「カイミロア」の帰還
講和会議は10月半ばから始まる事になった。
9月中は会議の為の予備交渉が為されている。
オアフ島の戒厳令は解除され、商船の入出港は自由となった。
また新撰組にも残敵掃討の中止命令が出され、「ホノルルが元治元年の京都」状態となっていたのが元の状態に戻った。
一方でドール、アシュフォードが市中に潜む併合派の兵士やその協力者に対し、停戦とテロ活動の中止を呼び掛ける。
これは「これから会議で我々の意思を通す、サーストンの意思はまだ生きている」と、講和会議で戦う意志を示した事から、半数は従い、半数はアシュフォードが密かに「モロカイ島に逃げるように」と言った事に従った。
両陣営ともに列強の領事館に足を運び、彼等の心象を良くしようと働きかけている。
この過程で、全く関係が無かったロシア帝国とイタリア王国がオブザーバーとして加わる事になった。
一方で日本国領事は蚊帳の外である。
併合派が猛烈に拒否し、榎本武揚たちも「出席したところで協力してくれるとも限らない」と、参加を強く望まなかったのだ。
和議に向けて平和が戻った……のはオアフ島の話である。
ハワイ島はいまだに戦闘状態にある。
ヒロ市街、また山岳森林に逃げ込んだキニーの部隊がゲリラ戦を始めたのだ。
ドールはキニーに対し停戦を呼び掛けていたが、法律事務所の共同経営者2人を失ったキニーは穏健派のドールを無視し、テロとゲリラ戦を続けている。
ハワイ島の軍は世代交代がされている。
元会津の者が多数移住したヒロにおいては、家族で渡って来た事もあって少年が成長して青年となり、彼等が親の跡を継いで兵士(武士)となった。
元桑名の者が移住したコナでは、婚約解消された松平定敬が故カメハメハ5世に大いに同情され、王族の娘と結婚させられた事もあり、早くから現地ハワイ人と日本人との結婚が進み、その時生まれた男子で年長のものは18歳になろうとしている。
武士の常で14歳頃には「元服」をし、以降は学問と軍事訓練を親から施されていた。
桑名の子たちは現在正規軍ではない、幼年兵として入隊年齢である満18歳を待っていた。
この世代交代は、オアフ島の旧幕府軍とは別の事態を招いた。
かつて京都で肩を並べて不逞浪士を取り締まった会津と桑名だが、その時の経験者がほとんど引退してしまったのだ。
元々戊辰戦争を激しく戦った為、京都で治安活動をした者の生き残りは多くない。
彼等を復帰させたところで、治安活動は随分長くやっていない為、勘が鈍っている。
そうでなくても、幕末期に危険な場所は新撰組にアウトソーシングしていたのだ。
戦闘には勝ったが、市内のテロや山林でのゲリラ戦には手を焼いている。
そんな中、サモアに派遣されていた「カイミロア」が帰還した。
「カイミロア」はサモア滞在中の8月23日に、ハワイで内戦が起きた事を知る。
すぐにサモア滞在を取り止め、ハワイに帰還した。
到着は9月23日で、着いてみたら大体終わっていて講和会議する為の支度で忙しく、帰国歓迎の式典も無く、そのままホノルル港に留め置かれた。
そして翌日、恐ろしい連中が乗り込んで来る。
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「なあ、近藤さんよ。
俺は死ぬつもりだったのに、また生き残ってしまったよ。
何時になったら近藤さんと会えるのかね?」
土方は暇を持て余していた。
榎本、大鳥から「頼むから、もうホノルルで荒い捜査するの止めて! 新撰組が過激だから、相手も反撃して来るの!」と、アシュフォード投降以降の「新選組らしい活動」の停止を懇願されている。
実際、アシュフォード投降以降、ホノルルでの過激派は自首したりして平和が戻ってしまった。
「だが、ハワイ島ではまだ戦闘が続いていると聞くが?」
「それは第三旅団に任せよう。
いくら君には、治安活動に関しての独自行動が許されていると言っても、ハワイ島まで泳いではいけないよね。
海軍はハワイアン・リーグとの停戦交渉を行う関係上、『蟠竜』は貸せないからね。
『蟠竜』はもう流石に限界迎えてるし、売りに出す事が決まってるから」
榎本に協力拒否をされ、かつホンマ・カンパニーの船を雇用しようにも榎本から先に手を打たれ、動けずにいた。
そこにサモアから「カイミロア」が戻って来た。
「よし、藤田、原田行くぞ!」
「ハワイ島ですね! 待ってました」
「大丈夫ですか? あれは国王の私物ですよね?」
歓喜する原田左之助と、法的根拠に疑問を持つ藤田五郎。
「国王の私物だから、榎本さんも今回は手出し出来ねえんだ。
さっさと行くぞ。
愚図愚図していたら、また榎本さんに妨害されかねない」
かくして新撰組が「カイミロア」に乗り込んで来た。
「これは、どういう事ですか?」
艦長のジャクソン大佐が戸惑いを隠せない。
「この国で乱が起きた事は知っているな?」
「はい、それで帰国しました」
「乱はまだ続いている」
「え? 終わって、両者の講和会議が開かれると聞きましたが」
「ハワイ島ではまだ戦闘が続いている。
それ故我々が治安出動する」
「当艦は国王直属ですので、国王陛下の命令が無いと……」
「国王陛下は現在王宮に籠って国政を行っていない。
国政は首相代行が行っている。
軍事行動、治安活動については陸海軍及び我々新撰組に委任されている」
ここで国王の委任状を見せる。
「了解しました。
では貴方たちをハワイ島まで運べば良いのですね?」
「任務としてはそうだ。
だが、君たちはそれで良いのか?」
「何をおっしゃいます?」
「この艦は練習艦とは言え、軍艦だ。
大砲も積んでいる。
共に戦わないか?」
「…………」
「おい、そこの少年。
君はどうだ? 我々と共に戦いたくないか?」
「戦いたいです!」
少年院卒の少年たちの代表、チャールズ・パリカプ・カレイコアが叫んだ。
「おい、カレイコア、何を言っている?」
「艦長、僕たちは練習艦で訓練を積みました。
ポリネシア人でも軍艦を操れる事を示す為です。
それがサモアに行って、やった事と言えば吹奏楽の演奏だけでした。
我々も大砲を撃ち、戦えるところを見せたいです」
「そうだ! 俺たちは戦える!」
「これは俺たちの軍艦なんだ!」
「……というわけだ、艦長。
貴公も軍人ならば、戦う事に異存は無いだろう?」
「分かった。
『カイミロア』出港準備にかかれ!
給炭を急げ」
「了解」
「乗せて貰う代金代わりだ。
新撰組! 給炭を手伝ってやれ!」
『あれ、榎本さんが勘づいて止めに来る前に出港しようって肚だぜ』
『さっさと給炭を済ませるには我々にも手伝わせる、か……』
『しかし、見事な詐欺師っぷりですな、土方さんも』
『あと、また少年たちが土方さんの戦意に刺激されてしまった。
あの人と居ると、勝てる、やれるって気になってしまうからなあ』
「おい、藤田、原田、何お喋りしてやがる。
俺たちも給炭を手伝うぞ、ほら!」
「はいはい……」
かくして榎本武揚が「カイミロア」の出港態勢に気付いた時は既に遅し、制止の使者が埠頭に着いた時には、蒸気圧を上げた「カイミロア」は既に出撃してしまった……。
「カイミロア」の乗員の内24名は、少年院の更生プログラムとして乗船を命じられた者である。
更生したとはいえ、彼等はヤンチャをして捕まり、少年院に送られていた過去を持つ。
ちょっと悪事にも興味がある年頃。
そんな彼等は、近くで新撰組隊士たちに接し、戦慄していた。
ヤンチャ仲間や白人の悪、港町にいるような破落戸とは比べ物にならない「死」の臭い。
にこやかに接していても、肉体に銃創やら刃物の傷が見える。
休んでいても、近寄るとじっと見られているような気配を感じる。
(この人たちは本当に怖いな)
彼等はそう感じる。
一方で
(この人たちとなら、どんな戦争も勝てそうな気がする)
そう思い、怖い彼等を好きになっていた。
……実際には負けて負けてハワイに来たのであるが。
そして「カイミロア」はヒロに入港する。
何も知らない第三旅団の兵士は、味方の軍艦入港を歓迎する。
そして直ちに残党の潜伏地点を示し、そこまでの輸送と艦砲射撃を依頼する。
ジャクソン艦長は、確かにハワイ島では戦闘が終わっていない事を知り、配下の船員、少年たちに指示を出して軍事行動に移った。
そしてヒロの町に新選組が入った。
今度はこのハワイ島最大の町が、幕末の京都化する……。




