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王宮の戦い

 夜明けと共にワイキキの日本軍は攻撃に出た。

 ホノルル・ライフルズの側面に展開し終えた第二大隊は、敵陣の人数が減り、奥の方に少人数ずつ撤退しているのを確認した。

 大隊長今井信郎は本隊に伝令を出す。


 だが伝令が到着するより前に、正面攻撃を担当する第四大隊は、敵の反撃に勢いが無い事を感じ取り、接近させていた砲兵の一斉攻撃の後の突撃を命じた。

 昨晩の内に接近していた砲は、元の砲架に載せられ、また砲撃の威力で後退した場合に受け止める坂道や、敵の攻撃から砲兵を守る土嚢まで積まれた砲兵陣地を作っている。

 そこからの猛射が敵陣に浴びせられる。


 ホノルル・ライフルズ司令官アシュフォードは、この陣地の放棄を決断、残った兵力を撤退させると共に、第二陣からの撤退援護射撃を命じた。

 剣客・伊庭八郎は敵陣の呼吸に合わせ、敵の気が引いたと感じる「剣客の直感」で突撃を慣行する。

 この不合理な「剣客の直感」は当たっていたが、敵陣に乗り込んだと同時に、更に遠方の敵陣から攻撃されるとは予想していなかった。

 敵陣は迂回攻撃にも対応し、後方にも土嚢を積み、壕を掘って防御している。

 それを頼りに第四大隊は防御に入り、占領成功と敵第二陣の存在を伝令に出す。


「やっぱり敵さん、強いわ」

 2つの伝令を受けて、大鳥圭介はどこか他人事のように笑った。

「大鳥さん、やはりあんた、目まぐるしく変わる戦場への対応は苦手だね」

 滝川充太郎参謀が文句を言う。

 日本軍はフランス陸軍の指導を受けている。

 故に司令官の裁量が大きく、参謀はあくまでも状況整理や事務処理を行うものであった。

 これがドイツ式ならば、参謀がよく戦闘について検討し、全軍で意思統一をさせるところだ。

 そうでない為、庶務係の滝川は司令官の戦闘下手を残念に思う。


「第三大隊からも伝令が来ています。

 『王宮救援部隊第二陣を本未明出動させた。

  事後承諾につき責任は小職が負うものである』

 ですが、如何しますか?」

「あー、増援出しちゃったんだ」

「いけませんか?

 呼び戻しますか?」

「いやいや、本来の任務は王宮の救援だったからね。

 僕たちの仕事は、それを阻止する敵の排除。

 排除はまだ出来てないけど、王宮への救援はしなければならないから、敵陣占領後に部隊を編制するつもりだったんだ。

 先走っちゃったけど、それは本来の目的だし、書類上譴責か何かにしといて。

 そして、残り今井君に伝令を出して、第二大隊からも王宮への救援部隊を出すよう言ってくれない」

「承知しました」

 大鳥は臨機応変の戦闘対応が苦手なだけで、計画を立ててそれを遂行する事においては十分有能である。

 当初の目的は一体何なのかを抑え、目の前で起こる状況に振り回されて目的を見失う事はない。


「だから村田に負けたのかな?」

「何かおっしゃいましたか?」

「いや、ね、僕は今も敵将の後手後手に回ってるでしょ?

 前線の隊長たちみたいに、咄嗟に上手い行動が出来ない、君もそう言ってたじゃないか。

 だから村田に負けたのかな? って。

 あ、村田って大村益次郎君の事ね。

 大坂適塾の後輩なんだ。

 懐かしいな、緒方洪庵先生とか、後輩には福沢諭吉とか……」

「はあ……、戦闘中の今はどうでも良い事ですな。

 それで、次の指示はありますか?」

「いや、これ以降は全部伊庭君に任せるとする。

 補給要請があったら届けてやってくれ。

 あとは、榎本さんが帰って来るまで僕はやる事ないよ。

 もう王宮に増援を送る為の道は開けたし、王宮がまだ持ちこたえているなら負けは無い。

 そうでないとしても、この戦場を維持していれば、海軍が戻れば逆転出来る」


 湿地帯を抜けた日本軍から、第三次王宮救援部隊が発進した。

 迂回して草地を抜けていった前二者と違い、第三次隊は乾燥した道を走っていった為、撤退したホノルル・ライフルズからもその姿が確認された。

「ホノルルの兄貴に伝令を出せ。

 敵の増援部隊が王宮に向かったから注意しろ、以上」

「それだけですか?」

「ああ、それだけだ」

 ホノルル・ライフルズからも伝令の騎馬が走る。

(最早手が打てない)

 アシュフォードには敗戦が見えて来た。

(まだ落ちないのか……)

 そう思い、首を振る。

(まだ、なのではない。

 6月30日の晩に王宮を制圧出来なかった時点で、全てを打ち切るべきでは無かったか?

 要所と要人を抑え、あとは反対派が動けなくなるよう守るのが本来の方針だった。

 だが守っているのは俺の部隊だけで、他は攻めている。

 攻めるのであれば、もっとしっかりした指揮官と兵器を用意すべきだった。

 始まってしまったから止められないが、始まる前なら止められたのではないか)

 後悔が頭をよぎる。

 この後悔は戦闘において無駄な事ではない。

 彼は失敗する事を想定し、では失敗後にどうしたら良いか、考えていたのだった。


 アシュフォードの後悔を知れば、対外のハワイアン・リーグの白人たちは

「気弱になり過ぎている。

 戦況は我々有利じゃないか」

 と一笑に付すだろう。


 戦況だけ見れば、ホノルルの入り口でホノルル・ライフルズ本隊は敵の大軍の足止めに成功し、王宮には何度か併合派兵士を撃退していた機関砲が沈黙し、ハワイ島では増援が敵艦に発見されずに到着し、大砲を陸揚げした。

 あと一押しで勝てる。

 ヴォルニー・アシュフォードの兄のクラレンス・W・アシュフォードは弟程事態を悲観視していない。

「諸君、あと一歩だ。

 あと一歩でイオラニ宮殿に突入出来る。

 大砲を押し進め、銃弾を王の人形たちに浴びせかけよう!」

 彼は法律家であり、軍人ではなく、軍事教育も受けていなかった。

 その為、弟からの伝令を受けると、

「援軍が向かった、注意しろ、そう言われてもどうすればいいんだ?

 明確に指示を出せよ、ヴォルニー……」

 とぼやいてしまった。


 そして確かに援軍の日本兵が(とき)の声を上げながら王宮に向かって来た。

 大声を出すと敵に居場所を察知されるが、この場合は救援に来た事を王宮に知らせる意味もあり、籠城側の士気を高める効果もあった。

 尤も王宮側は、山側の道路から接近する援軍を二階から既に見つけていた為、彼等の近接前から援軍を知って士気が上がっていたのだが……。

 クラレンス・アシュフォードの部隊は、この増援を王宮に入れまいと銃弾を浴びせる。

 援軍は、直前に梅沢たちが押し返した王宮周辺の道路まで到達し、そこに布陣して併合派と戦闘に入る。


 クラレンス・アシュフォードの誤算は、援軍が2つ出た事を知らなかった事だった。

 彼が戦っているのは、荒井少佐率いる部隊である。

 この後に、第二大隊から抽出された部隊もまた駆けつけて来た。


 第二大隊からの増援は、松岡四郎次郎中佐が指揮していた。

 彼は隊長の今井信郎と旗本としてはおおよそ同格だった為、副隊長を任されていた。

 松岡は、王宮付近で激しい銃撃戦の音を聞くと、無理に王宮に突入しようとせず、銃撃戦を行っている相手方、どうせ片方は自分たちの増援部隊に決まっているから、その敵の背後を衝こうと考えた。

 今井信郎が京都で所属した見廻組は、途中で狙撃組と名を改めている、

 鳥羽・伏見で鉄砲を持たずに前線に立たされ、多くの隊士を討ち死にさせているが、その後銃にも習熟し、名ばかりであった「狙撃」を実際に出来るようにしている。

 松岡は狙撃部隊、彼等は「猟兵」と呼んでいるが、それを用意した。

 狙いは王宮包囲部隊の中で、機関砲や大砲の指揮をしているものである。

 彼等は昨晩に引き続き、軍靴を脱いで草履に履き替えると、音を立てずに港側に迂回した。

 そしてミリラニ・ストリートを通じて王宮を攻める部隊を捉える。

 松岡は一気に突撃はかけず、まず猟兵たちを周囲の建物に入り込ませ、指揮官級を探させる。

 そして自らの拳銃発砲を合図に、狙撃を下令。


 2つ目の増援部隊に背後と側面から襲われ、大砲と機関砲の操作手を撃たれた併合派は、総崩れとまではいかなかったが、パニックを起こしてテンでバラバラに反撃をする烏合の衆と化した。

 彼等が戦意を失っていないだけに、制圧に時間はかかるが、最早勝敗は決したと言って良いだろう。

 そして軍事教育を受けていないクラレンス・アシュフォードは、最後の局面で弟に伝令を出さなかった。

 アシュフォード大佐は、まだしばらく戦闘が続いているものと錯覚してしまった。


「松岡中佐、救援ありがとうございます」

「おう梅沢君、無事で何よりだ。

 えーと、藤田五郎隊長でしたな。

 ご苦労様でした。

 これより指揮は小官が引き継ぎますので、梅沢共々お休みになって下さい。

 昨日からの御奮戦、無駄には致しませぬゆえ」

「おう、斎藤、代わって貰え」

 見ると、高松凌雲の肩を借りた土方歳三が寝所から現れて立っていた。

「土方殿、御身こそ六月の晦日より御奮戦見事でした。

 こうして生きてお会い出来て光栄です」

「うん。

 さい…じゃなく藤田と梅沢君はカラカウア陛下に報告を入れ、休ませて貰え。

 休んだら、また明日から仕事があるからな。

 な、藤田」

「相変わらず人使いの荒い……。

 ではお言葉に甘えます」

 土方、藤田、梅沢、松岡は敬礼を交わし、松岡は率いて来た中隊を指揮をして王宮全域を警備させる。

 梅沢は指揮していた小隊にも休息命令を出し、またロイヤルガードと握手を交わす。

 そして藤田、梅沢とジョージ・ハサウェイ・ドールの3人が王の間に向かった。


「終わりましたか?」

 高松凌雲が土方に尋ねる。

「まだまだ。

 多分ここからが長いですよ。

 でも、ここからは新撰組の領分です」

 そう返答した土方は

(親衛隊長はもうおしまいだ。

 また新撰組の局長に戻らねばならない。

 相馬、藤田、原田、こいつらにツケを回さぬよう、俺で始末をつけてやる)

 そう決意をする。




 夕刻、日本兵の包囲を抜け出した併合派の兵士数名が、第四陣にまで移って遅滞戦術を行っていたアシュフォード大佐の元に辿り着いた。

 王宮を攻撃していた部隊は奇襲を受けて壊滅。

 その報を聞きアシュフォードは全軍に命令を出す。

「湿地帯、草地、山林に脱出せよ。

 もう時間が無い。

 とにかくここから逃げて夜を待ち、闇に隠れてホノルル市内に潜伏せよ。

 私は山岳地帯で部隊を再編制して戦うつもりだ」

「大佐に従います」

「我々もまだ戦います」

「そうか、だが愚図愚図しちゃいられない。

 敵が撤退に気付いて総攻撃に入る前に、急いで散開しろ!!」


 半信半疑のホノルル・ライフルズだが、指揮官の命令を聞いて脱出を行った。

 殿を引き受けた十数名が、戦うだけ戦って降伏する事になる。

 脱出に成功したホノルル・ライフルズの兵が高台から海を見て、アシュフォードの迅速な命令が正しかったを知る。

 巡洋艦「マウナロア」がワイキキ沖合で黒い煙を吐きながら、18.5ノットの最大戦速でこちらに向かって来ているのが見えた。

 そして簡易陣地にはオーバーキルな24cm砲が火を噴く。

 この瞬間、勝敗は決した。

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