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サモアの動乱

 1887年のポリネシア文化圏の話をしよう。

 まずハワイ王国はカラカウア王の統治下で、まだ存在している。

 このハワイに移住した日本人を何かと助けてくれるフランスは、一方でタヒチにおいて帝国主義の牙をむいていた。

 1836年にタヒチのポマレ朝が宣教師を追放した事を契機に、度々の軍事行動と保護条約の締結の後、1880年に併合協定に署名させられ、フランス領ポリネシアの一部となった。

 さらにフランスはアロ首長国、ウベア首長国、シガベ首長国にも手を伸ばし、これらを保護国とすべく現在活動している。

 ハワイ王国のもう一つの宗主国であるイギリスは、マオリ戦争を1872年に完全に鎮圧し、ニュージーランド南北を植民地とした。

 クック諸島、ニウエ、エリス諸島、トケラウもイギリス領西太平洋領に組み込まれた。

 そしてイギリスは1887年現在はトンガ王国に手を伸ばしている。


 こんな中、サモアは植民地化を免れていた。

 それはサモアが強かったからではない。

 イギリス、アメリカと新興のドイツ帝国の勢力が衝突し、緩衝地帯となっていたからだった。

 サモアは1870年代まで統一政府が出来ていない。

 プロイセン(後にドイツ)の実業家ゴッテフロイ家がアピアに拠点を作り、ラウペパという男を大酋長にしようと支援を行った。

 そして、1881年にドイツ・アメリカ・イギリスの領事によってラウペパは大酋長に就任した。

 各国の支援の元、彼の戴冠に反対したティティマエアという酋長を屈服させ、やっと安定したかに見えた。

 ところがラウペパは、ドイツに独占取引を認める一方で、アメリカの保護国となるという約束を交わしていた。

 これが各国の領事を怒らせた。

 ドイツは前述のティティマエアを、アメリカはイオセフォという酋長を支援する。

 各国領事はラウペパの大酋長退位を求めており、退位が実現した場合、ドイツとアメリカは互いの推す酋長を大酋長とすべく画策していた。

 ラウペパはまだ退位していないが、既に1886年から第一次サモア内戦と後に呼ばれる戦争が始まっていた。

 この孤立無援のラウペパの元に、ハワイ王国から使節が送られて来たのだった。




 カラカウアのポリネシア文化圏大同盟の構想は、彼が国王になる20年前からあったようだ。

 オーストラリア人チャールズ・セント・ジュリアンが1853年にハワイを訪れ、オーストラリアとハワイの政治的連携を求めて来た事があった。

 その時に外部の世界に興味を持ったカラカウアは、ポリネシア連合を作る構想を抱く。

 それに拍車をかけたのが、財務大臣を務めるギブソンと、イタリア人モレノという側近である。

 モレノは評判の悪い男であった。

 カラカウアが世界一周旅行に出ている間、彼はイオラニ宮殿の電信に関する作業を請け負っていた。

 しかし彼の招いた企業は金を取るだけで何もせず。

 摂政リリウオカラニによってハワイを追放されている。

(そして世界一周旅行中にイタリアでカラカウアと再会している)

 このモレノがカラカウアにこう言った。

「貴方がポリネシアの全民族を統一するのです!

 全ての島の代表者たちはホノルルに参集し、ホノルルの議会で全土を統治するのです!」

 ギブソンもこの構想に賛同し、彼はその為の資金をも集め始める。


 そしてカラカウアは、日本で明治天皇に欧米諸国の横暴について訴え、太平洋アジア連合を提唱する。

 しかしこれは翌年、明治政府から「とても我が国の国力では難しい」と拒絶された。

 それでもめげないカラカウアは、1883年からは欧米列強に「ポリネシアの島々を植民地化するな、独立させろ」という抗議文を送りつけた。

 列強はほとんど無視した。


 批判は国内からも出た。

 新聞は「余計な事するな」「空想の帝国だ」と批判記事を掲載する。

 リリウオカラニも

「理想は分かるが、とても国力に見合った行動ではない。

 下手に相手を刺激して、列強の攻撃の目をこちらに向けさせるべきではない」

 と反対している。

 榎本武揚も

「外洋艦隊は、ハワイの外海で敵を迎撃する為の部隊であり、外征用ではない。

 外征を行う為の石炭も、その間留守の本国を守る艦隊も少ない」

 と否定的である。

 ゆえにカラカウアは、「カイミロア」の件で榎本を外した運用としたのかもしれない。


 カラカウアは、リリウオカラニの反対を押し切って、アメリカ・イギリス・ドイツ・ラウペパ政権が対立するサモアに使者を送った。

 見事に火薬庫に手を突っ込んだのだ。

 使者を受けたラウペパは、西洋人よりは同じポリネシア人の方がマシと考えたようだ。

 だが、マシであっても果たして西洋人に勝てるかどうか?

 彼の不安は軍事力にあった。

 そこでカラカウアは、ハワイ人だけで操船する「カイミロア」をサモアに派遣し、その実力を見せつけようと考えたのだった。


 既にドイツの外交は動いていた。

 イギリスとアメリカに対し

「もしもハワイ王国がラウペパを有利にするよう干渉するなら、それはハワイ王がドイツ帝国に対し宣戦布告したと見做す」

 と警告を出していた。

 その警告は両国の領事を通じてカラカウアに伝えられた。

 カラカウアにもドイツと戦争をする気は無い。

 だが、「カイミロア」の出動は既に決定事項である、少なくとも彼の中では。

 そこで

「いやいや、我々は親善使節を送るだけですよ。

 代表がラウペパ大酋長ですけど、軍事的な干渉の意思はありませんから」

 と楽団・ロイヤル・ハワイアン・バンドを乗り込ませた。

 幸い、「カイミロア」は少年院の更生教育に使われる船なのだが、少年院の更生プログラムには音楽教育も含まれていた為、レッスンは上手くいっている。


「お兄様は『コンサートの後、何か面白い事したいけど、握手会とかグッズの手売り販売とかサイン会とかどうかな』なんて、おかしな事言ってますけど、そういう話ではないんですよね。

 イギリスはほとんど手を引いたようですが、アメリカとドイツとで膠着状態に陥っている中に、のこのこと出かける訳です。

 上手くいってもいかなくても問題です。

 上手くいって同盟成立なんてなったら、ハワイはドイツ帝国と戦争になります。

 上手くいかなければ恥をかくだけでなく、それでもアメリカとドイツから余計な事をしたと睨まれます。

 今の時期に使節を派遣する行為そのものが、政治的に間違っているのです。

 そうは思いませんか、榎本」

 リリウオカラニの文句は続く。

 こういう時は、一々意見を述べず、全部思っている事を言わせた方が良い。

「今年はイギリスのヴィクトリア女王戴冠50周年祝典があり、私たち王族はそれに招待されています。

 こういう時こそ、お兄様は海外に出かけるべきなのです。

 礼儀を尽くしてこそ、イギリスの支援も受けられるというものです。

 ですがお兄様は私と、カピオラニ義姉様に名代として行けと言ってるのです。

 そんなにサモアへの派遣は大事なのでしょうか?」

「どうも、皆に反対されて意固地になってる感じもしますね」

「そう思いますか? そうですよね。

 こういう時は国王として冷静な頭で判断して欲しいものです。

 親善の使者であれば、もっと平和な時期に。

 倒れそうな小島の政権よりも、大国の君主との会合を大事に。

 国力に見合った外交をしなければ、我が国は下手をしたら潰れてしまいますわ!」


 ひとしきり文句を吐き終わったリリウオカラニは、榎本に海軍の準備状況を聞いた。

「海軍の蒸気軍艦は『マウナロア』1隻だけです。

 改修中の蒸気軍艦『カヘキリ』ですが、大分傷んでいたようで、数ヶ月は修理と部品交換にかかります。

 『カメイアイモク』は既に売却し、新鋭艦『マウナケア』が来る予定ですが、外交のトラブルで遅延しています。

 『蟠竜』と『回天』はもっと古い艦で、練習艦としている『回天』はともかく、外洋任務も行っていた『蟠竜』はそろそろ退役させて、売るなり壊すなりして鉄屑スクラップや機関の再利用に使うべき代物なのです。

 なので、今戦争となったら極めて厳しい状況にあります」

 なお、『カヘキリ』はこの際に大改修を受けている。

 砲弾の統一化の為、6門の19cm砲を『マウナロア』と同じ24cm砲に4門に換装する。

 蒸気機関を徹底的にメンテナンスし、最近では8~9ノットに落ちていた速力を11ノットに戻す。

 この作業はフランス人の指導の下、日本人とハワイ人が行っていた。

 元々潜水作業員としてのハワイ人は、ヨーロッパ各国でも評価が高かった。

 これに機関についての教育も受け、最近では老化した日本人よりも、細かい作業や高温だったり危険な現場での作業を得意とするようになって来ている。

 榎本はハワイ人の成長を褒め、上手くいけば太平洋上の整備工場として新しい産業が出来るかもしれないと、リリウオカラニに伝えた。

 リリウオカラニは喜び

「私たちはその程度で良いのです。

 戦争中の他国に首を突っ込む愚は犯すべきではないのです」

 と呟いていた。


 リリウオカラニの苦衷を他所に、「カイミロア」は1ヶ月の少年院収容者の訓練を終え、サモアに向けて出港した。

 笑顔でそれを見送るカラカウア。

 そのカラカウアを、アメリカ系白人閣僚の過半は冷たい目で眺めていた……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] モレノという男、昭和一桁の日本で大衆扇動していそうな人ですねえ。怖い怖い。
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