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それぞれの長の採る道

「御同輩、貴殿は総裁をどう思う?」

 第一旅団、第三旅団の士官、下士官からしばしば出るようになった話し始めである。

「榎本殿の今のやり様だな?」

「うむ、折角攘夷を為したのに、何故和睦等せねばならぬのか」

「儂もそう思う。

 儂らが戦い、勝ったのに、総大将があれでは働き甲斐が無いではないか!」

「うむ。

 志の為に戦う、既にその為の禄を今まで食んで来た故、恩賞が無い事はまだ分かる。

 しかし敵は倒して、首を取るか、所領召し上げとするが習いではないか。

 それが戦であろう」

「御同輩も左様思うなら、やはり隊長に申し上げようではないか」

「左様じゃのう。

 よし、他にも同じう思っている者を集め、隊長たちに申し上げようぞ!」

「然り!」


 軍に属さぬ日本人社会でも、勝ったと見られる榎本武揚による講和会議呼び掛けには疑問の声が挙がっていた。

「日本人ならば、ドールとアシュフォードは責を取って腹を切り、それがあってこそ下で働いた者が許されるというものだ」

「榎本殿は少し西洋かぶれし過ぎておられる。

 あれで謀叛を起こしたものが落着するのであろうか?

 白人はそれで上手くいくか知らぬが、我々は到底合点がいかぬぞ」


 さらに現地ハワイ人から日本人が責められる事も有ると言う。

「日本人は戦いに勝った。

 なのに何故、白人ハオレたちを殺しその土地を没収しないのか?

 土地を奪い、再び我々ハワイ人に返してくれるのではなかったのか?」


 様々な声は講和会議準備中の榎本武揚の耳に入る。

「人の気も知らないで好き放題言ってくれるねえ。

 白人を叩いて、かつ白人の本国を引っ張り出さない、微妙な外交が必要なんだが……」

 普通は反乱を起こした者は有無を言わさず死刑、同様に外国の侵略を誘発しようとした外患誘致も死刑である。

 問題は、多くの者がハワイ国籍と同時にアメリカ国籍も持っている事なのだ。

 アメリカ国籍を持つ者を一方的な裁判や、裁判に掛けずに殺したりしたら、アメリカ本国が自国民殺害を問題視して干渉して来る可能性がある。

 正しい、正しくないではない、アメリカにそう言わせる余地を与えない事こそ重要なのだ。

 アメリカは自分たちが勝手に侵出したアラモ砦をメキシコの大軍に攻め落とされた事に対し

「リメンバー・ジ・アラモ! アラモ砦を忘れるな!」

 と戦争の掛け声に変えてしまった。

 いくら正義の戦いで国を守ったと言っても、世論一つで我々が悪役に変わる事があり得るのだ。

 だからこそジョン万次郎は言論戦でアメリカに先制攻撃をし、ハワイをアメリカに併合させようとする派閥の蜂起失敗を自業自得と思わせている。

 今のところは上手く言っているが、どう転ぶかは見当が付かない。


 執務室には陸軍第一旅団第四大隊長の伊庭八郎が居た。

 この2人は江戸時代の講武所で共に学んだ仲である。

「伊庭君はどう思う?

 釜次郎、伊庭八の昔に戻って、忌憚無く言ってくれ」

「言ってどうにかなるのかい?

 どうせあんた、意見は変えないんだろ?」

「水臭え事言うなよ。

 話くらいしてくれたっていいじゃねえか」

「じゃ言わせて貰うが、あんた不満持たれてるぜ。

 この国の白人以外で、あいつらを助命しようなんて思ってるのはカラカウア王陛下と、黒駒のヤクザと、あんたの3人くらいだ。

 日本人だけでなく、ハワイ人も不満に思っている。

 あんたは白人の操り人形なんじゃないか、とかな」

「林様は?」

「あの方とカウアイ島の玄蕃様は戦っていない白人を保護してるだけだから、筋が通ってるのさ。

 あんたは武器を手にして戦った相手を許そうとしてるから、命がけで戦った部下が不満を持っているんだ」


 ここで話を変える。

 サーストンが銃剣憲法をカラカウア王に突き付ける6月30日、その3日前からカウアイ島の大名にして第二旅団長である酒井玄蕃は、多くの白人農園主を自邸に呼んだ。

「何の用事ですか?」

「なあに、アメリカやイギリスではパーティとかと称し、終日の宴席を開くと聞く。

 余もそれを真似てみようと思ってな。

 それとホンマ・カンパニーから長年の諸公との好誼を謝し、礼物等返したいと言われてのお」

「はあ……」

「10日程諸公を拙宅にて接待したいと思う。

 時に、余は七月一日に何やら不穏な噂を耳にしておる。

 よもやこの中に居る我が友の中に、そのような不届き者は居るまいとは思うがな」

 白人の中で心当たりがある者は肝を冷やした。

(バレている?)

 カウアイ島にもハワイアン・リーグへの参加者は居るのだ。

 その参加者は全てが招待されている。

 酒井家は徳川将軍不在時の江戸を警備し、薩摩藩邸を焼き討ちしたりした過去がある。

 庄内酒井家には秘密の治安部隊がいると噂されるが、実態は一部の者しか知らない。

 その噂もあり、また全てを知られているようでもあり、邸宅外には完全武装の兵士が居る。

 ハワイアン・リーグ加盟者は、可能なら奇襲でゲンバ・サカイを殺せというアシュフォードからの計画を放棄して酒井邸宅でパーティという名の軟禁に応じる事にした。

 そして内戦がひと段落した時、酒井玄蕃は招待客に言った。

「諸公が此度の謀叛において一切の敵対行為をしなかった事を、この酒井玄蕃が保証する。

 過去に何があったかは置いて、今ここに居られる諸公の身の安全と土地は安堵致す故、安心してお帰りあれ。

 長い事拙宅に留め置き、失礼致した」

 こうしてカウアイ島は一切戦闘をせずに終えた。


 話を榎本と伊庭に戻す。

 伊庭が言うには、一切を許すなら、この酒井玄蕃並の事をしていないと納得されない。

 戦端を開いた、それでも許す、しかも言い分を聞いて聞き入れるべきは聞き入れる、余りにも生温いではないか。

「で、あんたは俺にどうしたらいいって思うんだ?」

「そういう外交は万次郎先生とかに任せて、総大将は泰然と構えていりゃいいんだ」

「なあ、八郎君」

「何だよ」

「俺は今でも総大将なのかい?」

「何言ってんだ?

 五稜郭からずっと、あんたが総大将じゃないか」

「それなんだがね……。

 俺は蝦夷共和国の続きをやっているのか?

 それとも……?」




 ハワイ島ヒロ。

 この町はハワイアン・リーグに加盟した白人の地獄と化していた。

 ホノルルで猛威を振るった新撰組が、残敵掃討の為に乗り込んで来たのだ。

 そして、免疫の無いこの島で、彼等は血刃を振るっている。


「榎本さんは、殿様にはなれない人だな」

 共に働く第三旅団の兵士たちの不満を聞いて、土方歳三は原田左之助に語っていた。

「そうですかね?

 あの人のどこがいけないんですか?」

「お前も比呂城で会津様に会ったろう?」

「ええ、いや〜、ご立派な方でしたな」

「どうして立派だと思った?」

「え? いや、家臣たちが従い、言う事に重みがあり……」

「それだよ」

「は?」

「榎本さんは軽いんだ。

 そして自分で何でもやりたがる」

「はあ……」

「あの人は俺と同じだ。

 俺には近藤さんみたいな重みは無え。

 代わりに、近藤さんにやらしちゃいけねえ汚れ仕事は俺がやった。

 榎本さんは汚れ仕事とまでは言わねえが、攘夷を旗頭にした集団の頭が、敵を許す交渉を推し進める事をしている。

 総大将がそれをやっちゃいけねえよ。

 だが、榎本さん以外にその仕事が出来る人もいねえ。

 だったら榎本さんは総大将を辞めて、別な人を総大将に置いた方が良い」

「土方さんは誰が総大将なら良いんですかい?」

「俺が言うのは烏滸がましいってもんよ」

「じゃあ、新撰組の総大将としての土方さんは、これから何をするんですかい?」

「決まった事よ」

 土方は和泉守兼定を杖に立ち上がった。

「講和とやらが成立する前に、出来るだけ敵を刈り取る事よ。

 上がやれねえってんなら、俺たちが代わってやるまでよ。

 あと、もう一つ……。

 ところで、藤田はどこ行った?

 比呂にいるあいつの奥方の所か?」

「いやはじめさんは奥さんとはマウイ島に居た時から何回も会ってたから、特に今は会う必要無いって言ってましたよ」

「何? ラハイナに居た時から奥方に会っていた?

 そんな気配微塵も感じなかったが……」

はじめさんのやる事ですから、監察たちも動きを掴めてなかったんでしょうね」

「まあ良い、島田や尾関ら古くからの連中が揃った時に話して置きてえ。

 これから俺たち新撰組がやる事、やらんといけない事をな」




 このヒロでの新撰組の活躍は、現地ハワイ人を熱狂させ、白人を怒らせ、日本人の鬱憤を晴らした。

 オアフ島やマウイ島という、古くから発展して白人の多い島よりも、ハワイ島は原始的な雰囲気を残す。

 日本刀やハワイ古来の武器、新撰組に志を同じくして加入した白人もサーベル等で室内戦闘をし、討ち取った敵を晒す。

「生贄だ! 王家に禁止された生贄だー!!」

 とハワイ人は喜び、遺体の一部を切り取り持ち帰る。

 古来の軍神(クー)神殿に生贄を捧げ、祭りを行う。

 そんな行為を伝え聞いて、ドールとアシュフォードは榎本に抗議した。

「余りにも野蛮だ!

 君たちはこれ以上アメリカ人を殺さないと約束したのではなかったか!」

 軟弱と言われているが、こういう場合榎本も黙ってはいない。

「貴方たちこそ、ハワイ島での抵抗を止めていない。

 ハワイ島での抵抗をやめさせて欲しい。

 そうでなければ、我々も土方に治安活動を止めろと命令出来ない」

 ドールやアシュフォードにも痛い部分で、両者はお互いハワイ人の部隊へ戦闘を停止するよう命じる事で合意した。




 マウイ島ラハイナ。

 様々な情報を集めた黒駒勝蔵は神代直人、平間重助といった刺客を呼んだ。

「ホノルルの榎本が土方を持て余してるようずら。

 先生方、近い内に『ハワイ王国政府』または『ハワイ王国陸海軍』の命令って言う、大義名分を得て奴を殺せるかもしれねえ。

 用意しといて下せえよ」

 神代直人もまた、内戦後の白人を生かす榎本や目の前の黒駒に対し反発していた。

 しかし念願の土方を斬れるというなら文句は無い。

 刺客たちは「殺」の命令が出るのを待つ事にした。

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