を相手取って戦っていたグレイドを――
「ガブ」
「ぎゃああああ! やめでぇええ、食べないで!!」
一気に足からかぶりついた。
「ああ、グレイド! 食べちゃダメ!」
家族とも言えるグレイドを助けようと、デシベルは必死にすがりついて呑み込まれようとするグレイドをクルルの口から引っ張り出そうとする。
戦闘はこれで中断した。
予想外の光景に、マチルダとエリンも唖然とした。やっぱりクルル怖いと飼い主のタダシ以外は引いている。
タダシは、デシベルに聞く。
「あのー、降参する?」
「する! するからグレイドを助けて!」
デシベルが降参したので、タダシは「ペッしなさい」とクルルに命じる。
デロンと、唾液まみれになったグレイドがクルルの口から吐き出された。
「た、助かった……」
「グレイド!」
「あの、感動の再会シーンを邪魔するのも悪いんだけど、竜族に戦争を止めさせてくれるかな」
「あ、そうでした。グワォオオオオオオオオン!」
デシベルが撤退の竜鳴を響かせると、ドラゴン軍団は戦場から引いて戦争は終結した。
小さい身体なのに、その叫びは凄まじくてタダシはちょっとびっくりしてしまった。
「しかし、クルルは強いんだな。よーしご褒美だぞ」
クルルが、お預けを食らった顔をしている。このままほっとくとまた竜人を食べかねないので、タダシは魔牛の肉を食べさせることにした。
「聞いたことがある。ドラゴンの弱点はフェンリルだそうだ」
マチルダが語るには、太古の昔、神を名乗るほどに強い竜神が世界中を暴れまわっていたのだが、最後に魔獣フェンリルに噛まれて死んだそうなのだ。
そこで竜族は神の座から引きずり降ろされ、代わりに一部の種族は魔獣フェンリルを神獣と崇めるようになったそうだ。
種族的な相性があるそうで、その竜神の子孫である竜種たちはフェンリルだけはダメなのだそうだ。
簀巻きにされた二人に、タダシは言う。
「ふうむ、フェンリルが苦手なのか。うちでは、フェンリルを飼ってるんだけど、どうする?」
脅しである。
「ひぃぃ! ごめんなさい!」
デシベルは恐怖で、可哀想にちょっとちびってしまっていた。
「フェンリルを飼うとか、尋常じゃない。こんな敵に勝てるわけ無いだろ……」
さすがに元気なグレイドも、フェンリルに喰われかけたショックで意気消沈していた。
「グレイド、もうタダシ王国の方につこうよ」
「そうするか。フェンリルに食べられるのはごめんだ」
二人はあっけなくタダシ王国の側に寝返ることとなった。
自己紹介を聞いて、良しと頷くタダシ。
「竜公のグレイドくんに、小竜侯 デシベルちゃんだね。しかし、女の子まで戦場に出てくるとはなあ」
まだ年若い獣人のエリンだって勇者として戦ってるし、十五歳が成人のこの世界では常識なのかもしれないけども、年若い子らが戦場に出ることにタダシは複雑そうな顔をする。
それに対して、おどおどとデシベルは言う。
「あの、僕、男の子だけど?」
「ええ……」
二の腕を組んでグレイドも不満そうに言う。
「なんか王様は勘違いしてるみたいだけど、俺様は女だぞ」
「ええー!」
可愛らしい女の子にしか見えないデシベルが男の子で、元気な少年にしか見えないグレイドが女の子だという。
「う、うん。そうか、勘違いしてたよ。グレイドちゃんに、デシベルくんか。これからよろしくね」
「俺様にちゃん付けはやめろよ。恥ずかしくてケツがこそばゆくなる、呼び捨てでいいよ」
「僕も呼び捨てでいいよ。王様にデシベルくんなんて言われたら、なんか、僕……」
不満げなグレイドはまだわかるが、デシベルはなんでそこでなまめかしい仕草で頬を赤らめる。
「わかった、わかった。希望通りの呼び方で呼ぶから」
男の子のほうがスカートを穿いてて、女の子のほうがズボンを穿いているのは、ドラゴンの風習なのか個人の趣味なのかまでは結局聞けなかった。
特に何か支障があるわけでもないし、周りは何も突っ込まなかったので、こういうのはこれがこの世界では普通なんだなと思ってスルーしておくに限る。
タダシもようやく、異世界の風習との付き合い方がわかってきた感じであった。




