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砲艦「カイミロア」と防護巡洋艦「マウナロア」

 デーヴィッド・カラカウアの西洋人から見た評には「誇大妄想」というものがある。

 それは時に創作に繋がり、ギターで作曲をしたりする時に役立った。

 それ以外で彼は、潜水艦やら魚雷やらの設計図も書いていたという。

 そして、突発的に何かをやらかすので、周囲が頭を抱える事もある。


 時は飛んで1887年3月、ホノルル港に「カイミロア」と名付けられた砲艦が入港した。

 かつてカラカウアが世界一周旅行の時、2万ドルで購入した軍艦である。

 この艦は海軍司令官榎本武揚の指揮下に入らず、国王直属となった。


「納得がいきません。

 軍艦や軍の徴収船は艦隊司令官の下に一元管理すべきものです」

 榎本は当然抗議する。

 だがカラカウア王は、この艦の目的自体が違うという。

「この艦は練習艦として利用する、そう決めていた」

「練習艦なら我が海軍に『回天丸』があります。

 多くのハワイの海軍士官を輩出しています」

「えーと、海軍士官とかそんなんじゃなくてね、少年院の更生施設なんだよ」

「は?」

 榎本にも全くの初耳の構想だった。


 カラカウアは少年少女の教育にも熱心であった。

 1880年から今までに、18人の学生をハワイ以外の大学に留学させている。

 それはイタリア、イングランド、スコットランド、アメリカ、中国、そして日本と幅広く送られている。

 カラカウアは政府資金からこの留学を支援させていた。

 そして、少年院に入れられた子供たちの更生教育も考えていて

「そうだ、海に出そう! 同じ船、同じ釜の飯を食って連帯感を養おう」

 となんちゃらヨットスクールのような事を思いついた。

 それが1881年の事で、世界一周旅行中のイギリスで、ポンと1隻買っていたのだった。

「うちの『回天』じゃダメなんですか?」

「ダメだねえ。

 あの船、もう外洋航行出来ないでしょ?」

「湾内なら動きますけど」

「それじゃダメ。

 私の目指しているのは、サモアまでの航海なんですから?」

「サモア?

 陛下、もしかして?」

「そうだ、私はポリネシア同盟を考えている。

 今、サモアは危機にあると言う。

 だからサモアまで軍艦を出したいのだ。

 それもハワイ人で運用する軍艦を」


 1860年、ハワイは日本人だけで操船する「咸臨丸」の来訪を受けた。

 当時国王だったカメハメハ4世とエンマ女王は、白人以外が機械軍艦を操縦している事に痛く感動し、日本との同盟を考えた。

 それと同じ事がしたいのだ。

 サモアは、ポリネシア人だけで操船される「カイミロア」を見て、自分たちの可能性に気付くであろう。

 そして、同じポリネシア民族のハワイとサモアとで同盟を結び、欧米列強に対抗しようと言うのだった。


「あのぉ……国王陛下、かの『咸臨丸』は620トンはありました。

 それでも往路に嵐に遭遇し、帰国後も損傷が激しく、蒸気機関を外してただの帆船、輸送船にせざるを得ませんでした。

 『カイミロア』は伺ったところ291トンとか。

 大丈夫でしょうか?

 せめて370トンの『蟠竜丸』にしませんか?」

「榎本、君は先日『蟠竜丸』はそろそろ老朽化が酷く、軍艦としては使えないから廃船にしようか?

 そう言ってなかったかね?」

「それはそうですが、軍艦として使わず、練習艦にするならまだ大丈夫です」

「君は小さい、軽いのを不安視するが、大きい、重いと訓練に時間がかかるだろ。

 あれくらいのサイズで丁度良いのだ。

 それに君たちは、新型巡洋艦『マウナケア』の習熟で忙しいだろ?」

 榎本は最早それ以上は言えなかった。

 確かに『マウナケア』を使いこなせるよう、日本人・ハワイ人・白人の海軍軍人は訓練中であり、手が足りない。

 長い間、海軍学校で教官を務めた中島三郎助も66歳になり、元々病気もあって今は海上勤務はしていない。

 彼の息子が士官学校の教官を継いでいる。

 手が足りていない、だからカラカウアが手をかけさせないと言う、それに文句は言えないのだ。




 ここで新型巡洋艦「マウナケア」について説明する。

 かつて日本がフランスに防護巡洋艦を発注した時に、同型艦を買わないかと言われ、購入した艦である。

 排水量3615トン、速力18.5ノット、主砲24cm砲4門、35.6cm魚雷発射管4門という強力な艦である。

 日本では姉にあたる艦を「畝傍」と名付けた。

 山の名前である為、榎本とカラカウアはハワイを代表する山から「マウナケア」と名付けた。


 そしてフランスは、予備パーツから3隻目を建造した。

 2隻1戦隊で行動させようと考えた榎本は、この艦も購入する。

 フランスの破格の好意もあり、日本が153万円(当時は大体1ドル=1円)のところを、2隻で240万ドルとして貰った。

 この金額には、旧式艦となった「カメイアイモク」(旧フランス艦「デュプレックス」)や他老朽汽船をスクラップとして購入した事による35万ドル分の値引き分も含まれている。

 末の妹は現在艤装中で、ハワイにはまだ届いていない。

 彼女は既に「マウナロア」という艦名が与えられていた。


 さて、「畝傍」と「マウナケア」の姉妹はシンガポールまでは並んでやって来たが、その後の運命が大きく違った。

 「マウナケア」はその後、嵐に遭遇する事もなく、無事榎本武揚が受領した。

 しかし「畝傍」は南シナ海で消息不明となる。

 国際的な大捜索が行われ、榎本も装甲艦「カヘキリ」に搭乗し、「蟠竜」と共に捜索に加わった。

(日本海軍と会った時、「蟠竜丸? まだ生きていたのか?」と驚かれた)

 これから半年もまだ経っていない。

 榎本が「カイミロア」の軽量さと、少年院の更生者での航海に不安を持ったのもやむを得ない事であろう。


 「畝傍艦」ショックはまだ続いている。

 ハワイ海軍の「マウナロア」を代替艦として日本海軍が購入したいという申し出があった。

 榎本からしたら冗談ではないので、売らないで欲しいとフランスに頼み込んでいる。

 ただ、この件はこじれていて、日本・フランス・ハワイにイギリスが加わって駆け引きが続いていた。


 日本海軍は、フランス式のタンブル・フォーム(下膨れの帆船のような艦形)が復原性に乏しく、波の荒い日本近海では使えないのではないか?という疑いを持ち始めている。

 「畝傍」の同型艦は「秋津洲」だが、横須賀海軍工廠では建造に待ったがかかった。

 「秋津洲」はイギリス式の設計に切り替えるべきという意見も出ている。

 そして、改めて「畝傍」の代艦は不要という意見も出ているが、一方で既に完成して艤装中の艦があるならそれを買った方が良いという意見もあり、まだ纏まっていない。

 フランスは艤装中の3番艦をどちらの国に渡すのか、待たされている。

 さらに日本の見解を聞いたハワイ海軍からは、3番艦「マウナロア」のトップヘビーを減らすべく、副砲の15cm砲を7門から4門に減らせないかという打診も来ている。

 この為、榎本は「マウナケア」だけでしばらくは運用する事になった。


 「マウナケア」が就役した事で、艦歴17年になる「カヘキリ」(フランス海軍アルマ級)はドック入りし、オーバーホールに入っていた。


 現状ハワイ海軍外洋艦隊唯一の軍艦「マウナケア」だが、日本海軍が指摘したトップヘビーとタンブルフォームによる独特の癖があり、操船が中々難しかった。

 日本近海も中々荒い海だが、ハワイ周辺も結構厳しい。

 特に島に近づくと、サーファーが喜ぶような巨大な波が出来る。

 榎本はかつて、房総沖の嵐で艦隊を離散させ、蝦夷地江差の沖では暴風で旗艦「開陽丸」を座礁させてしまった過去がある。

 同じ間違いをしないよう、訓練をして艦の癖を覚えておく必要があった。

 それはこの艦の艦長となった荒井郁之助も同様で、彼等は間違いを2回起こさないよう必死だった。


 一方で、この「畝傍」級「マウナケア」には嬉しい機能もあった。

 最新の防護巡洋艦は2檣(マストが2本)なのだが、この艦は3檣である。

 石炭を産出せず、輸入に頼るしかないハワイでは、他より帆船としての能力が貴重であった。

 榎本は、トップヘビーの原因の1つがマストが1本多い事を聞かされていたが、それでもマストを減らさず、砲を減らすよう要請している。

 時代遅れなのは分かっているが、石炭の無いハワイでは帆走機能はあって損をしない。


(この軍艦までが、ハワイ王国単独で扱える限界かもしれない)

 榎本の頭が計算する。

 予算を切り詰め、御用商人から献金をして貰い、王から特別手当を貰い、さらに借金までして買ったこの艦。

 もうこれより高額になったら、簡単には購入出来ない。

 それに、これより大きく重くなったら帆走しても低速になる。

 大体、もう装甲帆船など建造されなくなるだろう。

 「畝傍」の前に日本が購入した防護巡洋艦「浪速」には、帆走機能そのものが無いのだ。

 すると、次の更新では完全な蒸気船になるが、今以上に石炭の購入と備蓄を必要とする。


「土方君が以前言っていた、フランス式の新しい海軍の在り方、あれを真剣に考える時期かも知れないな」

 独り言をぶつぶつ呟いている。


 そして

「その海軍の在り方、近海防衛に努め、航洋能力よりも近海待ち伏せに適した小型艦、海峡封鎖に適した中型重武装装甲艦、こういった考えと、国王のポリネシア同盟構想は合わない。

 我々の海軍は、ハワイを守るのに手いっぱいだ。

 太平洋の広い範囲を守る軍艦を持つ経済力も、それを動かす人員にも事欠く。

 これを如何に国王に理解して貰うべきか……」

 榎本は悩んでいたのだった。

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