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内戦2日目の夜

「あ、土方君、目覚めたのかね?」

 高松凌雲が、王宮の豪華なベッドに寝かされた土方歳三が目を覚ましたのを見て声を掛けた。

 着込みを着けていた、弾丸が小口径だった、脇腹の方に当たり内臓には損傷は無かったとは言え、腹部に被弾した後も血刃を振るった土方は重傷だった。

「高松先生、今は何時(なんどき)でしょうか?」

「夜になったよ。

 そろそろ子の刻、こっちの言い方だと夜の11時になるね」

「戦況は?」

「銃声はしばらく前に止んだ。

 あと詳しい事は藤田君か梅沢君に聞くんだね?」

「梅沢?

 ああ、額兵隊の若い奴でしたね。

 では額兵隊が来たんですか?」

「だから、詳しい事は彼等に聞きなさい。

 医者に聞いても分からないですよ」


 藤田五郎は敵の夜襲を警戒し、1階正面玄関に置いた指揮所から離れられないという。

 代わりに梅沢道治少佐が現れた。

「戦況は?」

「現在は落ち着いていますが、敵が集結しつつあるので、明日は厳しいでしょう」

「どう護っている?」

「正面玄関に至る階段脇、地下室への入り口の前に機関砲を2門設置しています。

 ただ、1門はカラカウア陛下の私物で、弾丸は足りていません。

 私が運び込んだフランス式機関砲で対処する事になります」

「兵の配置は?」

「銃で戦う我々二十余名を2階に、銃と刀で戦う新撰組の方々は1階に配置されています。

 ロイヤル・ガードは王の間で陛下をお守りしています。

 残りは藤田隊長の傍で予備兵力として待機しています」

「ここ以外の戦況は?」

「電線が切られてしまったので最新の情報ではありませんが、まず陸軍主力は苦戦しています。

 敵将の指揮が見事で、第三大隊は湿地から出られずにいました。

 自分は別動隊を率いてこちらに参りました。

 旅団司令部に救援要請が出たので、既に到着しているでしょう。

 ただ、今はそちらの砲声も途絶えています。

 マウイ島ラハイナは主力を叩いたようで、掃討作戦は行わずに明日には引き揚げて来るとの事。

 ハワイ島は、会津様が攻撃を受けましたが撃退に成功。

 第三旅団に出撃命令が出たとの事です。

 カウアイ島は蜂起の知らせが入っていません」

 土方は戦況を全て把握出来た。

(優秀な男だな)

 と梅沢を見てそう思った。


「すまんが怪我人の出る幕は無さそうだし、ここで休ませて貰う。

 乗り込んで来た敵相手に、俺が刀を振らずに済みそうだしな」

「はっ!」

「では頼むぞ」

「最後に、カラカウア陛下から『助かった、ありがとう、治療に専念してくれ』との伝言を預かりました。

 では持ち場に戻ります」


 土方は油断はしなかったが、安心はした。

(あの男と斎藤が居る限り、負ける事は無さそうだな)

 そして

(俺には不釣り合いな寝台だ)

 と思いつつ、そこで眠る事にした。

 高松先生が麻酔を使ってくれるし、今は体力回復に勤めよう。




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 ワイキキ・ホノルル境界付近:

 第三大隊長星恂太郎は、兵力の再編をしている。

「大隊長、後方の砲兵陣地が動いています」

「攻撃再開か?

 こっちは早朝から戦っているんだし、損害も出ている。

 夜襲の警戒だけして、ちょっとは休ませて貰わんとな……」

「いえ、攻勢準備とかじゃなく、こっちに近づいて来てるんです」

「何だと?」


 見ると、また(そり)に載せた大砲を人が牽引し、こちらにやって来ている。

「星君は居る?」

 大鳥圭介が徒歩で大隊長指揮所に現れた。

「いやあ、額兵隊には貧乏くじを引かせてしまって悪かったね。

 このまま君たちが敵陣一番乗りをしたいのかもしれないが、ここは後退してくれないかい?」

「…………(わし)らは後送ですか……。

 という事は、明日総攻撃をかけるわけですか?」

「うん、多分。

 迂回した第二大隊次第なんだが、そのつもりだ。

 第三大隊が前線で頑張ってくれたお陰で、第四大隊は大砲を運びながら要塞から急行した疲れも取れた。

 あと、東北(みちのく)の兵が知っていた、輪かんじきってのを代用品で作ってみた。

 元々は雪道用だけど、こういう湿地でも役立ちそうだね」

「はあ、輪かんじきなら我々も知っています。

 我々は仙台伊達家の者でしたから」

「本当、済まない。

 色々先に準備させていれば、もっと君たちも有利に戦えたんだろう。

 そして、苦戦だけさせてしまい、しかも後方に下がれという。

 でも、補給と休養も大事な仕事だ。

 これだけ準備しても、明日もまた苦戦するかもしれない。

 その時はまた戦列に復帰して、助けてくれ」

 苦戦とか助けてとか言う割に、大鳥の口調は明るい。

 カラっとした感じで言われ、星も『貧乏くじも仕方ない、負けなかっただけマシか』と思って承知した。


 一方日本軍右翼、ホノルル・ライフルズからしたら左翼では、夜間も熾烈な戦いが行われていた。

 第二大隊長今井信郎は、元は京都見廻組として治安活動を行い、ある重要人物の暗殺容疑者でもある。

 彼は西南戦争の西郷軍と同じやり方、抜刀隊による襲撃を考えた。

 無論、昼間に真っ青な軍服を着ながら吶喊したら、言い様に狙い撃ちされる。

 かつての競技会で、ホノルル・ライフルズの射撃の腕はよく分かっている。

 故に夜を待ち、軍服を脱いで基地から運ばせた黒の火消し装束と着込みに着替え、日本軍のマークとも言えた白襷も外し、草鞋に履き替えて襲撃の機会を伺った。

 そして、音を立てずに、頭を低くして時には匍匐前進をしながら、ホノルル・ライフルズの左翼部隊を半包囲に成功した。

 射撃の腕には自信がある80人程の部隊であったが、突如湧き出た日本人の斬り込み隊を見て、彼等は敗北を覚悟する。

(斥候は何をしてたのだ?)

 斥候は刀で殺されていた為、銃声が無く、それで気づかれずに日本兵は接近出来たのだ。

 夜だと射撃精度は低下する。

 彼等は狙撃から乱射、速射に切り替え、陣地をある程度守ったら本隊に撤退しようとした。

 既に伝令は出したし、アシュフォード大佐も救援を出しただろう。

 しかし数が全然違う。

 数百人の斬り込み隊、しかも撃っても殺しても後ろから湧いて出て来る。

「この野蛮人どもが!」

 弾を撃ち尽くし、装填する隙も与えられなくなると、銃を鈍器として殴りつけたり、ナイフで立ち向かったり、素手や足元の石で戦いながら本隊の方へ逃げ出す。

 しかしそちらにも日本兵は回り込んでいた。

 彼我損害比(キルレシオ)からしたら併合派米兵有利なのだが、数の暴力に敗れ、白兵戦となると次第に戦死者を増やしていく。

 そこにアシュフォード大佐が出した援軍が到着し、日本兵の背後から手当たり次第に発砲する。

 今井信郎は、敵を全滅させる事ではなく、右翼を抑えて敵側面を撃てる位置に進出するのが目的であると分かっている。

「そこまで!

 逃げる敵は行かせてやれ!」

 と大声で叫び、古式の退()き貝を吹いた。

 元々旗本の彰義隊を中心に編成された部隊で、貝の音を聞くと、それまでの興奮状態から醒めて直ちに後退した。

「やはり、日本古来の兵法は良いですなあ」

喇叭(ラッパ)よりも、やはり太鼓や法螺貝が合ってますな」

 兵たちはそう言うが、今井はそれは古い世代の話であり、次の世代はきっと貝や太鼓を「それ何?」と言うようになるだろう、そう感じている。

 無駄な思考はおいて、負傷者を後送し、第二大隊は敵側面への進出に成功した。




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 マウイ島ラハイナでは、榎本武揚が黒駒勝蔵と会談していた。

「それでは残敵掃討、投降者の処置、負傷者の搬送、病院の手当て、復興業務、全てを任せて良いと言うのだな?」

 榎本は黒駒の腹の底は読めなかったが、それはそれでありがたいと思っている。

「そうですら。

 ただ、捕まえた白人連中を殺さなくても文句は言わんで下せえよ」

「それは心配要らない。

 投降した兵は国際法に従い、捕虜しての権利を守る。

 自分はずっとそうして来た」

「それを新撰組とかにも徹底させて下せえよ。

 1人でもこの島で白人殺すのは許しませんぜ」

「委細承知。

 この借りは高くつきそうだな。

 いつ返したらいい?」

「その時は言いますよ。

 高くついた頃を見計らって言いますんで、首根っこ洗って待ってて下せえ」

 勝蔵の笑顔と榎本の渋い顔。


「ところで……、夜間に出港して虎の子の軍艦を沈めたりしたら大変だ。

 我々は急いでいるが、急いては事を仕損じるとも言う。

 済まないが、何か食えるものを用意してくれんか?

 これも貸しって事にしといて……」




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 榎本が夜間の操船ミスを嫌い、出港を伸ばしていた頃、ホノルル・ライフルズがチャーターした輸送船は救援部隊を乗せて、ヒロの港に到着した。

「兵が250人に砲が4門、それにガトリング砲が2門か。

 十分だ、これならあのクソッタレな城を潰せる」

 ハワイアン・リーグの強硬派、ウィリアム・アンセル・キニーが吠える。

「アシュフォード大佐からの伝言です。

 ジャップの第三旅団がきっと動く、南北に分かれて挟み撃ちに来るだろう。

 ガトリング砲はヒロに通じる南北の街道を塞ぐように置き、救援部隊を潰せ、です」

「キング、ここは私が攻めるから、君が北部の街道を封鎖してくれ」

 こうしてジェームズ・アンダーソン・キングは北方に布陣し、キニーが攻城と南回りの部隊の迎撃を担当する事になった。


 その北回りの街道を、山川浩大佐の部隊が進軍している。

 彼等は夕方までに近隣の牧場から馬を調達し、重い大砲、機関砲を牽引させていた。

 街道も整備されている為、進軍速度は速い。

「さて、立見君は我々に遅れず、戦場に到達出来るかな?」

 山川は、南回り担当の立見尚文の部隊を気にしていた。

 そして

「大殿、ご無事でありますよう」

 と祈りながら、馬上にあって指揮を執っている。


 そして内戦は、イオラニ騒動の夜から数えて3日目を迎える。

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