講和会議始まる
イギリスに派遣されていたカピオラニ王妃、リリウオカラニ王妹の帰国に伴い、王族・旧幕臣とアメリカ併合派の講和会議が始まった。
これまでアメリカ併合派と言って来たが、講和会議に先立ってサンフォード・ドールはまずそれを否定する。
「あれはサーストンが勝手に言い出した事で、我々の盟約には入っていない」
(よく言うぜ)
と他の参加者は思った。
他ならぬドールが、かつてカメハメハ3世がアメリカに併合を望んでいた、併合された方が良いのでは? とか言っているのを聞いた者もいる。
しかしそう言っていた事と、決起の目的は必ずしも結びつかない。
サーストンが勝手に言った事だと主張されたら、覆す為には別な証拠、証言が必要である。
しかし、陰謀を企む者たちがその真の目的を証拠として残す事は無く、幹部間の秘密として置くものである。
彼等が突きつけた銃剣憲法にも、ハワイアン・リーグの盟約にも、それは記載されていない。
では証言は?
幹部のサーストン、オーウェン・スミス、キニーは土方歳三が殺してしまい、永遠に証言を得られなくしてしまった。
この辺は榎本武揚だけでなく、大鳥圭介も今井信郎も伊庭八郎も「ちょっとやり過ぎ、誰か捕らえていれば状況も変わったかも」と思うとこである。
しかし治安活動の観点から見て、今まさに国王に銃剣を突きつけている者は、有無を言わさず殺すべきものであり、証言の為に生かす事を考えるのは筋が違う。
その辺は彼等は仕方ないと納得していた。
納得していないのは、これ以上決起した白人を殺さないという約束で講和会議に参加を決めたアシュフォード大佐である。
「直ちにヒロでの虐殺を止めろ!
土方歳三を召還しろ!
奴に何らかの処罰をせよ!
そうでなければ講和会議等せん!」
と息巻いている。
このアシュフォードの激昂も入れて、決起した白人の要求は以下のようなものであった。
・議会制民主主義の為、新憲法を認めよ
・国王は放漫財政を改めよ
・議会を尊重せよ
・キリスト教的清貧な国家とせよ
・従って賭博等は停止せよ
・ポリネシア連合と称した外征をやめよ
・必要以上に殺戮をした新撰組を処罰せよ
この中で、放漫財政については王族代表の1人として出席しているリリウオカラニが「もっともだ」と賛成している。
彼女はハワイアン・リーグのやり様に怒りを覚え、厳罰を望んではいるが、一方で決起を招いた兄の政治にも不満を持っていた。
彼女は「アメリカに介入の機会を与えない為、ハワイアン・リーグの言い分も一部呑んだ方が良い」という榎本の意見(正しくはジョン万次郎の意見)に賛成し、受け入れるならこの項目だと思っていた。
また、イギリスのビクトリア女王との会談から、列強はハワイがサモア等に肩入れするのを好んでいないと聞かされていた為、ポリネシア連合構想を打ち切る事も異存は無い。
他の項目については
「勝手な事を言うな!」
と拒否していた。
キリスト教的清貧とか言ってるが、そのキリスト教はアメリカ・カルヴィニスト協会の価値観であり、普遍的なものではない。
ラハイナのカジノ群からの収益は、砂糖と港湾使用以外に産業が無いハワイにとって、重要な税源となっているのだ。
キリスト教がカジノを禁じるなら、ヨーロッパ各地にあるカジノは何なのか?
ハワイだけに押し付けるなら、弱い国を狙った内政干渉だろう?
議会は十分に尊重していた。
しかし議員の中から、議員から選出された大臣から決起者が出た。
ならば逆に議会への監視を強めるべきだろう。
新撰組がやり過ぎ?
内戦起こした側が何を言っているのか!?
リリウオカラニは強硬に発言し、アシュフォードだけでなく旧知のドールすら憮然とさせた。
(兄上は一体何を考えておられる?)
カラカウアは聞き入るだけで発言をしない。
よくビショップ臨時首相を招いて話し合いをしているというから、何らかの思惑があるのだろうが、それをまだ口にしない。
一方、王族・旧幕府軍の要求は以下のようなものとなる。
・叛乱行為と認め、叛乱軍を解散する
・責任者の死刑
・戦闘参加者は国外追放
・国外追放者の財産没収
・戦闘に参加していない者は改めて王国に忠誠を誓うか、自ら国外退去する
・自主的な国外退去者については、王国内の財産は保証するが、同時に納税の義務を負う
最後の2項目は、林忠崇、酒井玄蕃が主張し、完全な無罪放免は許されないとするリリウオカラニの意見も取り入れて作られたものである。
ハワイに残りたい者にとっては、謝罪して改めて忠誠を誓えば良いだけだから、実質無罪放免と言って良い。
多少謝罪に伴う「出費」も予想されるが、財産没収に比べて微々たるものだ。
退去を選ぶ場合、財産が残る為やはり無罪放免に近い。
ハワイアン・リーグに参加、或いは賛同しながらも、過激な行動に出なかった白人たちは歓迎し、ドールにこの項目を呑むよう訴えた。
ドールもアシュフォードもここに異存は無い。
あとは実際に砲火を交わした者の処遇についてである。
責任者の死刑だが
「もうサーストンもスミスも殺しておいて、一体何を言うのか!」
と反論し、榎本は裁判を経ずに殺した事を謝罪した上で、この項目を認めてくれれば「既に成された」としてこれ以上の死刑は行わない事、アシュフォードとドールについては死刑判決後のカラカウア王による恩赦が出る事を伝えた。
しかしドール、アシュフォードは拒否する。
「信用出来ない。
裁判を長引かせ、その間に残敵掃討として新撰組が殺しに来る可能性が高い。
国外退去についても、油断したところを新撰組が襲う危険性がある」
「では貴方たちは、我々を一切信用しないと言うのか?」
榎本は必死に問う。
信用が無いなら講和会議等全く意味を成さない。
再び血みどろの内戦をして、彼等を皆殺しにする他に道が無くなる。
武士である榎本はそれを恐れないが、一方で政治家である榎本は外国、特にアメリカからの干渉について警笛を鳴らしていた。
ドールとアシュフォードもその辺は感じ取ったようで
「日本人全部を信用しないのではない。
君たちは信用している。
土方歳三を信用出来ない。
現に、君たちの命令にすら逆らって殺戮を行なっているではないか。
土方を止め、新撰組を止めない限り、我々は交渉そのものに疑いを持たざるを得ない」
そう回答した。
林忠崇邸での講和会議は、お互い呑める項目を確認しただけで、対立する項目は「信頼出来ない」として物別れに終わった。
榎本は執務室に戻る。
ここでマウイ島ラハイナから黒駒勝蔵の使者が待っていた。
ラハイナでの暴動について、降伏した者、捕縛した者の処遇は勝蔵に一任させた。
しかし経過及び結果報告は必要であり、勝蔵はいまや表立って榎本と連絡を取り合っている。
ラハイナでの簡易裁判は、暴動参加者の中にサーストンやキニー級の幹部が居なかった事から、全員に科料のみの軽微な判決を下し、但し執行はホノルルでの講和会議の結果を受けてからとされた。
供述書等、多数の書類が榎本に届けられた。
軍人ばかりで強硬派の中にあり、榎本と価値観を共有出来ているのは、ホノルルにあってはジョン万次郎と林忠崇、ホノルル外では黒駒勝蔵くらいかもしれない。
勝蔵の手下が口を開いた。
「先生、どうもお悩みのようですね」
「ああ、心配してくれてありがとう」
「その悩みの種を除いてみませんか?」
「何?」
「悩みの種は新撰組でしょう?」
「まあ、そうだ」
「親分、黒駒の勝蔵が申すには、いつでも言ってくれれば協力する、との事です」
「…………」
「付け加えて、これは貸し借り無しでいい、白人相手に商売しているこっちにも関わる問題だ、との事でさぁ」
「……申し出は有り難い。
しばし考えさせてくれ、と榎本が言っていた、そう伝言頼むよ」
「承知しやした。
黒駒一家にも手練れは居りましてね、その先生方がウズウズしてます。
どうぞ、気楽にお頼み下せえ」
黒駒の手下が去った後の扉を見つめ、榎本は一人悩み始めたのだった。




