イオラニ騒動
ホノルルからサンフランシスコまでは、大体11~15日あれば初期の蒸気船で到着する。
土方歳三がカピオラニ、リリウオカラニの護衛としてサンフランシスコに到着して、新聞社に
「ハワイ王国のサムライ、三度目の訪米」
「断罪者土方、サンフランシスコに」
と軽く記事にされた後、彼を追いかけていた「蟠竜」がサンフランシスコの軍港に到着した。
ここでカピオラニ、リリウオカラニがハワイ王国の軍における仕事があるとし、土方の護衛解任と「蟠竜」の入港許可、そして土方のアメリカ出国を手続きする。
土方歳三一人ではここまで出来なかっただろう。
こうして海軍軍港からアメリカを密かに出国した土方は、5月中にホノルルに戻っていた。
「蟠竜」は廃船扱いで、しかも偽装工作で煙突を撤去し艦形を変え、帆走のみで動いていた為、注目されずに行き来出来た。
海軍基地を使って通常の手続きを踏まずに入国した土方は、イオラニ宮殿近く、新撰組の屯所に隠れた。
世話は現地ハワイ人、特にかつてのジョン・万次郎の同僚寅右衛門の子の虎二が行っていた。
故に土方は、相馬主計を通じて榎本武揚や大鳥圭介とのやり取りを全て把握している。
7月1日にホノルル・ライフルズにとっての援軍が来るというので、その日を防衛出動の日とした事も知っている。
土方は
「7月1日に敵が来るなら、その直前に残った全軍をホノルルに集め、事を起こさせない、起こす隙を与えない方が良いのではないか」
と考えたが、彼は「ホノルルに居ない」筈なので、意見を言わなかった。
大義名分に拘る榎本の「先に相手に手を出させ、紙一重で王を救う剣術で言う『後の先』をやろう」というのに従わざるを得なかった。
(キャッスリングとやらは妙手だが、後の先はちょっと時機を間違うと大変な事になる。
榎本さんは策に走り過ぎるとこがあるなあ。
剣術家の伊庭とかは、そういう策に走り、時に慎重になり過ぎる榎本さんとよく喧嘩したと言っていた。
あいつならこの局面をどう考えるだろう?)
土方は不安なまま、6月30日を迎えた。
その日、ギブソン元首相が捕まりホノルル港に連れ去られた事、一隊がイオラニ宮殿に向かっている事を密偵から知らされた土方は、海軍基地に潜む一番隊の藤田五郎にも緊急出動の伝令を出し、単身宮殿に向かった。
(やられた!
1日早く敵に行動された。
間に合うか?)
本来は一番隊の到着を待って突入すべきであったが、敵は宮殿の門を閉めようとしていた。
これ以上は待てない。
土方は箱館で着ていた黒い軍服姿で、門を閉めようとする敵の一瞬の隙を衝いて2人を刺殺し、そのまま宮殿に突入した。
この時を遡る事23年前、元治元年六月五日、三条小橋の旅館・池田屋に攘夷志士たちが集まっていた。
ここを正面から襲撃したのは近藤勇・沖田総司・永倉新八・藤堂平助の4名。
(近藤さんは死を覚悟したって言ってたな)
土方は往時を思い出した。
(あの時俺ぁ、四国屋の方を捜索していたから、池田屋へは遅れて到着したんだったな)
そして笑いながら独り言を吐く。
「ここが俺の池田屋だ。
近藤さん、俺ぁここで死んでそっちに行くよ。
今回は池田屋の時みたく、最初は捕縛でなく、最初から『斬り捨て』でいくぜ!!!!」
池田屋の新撰組のように血を滾らせていながらも、土方は冷静であった。
一言も発せず、敵を背後から襲って、銃を構える暇も与えずに殺す。
常に物陰に隠れながら移動し、斬り捨てと言いながら、首を突き刺して何も相手に叫ばせないまま殺し、また物陰に潜んで次の目標を探す。
やがて、自分の部下である筈の親衛隊が、隊長代行のジョージ・ハサウェイ・ドールに武器を突き付け、行動を封じている光景が目に入った。
全てを把握した訳ではなく、大体分かった程度だが、彼等は疑わしきは即斬る。
王の私室にいたサーストンやオーウェン・スミスが聞いたのは、この時の親衛隊の断末魔の悲鳴であった。
「土方隊長、なんでここに?」
と言い終わらぬ内に、2人が喉に平刺突を受けて倒れた。
死ぬのは時間の問題であった。
残り3人が叫びながら襲って来た。
1人の右目に刀が突き刺さり、脳にまで達する。
刀を離すと、脇差で襲い来るもう1人の心臓を突き刺す。
そして最後の1人は、持っていた拳銃で射殺した。
サーストンらが聞いた銃声はこれである。
土方はジョージ・ハサウェイ・ドールを解放すると、短く
「賊は王の部屋か?」
と聞き、そうだと答えるとやはり短く「着いて来い」と命じた。
ジョージ・ハサウェイ・ドールも拳銃を抜いて土方に従った。
そして王の部屋には5人がいた。
部屋から顔を出して様子を確認したサーストンが、驚いた顔になったと同時に、土方は頚を刀で貫く。
部屋の中の白人たちはパニックになったようだ。
その隙を見逃す土方ではない。
もう五十路とは思えぬ突進で、オーウェン・スミスの心臓を破壊する。
残り2人は発砲する。
室内であり、彼等は拳銃しか持っていなかった。
黒色火薬の時代の拳銃であり、発砲音と煙の割に威力は低い。
それでも軍服の下に着込みを着ている土方に命中し、土方は致命傷とはならないまでも、着込みを貫いた銃弾が盲貫銃創となって悶絶する筈であった。
だが、天然理心流の極意は「気組」である。
近藤勇は「一にも二にも気組。気組で押していけば、真剣、木刀なら当流は必ず勝つ」と常々言っていた。
肉を抉られたようだが、気合いで負けず、そのまま相手の骨を断てばこちらの勝ちだ。
土方は狂気を孕んだ目で、黒色火薬の煙の中を突進し、相手を斬った。
残り一人は距離が離れていた為、相手有利かと思われたが、その相手は額から血を流して倒れる。
「サムライがピストルを使った??」
カラカウア、ドール兄弟が驚いている。
無理もない。
彼等は土方が銃を撃ったのを見た事が無かったのだ。
土方は常に刀だけで戦っている印象があった。
「最早刀の時代じゃない、俺ぁ二十年前にはもう分かってたんだ。
なのに、やっぱり刀は捨てられなかったなあ」
日本語の独り言なので、カラカウアにもドール兄弟にも伝わっていない。
「さて、サンフォード・ドール、死ぬ覚悟は出来たか?」
そろそろ撃たれた腹の痛みを感じ始めた。
戊辰戦争の時に足を撃たれたが、それと比べてももっと痛い。
早くしないと俺の力が尽きてしまう。
土方は刀を水平に構える。
「待ってくれ、土方、私の親友を殺さないで欲しい!」
カラカウアがサンフォード・ドールを庇った。
「陛下、お退きを。
生かしておいてはなりませぬ」
土方が英語で王に警告する。
「先ほどの者たちが私を殺せと叫ぶ中、サンフォードだけは私の身を庇ってくれた。
確かに私に逆らいはしたが、一方で私を助けようともした。
どうか、それに免じて助けてやって欲しい」
ジョージ・ハサウェイ・ドールも弟を庇う。
「土方隊長、確かに弟は罪を犯した。
だが、それは刑務所に入れれば良いではないか。
弟は罪を犯したが、それでも王の命を取る気だけは無かった。
君が殺した連中だけなら王は既に神に召されていたかもしれない。
王がこうして生きているのは、弟が彼等を制していたからではないか?」
カラカウアがさらに言う。
「土方、君は以前、サンフォードによって弁護され、上官を拘束するという罪を免れたではないか。
それにサンフォードは、君たち日本人を何度も助けていた。
弁護士は依頼されれば、悪魔の為にであっても忠実に仕事をするものだ。
たまたま悪い連中に依頼され、このような事になったと考えれば、彼に罪は無い。
どうか、今までの君たちへの親愛を考えて、彼を殺さないで欲しい」
王の部屋の外から人が駆け込む音がする。
ジョージ・ハサウェイ・ドールが、弟と王を庇いながら、拳銃を向ける。
「土方さん、大丈夫ですか?」
「斎藤か、遅えよ……」
藤田五郎ら一番隊が駆けつけて来た。
同じくホノルル港から王宮に向かっていた併合派を見つけ、背後から襲撃し、既に市街戦に突入している。
藤田五郎は指揮を尾関泉に任せると、中島登と共に王宮に駆け付けたのだった。
藤田五郎は、普段は「藤田」と呼ぶ土方が、青ざめた顔色で「斎藤」と昔の名を呼んで来たのを見て、彼の負傷を悟った。
彼もまた刀を抜くと、サンフォード・ドールに平刺突の構えで向き合う。
「今はやめておけ、斎藤」
土方が制止する。
「カラカウア陛下が殺すなと言っている。
俺が来るまで時間を稼いでいたジョージ・ハサウェイ・ドールも弟の命乞いをしている。
今は殺すな。
牢にでも入れておけ」
そして土方は藤田の肩に手を置き、耳元で囁いた。
『奴は人質として使えるかもしれねえ。
しばらくは生かしておけ。
あと、ここは御所だ、分かるな。
ここで守って戦え。
御所と玉を奪われたら、俺たちはまた逆賊になっちまう。
ラハイナに行った奴らが戻って来るまで、ここを守れ』
『承知』
『奴の処分だが、榎本さんに聞こう。
だが俺の考えでは、あの男、サンフォード・ドールは生かしておくべきではない。
いずれまた禍をもたらすだろう。
覚えておけ』
そう言うと土方は倒れた。
「中島、一番隊全員を王宮に入れて門を閉ざせ。
あと会津ホノルル屋敷に使者を出して、手勢を借りて来い。
高松凌雲先生も連れて来い。
あと、土方さんが倒れたから俺が代わりに指揮を執る。
さあ、早く行け!」
戦いは始まったばかりであった。




