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決行前夜

 まず事態は予定通り、ラハイナのカジノから始まった。

 イカサマを叫ぶ者、用心棒(白人)との揉め事、そして発砲、さらに安宿への籠城や放火。

 これに先立ち黒駒勝蔵は、アメリカ系白人は除き、イギリス系、フランス系、ドイツ系、イタリア系等のホテルに対し早急な保険加入を奨めていた。

 そして何かあったらすぐに避難するよう、避難場所として山荘を用意しておくことを指示。

 ラハイナ暴動はある程度黒駒一家が手を引いた状態で拡大していく。

 ある程度の拡大を見て、黒駒一家はラハイナ知事、警察、新撰組屯所に通報し鎮圧を要請する。

 だがこれも計画通りで、暴動を起こした者たちはライフルを大量に持ち込み、さらにガトリング砲まで設置していた為、警察や20人程度のラハイナ駐屯新撰組一番隊では手も足も出ない(という設定である)。

 そしてホノルルに通報される。


 ハワイ王国政府はマウイ島全域に非常事態宣言を出し、陸軍第一旅団第一大隊と新撰組に治安出動を命じた。

 命令を受領しながら、大鳥圭介は疑問を感じる。

(おかしいな、僕が聞いていた敵の計画と違う)


 新撰組はハワイアン・リーグの一部を拷問し、得た情報ではラハイナでの暴動に対し、第一旅団全部を出動させる筈であった。

 ホノルルから日系人軍を追い出すにはそれが最適。

 しかし新撰組は残る筈であった。

 計画は王の脅迫。

 幕末の京都でも、御所への乱入や公家宅を脅迫、京都所司代役宅を放火等散々にテロが企まれた。

 新撰組は軍隊ではなく、警察というのも少し違い、そういうテロに対するカウンターテロ部隊であった。

 得意なのは野戦における白兵戦ではなく、室内戦闘や路上戦闘という「CQB(クロース・クォーター・バトル)」である。

 王宮や議会、さらにホノルル市内での「室内戦」や「船上戦」では、むしろ通常の陸軍より強い。

 ホノルル・ライフルズとの戦いを想定しても、相手はライフルでなく主に拳銃での戦いとなるだろう。

 だが、その新撰組をラハイナに治安出動させるという。


 さらに追加の命令が出た。

 暴徒はどこかから軍艦もしくは武装商船を入手したという「噂」がある為、巡洋艦「マウナロア」も護衛任務で出動せよ。

 これは想定内であった。

 大鳥圭介と新撰組局長相馬主計は、共に海軍の榎本武揚の元を訪れ、協議を行う。


「相馬君は、チェスは知ってるか?」

 榎本の問いに、相馬は知らないと答える。

 将棋や囲碁は五稜郭内で流行った事がある為、多少は知っている。

 しかしチェスとなると知らない。

「チェスの駒にはね、(ルーク)があるんだけど、(キング)がその(ルーク)と隣り合っていると『入城(キャスリング)』って言って、一手で2つを同時に動かす特別な手があるんだ」

「はあ……。

 それがどうしたんですか?」

「新撰組もキャスリングをしよう。

 ホノルルに居る本隊をラハイナに動かす代わりに、ラハイナにいる分隊をホノルルに戻す。

 一手で2つの部隊を入れ替えるんだ」

「しかしラハイナの一番隊はせいぜい20人です。

 数が足りません」

「どうせホノルルも非常事態になれば、君たちは全員引き返す。

 問題なのは、『その時』に必要な人数がいるかどうかだ。

 流石の土方君も、1人で戦うのは厳しいだろ?

 カラカウア陛下を護り、君たちが引き返して来るのを待つまでなら、20人は十分な数じゃないかな」

 相馬は確かにそうだと思った。

 彼等は、相馬、原田、それに島田らの顔を知っている。

 今いる隊長や副長たちが全員居なくならないと計画を変えてしまい、さらに手の内を読めなくなる。

 新撰組が治安出動する事すら、得ていた計画とは違うのだから、これ以上計画を変えられても面倒だ。

 ここは彼等の思惑通りに動くのが良いかもしれない。

 それに20人とは言っても一番隊は藤田五郎、尾関泉、中島登と強者揃いだ。

 そしてホノルルの連中は彼等の顔に馴染みが無い。

 問題は、黒駒勝蔵が藤田五郎不在に気づいて、併合派に情報を売る事だ。

 だが今回黒駒側から併合派の動きを密告して来た事もあり、腹の内が読めない相手ではあるが、味方と信じる事にする。

 相馬は榎本の案を了解した。


 巡洋艦「マウナロア」が(かま)に火を入れ、出港準備にかかる。

 それは海軍を監視している併合派からも見えた。

 さらにダイヤモンドヘッドの要塞から、陸軍部隊が完全装備でホノルルに向かって来ている。

 全ては順調であった。

 ただ彼等は一個見逃していた。

 廃艦とされた旧式艦「蟠竜」、蒸気機関の老朽化もあって廃棄の為に出港した筈の艦が、艦形を変えて戻って来ており、煙を吐かない帆走で色々動き回っていた事を、である。

 ハワイ王国旗、ハワイ軍艦旗、そして日の丸の提督旗を掲げた「マウナロア」が出港の準備をしている時、既に「蟠竜」は堂々とイギリス国旗を掲げて帆走でホノルル港を出て、ラハイナに向かっていた。

 軍艦の艦形を変え、国旗を偽装する事は、榎本海軍は既に宮古湾海戦で実践していた。

 今は練習艦として港にほとんど固定されている「回天」のマストを1本切り、煙突を1本撤去して別な形にすると、アメリカ国旗を掲げて堂々と官軍艦隊の停泊する宮古湾に侵入した。

 そして接舷切込(アボルダージ)を行ったが、それが失敗した。

 榎本にしたら、一度行った偽装作戦だけに、今回もすぐに思い付いたのだった。

 そして「マウナロア」と輸送船が準備を整え出港する時、既に「蟠竜」はラハイナに着いて藤田五郎に指示を出し、新撰組一番隊が乗り込んでいたのだった。




 併合派が「蟠竜」で計算違いをしていたように、旧幕臣たちも計算違いをいくつかしていた。

 ホノルル・ライフルズ隊長のアシュフォードはハワイの王家及びギブソン首相について「腐敗している」と考えていた。

 そして国王と首相を銃殺すべきだと、最強硬派になっている。

 この軍人が狙う王は、一人では無かった。

 日本人の「王」と目される松平容保を狙っていたのだ。


 彼が調べたところ、4人の日本人大酋長の中で、日本国大君の親戚筋であり、先代の日本国皇帝に直接仕えていた事もあり、最大の領土を有しているのがハワイ島ヒロに居る松平容保という男だった。

 松平容保は常に質素な生活をし、災害時には民を救済し、部下を使って灌漑やら開墾やらして現地人の為に働いている。

(こんな立派な専制君主というものが存在するのか!)

 とアシュフォードが思うくらい、腐敗とは縁遠い存在で、日本人たちも現地ハワイ人も尊敬している。

 それだけに、心苦しいが彼を狙う事にした。


 王を脅し、首相を解任させる企てに日本人が邪魔立てするのは規定事実と言って良い。

 彼等には軍隊と治安部隊の2つがあり、両方をホノルルから排除したいが、難しくなった。

 おそらく軍隊の方は大半が残る。

 軍隊全てを出動させねばならない程の暴動だと、治安部隊は首都に残す事になる。

 治安部隊を出動させて混乱を収拾させられる規模であるなら、軍隊全ては出動しない。

 軍隊と治安部隊、どちらを追い出すかを考えた時、アシュフォードは治安部隊の方を危険視した。

 軍隊は軍規に従って行動し、無茶をしない。

 それに彼等はダイヤモンドヘッドの要塞に籠っている為、ホノルルの急変に対しては駆けつけるまでに時間がかかる。

 そしてアシュフォードは軍人らしく、ホノルル・ライフルズを率いて日本軍を撃退出来る自信があった。

 それに対し治安部隊の方は危険極まりない。

 計画発動前にテロを仕掛けて来かねない。

 彼等は自身が悪と見做し、迷いが無くなったら、以降理屈が通じない。

 それに彼等は市街戦を得意とする。

 治安部隊というより市街戦、ドアtoドアな戦闘特化の特殊部隊と言っても良い。

 アシュフォードにしても、ホノルル市内で市街戦をして、罪の無いハワイ人や同じ白人を危険に晒す気は無い。

 ゆえに軍隊か治安部隊かを天秤にかけ、治安部隊の方を追い出すよう計画を修正した。


 アシュフォードは日本軍をワイキキからホノルル市内に入る辺りで迎撃し、打ち破る事は可能だと考えている。

 しかし日本軍の数は多い。

 ホノルル・ライフルズの本隊は400人だが、日本軍はオアフ島だけで全軍2400人以上いる。

 さらにカウアイ島、ハワイ島にも部隊がいる為、彼等全部が船で増援に駆け付けて戦うとなると、いずれ敗れるだろう。

 それはそれでアメリカ本国に救援を呼ぶ契機にはなるが、軍人として全滅を前提とした作戦等立てられない。

 そこで、ホノルル・ライフルズの一部と、ホノルル・ライフルズの予備軍及びハワイ島の白人義勇兵部隊を使って、ヒロの日本人の王を襲撃し、人質にする。

 人質とは別に捕らえる必要はなく、彼の邸宅を完全包囲し、何時でも突入可能な状態に置く。

 それをもって日本軍と停戦交渉に入る。

 松平容保が多くの日本人から尊敬されている立派な人物だけに、この人質作戦は有効であろう。

 自身が率いるホノルル・ライフルズ主力がオアフ島の日本軍部隊を足止めする間に、ハワイ島で日本人の王を包囲し、停戦、もしくは降伏を呼び掛ける。

 アシュフォードはラハイナで暴動が起きる前に、既に兵力をハワイ島に送り込んでいた。

 ホノルル・ライフルズやその予備部隊は、全て民間人の義勇兵部隊なので、普通に船に乗ってハワイ島に移動出来た。

 そして現在、機を待っている。


 アシュフォードは、ホノルル・ライフルズという義勇兵部隊だけをあてにしてはいない。

 本国に連絡して、かつて南北戦争を戦った兵士で、現在職を失っている者、あるいは現在の職に満足していない者を誘って組織化し、ハワイに上陸させる算段だ。

 故にホノルル港に日本の巡洋艦が居るのは不都合で、それに出て行って貰った。

 新型ライフルや弾薬を満載し、援軍を乗せたチャーター船がオーストラリア経由でやって来るのはもう間もなく、1887年7月1日である。

 決行の日は迫っていた。

元々ホノルル・ライフルズは200人程度の義勇兵部隊です。

史実はそうですが、この物語では旧幕府軍+新選組がいるので、本隊400に予備200と他の島での義勇兵部隊ありの数倍の兵力にしました。

流石に200人で2000人以上と戦わせるのは無理がありますので。

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