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ラハイナの事情

「勝蔵はいるか?」

 今やラハイナの帝王と影で呼ばれる黒駒勝蔵に対し、神代直人は相変わらずぞんざいな口を利く。

 彼の中では尽忠報国勤皇の志士である自分と、博徒・やくざである勝蔵は相変わらず身分に差があるものでしかなかった。

 最近仲間になったシチリア人が彼を遮る。

「なんじゃ? 退け」

首領ドンは今、商売ビジネスの話をしている。

 君こそ静かにしろ」

「無礼者が……」

「ただの野蛮人バルバロイが……」

 日本刀とピストルとに双方手をかけ、一触即発である。


 ドアの外の一触即発を無視し、黒駒勝蔵はイギリス人たちと話をしている。

「ミスターブラック、この書類があれば説得出来ます」

「そうですろ。

 カジノはいつまでも休めないから、早く保険金を出して欲しいとこです。

 保険金を出して、損害が生じた形に早く持っていって貰いたいずら」

「それは出来ます。

 それで、農園主たちの財産はきちんと保証されるのでしょうね?

 ホノルルの会議でひっくり返るなんて事は……」

「そいつも安心して良いずら。

 ドールに近い筋、同時にカラカウア陛下に近い筋でもありますが、そこから財産の保護については纏まるよう働きかけてますんで。

 内戦の参加者は国外追放となるようですが、それは新参で戦争の為に来た連中のみとし、国内に財産がある者には恩赦が出るよう、王様に耳打ちしております」

「流石はミスター黒駒(ブラック)、見事な手腕です」

「世辞は要らんで、あんたらも保険請負ロイズの凄いとこを見して貰いたいもんずら」

「私は単なる弁護士で、全体の意思を代表するものではありませんが、それでも断言出来ます。

 希望通り、英国紳士(ジェントルマン)の恐ろしさをお見せ出来る、と」

「期待してまっせ」


 要約するとこのような交渉をし、勝蔵は保険屋たちと話をつけた。

 握手をして客を送り出すと、ドアの外で緊張状態のシチリア人と長州人を見やる。

「神代先生、何ぞ用ですかのお?

 シニョーレ・グイード、拳銃を引いてくれんか。

 先生、次の客まで少し時間がありますんで、部屋に入って下されや」

 神代直人は礼も言わず、勝蔵の部屋に入る。

 促されるのを待たずに椅子に座る。

「で?」

 ぶっきらぼうにそれだけ言う。

 勝蔵は慣れたもので、怒りも無く答える。

「時間の問題ずら。

 榎本は戊辰以来の同志である土方を捨てる事に義理人情から悩んでいる。

 が、あん人は政治家ですけえ、最後にゃ土方を捨てて講和成立の方を選ぶやろう。

 あん人と俺らとは、殺してばかりやと物事が先に進まんゆうとこで一致してますのでね」

「ふん、人斬りに対する厭味か?」

「これで土地や銭金の八割を牛耳る白人連中を完全に敵に回す選択をするなら、頭としては無能と言ってるだけずら。

 榎本はきっと土方を捨てる。

 だが幕府陸軍の手は借りられない。

 表沙汰にもしたくない。

 味方を討つような頭には誰も着いていかんからの。

 黒駒一家の手を借りに来る。

 そん時に積年の思いをぶつけりゃ良いずら」

「きっとそうなるな?」

「ああ、そうなるさ。

 だから、200人近い新撰組と戦うにはシシリアンの手を借りる事になるから、連中とは仲良くしてくんろ」

「……分かった。

 やっと巡って来た土方を殺す機会じゃ。

 辛抱する事にする。

 じゃがのお、お前の言う通りにならなかったら、儂はお前を許さんけえの」

「分かった、分かった。

 随分待たせたし、ここいらで決着つけて欲しいと俺らも思ってるで。

 先生、お気張りなせえよ」


 ドアの外から

「親分、客人がお見えですぜ」

 と声がする。

 神代は

「ヤクザ風情が、夷狄連中と商いをするとか、本来なら許し難いと今でも思うちょるんを忘れるなや」

 と吐き捨て、去って行った。

「……狂犬が」

「は? 親分何か?」

「何でも無えずら。

 早く客人をお通しせんか、このボケナス」

 神代の二十年近く経とうっていうのに変わらぬ狂気を追い出すかのように、勝蔵は口をゆすいでから次の客人と会う。

 榎本の巡洋艦「マウナロア」の24サンチ砲で破壊された地区の再建計画で、現地ハワイ人大工の雇用について黒駒一家から出資する件を話し合うのだ。

 マウイ島のハワイ人は、漁業にせよ港湾労働にせよ林業にせよ農業にせよ、黒駒一家が白人事業主に金を渡して一丁噛みさせる為、羽振りが良い。

 この羽振りの良さからカジノのカモとなる為、出した金等回収出来ている。

 シチリアから来たマフィアの中には、元は貧しい漁民だった者もいる為、漁業指導をしたり、漁業組合を作ったり、身内を呼び寄せてハワイ人と一緒に漁業をさせたりもしていた。

 お互い油断はしていないが、黒駒一家とシシリアン・マフィアは急速に接近し、様々な事業を手掛けていた。


 この日最後の客は日本人だった。

 ハワイ島ヒロから小野組の番頭が密かに訪ねて来た。

「新撰組の事ですろ?」

 珍しく勝蔵は先回りして話を進める。

 小野組は誘われて、居場所を無くした日本からハワイに移住して来た。

 ハワイ島の発展の為、ヒロで金融業を開設した。

 しかし黒駒一家がカラカウア王の銀貨を鋳造する権利を得た事で、両者は関係を深める。

 結果、小野組の縄張りであったハワイ島にも黒駒一家の影響が及び始める。

 また小野組も黒駒の裏事業に密かに手を貸す。

 銀貨鋳造において元金座・銀座の職人を探して連れて来たり、アメリカの輸入把握量に入っていない銀をどこかから調達したり、要は互いに利用し合う関係になっていた。

 この辺、酒井家の傍にあって利用されると共に監視もされている、代わりに軍事力で守られているホンマ・カンパニーとは異なり、権力の目が届かぬとこで小野組は日本時代思いもしなかった商売相手と結びついた。

 今回の密談は、そうして関係を深めた黒駒一家に、汚れ仕事を頼む為である。

「金融業をしていると、商売相手はほぼ白人になる。

 白人抜きの事業等有り得ない。

 なのにヒロに乗り込んだ新撰組がやり過ぎて、日本人全体の評判が落ちている。

 どうにかして欲しい。

 商売上がったりだ」

 という内容である。

 小野組は元々は京都の商人で、新撰組は幕末からよく知っているつもりだった。

 だがここ最近の暴れっぷりは酷い。

 文句を言いたいが、ヒロに領地を持つ比呂松平家は元の新撰組の雇い主であり、今度の件も寧ろ賞賛している。

 古奈の松平家等は家ぐるみで軍隊化し、領内に軍政を敷いている。

 経済の話が出来るのは、カウアイ島の本間家、オアフ島のカラカウア王と榎本武揚、そしてマウイ島の黒駒勝蔵くらいである。

 他は「勝ったんだから領地と財産没収」「責任者は腹を切れ」くらいの感覚である。

 武士が温存されていると言っても、変わらないにも程がある。

 榎本武揚にしても、同志である土方歳三を捨てるとは考えにくい。

 となると、王にまで影響を及ぼせる黒駒に、裏で動いて貰う他ない。

 黒駒は色々動いている事を隠し、同情したフリをして依頼を受けた。

 「土産」の山吹色の輝きも久々に見たし、彼等も安心させてやろう。




 数日後、オアフ島に送った子分が帰って来た。

「首尾は?」

「奴さん、同志を売る踏ん切りが付かないようでしたが、アシュフォードとドールから決裂まで言われ、曖昧な返事をして来ましたよ。

 俺は一切関与していない、が講和の為にはもう新撰組が邪魔となってしまった。

 何とかして欲しい、内密に処理して欲しい、俺の名は出すな、だが後始末はどうにかする。

 そう言うてましたわ」

「ま、あの人らしいごちゃごちゃした言い回しやね。

 カラカウア王は何か言ってたか?」

「あっちの方がハッキリ態度を示しましたぜ。

 国王としての望みでもある。

 土方に名誉ある死と沈黙を授けて欲しい。

 本音は、可能なら生かして黙らせて欲しいところだが……、とね」

「上出来だ。

 よし、先生たちに伝えろ。

 用済みの狼どもを狩って来て貰おう。

 刀だけじゃなく、鉄砲も毒薬も何でもありじゃ」


 子分が神代直人、平間重助の隠れ家に向かう。

 入れ違いにハワイ島からの急報が勝蔵の部屋に向かっていた。

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