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いや、国作るぞ!~ホノルル幕府物語~  作者: ほうこうおんち
幕臣、ハワイ王国に移住す
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ハワイ王国海軍拡充計画

 蒸気コルベット「回天」は砲を11門搭載した、蝦夷共和国の有力な艦であった。

 当時日本最強のフリゲート「開陽」を座礁で失った後は、共和国海軍旗艦として戦い続けた。

 宮古湾海戦、木古内沖海戦、当別沖海戦、箱館湾海戦と戦い続け、戦傷で既にボロボロになっていた。

 5月11日の「運命の日」に奇跡的に故障が直って海戦に参加出来た後、講和成立で本格的な修理を箱館、次いで横須賀で行い、その後ハワイに移住する幕臣たちを乗せ、「蟠竜」や輸送船と共に太平洋を往復した。

 だが……


「榎本代将に報告します。

 『回天』はもういけませんや。

 これ以上は外洋で使えません」

 そう言ったのは中島三郎助だった。


 元蝦夷共和国海軍関係者はハワイ王国海軍軍人となった。

 榎本武揚は大佐、荒井郁之助と中島三郎助、「回天」艦長根津勢吉と「蟠竜」艦長松岡磐吉は中佐に任じられた。

 榎本武揚は2隻の軍艦から成る「第1外洋警備隊」の指揮官なのだが、同時に輸送船隊も指揮し、基地司令も兼任し、艦隊整備計画にも関わる為、「大佐中の最先任たる代将(コモドーア)」の称号を与えられていた。

 その彼に、軍艦の一隻が「もうダメ」と言って来たのは、海軍士官学校校長予定の中島三郎助だった。


 中島三郎助は、日本における嘉永七年黒船来航において、浦賀奉行見習として最初にペリーと応対した男である。

 その後、長崎の海軍伝習所でオランダ人教官から海軍を学んだ。

 同期には勝海舟がいるが、彼とは合わなかったようで、遣米使節にも加わっていない。

 榎本武揚とは気が合ったようで、彼に従って蝦夷共和国に加わり、そしてハワイにやって来た。

 現在は輸送船「鳳凰丸」船長をしているが、元々病を得て家督を息子に譲った身であること、造船やドック建設の実績があることから、陸上勤務に移り、後進の育成と施設の拡充を担う予定である。


 「回天」はくたびれ果てていた。

 外輪船である「回天」は、既に時代遅れとなっていて、戦闘で傷ついた機関が故障がちな事もあり、そろそろ軍艦として機能しなくなるだろう。

 本格的に修理をしたと言っても、明治新政府軍の装甲艦「甲鉄」に体当たりして歪んだ艦首やフレーム、暴風雨によって3本から2本に減らしたマスト等、直し切れていない部分も多々ある。


「そこでですが、『回天』を士官学校の訓練船に貰えませんかね。

 あと、大砲はこれから造る軍港を護る砲台に転用したいと思います」

 接岸固定し、士官学校学生が模擬乗り組みを行う「授業用」の艦にしたい。

 砲も前甲板の50(ポンド)砲のみを残し、有力な15cm砲は沿岸砲にしたい。


 榎本は言われなくても旗艦「回天」の疲弊を知っていた。

 知っていたが、彼等日本人がハワイにおいて白人たちから一目置かれているのが、5隻の艦隊を持って来た事にあるのも分かっていた。

 停泊しているだけで、「回天」と「蟠竜」は周囲を威圧していた。

 ゆえに、その片割れ、しかも排水量370トンの「蟠竜」より余程大きい排水量1700トンの「回天」の方を棄てる選択肢は無かった。


「思うところは色々ありますが、潮時ですね。

 中島さんが言うなら、それに従います」


 こうして、根津艦長も交えて「回天」軍籍解除の話に入った。

 そんな中、榎本は中島に尋ねた。

「軍港の候補はやはりあそこですか?」

「白人たちがパールハーバーと呼んでるあそこが、ホノルル港より軍港として適しています」

「何とかあそこを借りたいですね」

 かなうならドックや造船所を作り、「君沢型スクーナー」で良いからハワイ人による軍艦建造を行い、彼等の技術にしたいと考えていた。




 それからしばらくして、ホノルル港に一隻の軍艦が入港した。

 降りて来たフランス人に榎本は驚いた。

「ブリュネ大尉! まさか貴方にまたお会い出来るとは!」

 カズヌーヴやフォルタンらも含め、軍事顧問団がそのままハワイにやって来たのだった。


 ナポレオン3世は、太平洋に影響力を持つ一環で、ハワイに移住した旧幕臣を通じてハワイ王国と関わろうとしていた。

 以前在ハワイ公使がカメハメハ5世に新型艦の提供を約束した為、それを届けると同時に、蝦夷共和国にまで付いて行った軍事顧問団をハワイに派遣したのだった。

 ハワイ王国にとって、大きな戦力強化となった。


 新型艦はフランス二等装甲艦アルマ級8番艦で、排水量3500トン、速力11ノット、19サンチ砲4門の強力なものだった。

 もっとも、新型艦である事に嘘はないが、この艦建造時には既により新しい「ラ・ガリソニエール」級(排水量4600トン、速力12ノット、24サンチ砲4門)への切り替えが為されていた。

 そんな事は知らぬ事、榎本たちはこの艦を喜んだ。

「この艦、『開陽』(排水量2600トン、速力12ノット、16cm砲24門)よりも強そうじゃねえか」

「ありがてえな。これで『回天』を練習艦にしてもお釣りが来るぜ」


 喜んだのはカメハメハ5世もであった。

 贈呈されたこの艦を、カメハメハ5世は「カヘキリ」と名付けた。

 かつてカメハメハ大王若き折の最強の敵・カヘキリ2世にも因んでいる。

 「カヘキリ」は榎本に預けられた。

 フランスは同様の軍艦を更に販売したい旨を伝え、気分の良いカメハメハ5世は王の個人資産から3隻を発注した。

 こうなると、古くからハワイへの影響力を持っていたイギリスも黙ってはいなかった。

 中古ではあるが、何隻かの軍艦、輸送船、その他帆船を無償提供し、代わりに海軍の軍事顧問団を派遣したいと言い出した。

 カメハメハ5世は榎本に諮り、その要求を受諾した。

 列強の均衡状態は、ハワイを救うかもしれないという意見にも依る。


 ここのところカメハメハ5世の機嫌はすこぶる良く、榎本が頼んだ真珠湾への軍港建設、海軍士官学校の設立とハワイ人の入学、フランス人軍事顧問の採用等がトントン拍子に進んだ。

 旧幕府陸軍は、フランス人顧問団に学び、号令もフランス式になっていた。

 大鳥圭介旅団長の下、

 第1大隊(古屋佐久左衛門):元伝習隊

 第2大隊(今井信郎):元衝鋒隊

 第4大隊(伊庭八郎):元遊撃隊、元彰義隊(編制途中)

 等はフランス式に慣れていた。


 第3大隊(星恂太郎):元額兵隊、他

 は、イギリス式歩兵部隊だったが、彼等も五稜郭でフランス式の指導を受けていた。

 当時フランス陸軍は「世界最強」と言われていた。

 その根幹である砲兵力がハワイ陸軍には足りなかったが、それでもフランス式の訓練を受ける事を彼等は全く不満に思っていなかった。

 一方の海軍はイギリスが世界最強で、それは「そう言われている」というより常識として疑う者の無い事実だった。

 そのイギリスから指導を受ける、それは良いが一方で軍艦を無償提供したフランスが不快に思う。

 上手く英仏を受け容れ、バランス良く扱わなければならないだろう。

 オランダに学んだ榎本だが、己は慣れないフランス式もイギリス式も受け容れ、調整していく事になる。


 ハワイにありて旧幕臣とフランス帝国は半同盟関係にあり、距離的に近いとは言えアメリカ白人社会もうかうかしていられないという雰囲気になった。

 日本人だけなら怖くない、フランスだけなら距離があり過ぎて中々来ない、だがこの2つが弱点を補強し合うように手を組んだとなれば……。


 日系人に対する反感と恐怖は、地下で根が張られるように、見えないところでどんどん拡がっていた。

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