表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/190

アシュフォード大佐の投降

 ワイキキ方面から侵攻する日本軍を迎え撃ったホノルル・ライフルズだが、王宮方面が敗れた事と、海軍の艦砲射撃を避ける為に山岳地帯に撤退した。

 倍の日本軍相手に戦線を維持し続け、戦力を十分維持したままでの撤退である。

 千名近い兵力が山に籠った。


 山岳戦において補給は重要な問題である。

 確かに山林の果実や野草を食べて生活出来る、そのような訓練をした義勇兵?集団なのだが、千名を超えるとなると食わせるのも中々大変である。

 そんな彼等を、戦いには参加していなかったが、心情的に近い白人農園主や商人が支援する。

 この人数であり、馬車を使って食糧や弾薬を届けていたが、それは市内に駐屯している日本軍に見つかるところとなった。

 そうして捕らえられた者の中には、酷い拷問を受けた者も出たという。

 一方で日本軍は、情報に関しては一切止める気が無いようだった。

 『武士の情け』とか言う理屈で、怪我人に対する薬等を市民が届ける事に関して、彼等は一応チェックをした後で素通りさせる。

 この時に様々な情報が同時に届けられた。

 時には日本人からの手紙や言伝もあり、ホノルル・ライフルズに今起きている事はそのまま知らせる方針のようだった。


 アシュフォードが驚いたのは、サンフォード・ドール氏が生きていた事であった。

 イオラニ宮殿に断罪者(ウリエル)土方が突入したと聞き、ドールやサーストンの命は無いものと思っていたのだ。

 しかしドールは確かに生きていて、ホノルル市内の林家に軟禁されているという。


 次に、ホノルル港の倉庫街が新撰組の手に落ち、拉致していたギブソン元首相が解放された事も聞いた。

 カラカウア王とギブソンは再会し、お互いの無事を喜び合った。

 ギブソンは首相に返り咲く気は無かったが、暫くは身の安全の為に一家でイオラニ宮殿に住む事となった。


 アメリカは国務省の発表として、公式にハワイ併合を拒否し、ハワイアン・リーグのクーデターを非難した。

 これはアシュフォードにとって痛い知らせである。

 もう増援は見込めない。

 本国は我々を切り捨てたのだ。


 ハワイ島の戦況も知った。

 城は想像以上に堅固で、それを落とせないまま南北から日本軍増援部隊に挟み撃ちを食らう。

 キニー、キングの両名はヒロ市内に逃げ込み、消息を断った。

 まだ生きてはいるだろう。


 内戦状態に入り、フランスは畝傍級3番艦「マウナケア」の引き渡しを保留にしていた。

 先日「内戦は王国政府の勝利に終わった」という判断の元、フランス政府から艦艇引き渡しを行うという通達が出た。

 これで榎本の海軍は、強力な巡洋艦2隻体制となる。


 ホノルル市内は悲惨な状態であった。

 王宮攻撃の部隊の残党が主に市内に隠れていたが、断罪者(ウリエル)土方が新撰組局長に復帰し、既に数十名を殺害している。

 これに恐れを為した者は、大鳥圭介の陸軍司令部、榎本武揚の海軍司令部、中立を宣言していた林家、王国政府警察等に出頭して身の安全を保障して貰っている。

 不思議な事に、ハワイアン・リーグの宣教師たちが嫌ったマウイ島の黒駒一家、彼等の所有する建物に逃げ込んだ白人たちも匿われ、命がけで逃がされているという。

 ここはアシュフォードにとって意味が分からない。

(ラハイナは真っ先に潰す対象だったのだが、クロコマというのは随分とお人よしなのか?)


 既に戦闘終結から1ヶ月近く経っていた。

 監視している日本軍は攻めて来る気配は無い。

 遠巻きに監視し、補給を断つ事しかしていない。

 それ故に、ホノルル・ライフルズも大分くたびれて来た。

 戦闘があり刺激があるなら兎も角、食糧探しと攻めて来る気配の無い敵を監視し続ける毎日。

 士気も大分緩んで来ている。


(ここいらが潮時だな)

 アシュフォードは投降を決断した。

 だが、相手は得体の知れない日本人(ジャップ)

 断罪者(ウリエル)土方だのラハイナ闇の帝王黒駒(ブラックホース)だの、不気味である。

 信用をしたら痛い目に遭うかもしれない。


 アシュフォードはホノルル・ライフルズの主だった者を集める。

「我々はアメリカ領事館に入ろうと思う」

「おお、ではあそこに居る日本軍(ジャップ)と戦闘し、ホノルルに突入するのですね?」

「いや、丸腰で行く。

 そして合衆国の治外法権の地で生命の安全を保障して貰う」

「投降ですか?」

「簡単に言えばそうだ」

 周囲がざわめく。

「確かに我々はこの1ヶ月で随分消耗しました。

 更に合衆国政府が我々の行動を認めなかった以上、援軍も来ないでしょう。

 投降は1つの答えかもしれません。

 しかし……」

「そう、日本人(ジャップ)は信用出来ない」

「ええ」

「だから諸君に集まって貰ったのだ。

 私は主力350人と共に山を下りてアメリカ領事館に向かう。

 残りは2分して、引き続き隠れていて欲しい。

 兄さん、後を頼めるか?」


 アシュフォード大佐の兄、クラレンス・アシュフォードは、王宮の戦いの後で市内に逃げ込まず、弟のいるワイキキ方面に逃げた。

 そしてホノルル・ライフルズの一隊と合流し、共に山岳キャンプをしていた。

 クラレンス・アシュフォードは、弟に言われて困っている。

「そう言われても、私ではどう判断したら良いか、分からないぞ」

「簡単ですよ。

 日本人(ジャップ)が約束を破ったら、死ぬ気で攻撃して来て下さい。

 それで壊滅しても、約束を破った代償で合衆国の軍が動くでしょう」

「では、私は何時まで待てば良いのか?」

「裁判で判決が出るまでですね。

 ここには300人程を残し、残りはカイルア方面に出て船を探し、モロカイ島に潜伏して欲しい」

「モロカイ島?」

「そうだ。

 オアフ島、カウアイ島、ハワイ島、マウイ島は日本人の手に落ちている。

 ニイハウ島はイギリス人の所有で、ラナイ島はあのギブソン元首相の土地が多い。

 カホオラウェ島は乾燥し過ぎて食糧調達が難しい。

 ある程度の広さと日本人の少なさ、そして物資調達の意味でもモロカイ島しか選択肢は無い」

「分かりました」


 そこに斥候が報告に現れる。

「敵より使者が来ています。

 白旗を持った奴がこちらに向かって来てますが、どうしますか?」

「どうするも、白旗を掲げて来た者を撃ってはならないだろ。

 ここに連れて来い」

 そう言いつつ

(随分とタイミングが良いな)

 そう感じたアシュフォードであった。




「見ていたのか?」

 軍使にアシュフォードは聞く?

「は?」

 軍使は全く分かっていないようだったので、再度尋ねる。

「君をここに送った男は、我々が今どのような状況にあるか、知っていたのか?」

 そう聞かれても、軍使は首を傾げていた。

「いやあ、何言ってるか分かりませんが、大隊長はそろそろだな、と言っていました」

「そろそろ……」

「はい、そろそろ、です」

「ふーむ……」

「では、書状をお渡しします」


『アシュフォード大佐殿

 先だっての戦闘指揮、真に見事なものであったと感心しています。

 既に首都は王国政府軍が制圧し、ハワイアン・リーグの諸部隊は壊滅しています。

 貴官とその麾下の部隊が残っているだけです。

 そこで我々は貴軍との講和を申し出ます。

 文官代表としてサンフォード・ドール氏が出席しますので、武官代表として貴殿の出席を願います。

 どうか正しい決断を


 ハワイ王国陸軍第一旅団長 大鳥圭介准将』


(講和会議だと? 圧倒的有利なのにか?)

 そう思ったが、彼は図々しく条件を付けて返答した。

 図々しいとは受けた側の視点、彼は彼の思う主張をしただけではある。


「日本人を信用出来ないから、我々の宿舎はアメリカ領事館とする事。

 講和会議もアメリカ領事館で開く事。

 兵力は残していくが、会議中は一切攻撃をしない事。

 また会議中は封鎖を解除し、食糧の購入を自由とする事。

 そして現在ホノルル市中で行われている残敵掃討の名を借りた殺戮を中止する事。

 以上の5項目を条件として伝える。

 受け入れられない場合は、講和会議には出席しない」


 条件を聞いた大鳥は笑って、すぐに回答をする。


「講和会議場はホノルル市内の林家邸宅と決めて、既に用意を始めている。

 この変更は出来ないが、代わりにアメリカ領事の陪席を認める。

 他4条件は承知した」


 アシュフォードはなおも粘る。

「ホノルル市内の林家については承知した。

 しかしアメリカ領事だけでなく、イギリス、フランス、ドイツ領事の参加も要求する」


 陸軍の他の者たちが「いい加減にしろ! 潰すぞ!」と息巻く中、大鳥はやはり笑って返答する。

「アメリカ領事はアメリカ人が関係した事だから、当事国としての陪席となる。

 その他諸国については、一部関係者がいるとは言え、当事国とは認められない。

 故に本会議の見届け人としての参加としてなら認められるどうか?」


(これで十分だ。

 別に私は英仏独に味方になって欲しいとは思っていない。

 奴らが交わした約束を破る事が出来なくなる、全ての同志の身の安全を保障する、それが出来たら十分だ)

 アシュフォードは条件を呑んだ。

 そして

「アメリカ領事館に伝令を出せ。

 書記官でも通訳でも良い、外交官を我々の案内につけろ。

 これで万が一にも奴らは騙し打ちを出来なくなるだろう」

 と命令した。


 どこまでも慎重なアシュフォードだが、彼が降った事で講和会議が始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ