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銃剣憲法

 アメリカ南北戦争とは、歴史上アメリカ合衆国に最も被害を与えた戦争である。

 単に国内が戦場になったからではない。

 これまでの戦場での対決で勝敗を決めた戦争と異なり、戦略破壊、後方破壊という敵の民間人をも巻き込む作戦行動が採られたからであった。

 北軍のグラント将軍と南軍の名将リー将軍が戦場で戦う中、北軍シャーマン将軍率いる部隊は南部連合の都市や農村を焼き払い、略奪し、継戦能力を失わせる行動に出た。

 これによってアメリカ南部は荒廃し、後の戦争で「シャーマン」の名がつけられた戦車に、南部出身の兵士たちは乗りたがらないというまでに憎まれた。

 南部を荒廃させたのはシャーマンだけの責任ではない。

 同様に占領した南部諸都市を荒廃させた者たちがいる。

 例えばニューオーリンズを占領したベンジャミン・フランクリン・バトラー少将は、オランダ領事館から80万ドルを奪取、フランスのシャンパン業者シャルル・エドシックをスパイとして投獄、滞在する南部の家庭から銀器を趣味的に奪う等をし、流石にメキシコ湾方面軍指揮官から外された。

 このバトラーもまた、ハワイで政変を起こそうとしている者たち同様「弁護士」であり、軍隊経験はほとんど無かった。

 ホノルル・ライフルズのアシュフォード大佐の呼び掛けによってやって来た者の中には、こういう南北戦争での「戦争一発儲け組」も多かった。

 まともな軍人はアメリカ軍に所属し、まともな人格の者は現在の職で努力している為、やむを得ないだろう。




 彼等が到着する前夜、1887年6月30日、ついにサーストンたちは行動を起こした。

 まずホノルル・ライフルズの一部を率いて、ハワイ王国元首相ウォルター・ギブソン一家が拘束された。

 ウォルター・ギブソンはモルモン教徒でビジネスマン、新聞社経営等で成功してカラカウアに認められ、ハワイ政界に入った。

 カラカウアの世界一周旅行やイオラニ宮殿建築、1883年の戴冠式や1885年の50歳誕生日記念行事の為の予算を捻出していた。

 宣教師党(現在の改革党)からは、腐敗の根源として憎まれていた。

 カラカウア王に尽くして来たギブソンであったが、ここ一月は夜間に彼をつけ狙う者が現れ、時に誤射等で脅迫され、議会においても辞職要求が多発する等していた為、数日前に辞職していた。

 だが彼は見逃される事は無く、決起の日に真っ先に拘束され、海軍不在のホノルル港の倉庫に運ばれる。

 ここは新撰組が拷問に使用したりと、広くて秘密を為すには十分な倉庫が多い。

 ギブソン一家はここに監禁される。

 外からは「吊るせ、殺せ!」という声が響いている。

 この叫びを挙げているのはカルヴァン派宣教師の子であり、モルモン教徒は「汝の敵を愛せよ」の対象外のようだ。


 アシュフォード大佐率いるホノルル・ライフルズ主力は、現在のアラワイ運河の辺りに防御陣を作っていた。

 ワイキキの「ワイ」は水を意味するハワイ語である。

 ワイキキは王家の別荘等はあるが、基本湿地帯であった。

 タロイモ畑や水田の拡がる地域で、水田大好きな日本人には特に問題は無いが、白人たちには蚊の発生する鬱陶しい地域である。

 後に排水を兼ねたアラワイ運河が掘られ、土壌改造されて開発地区となる。

 だが今は湿地帯であり、敵をそこに置けば足が取られて動きを鈍らせる事が出来る。

 ダイヤモンドヘッドの要塞を出撃した日本軍は、このワイキキを通って進撃して来る。

 いくら湿地帯での行軍が白人に比べて得意な日本軍であっても、普通の乾燥地より鈍るのは確かである。

 アシュフォードは敵を湿地に置き、味方を乾燥した土地に置ける最適地点として、将来のアラワイ運河近辺を選択した。

 2門のガトリング砲を置き、十字砲火に晒されるようにした。

 彼の手勢は主力150人と予備兵200人に過ぎないが、巧みに地形を利用して防御陣地を築いた。

 南北戦争の教訓もあり、大砲は見えない場所に置いて間接砲撃に徹するように指示していた。


 国王の弁護士サンフォード・ドール、内務大臣ロリン・サーストンはイオラニ宮殿に入って行っても怪しむ者はいない。

 彼等に従って併合派の白人が何人かぞろぞろ入っていったが、同行者がドールとサーストンだけに「陳情か何かか?」と見られる。

 ただ、親衛隊長代行でサンフォード・ドールの兄・ジョージ・ハサウェイ・ドールは夜間にこんな人数、しかも殺気が感じられる事を警戒し、彼等を止めた。

「国王の勤務時間は既に終わっている。

 今は私的な時間である。

 陳情なら明日にして貰いたい」

 と言い終わらぬ内に、ジョージ・ハサウェイは弟サンフォードから拳銃を突き付けられた。

「サンフォード、お前……」

「愛する兄さん、どうかこのまま我々を見逃して下さい。

 さもなければ、私は兄さんを拘束しなければならない。

 どうか見逃し、我々の同志となって下さい」

「出来ない。

 我が家は散々カラカウア家から仕事を貰い、共に暮らして来た。

 国王となってからは忠誠の対象だ」

「地上の王への忠誠など、天にまします父への信仰に比べたらどうという事もありますまい。

 それに民主主義こそ至上の価値観であり、王を中心とした体制は遅れたもの。

 一度は民主主義に向かったこの国を、再び王制の闇に引き戻そうとする王家は弾劾されて当然です」

「だったらそれは議会でやれば良い。

 このようなやり方は認められない」

「その議会は、王の拒否権一つで機能停止します。

 憲法を変えねばならないのです。

 今、憲法を変える権限を持っているのは国王。

 だからこのようなやり方を採らざるを得ないのです」

「やはり君たちのやり方は間違っている。

 武器を持って、夜間に襲い掛かって要求を呑ませるやり方をする者が、民主主義を語る資格は無い。

 私は恐ろしい、君たちの数には勝てないだろう。

 だがそれでも、親衛隊長代行の職を得た以上、ここは通せない。

 親衛隊の諸君、仕事の時間だ」

 だが親衛隊は動かない。

「ああ、兄さん気づかなかったのですね。

 既に彼等は買収したのですよ。

 土方がいれば、彼等の綱紀も緩まなかった。

 土方がいない以上、王やその側近の緩んだ空気は簡単に伝染し、買収もしやすくなりました」

「サンフォード、お前……」

「親衛隊の諸君、我が兄を拘束してくれ。

 それだけで良い。

 人を殺す必要は無い。

 私も王を殺したり等しない、させない。

 だから安心してここを通らせて欲しい」

 ジョージ・ハサウェイ・ドールは部下によって拘束された。


「何事か?

 サンフォード、一体こんな夜に大勢を引き連れて何の用事だい?」

 カラカウアはギターを弾いていた為、変事に全く気付いていなく、併合派の白人たちが部屋に現れて初めて変事に気付いた。

「デーヴィッド、君にお願いがあって我々は来たのだよ」

「明日じゃダメなのか?」

「明日じゃダメだ。

 明日になったら、あの山の上の日本人たちが駆けつけて来る」

「何? サンフォード、一体何を……」

 会話の途中にサーストンが割り込んだ。

「あんたは黙ってこの憲法を承認し、カメハメハ5世が制定した憲法と置き換えれば良いのだ」

 サーストンは紙の束を突き付けた。

 それを読んだカラカウアは顔色を変える。

「君らは、ハワイ王国を支配しようと言うのか?

 王の権限を削り、白人以外の民から政治に参加する権利を奪い、金持ちによる政治をしようと言うのか?」

「あんたも鈍い人だ。

 我々が望むのはその先だ」

「アメリカ合衆国への併合か?

 カメハメハ5世が警戒したその通りに、君たちは考えていたというのか?」

「そもそもアメリカ併合はカメハメハ3世が言い始めた事。

 王族が言い出した事だから、我々は既にあなた方に政治をする資格は無いと思っている」

「王族が言い出した事は、王族が改めた。

 君たちに王族を批判する資格なんて無いぞ」

「資格なんか関係ありません、陛下。

 この場合は実力こそが物を言うのです。

 陛下は既に我々の手の内にあるのですぞ」

「こんなやり方、諸外国は認めないぞ」

「ポリネシア大同盟……」

「は?」

「貴方は実力も無い癖に、イギリスやフランスの真似をして海外に進出しようとした。

 それが何を招いたか分かりますか?

 諸外国の警戒です。

 最早貴方の海外進出によって、貴方に味方する国等無くなったのです。

 大いなる失敗でしたな」


 やがてウィリアム・オーウェン・スミスが王の部屋に入って来た。

「ギブソンは捕らえた。

 王も捕らえたようだな。

 あとは2人仲良く吊るすだけだ」

 その手には銃剣(バヨネット)が握られていた。

「私を殺すと言うのか?」

「殺して何が悪い?」

 オーウェン・スミスは銃剣(バヨネット)を突き付ける。


 しかしこれには反対が出た。

 サンフォード・ドールである。

「やめろ! そこまでは必要無い。

 王を殺してしまえば、我々には汚名が付きまとう。

 それに彼は私の友だ。

 友が殺される事に、私は耐えられない」

「まだそんな事を言っているのか?

 この腐敗した、大金を遊びに費やすような王は殺されてしかるべきだ」

 オーウェン・スミスの言にサーストンも賛同する。

「血を流さずして為された革命等無い。

 彼はこのハワイを神聖な国から堕落した地に導いた、悪魔に魅入られた王だ。

 彼を殺さずして清浄なる地を取り戻す事は出来ない」

「君たちは感情任せになって忘れている。

 憲法改正を行う資格は、法律上国王にしか無いのだ。

 仮に国王を殺せば、憲法改正の資格はイギリスにいるリリウオカラニに移る。

 彼女も殺すと言うのか?

 彼女はきっと、イギリス女王に訴えてイギリス軍を率いて戻って来るぞ。

 殺されるのは我々の方になる。

 仮に島の半分を献上する事になろうとも、リリウオカラニは兄を殺した我々を許さないだろう」

 これにはサーストンもオーウェン・スミスも一言も無い。


「さあ、陛下、私は貴方の生命は保証します。

 決して貴方を殺させません。

 だって親友じゃないですか。

 その代わり、王権を縮小した憲法を批准して下さい。

 仮にアメリカ併合となろうとも、生きてさえいれば遊んで暮らせるではないですか。

 さあ!」


 廊下の方で騒ぎが聞こえる。

 ギブソン元首相を拘束した連中が、勢いに乗って王宮まで来たのだろう。

「さあ、陛下、時間が経てば貴方を殺そうとする者たちは増える一方です。

 早く新憲法を認めるのです。

 そうすれば……」


 廊下の騒ぎは悲鳴混じりだった。

 発砲する音も聞こえる。

 様子がおかしい。

 サーストンが様子を見る。


「諸君! まだ事は成っていない。

 もう少し静かにしないか!」

 オーウェン・スミスが怒鳴ったが、その声は急に間の抜けた悲鳴に変わった。


 サーストンの首から銀色の刃が生え、真っ赤な噴水が出来たのが見えた。

 そして黒い人影が、刃を水平に構えながら突進して来た。

 オーウェン・スミスが銃剣(バヨネット)を構えようとするより早く、水平の刃は肋骨の隙間から彼の心臓を貫き、背中に貫通する。


「陛下、ご無事ですか!?」

 ジョージ・ハサウェイ・ドールがカラカウアに声をかけた。

 だが、カラカウアもサンフォード・ドールも彼の方を見てはいない。

 裏返り気味の声で

「土方!? なんで君がここに居るんだ!?」

 と揃って同じ台詞を叫んでいた。

やっとハワイの重大事件、銃剣憲法に辿り着きました。

明治二年の五稜郭から、長かった……。

前作はとっくに終了した話数で、やっと本題が始まりました。

ここから歴史は変わる、筈です、多分きっと……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 銃剣憲法を知ったのはこの作品した。 学校でハワイ併合なんて習わなかったので色々勉強になります。
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