両陣営動き始める
ロリン・サーストンとウィリアム・オーウェン・スミスは、ハワイ王国の新憲法を考えていた。
憲法考案に携わった者は他にサンフォード・ドール、ウィリアム・アンセル・キニー、ジョージ・ノートン・ウィルコックス、エドワード・グリフィン・ヒッチコックという「法律家」たちが名を連ねている。
彼等が作った新憲法をカラカウア王に承認させるのが計画の第1段階であった。
内容を見てみる。
・憲法の改正は今後、国王の承認を得ずに行える。
・国王の拒否権は、議会が再審議し3分の2の賛成を以て無効化出来る。
・行政権は国王と内閣の双方が持つ。
・軍隊の最高司令官は国王ではなく、議会とする。
この4項は国王の権力を制限したものである。
立憲民主主義に慣れ親しんだ者には、特に問題らしい問題は無い。
君主の権力を制限するどころか、単に「象徴」だったり「国事行為の執行者」とする憲法だって存在する。
大統領ですら「象徴」で、首相が行政を担当する国もある為、下心無く読めば大きな問題はない。
だが……、
・ハワイ王国市民に加えて、外国籍の男性住民にも選挙権が与えられる。
ただしアジア系移民には適用されず、欧米系の移民のみである。
また有権者たるには月600ドルの収入または3000ドルの納税が必要である。
この参政権が最大の問題である。
まず外国人参政権を認めている。
これまでも外国人に参政権は有ったが、それは「二重国籍」でハワイ国籍を有していて、「将来はハワイ国籍のみを選択する者」という条件がついていた。
それが完全に外国人でも投票出来るようになる。
アメリカ本国から一時的な移住者を連れて来て「ある法案」を可決させる為に、改革党に投票させる事が出来るのだ。
同じような対抗策を取られないよう、アジア人は適用外とされた。
人種差別?
その通り、この時代はそれはまかり通るのだ、法律家を集めて憲法を考えせさても。
そして収入による足切り。
この条件を満たす「ハワイ人」とは、白人農園主たちや実業家たちで、原住ハワイアンはこんな収入が無い為、選挙権を剥奪される。
これで狙うのはアメリカ併合議決である。
現在の憲法では国王のみが憲法を改正し得る。
一応彼等は「憲法を尊重する」ポーズを取った。
国王を脅し、国王が認める形でこの憲法を発布する。
議員を同志で固めてしまえば、最早国王の拒否権等何の意味も為さなくなる。
そして軍隊の最高司令官を議会にする。
文民統制では普通の事だが、この場合は軍閥と化した日本人部隊を「軍最高司令官」の名をもって解散させる事にある。
日本人部隊が蜂起したら?
官位を剥奪された日本軍は私兵、反乱軍であり、堂々とアメリカに介入を要請出来るのだ。
この日本人排除をもって第2段階とする。
あとは先例に倣えば良い。
先例、テキサス共和国、カリフォルニア共和国のアメリカ編入である。
テキサス共和国の場合、メキシコ人の土地に徐々にアメリカ移民を増やしていき、まずは「住民の総意」として独立する。
そして独立したテキサス共和国がアメリカ合衆国への参加を申し出て、アメリカ議会が可決して併合が完了する。
カリフォルニア共和国は、テキサス共和国を認めない元の所有国メキシコとの米墨戦争の最中に、やはり住民の意思として独立したものである。
こちらは条約によってアメリカに割譲された。
議会の議決だろうが、条約だろうが、法律的な手続きだけは満たしたいアメリカ人の心情がそこにあった。
……そこに至るまでの過程はえげつないのだが、最後の過程さえ綺麗ならば全て良しなのだろう。
さて、憲法の草案を作っている間にも陰謀は進む。
一番怖い男は今、王妃と王妹を守って外国の空の下に居る。
国王を常日頃から脅しておくと、最終段階で死の恐怖を感じ、脅迫に屈しやすくなる。
ハワイアン・リーグでは何人か、王の背後をつけ回したりして暗殺の恐怖を与えようとした。
確かに王の近辺に不審者が出るようになり、王は恐れを感じるようになった。
彼等の計算違いは、こういう所業に対し滅法強い連中が居るのを忘れていた事だった。
彼等は新撰組を過小評価していた。
土方歳三という個性が強過ぎ、他の隊員について見えていなかったとも言える。
大通りに首を晒したのも、人を袈裟懸けに斬って真っ二つにしたのも、拷問で全ての指に針を突き刺した挙句にあらぬ方向に折り曲げたのも、やったのは平の隊員なのだが全て土方の所業にされていた。
だから「土方さえ居なければ大した事はない、現に土方が隊長を辞めてから物騒な噂は聞いていない」とナメてしまった。
……怖いから誰も犯罪を犯さなくなり、それ故に拷問する機会が無かっただけの話なのだが。
そして、ハワイアン・リーグに所属したドイツ人、彼は新撰組について全く軽く考えていた。
ピストルを持って国王をストーキングし、脅していた彼の周囲を刀を持った連中数人が囲んだ時も、
「御同行願おう、さもなくば斬る」
に従ってさえいれば、仮にも元議員なんだし、弁護士を呼ぶ権利を主張し、淡々と「ピストルを持っていたのは認めるが殺意等ない」と言えばすぐに釈放されるものだと思っていた。
待っていたのはいきなりの逆さ縛りで、海水を満たした樽に頭から漬けられる拷問だった……。
「これは何だ! 何の容疑か明らかにしろ!」
その叫びも虚しかった。
隊長の相馬主計は、土方が信頼して隊長を任せた男である。
刀を抜く事は無かったが、鞘ぐるみの刀でドイツ人の高い鼻を殴りつけ、折れ曲がった鼻骨と鼻血で呼吸困難になったのを見て、再度海水樽に頭から漬け込んだ上で、腹に鞘ぐるみの突きを叩き込んだ。
何の容疑かはっきりしないまま、丸一日監禁され、指を三本切られ、歯は数本を残して折られた。
尋問は翌日に始まった。
意識朦朧としたドイツ人の前に、同志であるハワイアン・リーグの者、この日のストーキング担当2人が首だけの姿になって現れた。
「こいつらは小者だから、聞く価値も無かった」
と言った後で、
「国王監禁計画について話せ。
話さなければ、死んで楽になる事すら許さん」
逆らう気力は無く、彼は全てを洗いざらい話した。
翌日、その男は五体バラバラとなって真珠湾に浮かんだり沈んだりしていた。
容疑者は不明とされた。
同志が数名行方不明となり、しかも1人は見せしめのように真珠湾に捨てられていた。
真珠湾である事は明確なメッセージである。
ハワイアン・リーグの面々は、今更ながら土方の居ない新撰組も十分に脅威であると知った。
さらに凶報が入る。
王宮に向けて発砲したり、原住ハワイ人に対し威嚇していたホノルル・ライフルズの若い兵数人が、市中見回り中の新撰組にも威嚇をした結果、全員斬り殺された。
威嚇だから彼等に当てる気は無かった。
ただ有色人種をライフルで脅して、腰を抜かすのを見て楽しむだけだった。
だが新撰組にそれは命取りである。
もう十年以上市中見回りで人を殺していない為、以前の恐怖というのを彼等は知らない。
ライフルが気を大きくしていたとも言える。
空砲を撃った瞬間、彼等は踏み込んで来て、1人につき3~4人の刃で突き刺された。
何が起きたか把握する前に、腹一帯に焼け付くような痛みを感じ、そのまま力が抜けていった。
最後の1人は、流石に反撃をしようと銃を構えたが、二番隊隊長原田左之助の槍で銃を跳ね上げられ、銃弾は空の彼方に消えた。
そして彼の命も空の彼方の何処かに消えた。
「土方を遠ざけただけでは甘かった!」
今更ながら後悔したが、今更「土方を追ってイギリスに行ってくれ」とも言えない。
計画を変更する必要がある。
新撰組もどこか、オアフ島から離れた場所に移動させねばならない。
だが、どこにやるべきか。
「私に考えがある。
シンセングミと第1旅団は、決行の日にホノルルには居ないようにする。
その代わり、我々も2つに分かれる事になるが、それで良いか?」
ホノルル・ライフルズの隊長、アシュフォード大佐が作戦を説明した。
「それで行こう。
ジャップめ、目にもの見せてくれる」
同志を殺害された併合派の恨みは深まっていた。
ホノルル、新撰組屯所。
マウイ島の一番隊隊長藤田五郎から、マウイ島争乱計画の報告がもたらされた。
黒駒勝蔵から密告された情報で、彼等の情報網でも同じ事を掴んでいた為、確報として送られた。
おそらくこれは新撰組の百数十名でどうにかなる事ではない。
相馬主計は日本軍の代表とも言える榎本武揚、大鳥圭介にも報告し、対応を協議する。
王国を守ろうとする者、アメリカに併合する為に王が邪魔な者、それぞれが動き始めた。




