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ワイキキ・ホノルル間の戦い

 7月1日出動予定であった陸軍第一旅団、第三大隊、元額兵隊がホノルルの急を聞き、6月30日緊急出動した。

 そして彼等は明け方にワイキキを抜けようとして、ホノルル・ライフルズの攻撃を受ける。

「しまった、焦って動いて、斥候すら出さないとは、(わし)も随分と鈍ったものよ」

 第三大隊長の星恂太郎は舌打ちすると、直ちに隷下部隊に散開を指示、戦闘に入った。


 アシュフォード大佐率いるホノルル・ライフルズは、予め要衝を抑えていただけに、日本軍第三大隊より数は少ないが、攻撃も防御も効果的に戦えていた。

 ワイキキ方面で銃声が轟き、伝令がホノルル・ライフルズ有利を知らせると、ハワイアン・リーグの面々は途端に活気づいた。

 イオラニ宮殿に向かった主だった面々はどうも命を奪われたらしい。

 だが、まだハワイアン・リーグの中心となれる実業家や法律家は残っている。

 王の助命を願い出ていたサンフォード・ドールが殺された(そう彼等は思っていた)のならば、もう王宮を攻めて焼き討ちすれば良い。

 王を引きずり出して、絞首刑にせよ。

 どうもイオラニ宮殿にいる日本人は20人ちょっと、それに義勇兵であるロイヤル・ガードが10人程加わっただけで、人数はこちらの方が多い。

 ハワイアン・リーグの部隊はイオラニ宮殿を攻めるべく進軍を始めた。




 星恂太郎は自分のミスを逸早く悟り、誇りよりも勝利を優先する事にした。

 ダイヤモンドヘッドの司令部に増援を要請、さらに詳細情報を伝える。

 第三大隊は深夜から行軍した為、疲れている。

 それに加え、こちらは湿地、敵は乾燥地で建物や丘等に陣取っていて、こちらの攻撃が有効ではない。

 湿地故に大砲と機関砲(ミトライユーズ)の移動が遅れている。

 敵は大砲を物陰に置いて、そこから観測射撃をしているようであり、正確な場所が分からない。

 直接照準で無い分、命中率がやや悪いが、それでもこちらの進撃を止めるには十分である。

 仮に突撃をしようとしても、星には厄介な武器が見えていた為、結果は予想出来ていた。

 かつて宮古湾海戦で斬り込み部隊を撃滅したアメリカ製機関銃ガトリング砲、それが2門こちらを向いている。

(狡猾な事に、銃撃が交差するようになっている。

 飛び込むと両側から撃たれ、ほとんど生きて通れまい)

 そこで射撃戦になる。

 ここで日本軍の歩兵基本戦術の失敗が浮き彫りとなった。

 大鳥、というかフランス軍の癖で防御主体に考えていた為、日本軍は敵の接近を阻む速射射撃を訓練して来た。

 第三大隊がイオラニ宮殿やホノルルの要衝に布陣し、ホノルル・ライフルズを迎え撃つならこれで良かった。

 しかし現在は、野戦陣地を築かれたホノルル・ライフルズに対し攻撃をしなければならず、速射は相手に撃つ隙を与えないだけで、効果に乏しかった。

 反面アメリカ人は、ライフルに慣れ親しんでいる。

 西部開拓だの西部劇の頃から、守って撃つ、狙い撃つ、早打ちをする、を使い分けていた。

 物陰から敵を止める射撃も出来るし、高所から敵指揮官を狙う狙撃も出来る。


 かつてカメハメハ大王がオアフ島を支配するカラニクプレと戦ったヌアヌ・パリの戦い、それは最終決戦場の名前であり、実際は現在の地形で言うとパンチボウル・クレーターの周辺から戦い続けていた。

 この戦いにおいてカメハメハ大王に味方をした白人たちは、迂回して高所に陣取り、派手な羽飾りをつけたオアフ島側の酋長たちを狙撃して倒していった。

 その結果、中級指揮官を失ったオアフ島軍は前線を支えきれなくなり、ヌアヌ・パリ展望台のある辺りまで追い詰められ、そこで逃げ道を塞ぐかのように待ち伏せていたカメハメハ大王の攻撃の前にパニックを起こし、崖の方に逃げ出して転落し多数が死亡した。

 その戦いを真似るかのように、ホノルル・ライフルズの勇者は、身を晒す危険を冒して高所に駆け上がり、日本軍の指揮官を狙撃して戦線離脱させていた。

 日本軍第三大隊の戦況は苦しくなる一方だった。


 星はさらに戦い方を変える。

 ホノルルに向かう事を諦め、後退して陣地を築き、そこに兵を収容させた。

 ホノルル侵攻が彼の任務であり、少数の兵を相手に阻止され後退とは、戦略的に既に敗北である。

 だが、後に大日本帝国陸軍と名乗ってアメリカと戦った軍との違いは、彼は負け慣れている事だった。

 戊辰戦争でいくつ負けた事か。

 今更負け数が増えたところで、どうという事も無い。

 最終的に、せめて戦術的に勝つ為には、救援が来るまで前線を維持する事だ。

 第三大隊は、大砲と機関砲(ミトライユーズ)が居る位置まで後退する。


 そうこうしている間に、オーストラリア経由でアメリカ人の義勇兵が援軍として真珠湾に上陸した。

 彼等は奇声を上げながら、一隊はイオラニ宮殿に、一隊はワイキキ方面に進軍を始める。

(勝ったな)

 アシュフォードはそう思っていた。




 星恂太郎は、梅沢道治という部下を呼んだ。

 星は全軍でのホノルル侵攻は救援を待ってからにしたが、一方で本来の任務であるイオラニ宮殿緊急救援を諦めてはいない。

 この梅沢道治は、訓練を見ても戦が上手かった。

「お呼びですか?」

「梅沢少佐、君は麾下の中隊を率いてこの戦場を迂回し、イオラニ宮殿に先行して欲しい。

 出来るか?」

 それに対し梅沢は

「出来ません」

 と即答した。

 面食らった星が「兵が足りないか?」と聞くと逆に

「私の部隊、一個中隊では逆に目につき過ぎます。

 一個小隊と、機関砲(ミトライユーズ)を一門頂きたい」

 そう願い出た。

 星は即座に了解し、梅沢の好きにさせた。


 機関砲(ミトライユーズ)はホノルルに向かう街道に布陣する敵に向けられている。

 2門のうち1門を梅沢が持っていくと言うので、敵のように十字砲火を組めない。

 ただ真正面に向けて、敵を迎え撃つよう設置した。


 アシュフォードは敵が後退した意味を理解したが、こちらも援軍を得た以上、負けは無いと思っている。

 だが「戦争一発組」は彼の想像以上に阿呆だった。

 アシュフォードが戦況を伝え、陣地に組み込むより前に、ヒャッハーと叫びながら銃を乱射し、日本軍陣地に突撃していった。

馬鹿野郎(ナッツ)!」

「大佐、救援は?」

「捨てておけ! 湿地帯に踏み込んだらこちらも被害を出す。

 勝手に進軍した馬鹿は除いて、こちらに向かっている他の連中には、勝手な行動を取らせるな。

 直ちに俺の指揮下に入るように厳命しろ!」

 アシュフォードは非情な決断をする。

 この辺は損切りの上手いアメリカ人指揮官ならでは判断であろう。


 アシュフォードに馬鹿呼ばわりされた部隊60人程は、ぬかるみに足を取られながら日本軍陣地に発砲しつつ、前進していた。

「十分に射程距離に入っています」

「もう少し引き付けろ」

「もう指呼の距離」

「よし、一斉射撃!」

 フランス人軍事顧問から「防御陣地から使うべし」と言われた機関砲(ミトライユーズ)が火を噴く。

 ミトライユーズとガトリング砲は、多銃身、クランクを回す事で射撃する、と似た形状をしている。

 だがガトリング砲が、銃身を同心円上に配置し、回転させる事で装填・発射・排莢とローテーションさせるのに対し、ミトライユーズはレンコンのように多数の銃口が並んで配置され、一発ずつ銃弾を込め、それらを一門ずつ発射していく方式となっている。

 威力はガトリング砲の方が上で、射程距離と延伸性はミトライユーズの方が上だった。

 ナメてかかった新参の義勇兵は、機関砲(ミトライユーズ)だけでなく、フランス製グラース銃、及びシャスポー銃の連射を浴びて壊滅した。

 まだ彼等は生きているのだが、双眼鏡で敵陣を見ていた星は舌打ちする。

「救援に来る気配は無い、か。

 冷酷ではあるが正しい判断だ」


 アシュフォードと星は睨み合いに入った。

「敵の日本人も中々やるなあ。

 このまま突っ込んで来たなら我々の楽勝だった。

 犠牲を出しながらも退いて、援軍を待つのは正しい戦術だ。

 もっとも、援軍が来たところで負ける気はしない」

 アシュフォードは陣地から双眼鏡で日本陣を見ながら、そう評した。


 さて両軍が睨み合う中、梅沢道治は1個小隊で機関砲(ミトライユーズ)を運搬しながら、敵に見つからない場所を迂回進撃していた。

 機関砲(ミトライユーズ)はガトリング砲と比べても重く、大砲とそう重量は変わりない。

 梅沢はこれを湿地帯から前進させるのは諦め、一度後退して湿地帯を抜け、草木の生い茂る中を人力で牽引しながらワイキキ方面に向かった。

 湿地帯を抜け、整地されてはいなくとも少なくとも馬車の通れる道に出たならば、車輪がついている分まだ輸送はしやすい。

 ……比較の問題ではあるが。

 その重い機関砲(ミトライユーズ)を曳いて、現在のハワイ大学マノア校のある辺りに、時間をかけて抜け出た。

「時間がかかり過ぎたが、ここまで来れば何とかなる。

 目指すはイオラニ宮殿だ。

 同胞が持ちこたえていると信じ、我々は進撃する!」

 砲を牽引しながら40人程の集団が走り出した。


「日本軍後方に部隊発見」

「我が軍後方より救援部隊迫る」

 アシュフォード、星、共にダイヤモンドヘッドを出撃した部隊を確認した。

 両者ともほぼ同時に日本語と英語で

「来たか」

 と言ったのは偶然であろう。


「何だあれは?」

 救援の日本軍の不思議な光景に気付いたのは、距離の近い第三大隊の方であった。

 救援の第四大隊(元彰義隊)は、大砲を車輪でなく(そり)に乗せて人力で曳きながら接近していたのであった。

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