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日本人たちの事情

 榎本武揚は大鳥圭介の陸軍第一旅団司令部を訪ねた。

 世代交代が出来ない日本兵は減っていて、数年前の軍縮によって1個大隊640人となった。

 どちらかと言えば連隊に近い規模だが、無理して旅団としている。

 それは、連隊長だと大佐か中佐、佐官の職務になるが、旅団(ブリゲイト)はBrigate Generalという言葉があるように、最下位の将官をもってその任に充てる。

 旅団長である大鳥圭介は、大佐より上位である准将であった。

 将官であるか無いかで、政治力は大きく変わってくるため、日本人の地位の為にも将官で居たかった。

 なにせ旧幕臣たちは選挙権・被選挙権を放棄しているので、せめて官としての地位くらいは欲しいのだ。


 現在1個大隊は640人であり、4個戦闘団を基軸とする四進法の日本軍は以下のような編制となった。

 1個大隊=4個中隊、1個中隊は160人、指揮官は大佐、副隊長が中佐。

 1個中隊は4個小隊、1個小隊は40人、指揮官は少佐、副隊長が大尉。

 1個小隊は4個分隊、1個分隊は10人、指揮官は中尉、副隊長が少尉。

 さらに分隊は伍長と呼ばれる5人程の指揮権限を臨時に持てる階級がいて、2隊に分かれて作戦行動が出来た。

 軍制はフランスに倣ったものだが、下士官については大分省略をしている。


 さて、大鳥を訪ねた榎本は、カラカウアの行動を説明した後で、大鳥に問う。

「普仏戦争でフランスが敗れたように、君たちもドイツ帝国には勝てないだろう?」

「失礼だな、榎本さん。

 状況次第なら十分勝てるよ」

「どういう状況だね?」

「ドイツ軍が100人で大砲無し、我々が2000人で野砲山砲ともに有るなら圧勝するさ」

「ハハハハハ(笑)。

 それはそうだ。

 それにしても随分都合の良い計算だね」

「そうなるには榎本さんの仕事が必要だよ」

「俺の?」

「そう、このハワイはドイツと陸続きじゃない。

 どうしても軍艦で護衛した輸送船に乗せて兵を送らないと、攻めて来られない。

 その軍艦と輸送船を撃破したなら、残存兵力が上陸したところで圧勝してみせるよ」

「なるほど、我々は陸海共同で護らねばならなかったな。

 それはそうだ。

 だが、本当にそれで大丈夫かい?

 君たちは去年、ホノルル・ライフルズに負けたじゃないか?」


 榎本の言う「負けた」は、競技大会での事である。

 1886年11月、50歳の誕生日を迎えたカラカウアは、またしても2週間ものお祭り騒ぎをやった。

 宣教師党改め改革党は議会において、またもカラカウア王と首相の放漫財政を大いに批判した。

(決算報告は1891年で、7万5千ドル使われた事が分かった)

 それでもカラカウアは生誕祭を行い、公立学校も休みとして大騒ぎをした。

 音楽好きなカラカウアの為に、ロイヤル・ハワイアン・バンドは終日演奏をし続け、連夜花火が打ち上げられた。

 こういうお祭り騒ぎには、マウイ島から黒い連中がやって来て、賭け事を仕切っていた。

 いや、表向きは白い連中がやっているのだが……。

 レガッタ、アスレチック等の競争は全て公営ギャンブルとなり、それは黒い連中と王家を潤わせていた。

 そんな中、義勇兵部隊ホノルル・ライフルズから「狙撃大会(マークスマンコンテスト)」が提案され、各部隊から選抜された者たちによる競技会が行われたのだ。

 結果は、上位10名までをホノルル・ライフルズのメンバーが占め、最強と言われた第1旅団からは入選者無し、11位に元会津藩士が入った程度だった。

「会津のお城に籠っていた時に、山本八重子様に習いました」

 というその元白虎隊一番隊士が日本人として面目を施すも、他は正直情けないとこであった。


 だが大鳥は平然としている。

「戦争で撃ち合ったら、お互い火薬の煙でエラい事になる。

 戊辰の時もそうだが、結構接近戦になっただろ?

 そうなった時の阻止の為に、俺は早打ちの方を訓練してんだ。

 戦場ではそっちの方が有効だ」


 無煙火薬が銃で使えるようになったのは、1886年、つい昨年の事であり、ハワイにまだ最新の情報は来ていない。

 その無煙火薬を使うフランス製ルベルM1886小銃も最新兵器であり、世界中に行き渡ってはいない。

 世界ではいまだ、濛々とした煙が戦場を包む黒色火薬の銃の時代であった。

 ゆえに敵味方を間違えないよう、軍隊は派手な色の軍服を着ている。

 旧幕府軍は「サムライブルー」と呼ばれる青のジャケットに、日本の精神か白襷をしていた。

 ホノルル・ライフルズは紺のコートに白いベルトで、両者はやや分かりにくい。

 はっきり区別できるのは、フランス式の旧幕府軍のズボンは赤なのに対し、ホノルル・ライフルズは水色な事だ。

 咄嗟の狙撃の際に見極めが割と面倒である。


「だが、遠方からの狙撃もあるだろう。

 指揮官を撃たれると面倒だ」

「ああ、会津の戦いで山本八重さんだったかな、あの女性(ひと)狙撃(ねらいうち)は見事だったと聞いた。

 土佐の西軍隊長たちがバタバタ撃ち殺されたってね」

「分かってるなら、対策はしないのか?

 こちらにも昔の山本八重に匹敵する撃ち手はいないのか?」

「実は銃の改良をしてましてね。

 シャスポー銃をベースに、口径を小さくして火薬の量を減らし、煙を少なくする。

 それで目を傷めないようにしつつ、軽量の弾の方がよく飛ぶから、狙い撃ちには良い。

 そういう兵もいるんだが、あの時はまだ銃の数が足りてなかったし、手の内を明かしたくもなかった」

「そうか。

 流石は大鳥君、不安を抱くのは君に失礼だったね」


 なお大鳥は、数年後に無煙火薬とそれを使用した銃で、戦場から視界を遮る程の黒煙が消滅し、フランス人顧問から「目立たない色の軍服に変えましょう」と言われた時、「あれだけ苦労して作った狙撃銃が、もう過去の遺物と化したのか!!!!」と絶叫する事になる。


 未来の事は置いて、榎本と大鳥の会話は、もしもハワイ陸軍にサモア出兵の命令が出た場合どうするか?という話になった。

 ドイツ軍云々は、ハワイでの戦争よりも出兵が決まった場合のサモアにおける対決が前提となる。

「無理ですな」

「100人対2000人でもかい?」

「むしろ2000人もいたら、それでハワイ軍は負けますよ。

 我々は遠征しないという事で、兵站に関しては最低限のものしか用意していない。

 せいぜいホノルルを出陣して、ハワイ島やカウアイ島の救援が出来る程度のものだ。

 出せるとしたら、精々1個中隊、160人がいいとこだ」

 これは敵情からしても正しい分析と言えた。

 現在サモアで対峙しているドイツ軍は150人の海兵、アメリカ軍は200人の海兵であり、双方陸軍部隊は出していない。

 アメリカ海兵は後世の海兵隊と違って独立した軍ではなく、軍艦に搭乗している陸戦要員である。

 ハワイ海軍は海兵を持たないので、都度陸軍部隊を載せている。

 その少数でドイツやアメリカと戦って、勝てるかもしれないが、

「勝っても長い間の占領は無理だし、負けたら逃げ回る分の食糧も準備出来てない」

 という状態だった。

 榎本と大鳥は、陸軍・海軍ともに王のポリネシア大同盟構想に役立つ力は無い、という認識で一致した。

 要は日本人の総意として「無理」と言おう。



 さて、同じような結論を出していたのは、マウイの影の王・黒駒勝蔵であった。

 手下や白人たちから、カラカウア王のポリネシア同盟構想を聞いた勝蔵は

「阿呆か、あの王様は!?」

 と呆れた。

 彼は手下に向かって説明をする。

「ここに清水次郎長一家が居て、ここに三河平井一家が居て、宿場町を狙って睨み合っているとする。

 黒駒一家としては、勝ちそうな方に着くのが利巧なやり方だ。

 もし黒駒一家が狙われた宿場町の町役人と手を組んでみな。

 両方の共通の敵と名乗り出たら、両方が手を組むに決まってらぁ。

 清水一家と平井一家が手を組んで、新参の邪魔者である黒駒一家を先に倒し、物のついでに町役人を殺して、そして宿場町は半々でいこうってなるぜ。

 そこんとこを、あの阿呆だらは分からねえのか?」

「でも親分、敵対するヤクザの隙をついて、鳶が油揚げ攫うって事もあるんじゃねえですか?」

「それは力があれば、だな。

 力も無えのにそんな義理欠く真似したら、周り全部から嫌われて袋叩きに遭うぜ」

 ヤクザたちにとって、勝蔵の説明は理解しやすいものだった。


「時に親分、それとは別で気になる事がありやす」

「おう、言ってみろ」

「近頃新参の白人、白人かなあいつら、肌の色が割と濃いが……」

「余計な事ぁいいよ、続けろよ」

「へい、白人の見た目危ねえのが入って来てるんでさ。

 賭場と漁師町でよく見かけるんですが、あいつら堅気の者ではありやせんぜ」


 それはガリバルディがラハイナのカジノの存在を教えた、シシリアンマフィアの偵察部隊であった。

 勝蔵はしばし考えた上で、情報を教えた子分に小遣いとして金貨を投げる。

「ありがとうよ。

 そいつらから目を離すな。

 殺る必要はねえが、いつでも殺る支度をしておけ。

 家族として手を組むか、それとも戦争(でいり)となるかは俺らが決めるずら。

 カラカウアのアホンダラと違い、これは攻め込まれての戦じゃからの」

 親分の目から発せられた殺気に、子分たちは肝を冷やしていた。

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