ポリネシア同盟の反作用
サモアにはアメリカ軍とドイツ軍が艦隊を派遣していた。
アメリカ側寄りのイギリスもまた軍艦を派遣している。
その戦力は
【アメリカ】
USSヴァンダリア 2066トン 速力不明 砲8門
USSトレントン 3900トン 速力14ノット 8インチ(20cm)前装砲11門
USSニプシク 601トン 速力11ノット 9インチ(23cm)前装砲2門、150ポンド砲1門
【ドイツ】
SMSアドラー 1040トン 速力11ノット 12.5cm砲5門
SMSエベール 735トン 速力11ノット 砲3門
SMSオルガ 2672トン 速力13.9ノット 15cm砲10門、8.7cm砲2門
という3対3の状況であった。
排水量的にはアメリカの方が大型艦ではあるが、これは南北戦争型の旧式艦である。
建造年数は比較的新しいが、設計が古い。
「新海軍構想」で設計された新型艦たちは、この戦場には来ていない。
そしてもう1国
【イギリス】
HMSカリオペ 2770トン 速力14.75ノット 15cm砲4門、12.7cm砲12門、36cm魚雷発射管2基
この戦場に、ハワイ王国が砲艦を1隻派遣するという報告が入った。
【ハワイ】
HHMSカイミロア 291トン 速力8ノット 4インチ(12.5cm)砲4門
アメリカもドイツもイギリスも
「一体何を考えてこんな軍艦をわざわざ派遣したのだ?」
と首を傾げた。
大体、既に「サモアとの同盟」等と言うには時期を逸していた。
サモアの大酋長ラウペパは、ドイツ艦隊がサモア近海に近づいた時に、かつて外国領事たちが求めた大酋長の辞任を受諾して降伏した。
そんな中にのこのこと、ラウペパとの同盟をしに「カイミロア」がやって来たのだった。
「何しに来たんですか?」
と椅子から立たずに冷たく問われたハワイ代表団は、
「親善に……」
と言うのがやっとであった。
「それはご苦労な事です。
こちらの民衆もサイクロンで大変ですから、慰めてやって下さいね」
ほとんど相手にされなかった。
ラウペパ大酋長との交渉も無くなった「カイミロア」は、予定通りコンサートを開く。
ロイヤル・ハワイアン・バンドの演奏は、戦火と天災に疲れたアピア市民の心を確かに癒した。
少年院出の乗組員たちも特に問題を起こす事は無かった。
記録では懲罰の対象となったのは僅か1件とされる。
艦長のジャクソン大佐も暇を持て余していた。
さて、「カイミロア」がハワイに到着した前後に時間を戻す。
理想を乗せた「カイミロア」がコンサート以外する事もなくサモアに滞在する事になるとは夢にも思わず、カラカウアは期待に胸を膨らませていた。
ギブソン財相は同盟成立後、サモアを救う為に3万ドルを準備していた。
彼はニュージーランド、サモア、ハワイを結ぶ「ポリネシアの大三角形」を「大ポリネシア帝国」とすべく夢を見ていた。
大体地球表面の1割程度になる領土・領海を持つ広大な国である。
地球儀を回しながらニタニタしているカラカウアを、内務大臣は軽蔑し切った目で見ていた。
内務大臣はロリン・サーストン、ハワイ王国転覆を企む者が閣僚として入り込んでいたのだ。
もう一人の併合派の重鎮ウィリアム・オーウェン・スミスも検事副総長を勤めている。
この辺、「宣教師党」改め「改革党」の力の強いところだろう。
「改革党」イコール「アメリカ併合派」ではなく、白人にも色々考えがある。
だが最近は「併合派」が勢いを増し、その中で「穏健派」か「急進派」かの考えの違いが出るくらいになっていた。
サンフォード・ドールは穏健派であり、サーストンやオーウェン・スミスは急進派である。
会合でサーストンは、カラカウアの事を馬鹿にし切った口調で語った。
「アメリカ本国も、今回の彼の行動には呆れている。
このハワイはカラカウアの馬鹿が王となってから、どんどん愚かになっている。
フェスティバル政治に終止符を打ち、正しい世にしなければならない」
「それには同意なのだが、王は親衛隊が守り、首都は日本人移民の軍隊が守っている。
それをどうすべきか、君にアイディアはあるのか?」
「親衛隊で怖いのは隊長の土方だけだ。
彼が任を離れたら、他の隊士は気が緩む。
土方をどこかにやってしまえば良い。
それについては考えがあるから、任せて欲しい」
「しかし、あんな王にも日本人は忠誠を誓うのかねえ……」
「土方は頑迷固陋だったが、榎本と大鳥という海軍・陸軍のトップは違うようだ。
彼等はこのポリネシア同盟について反対のようで、そう王にも諫言している。
そのせいか、『カイミロア』の件は榎本の頭越しに決まった。
榎本と大鳥は、次期国王のリリウオカラニと組んで、国力に見合わない積極策を止めるよう働きかけている」
「ほお、ジャップも案外賢いですな」
「奴らは金に執着してるだけだ!」
サーストンは怒鳴った。
「私の故郷マウイ島もジャップに金で蹂躙されている。
ジャップは新型巡洋艦を買ったから、金が無いのだ。
それで余計な出費を嫌い、ポリネシア同盟に反対しているだけだ。
まあ、確かに余計な出費を嫌い、軍としても独立採算制で負担が軽く、本人たちも禁欲的な生活をしている。
そこは認められるが、所詮彼等は金に強欲か、金に吝いだけだと私は思う」
「それと、私が内務大臣になって分かった、重大な王の背信行為がある」
サーストンは続ける。
ハワイは現在、二大政党となっている。
一個はキリスト教改革派の「改革党」、以前の名は「宣教師党」で、もう一個は「国民党」であった。
国民党は1873年の国王選挙で敗れたカラカウアの為に作られた政党である。
カピオラニがあの年に、散々人脈作りに動いていたのも、国民党の勢力強化の為であった。
国民党はカラカウアの政策を全面的に支持し、カラカウアのハワイ復古政策「ハワイアン・ルネサンス」を推し進めている。
かつて存在していたエンマ女王を支持する「エマイト党」は、この国民党の壁を破れず、かと言って改革党の票も奪えず、既に1882年に解散している。
先日の選挙で、カラカウアはこの国民党に密かに資金援助を行っていた。
カラカウアは、限定的ではあるがドルの発行権限を持っている。
通貨を作れる者は、基本それを自由に扱う事が可能だ。
インフレを起こされないよう、銀貨の発行においてアメリカが総量を把握する為、アメリカから必ず銀を購入する事になっている。
しかしカラカウアが黒駒というギャングに貨幣発行の半分の量を任せている為、ここが独自に銀を入手していたならば発行総量の把握は困難となる。
王は黒駒一家から毎年7万ドル以上の多額の賄賂を受け取っているようだ。
その「議会が把握していない資金」が国民党に流れ、それで選挙に勝っている。
併合派の焦りは、1884年の選挙で国民党の勢力拡大を見ての事でもあったが、
「なるほど、そういうカラクリがあったのか……」
知らされた党員たちは王の行為に立腹した。
「ではまとめよう。
まずは私とオーウェン・スミスとで、国王の権限を大幅に削った新憲法を立案する。
それを王に突き付けるのだが、その前に
・親衛隊長土方歳三を王の傍から遠ざける
・ホノルルを守備する日本人の第一旅団をやはり王の傍から遠ざける
これをしなくてはならない。
方法は私が考え、実行にはドールにも協力して貰う。
何か疑義はあるか?」
「異議なし!」
「では、この方針で進めよう」
ポリネシア同盟構想は、アメリカ併合派の白人たちに行動を起こさせるトリガーとなってしまったようだ。
余談ですが、カラカウア王が与党に資金援助したってのは創作です。
翻訳ミスでしたが「これをやったら敵は怒るな」と思ったので使いました。
実際は野党「改革党」が勝利し、ハワイ鋳造の銀貨とアメリカ鋳造の硬貨との交換額を制限していました。
が、折角黒駒さんから自由に使える金が裏ルートでジャンジャン送られて来るので、与党に肩入れして与党勝利、ただし野党からも大臣出さないと収まらないくらいの票は獲得、って形にしました。
大体歴史に合わせて来ましたが、ここは大きく違うので書いておきます。
 




