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講和成立

『国王を銃剣で脅し、新憲法を押し付けた私が、今は逆に銃剣で脅されながらこの文章を書いている』

 という序文から始まるサンフォード・ドールの決起顛末は、王国や旧幕府軍からの修正を一切されないまま、アメリカ他ヨーロッパ列強の主要新聞に掲載された。

 何故決起したのか、新憲法で何を求めていたのかを正当化したもので、民主主義に逆行したカメハメハ5世やカラカウアの統治が批判を受ける一方で、「どこを解決すれば要求は満たされるか」を明白に世界に示してしまった。

 民主主義というものについても、ドイツ帝国やロシア帝国では「民主主義が決して絶対の価値観ではない、アメリカ人は極端過ぎる」とアメリカを批判し、イギリス王国も「言ってる事は判るが、明らかにやり過ぎ、首謀者は目的が果たされたなら喜んで絞首台に登れ」という態度であった。


 決起の目的と共に世界の耳目を集めていたのは、治安部隊「新撰組」による残敵掃討の苛烈さであった。

 アメリカの新聞はセンセーショナルに断罪者ウリエル土方の名を出して野蛮さを批判していた。

 だが、余りに土方に罪を押し付け過ぎたせいか、彼の死が報道されると共に落ち着いてしまった。

 明確な悪役が倒された事で溜飲が下がってしまったのだ。

 かくして第2回の講和会議は落ち着いた雰囲気の中で開始された。


 冒頭、カラカウア王が爆弾発言をする。

「私は新憲法草案を受け入れ、新憲法を発布する」


 これにはリリウオカラニ王妹、榎本武揚陸海軍合同代表が驚き、抗議の声を上げる。

 ドールやアシュフォードすら勝ち誇った表情になれず、戸惑った顔をしていた。


 カラカウアは笑う。

「榎本、君が抗議するのは分かる。

 王国の為に戦った君たちにしてみれば、あんな憲法を認めたら戦いの意味が無くなったと言うのだろう?

 もちろん、私も全部を丸ごと呑む訳では無い。

 民主主義というもの、議会に対するものを受け入れるが、受け入れられないものもある。

 まあ、聞いて欲しい」

 そう言ってサーストンの起草した銃剣憲法から変更した項目を示す。


・王の拒否権は、予算や内政において、上下院の再可決をもって無効化出来る。

 一方改憲、外交、軍事、特に他国への利権譲渡に関する事については王の拒否権が議会の決議に優先する。


・参政権はハワイ国籍を有する全ての国民に付与される。

 財産・人種・宗教による制限は規定されない。

 二重国籍者の選挙権は引き続き認められるが、上院への選挙権及び被選挙権はハワイ王国国籍のみを有する者に限られる。


「こ、これは……」

 ドールは唸った。

 民主主義の理想部分を丸呑みする一方で、心底の目的であるアメリカ合衆国併合を完全に封じ込めていた。

 カラカウアは臨時首相のビショップやリリウオカラニの夫であるドミニスと相談して、銃剣憲法を骨抜きにする新憲法案を考えていたのだった。

 ビショップもカメハメハ大王直系最後の王女バーニス・パウアヒの夫で、かつポリネシア文化の庇護者である為、アメリカ風の民主主義、議会政治とハワイ王国の維持を両立させる憲法を真剣に考えてくれた。

 アメリカを知る親ポリネシアの政治家の協力で、ドールが世界中に発表した正当化文章を逆手に取った、上辺はハワイアン・リーグの要求を全部呑んだ、王国を決してアメリカに献じられない憲法案を考えたのだった。


 併合を封じられてショックなドールを、彼から見たら裏切りが連発する。

「良いではないか。

 腐敗した大臣も根こそぎ解任されたし、二院制で国王の権限を抑制した憲法を国王自ら呑んだ。

 ドール、これは我々の勝利だ」

 アシュフォードがそう言い出した。

「いや、これでは、その……」

「『アメリカ合衆国併合はサーストンが勝手に言い出した事』、そう言ったのは君じゃないか。

 考えてみれば国王は国を守るのが義務であり、責任である。

 国王が併合の危険性を知り、それを無効化するのは当然じゃないか」

 アシュフォードの言う事は原則では正しい。

 彼は連れて来られた民主主義擁護の軍人であって、国王の腐敗を憎んでいたが、目的を果たした以上はそれ以上を望まない高潔さも持ち合わせていた。

 だが、本音では議会をまず牛耳り、議会からハワイの合衆国併合決議を出させるのが最終目的なのだ。

 それを表立って口に出来なくしたのは、他ならぬドールだった。

 だが、せめて察してくれ、君はホノルル・ライフルズの指揮官として戦ったんだろ?とドールはアシュフォードに不満を覚える。


 さらにドールを衝撃が襲う。

 アメリカ総領事が拍手をして、カラカウアの決断を賞賛したのだった。


「国王陛下、許可を得て発言致します。

 アメリカ合衆国はハワイアン・リーグの陰謀に加担するものではありません。

 合衆国併合等聞いていません。

 合衆国が危惧していたのは、合衆国国籍を持つ者の安全についてです。

 それも先日聞いた、治安部隊の解散で一安心しています。

 私たちはハワイの内政に干渉しませんが、それでも自ら民主主義を受け入れる陛下には敬意を表します。

 外国に自領を献じる事を阻止する項目は、もっともな事だと思います」

 そう言うとアメリカ総領事はドールを睨んだ。

 ドールは本国に捨てられた事を悟り、敗北を知った。


 アメリカはドールをただ見捨てた訳では無い。

 アメリカにとって最重要事項は、更新期限を迎える真珠湾の独占使用権について、無事に更新する事である。

 ドールらが無事に国王を封じ、議会を掌握出来たなら、それはそれで良かった。

 しかし現実は首謀者の多くは殺され、ドールは捕縛されている。

 蜂起は、アシュフォード大佐こそ敗れていないが、他は壊滅して治安部隊に狩られ、殺されている。

 議会は親ハワイ派の白人が抑え、軍事的には日本人が強固に守っている。

 実はアメリカは、現時点でハワイを併合する準備が出来ていない。

 太平洋にはろくな戦力が居ない。

 おそらく全戦隊合わせて戦いを挑んでも、榎本武揚率いる3隻のフランス製軍艦に負けるだろう。

 その榎本武揚は、アメリカを過大評価し、一目置いた対応をしている。

 ならば、その錯覚も利用して、真珠湾独占使用権を無難に更新させれば十分だ。

(せめて来年なら、新海軍構想に基づいて設計された防護巡洋艦が試験を終えて実戦配備されたものを。

 先走った馬鹿どもの面倒を見る義理は無い)


 アメリカ総領事がカラカウア支持を表明した事で、講和は成立が決まった。

 第3回の会議は条件について詰めるだけとなる。


(土方君が死んだ途端、一気に話が纏まってしまった……。

 彼に感謝すべきなのか。

 土方君が恨みを一身に集めたお陰で、あのアシュフォード大佐があんなに理性的になるとは)

 榎本は想像以上に早く講和が成立した為、ややボーっとしながらそのような事を考えていた。


 条件闘争も、最早大きくは揉めないだろう。

 厳しい条件となっても、いざとなったらカラカウア王の恩赦という手があるのだ。

 ハワイにおいて、1年の内4ヶ月はマカヒキといって、殺生を禁じた正月期間を迎える。

 つまり、恩赦の機会は毎年回って来るのだ。

 これは、完全にキリスト教化した場合には使えない手なのだが、今回の内戦の結果ポリネシア文化は生き残り、アシュフォード大佐も

「原始的な宗教も使い様によっては役に立つ、私も勉強になったよ」

 なんて言っている。

 榎本が望むアメリカ介入回避も果たされるだろう。

 十分勝利だ。


 だが、日本人の中に「譲歩が過ぎる」「もっと厳しく当たるべきだ」という声があり、それを抑える方がこれからは大事になるだろう。

 まあこれも、土方歳三が十分過ぎるくらい敵幹部を斬り殺した事で溜飲を下げている者も多い。

(俺は土方君に多大な借りを作ってしまった)


 一方再建中のイオラニ宮殿。

「お兄様を見直しました。

 まさかあそこまで譲歩したと見せて、一番肝心な所を守り切るとは、恐れ入りました」

 リリウオカラニの賞賛に、カラカウアは皮肉で返す。

「私は国民が喜ぶ政治、同族のポリネシアンの自立がしたかった。

 それを放漫財政、身の程知らずの拡大主義なんて言われたら、私には何も出来ない。

 だったら議会の傀儡マリオネットであっても何の問題も無い。

 そうだろ? 無駄遣い、無用な外征と散々批判してくれた我が妹よ」

 リリウオカラニは渋い顔をしたが、兄の言ってる事に一理ある事も認めた。


「ところでリリウオカラニ、また君に摂政を任せようと思う」

「一件落着したらまた旅行にでも行くのですか?」

「旅行……違うが、まあそんなものかな」

「どういう事でしょう?」

「時が来たら分かるよ」

 なおも不安顔のリリウオカラニにカラカウアは呟く。

「サンフォードは私の親友だ。

 命は助けたが、もうこの国に置いてはおけない。

 だが、アメリカに追い出して、それでおしまいという訳にもいかないだろう……」




 講和はほぼ成立、白人農園主に対し過酷な処分は下らない見通し、その報はマウイ島ラハイナにも届いた。

「よし、すぐに弁護士先生や保険企業に連絡しろ。

 これで銭が動く。

 銭が動かないと次の手が打てねえ。

 ホテルや倉庫の再建で人手が足りなくなるから、手配しておけ」

 黒駒の勝蔵もまた動き始めた。

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