併合派たちの蠢動
分かりやすく説明する為に、明治日本の話をする。
日本にとっての脅威はロシア帝国であった。
そこで朝鮮に対し、近代化して共に欧米列強に対抗しようと国書を送ったりした。
これが無視され、「礼も知らぬ西洋の猿真似国家とは話などしない」とされた事で、朝鮮討つべしの声「征韓論」が挙がる。
それを「自分が行って、話せば何とかなりもそ」と西郷隆盛が言い、大久保利通が反対して政変が起こった。
西郷が政変に敗れ下野し、やがて西南戦争が起きて死亡する。
「征韓論」は下火になったが、変わらずロシアに通じる朝鮮半島は明治日本の不安要素であった。
最終的に「自分たちで近代化も、それによるロシアへの対抗も出来ないのなら、日本がやる」となったのが日韓併合論だ。
アメリカにおけるハワイ王国の立場もこれに似ている。
アメリカが太平洋岸に領土を拡大して日は浅いが、早くからハワイの地理的な重要性には気が付いていた。
太平洋に進出する上で拠点としたい、そういう思いは早くから存在していた。
だが、それは本土から遥かに離れた島国を併合しようというものではなかった、少なくとも初期は。
キリスト教化し、民主化し、仲良くやっていこうというものだった。
日本に対する朝鮮王朝のような拒絶は無かったし、むしろハワイ王国はアメリカの意向に協力的だった。
しかし、アメリカを不安にさせる事件が起きる。
カメハメハ2世の時代、摂政カアフマヌが余りにもカルヴァン派キリスト教に加担し過ぎる為、カトリックの国であるフランスが軍艦を派遣し、一時的に王国を占領してしまった。
この時はカアフマヌの中立化とイギリスの調停でフランスは撤退した。
しかしカメハメハ3世の時代、そのイギリスから来た軍艦が王都を制圧し、やはり国を乗っ取ってしまった。
カメハメハ3世は幽閉された。
その3世に代って、アメリカに協力を申し出、イギリスに占拠の不法性を訴えたのがゲリッド・ジャッドというアメリカ人宣教師・医師であった。
イギリス本国はハワイ征服の事を知らなかったようで、急遽ハワイからの撤退と謝罪の表明をする。
イギリスが去ったら、またフランスが現れた。
1849年にフランスは再度ハワイ領有宣言をするが、外務大臣となっていたジャッドが掛け合い、撤退させている。
このようにハワイが弱体化している理由に、西洋人が持ち込んだ疫病による人口激減があった。
人口減少による国力低下と、度重なる軍艦による首都制圧、カメハメハ3世は
「こんなに攻撃されるのならば、いっそアメリカに国を献じた方が良いかもしれない」
と嘆いたようだ。
ゲリッド・ジャッドはその話を本国アメリカに報告している。
こうして「人口減、度重なる侵略を防げない、ならば合衆国にとっての要地は自分たちで何とかした方が良い」と、アメリカ国内とハワイの白人でハワイ併合を画策する勢力が出来た。
余談だがゲリッド・ジャッドは、日本人との関わりもある。
1839年、長者丸という船が難破し、アメリカ捕鯨船に救助されてオアフ島で保護された。
この船の次郎吉はジャッドに会い、世話になった。
この時ジャッドは日本の詳細な地図を持っていたと言う。
「よく調べているが、我が国は強い、貴方たちでは勝てないだろう」
と次郎吉が言うと
「でたらめを言ってはいかんぞ、こちらは先刻事細かに承知しているのだ」
と武力侵攻も滲ませた発言をしたという(東洋文庫「蕃談」内「時規物語」による)。
また1841年、土佐の漁船がアメリカ捕鯨船に救助され、やはりオアフ島に連れて来られた。
中浜万次郎らの一行である。
彼等もまたジャッドの世話になっているが、万次郎はすぐに捕鯨船のホイットフィールド船長に連れられてアメリカ本国に移住した。
そしてゲリッド・ジャッドの四男が、カラカウア王の側近で世界一周時に来日したチャールズ・ジャッドである。
(さらなる余談だが、ゲリッド・ジャッドの功績に対し格安で与えられた622エーカー(東京ドーム450個分)の土地が、「ジュラシック・パーク」やアメリカ版「ゴジラ」の撮影場所であるクアロアランチ牧場である)
ハワイを併合する必要がある、その理由は
・人口が極端に減少していて、いずれ国として成り立たなくなる
・軍事力が弱体で、度々他国に侵略を受けているから、それくらいならアメリカ領とすべきだ
である。
この事情は1869年におかしな連中が移住して来て、大きく変わった。
無償で医療と軍事を引き受けた彼等の活躍で、人口は増加に転じ、他国からの侵略に対して蒸気軍艦と精強な陸軍で対抗した。
何よりも「日本との交渉であれだけ頭を悩ませたジョーイ・ローシ、その危険なテロリストを斬り殺していたさらに野蛮な奴が移民した為、不穏な行動をしたら首を斬り飛ばされる」という「触れてはいけない」系の恐怖が、米・英・仏らに一目置かせていた。
事情が変わったのだから、もう併合の意味は無くなった。
だが人間、そう簡単に切り替えられるものではない。
併合派の目的は、どうせ国としてやっていけないのなら併合してアメリカが力を入れよう、から併合そのものに換わった。
手段が目的になってしまう、人間の愚がここでも起きた。
「我々には時間が無い」
併合派の中心人物ロリン・サーストンは言う。
減少し続けていた人口は、日本人医師たちと、彼等併合派とは無関係な医師たちの懸命な努力で、増加に転じた。
種痘や栄養状態の改善が、乳幼児の死亡率を大きく引き下げた。
この新生ハワイ人は、キリスト教の穏やかな心を説く教育ではなく、健康になるという事で水泳、剣術というものを軸に教える「コーブカン」やら「ニッシンカン」とか言う学校で教育を受けている。
「これでは日本人が出来てしまう」と日本人たちは「ハワイ人を育てる教育」を模索しているという。
それを見ても彼等は、無償でハワイの為にハワイ人を育てようとしていて、自らが侵略する意図は無いようだ。
その無償の医療、教育で育ったハワイ人は、あと10年もすると成人し、選挙権を得る。
1874年の暴動でハワイ人の選挙権を停止出来ていれば良かったのだが、日本人の活動でそれも阻止された。
増え始めたハワイ人がどんどん選挙権を取っていくと、議会における併合派の多数化と、アメリカ併合の決議が出せなくなる。
それまでに何とか、併合に至る下地を作りたい。
邪魔者に思える日本人たちだが、彼等には欠点があった。
世代交代出来ていないのだ。
かつては1個大隊800人で部隊を編制していた。
しかし、移住から14年が経過し、かつて16~48歳という年齢層だったが、それが30~62歳と上がった。
子らがまだ成長していない為、兵士として組み込めない。
そして、50歳を超えると身体能力の低下の関係もあり、予備役編入にされている。
その為、現在1個大隊あたり700人を割り込んでいる。
これを併合派白人は利用する事にした。
各大隊の定員を現在の8割に減らす。
これにより兵員だけでなく、予算の削減も出来る。
日本人は新型艦を発注したようで、海軍だけでなく陸軍にも皺寄せが行っている為、予算を減らせるのは喜ぶだろう。
全体的に兵員が減って弱くなった軍事力は義勇軍で補う。
この費用は砂糖プランテーションの農場主の負担とする。
現在日本人に認めている独立採算で王国に負担をかけない代わりに、半分以上独立性を持った軍を白人たちにも認めろということである。
日本人に認めているのだから、アメリカ人に認めない訳にはいかない。
「さて、これをどうカラカウア王に伝えるか、だが……」
もう一人の併合派の首魁・ウィリアム・オーウェン・スミスが悩む。
「サンフォード・ドール氏を頼ろう。
チャールズ・ジャッドやウィリアム・アームストロングでは、王への働きかけとしてやや弱い」
サーストンが適任者の名を挙げる。
「ドール氏か……。
だが彼は日本人と親しい。
これまでも日本人の為に多くの便宜を図って来たぞ」
「それは国王の私的な弁護士としての活動だ。
心の底から日本人等好んではおるまい。
そして、これまで日本人の為に働いた彼の提案だからこそ、カラカウアも裏を考えずに応じるのではないか?」
結局そのように決まった。
ハワイにいるアメリカ系白人も一枚岩ではない。
その中で現在の状況を苦々しく思っているのは、宣教師の職も持つ者たちだ。
彼等はカメハメハ2世の頃から60年という時間をかけて、彼等から見た「蛮風」を「改善」して来た。
生贄と称し人を殺し悪魔(異教の神)に犠牲を捧げるとか、一夫多妻どころか多夫多妻、島ぐるみでスワッピングをしているような緩い性社会とか、何かというと裸になり肌の露出を誇る野蛮さを、時間をかけて無くして来た筈だった。
これを成し遂げたのは、サーストンやオーウェン・スミスの祖父たちであった。
つい十数年前に現れた日本人の「現在進行形の野蛮さ」の為に、祖父たちが教化したハワイ人は元の蛮人に戻りつつある。
そういうハワイ人の人口が増えつつある。
折角の文明国家ハワイが次第に汚されていくように感じ、宣教師たちは不満を感じていたのだ。
さらにカラカウア、リリウオカラニの現国王、次期国王ともにそれを可としている。
サーストンやオーウェン・スミスらは、ハワイ王国は祖父たちが作り上げたと思っている為、このような王家に対しては殺意すら抱いていた。
サンフォード・ドールはカラカウア一家の友人ではあるが、代々の宣教師の出であり、現状に不満があるのも確かだった。
ドールは併合派と密かに手を組む。
そして義勇軍の話を、日本軍とも繋がりがある者としてカラカウアに持ちかけた。
「デーヴィッド、君は日本軍の部隊を視察に行ったことはあるかい?」
「あるぞ、何回か」
「最近はどうだ?」
「最近は無いなあ。
戴冠式の時のパレードで見てはいるが……」
「ふう……、詳しくは見ていないのだな。
ミスター土方、君は一体何歳になった?」
「俺は数え48歳です」
「見たまえ、日本人兵士は次第に老いていっている。
榎本と我々の約束で、今いる日本兵はこれ以上増えない。
増えるとしたら、彼等の子が親の職を継いで入隊した時だ。
だから日本軍は、現在定員を満たす事が出来なくなっている」
「なるほど。
しかし土方、君はまだ二十後半かと思っていたが、もうそんな年なのか?
若く見えるぞ?
噂に聞く吸血鬼か何かか?」
「ご冗談を」
「どうだね、全軍を現在の8割に減らす布告を出してみては。
独立採算制の軍隊とはいえ、数が多いと負担は大きいぞ」
「うーーむ」
「日本軍だけでなく、全軍で削減をし、減った兵士は義勇軍として、何かがあった時にすぐに駆け付けるようにする。
土方、君はどう思うか?」
土方は聞きながら考えていたので、即答した。
「確かに日本兵は高齢化し、定員を満たす事が出来なくなった。
ドール殿の申し出はもっともな事だと思う。
しかし不安が一個、俺にはある」
「何だね?」
「義勇軍の指揮官は誰にするのか?
正規兵でない以上、常時陸軍の下には置けないだろう。
かと言って指揮官無しでは統率も出来ない。
指揮官が不穏な人物であれば、王国の害となる。
ドール殿には指揮官の心当たりはお有りですか?」
「ジョン・オーウェン・ドミニス殿に司令官を頼もうと思っている」
ドミニスは、次期国王リリウオカラニの夫であり、ハワイ派の白人であった。
「おお、ドミニス殿なら安心だ!
彼に陸軍中将の階級を与え、指揮官として抜擢しよう」
「陛下、お待ちを」
「土方、まだ問題があるのか?」
「ドミニス殿の軍人としての素養は如何なものですか?」
「土方君、その点は心配要らない。
南北戦争で実戦を経験したヴォルニー・アシュフォード中佐を軍事教官として招聘する」
「ほお?
随分と手回しが良いですな」
「前々から第四旅団の者から不満が出ていたのだよ。
本来はマウイ島に要塞を作り、そこに駐屯する筈が、いつまで経ってもその動きが無い。
いっその事、解散して身分を義勇軍にし、必要な時だけ軍事訓練をして、普段は市民生活を送りたいとね。
そこで軍制改革が必要だと思っていたところに、アシュフォードから売り込みがあったのだ。
今彼を断れば、彼はきっと違う国で軍事教官の職を探すだろう。
こういう事だ」
嘘は、事実を混ぜて語るもの。
たまたまそういう機会が出来たから話したのではなく、準備が整ってから話したのであるが、ドールの話には「第四旅団の不満」「南北戦争の軍人は職に困って各国に職を探している」という事実が含まれていた。
何か引っかかるところはあったが、それだけで反対も出来ない土方は、
「王の御心のままに」
と判断を任せた。
こうしてハワイ陸軍は4個旅団のうちの1個旅団を解散し、残り3個旅団も8割に軍縮した。
第四旅団は解散し、6個の義勇兵部隊に再編制された。
その内の最大にして最強の部隊が「ホノルル・ライフルズ」であった。
次第に駒が出そろって来ました。
1883年から84年頃の話なので、次のイベントまでもう少し。
そして、榎本も土方も老いて来ました。
次の世代が出て来て欲しいとこです。
そして黒駒一家がマウイ島から出て来ましたし、そろそろ大きく話が動きそうです!
と言いながら、次章ではまだそこまで行きません。
……前作「コンビニ」の方だと、70話はもう本編が終わったっていうのに、今作はまだまだこれから。
長くなってますが、ご容赦を。
 




