老いらくの新撰組
ビクトリア女王戴冠50周年記念式典に出席していたカピオラニ王妃とリリウオカラニ国王代理がハワイ王国に戻って来た。
内戦の講和会議は彼女たちの帰国を待っていたのである。
彼女たちは滞英中に銃剣憲法をきっかけにしたハワイ内戦の情報を聞いた。
直ちに帰国準備に入るも、1週間でヤマを越えた事を聞き、電信で問い合わせた上でヨーロッパでのスケジュールを全て消化してからの帰国とした。
この間、ただ式典に出席していたのではなく、ビクトリア女王のサポートも得た上で、王を銃剣で脅して改憲を迫ったアメリカ系白人への非難と王国政府への支持を取りつけ、対米外交での圧力とすべく王室外交を繰り広げていたのだった。
彼女たちの欧州での外交もあって、アメリカ合衆国は一層、味方の筈の併合派へ手を差し伸べにくくなっていた。
帰国便はアメリカ船をキャンセルし、イギリスとフランスの船をチャーターし、スエズ運河を通ってのものとなった。
フランスは内戦において中立を守るべく、両陣営に引き渡しを行わなかった畝傍級防護巡洋艦3番艦「マウナケア」を回航中であったが、それをシンガポールに待機させ、英汽船でハワイに帰る王妃・国王代理到着を待ってハワイまで護衛した。
ハワイ到着後は回航委員より榎本武揚海軍外洋艦隊司令官に引き渡される。
榎本は念願の防護巡洋艦2隻体制をようやく整えられた。
あとは装甲艦「カヘキリ」のオーバーホールが終わるのを待つばかりである。
帰国したカピオラニとリリウオカラニは、真っ先にイオラニ宮殿に入り、カラカウアと会う。
そして……
「もう、一体何をしていたのですか!?」
「私たちが気づいて、土方を途中で護衛に送り届けたから良かったものの、貴方、死ぬかもしれなかったのですよ?」
「私たちが出発してから随分と時間がありましたが、反乱の兆候とか察知できなかったのですか?」
「半分アメリカ人の言う事も分かりますよ、貴方には任せられない!っていう部分」
ガンガン説教を浴びせた……。
一方でホノルル・ライフルズの名目上の司令官ジョン・オーウェン・ドミニスは、責任を取るとして辞表を提出する。
彼はリリウオカラニの夫で、ハワイ王国派である為、これ以上の責任追及は為されない。
「いっそ、臨時政府に入ってくれませんか」
というチャールズ・リード・ビショップ臨時首相に誘われ、戦後処理に当たる事となった。
「今回の内戦鎮圧に功績があった日本人からは何か言って来ているかい?」
ドミニスの問いにビショップは首を振り、
「不思議な事に、あいつらは私利私欲で動いていなかった。
ハワイ王国の為の政治を願う、それが唯一言って来た事だったよ」
「ふうん……、倒した白人農園主から土地や財産を没収したり、閣僚の地位を奪ったりして、第三勢力としてもっと拡大しても良いだろうに、そういう事をしないんだな」
「不思議だろう?
彼等は非常に高潔な生き方をしているんだよ。
実に興味深い。
私は彼等を『高貴なる野蛮人』と呼んでいるのだ」
「……野蛮なのは変わらないんだな」
ドミニスが苦笑する。
ビショップは眉間に皺を寄せ、
「ハワイ島に例の新撰組が派遣されている。
伝え聞くに、かなり併合派の残党は残忍に殺されているそうだ。
オアフ島の日本人の榎本や大鳥、それに今回の混乱収拾に功績があった林すらやり過ぎだと文句を言っているよ」
そのハワイ島ヒロでは、局長土方歳三が古参新参の重要メンバーを集めて今後の話をしていた。
「悪いが、俺はこの新撰組を私物化する。
新撰組のやった事は、全部俺の責任になるようにする。
俺が責任を問われて絞首刑にでもなったら、その時で新撰組は終わりだ。
俺があの世に持って行って、近藤さんに返すよ」
一同は顔を見合わせる。
「隊を私物化するな」というのは、土方自身が定めた掟である。
これは「新撰組の名を借りて、勝手に借金したり、責任逃れするな」という意味で、新撰組の為す全責任を被ろうという土方の言とは真逆の事ではあるが。
それでも、とにかく土方の言う事が理解出来ない。
「榎本さんは軍人というより政治家だ。
武士故に戦いで人を殺す事が出来るが、戦いが終わった後に野蛮な事は出来ねえ。
今だって、負けたアメリカ人の要望を出来るだけ呑んで、アメリカ母国の介入をさせねえつもりだ。
その為に実に『紳士的』に振る舞っている、気障ったらしいくらいにな。
だが、俺みてえな野蛮な人斬りは、今斬っておかねえと後々禍根を残すって考えをする。
その疑心暗鬼が強くなり過ぎて、やがて身内すら疑っちまった過去もあるがな……。
まあ、それは置いといて、人斬りの目から見たら、如何にアメリカが出て来られねえような政治だとしても、甘過ぎるんだ。
少なくとも首謀者の首は取って置かねえとならねえ。
京都に居た時、桂小五郎の首を取り損ねたのは、今でも悔やまれてならねえ。
今回の桂はドールなんだが、その首を取る事を禁じられちまった。
だったら来島又兵衛ことキニーの首は是が非でも取っておきてえ」
「アシュフォードは誰なんですかい?」
「原田……、ちょっと考えれば、あいつは村田蔵六だって分かるだろう?」
(※本来は高杉晋作だろうが、京都で攘夷活動をしてない高杉は新撰組の眼中に無かった。
高杉の名は知っていたが、直接的には自身を戊辰戦争で破った村田蔵六こと大村益次郎の方を軍事指導者と見ている)
「……なるほど。
榎本さんがやれない悪事を全部やって、後腐れを無くし、罪に問われた時は自身腹を切って終わらす気ですな。
そしてご自身の死を以て新撰組はおしまい、俺や原田や相馬たちに罪が及ばんようにする、と……」
藤田五郎が呟く。
「なんすか、それ。
水臭いじゃないですか。
あしは土方さんならこの先面白い事をしてくれると思って着いて来たんですぜ。
自分だけ腹切ってはいさよなら、じゃ着いて来たあしらは、余りにも情けの無い連中じゃないですかえ」
「原田、急に伊予弁に戻んじゃねえ。
それに藤田、当たっちゃいるがそんな簡単に終わらす気も無えから、無闇な事は言わんでくれよ」
「当たってはいるんですね」
「おうよ。
俺は榎本さんの命令に逆らってでも、大掃除をやってのけるつもりだ。
それで腹切るなら俺一人で十分だ。
だがな、お前らも俺一人に押し付けて温い仕事すんじゃねえぞ。
お前らだってやるだけやって貰わねえと、終生後悔するんだぜ」
「と言いますと?」
「原田、お前も一体何歳になった?
もうそろそろ文久・元治・慶応を生きた侍はジジイなんだぜ」
「面目ねえ」
「そのジジイの最後の花を咲かせねえと、どの面して近藤さんや沖田に会うつもりだ?
俺は腹切ってすぐに会う気だけどよ、原田、お前は生煮えの仕事で生き続け、いずれ死んだ時にそれで誇れるか?」
「ダメですね。
俺もやはり華々しく戦って死にたいもんですよ」
「だったら、このヒロを死に場と思って存分に暴れろ。
ジジイは次の時代には要らねえ。
今いる若い隊士たちは、今回の経験を活かして次の人生を生きればいいんだ。
汚名は全部ジジイどもが持っていくから、お前らは最強の剣客という誇りを胸に次を生きろ」
幕末生き残りの隊士たち、土方の言うところの「ジジイたち」は魂が震えるのを感じた。
「武士道とは死ぬ事とみつけたり」と佐賀の「葉隠」で言う。
「葉隠」を新撰組隊士たちは詳しくは知らないが、言う所は感覚で理解している。
戦って立派な最後を迎えたい、戦って死にたい、名を残す死に方をしたい、老いさらばえるよりそう死にたい。
比呂城の戦いにおいて、50歳をとうに超えた会津「玄武隊」生き残りたちは、
「殺せ! 自分を殺せ! さあ、儂を殺してみろ!」
と叫びながら突撃をしたと聞いた。
幕末生き残りの新撰組も、今会津に居たら「玄武隊」に入れられる者も多い。
彼等の死に様に遅れを取るな!
新撰組の戦い方は、部屋に突入する際に「死に役」を先に立てる。
突入と同時に斬られても、撃たれても、その死は後続の隊士の役に立つ。
「死に役」には熟練の剣士が抜擢され、「死に」役ながら生還する事も多かった。
この「死に役」に、幕末生き残りたちが志願し、半ば強引にその役を奪う。
「俺は死ぬから、その死を糧に敵を討て!」
「ハワイ王国の為に、禍根を残すな! その為に俺は死ぬのだ!」
そう言って彼等はより凄惨な室内戦闘を繰り広げていった。
犠牲も多い。
幕末からの同志、戊辰以来の隊士もやがて撃たれた傷が元で死に始めた。
「土方さん、お先に!」
「応、俺ももうすぐ逝くから」
「待ってますから、あの世でもまた新撰組やりましょうね」
「嫌だよ、死んだ後もお前らみたいなジジイに待っていられても、色気もねえ。
死んだら武士らしくさっさと成仏しろよ。
未練がましく化けて出るなよ」
ハワイアン・リーグの重鎮ウィリアム・アンセル・キニーは、新撰組の突入でついに討ち取られた。
主戦派らしく、ピストルで何発も何発も「死に役」を撃ち続けた。
5発撃ち尽くし、再装填する隙に若いハワイ人隊士が突入して首を刃物で掻き切った。
血を噴水のように吹き出しながらキニーは倒れ、同時に「死に役」も力尽きる。
最後の力で彼は、運び出された先で土方と冗談を交わしたのだった。
「未練がましく化けて出るな、とは随分と冷たいですな。
そんな冷たい人等待たず、近藤局長に会いに行きますよ……」
彼は死んだ……。
(さらば、俺も後から逝くからな)
キニーの死はオアフ島にも報告された。
高札と共にキニーの首が路上に晒されたと聞き、ドールとアシュフォードは激怒し、榎本に抗議をする。
最早講和会議等潰し、残った部隊と共に再起するとまで言い出している。
新撰組は、榎本にとっても頭痛の種となりつつあった。




