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いや、国作るぞ!~ホノルル幕府物語~  作者: ほうこうおんち
幕臣、ハワイ王国に移住す
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南洋攘夷論

 竹中 重固(しげかた)は五千石取りの旗本であった。

 滝川充太郎は千二百石の旗本の子息である。

 永井玄蕃尚志は二千石の旗本、大名家からの養子である。

 松平太郎は他に比べれば少ない百五十俵取りに過ぎなかったが、彼こそが蝦夷共和国での総裁投票次席であった。

 彼等大身旗本は、カメハメハ5世から賜った土地を一度売ったりして、資金をまとめてから土地を買い直し、各地に分散せず一ヶ所に集約した大規模農場を開いた。

 共同経営者という形で農場を運営し、荒地を与えられた御家人や貧農からの移民を作業員として雇った。

 農場と言っても農作業だけではない。

 労働者の為の宿舎建築や農機具の作成、採れた米での酒造、納税の為の出納官吏、最早札差という「禄米専門商人」が居ない中での米やその他の野菜の販売・換金など、やるべき仕事は多かった。

 彼等4人は大名、酋長として遇されてはいないが、それに匹敵する日本人を抱える事になる。

 日本人の零細化を防ぐ為の方策だったが、図らずもオアフ島内に巨大な日本人居住地域を作ることになった。


 その旗本連合農園の一角に会合所が作られていた。

 会合所には、4人の大身旗本が集まっていた。

 発起人は、キレ者と名高い松平太郎。

 彼が楽隠居しようとしていた他3人を呼び出したのは

「我々国替え衆の志について」

 という話題からだった。


「どういう事か?」

 永井玄蕃の問いに松平太郎は

「このままでは日ノ本の民は、南の海に散り散りとなって消えてゆきましょうぞ」

 と答えた。

「それのどこが悪いのじゃ?

 その国に移り住んだ以上、その国に溶け込むのが筋というものであろう」

「然り。

 されど、左様なるはもう少し先の事にしないとなりませぬ」

「何ゆえか?」

「帝のお言葉」

「あれか……」


 帝が夢に見た、南国のある国が夷狄に奪われる、それを防げというもの。

 確かに、ハワイ王国は元の国民が減り、力を失い、代わってアメリカの白人が全土の七割の土地を持ち、大臣を出している。

 日ノ本に置き換えたら、誠に嘆かわしい事である。

 しかし、ハワイという国は既に、白人の助けが無ければ立ち行かない。

 我等が出来る事は、王の意に沿い、助けていく事くらいであろう。


「我等が此処に送られた事に意味があるのなら、この国が夷狄に奪われるのを防ぐ事こそその意味かと。

 この国に溶け込むのは、それが成ってからにしましょう」

「書生論よな」

 松平太郎の言を永井が否定する。

 永井は考え無しにこう言っているのではない。

「ハワイの民から見れば、我等日ノ本の民もまた夷狄ぞ。

 洋夷に代わり、我々が力を持つならば、この国は別な国に我等を除く事を求めようぞ」

 それ故、無理をせず、流れに任せる一方で、自分たちの出来る事を為す他は無かろう。


「その『夷狄』をはっきりさせる事が、志に繋がる肝要なとこかと存じます。

 夷狄とはただ単に洋夷の事なのか? 他に意味はあるのか?

 我等は一体何と戦うべきなのか?」

「よろしい。続けられよ。しばし聞かん」

 永井は松平太郎の思う事を全て聞こうとした。

 滝川、竹中も頷いた。


 人が纏まるには志が必要である。

 かつて日本では、尊皇と攘夷という志で、押し寄せる西洋に呑まれずにいた。

 それはやがて倒幕か佐幕かに別れたとは言え、何らかの志を芯として纏まっていた。

 だが、ハワイに来た日本人はどうか?

 攘夷? ハワイに在っては自分の方が追い払われる異人の方だと悟らざるを得ない。

 勤皇や尊皇の志は、南の島に在っては弱くならざるを得ない。

 何を為したら良いか分からない人は、容易に低きに流れる。

 4大名家にも仕えず、旗本共同農園で職にも就かず、榎本武揚の軍隊にも加わらず、日本人に集りながらホノルルでクダを巻いて新撰組に取り締まられている、そんな低きに流れた旗本・御家人や他の移民たち。

 今は彼等だけだが、やがてはこの農園や大名家からも出て来るかもしれない。

 日本人たる(アイデンティティ)を保つ為、何らかの思想が必要であろう。

 やはりそれは「攘夷」という言葉に集約する。


 では、うちはらうべき夷狄とは何か?

 それをハッキリさせたい、

 そういう事だ。


 他の3人は黙り込んだ。

 成る程、己が何をすべきか、己の正体を知らぬ者は弱い。

 ハワイ人となり、この国に溶け込むにせよ、志も無く堕落した者が散らばっていくのは武士の在り方では無い。

 だが、攘夷とは……。

「攘夷など、昭徳院様(徳川家茂)の頃こそ夷狄との戦であったが、

 上様(徳川慶喜)の頃には単なる言葉に成り果てていた。

 上様はフランスの軍服を着ていたし、薩長はエゲレスの銃砲を持って戦った。

 攘夷に左程の意味などありましょうか?」

 滝川充太郎が問う。

「されど、我々は水戸の唱えた小攘夷のみならず、勝らの一部幕臣が唱えた大攘夷というものもあり、兎に角も『攘夷』という言葉で動いておった。

 これには言葉を超えた力があるやも知れぬな」

 竹中重固がそう言う。

 しばし意見を言い合ったが、結論は出なかった。




 数日後、会合所に榎本武揚、大鳥圭介、土方歳三らが招かれた。

 旗本たちは「志」の話をした。


「松平さんに永井さん、何難しく考えてんだい」

 土方が笑った。

「敵だと思った奴らが夷狄で、味方なのが同志さ。

 この国の為に働くなら外人も同志だし、

 この国に仇なすなら日本人だって夷狄さ」

 周囲は一瞬唖然とした。


 直後、榎本が笑う。

「土方君。俺たちもこの国じゃ外人だよ。

 まあ、そんな細けえ事ぁどうでもいいや。

 夷狄ってのは、それこそ志で決まるんじゃないんですかね?

 アメリカ人でもフランス人でも日本人でも、ハワイを滅ぼそうとするなら夷狄、そうじゃねえなら同志さ」


 夷狄議論については何となく納得して来たところに、大鳥圭介が意見を言う。

「これじゃあ弱いな。

 俺たちが生粋のハワイ人ならこれで良いが、俺たちゃ日本人だ、他人行儀な大義名分じゃ響かない」

「何が足りぬ?」

 松平太郎が問う。

「ハワイ国を護る事は、日本国を護る事なのさ。

 異人にも良い奴は多いが、それは置いといて国ってもんで見るなら、欧米列強による植民地化はどっかで防がないとならねえ。

 やれば出来るって事を、今まさに乗っ取られつつある国で、俺たちが示すんだよ。

 そうすりゃ、もっと人も土地も多い日本に奴ら手出し出来ねえよ。

 そういう先駆けになってから、ハワイに溶け込むってんなら、いいんじゃないかね」

 途方も無い事にも思えた。

 だが、土方歳三が野獣の笑顔になってるし、榎本武揚は実に嬉しそうな笑みを浮かべている。

 ハワイ人となりてハワイに仇なす敵を討ち、それが外に在りて日本を護る事に繋がる。


 やれるかどうかはともかく、志としてはこれで行く事にした。


 後に「南洋攘夷論」と呼ばれるこの思想は、まず4大名家にも伝えられた。

 松平容保は、読んで涙を流したという。

 「国を穢す夷狄討つべし」という思いは、彼が忠誠を捧げ、彼を頼ってくれたさきの帝の思いなのだ。

 それが肯定された思いであったか……。


 そして4大名家は連名でこの志を文書とし、血判を押してカメハメハ5世に捧げた。


『我等何時如何なる時も王国の敵たる者と戦い、王国に忠誠を誓うものなり。

 王国の敵を見做すは、心に在りて、国籍・人種・身分・富貴に非ず。

 仇なす心持ちたる者は、例え同胞なりとも此れを討つものなり』


 カメハメハ5世はこの血判状と訳文を受け取り、歓声を上げて喜んだと伝わる。


 しかし、この書状はそれこそハワイ王国に仇なす敵に、日系人を警戒させる契機となった。

 彼等はカメハメハ3世の時から、ハワイをアメリカ合衆国に併合させるべく動いていたのだ。

 彼等は、日系人に敵意を抱き始める……。


 また、志一個で治らぬ闇もある。

 日本出立前に、姿はともかく心は既に武士でもなく、ただ「薩長が気に食わん」や「武士の面目」といった程度で南洋行に加わり、「騙された」と言いまくっていた者たちの中には、既にホノルルの黒社会に堕ちて、白人や華僑の「そっち系」の手下となり、ボディーガードならまだしも、違法薬物や密入国の手引き、贋金作りやマネーロンダリング等に手を染める者も出た。

 数年前まで戦場ではなく、市井での辻斬り等で刃を振るっていた狂暴な者もいる。

 ホノルル新撰組は当分必要であろう。

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