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いや、国作るぞ!~ホノルル幕府物語~  作者: ほうこうおんち
幕臣、ハワイ王国に移住す
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医師たちの戦い

 ハワイは元々カヌーの大艦隊を持っていた。

 しかし、水軍と海軍は違う。

 カメハメハ1世の時代、「フェア・アメリカン」という大砲を積んだ大型船を運用していたが、5世の頃になると王室ヨット運用部門程度になっていた。

 島を渡って敵対勢力と戦っていた1世と違い、対外征服戦争の予定の無い5世の頃のハワイに、外洋艦隊は必要無かったからだ。

 とはいえ、5世はその王室ヨットとカヌー艦隊を率いて、北部ハワイ諸島方面に出かけ、国境視察をしたりしている。

 そこに「回天」「蟠竜」という蒸気軍艦をもたらした日系移民たちだったが、それを買い上げた王室も軍艦を持て余し気味であった。

 そこで5世は、持って来た日系人ごと雇い上げ、組織立ち上げを丸投げした。

 榎本武揚は、白人が跋扈する議会の不要論を国王が押さえつけている中、海軍を作り直していた。

 同時に彼は陸軍の組織改革にも着手し、大鳥圭介とともに日系人旅団を立ち上げていた。

 しばらくは組織構築、書類仕事、国王や議会への報告等のデスクワークに専念している彼等の元を、2名の日本人が訪問した。


「伊庭君!もう良くなったのかね?」


 伊庭八郎、旗本を中心に結成された「遊撃隊」2番隊長を務めた男である。

 箱根の戦いで片腕を失い、隻腕の剣士として知られるようになった。

 箱館戦争では4月の木古内の戦いで胸に銃弾を受け、致命傷となっていた。

 死を待つばかりだったが、次の戦場であるハワイの存在を知らされると、自害を拒否して辛い治療を受けた。

 その彼を箱館で、そして容態が安定してからは東京で治療したのが高松凌雲だった。


「まだ本調子じゃねえが、いつまでも薩長の芋が増えてる東京に居たくもなかったんでね」

 伊庭が笑う。


「高松先生、伊庭君がお世話になりました。

 ところで、資金の方は如何ですか?」


 高松凌雲は何も、伊庭八郎の治療だけの為に日本に残っていたのではなかった。

 彼は病院建築、病人の無償治療の為の資金を集めようとしていたのだった。

 フランスに留学した凌雲は、「神の家」という、貧しい病人を無料で治療する病院に感銘を受けていた。

 凌雲はキリスト教徒ではなかったが、その心から来るもの、「赤十字」に繋がる考えを広めようとした。

 それを日本で行おうとしたが、話に聞くに富裕な白人しか病院に通えず、現地人向けの病院も無く、かつての40万人から12万人にまで人口を減らしたハワイの方が深刻だった。

 凌雲はハワイに病院を立てるべく金策に走ったが、国内はともかく外国の病院等に出資する者は居なかった。

 もっと後ならば経済的な余裕もあっただろうが、やっと戊辰戦争が終わったばかりで、新政府も旧幕府も各藩も財政難、商人たちはそちらに金を出さないとならない時期だった。

 仕方なく、奇跡的に快復した伊庭八郎がハワイに渡ると言うので、一緒に渡航した。

 その際、彼等を運ぶフランス軍艦「デュプレックス」の艦長と、在日フランス公使のマクシミリアン・ウートレーが少なからぬ寄附をしてくれた。

 こういう寄附となると、日本人より白人・キリスト教徒の方が金離れが良い。

 だがそれでも、「神の家」を作るにはまだ足りない。


 榎本はその話を聞き、少々考えてから言った。

「高松先生。

 『神の家』はお上の力を借りずにやっていくものだと聞いています。

 ですが、ここはあえてお上の力、つまりカメハメハ国王陛下のお力を借りたらどうですかね?

 今のままじゃ、ハワイ人を助ける病院は作れませんぜ」

 凌雲も思うところはあったのだろう。

「どうか国王陛下への謁見の仲介をお願いします」

 と頭を下げた。


 伊庭八郎はこのまま大鳥圭介の下で、ハワイ王国陸軍日本人旅団に加わる。

 元旗本の遊撃隊は、ハワイに渡るのを拒否し、多くは日本残留した。

 伊庭八郎は元遊撃隊ではなく、先日新撰組によって取り締まられた旗本たちの中から、まともな者を兵士として徴募する事になる。


 日本人旅団の主力は、フランス式調練を受けた伝習隊である。

 その中の第1大隊長が古屋佐久左衛門、高松凌雲の実兄だった。

 兄弟は南国での再会を喜んだ。

 凌雲は軍医も兼任しつつ、その給金で病院を経営することとなる。


 しばらくして、高松凌雲はカメハメハ5世との謁見が叶った。

 彼は現地ハワイ人、特に貧しい病人を無料で診察する病院を建てたいという希望を伝えた。

 カメハメハ5世は

「ではエンマ女王に頼んでみよう。

 これから彼女の離宮まで行こうか」

 と言った。


 エンマ女王は、先代カメハメハ4世の王妃である。

 4世と彼女の子、アルバート王子の病死の衝撃から、夫妻はクイーンズ病院やマウイ島のハンセン病療養所を建てていた。

 彼女なら何とかしてくれるかもしれない。

 5世は馬車の中で凌雲にそう伝えた。


 なお余談だが、カメハメハ5世は生涯に2人の女性にフられたと記録されている。

 その2人の内の1人が、このエンマ女王であった。

 弟の4世が死んだ時、5世は弟の妻に求婚したのだが、断られた。

 (フられたもう1人、許嫁はアメリカ人と結婚したから、反米感情にそれもあるかも……)

 4世死後からエンマ女王は王宮から離れ、ヌアヌ・パリ近くの離宮で過ごしていた。

 エンマ女王は5世にはお帰り願い、高松凌雲の訪問を喜んだ。

 そして志を聞き、大金を寄付する事を約束した。


 そして凌雲の手を取り

「亡き夫の見る目は間違っていませんでした。

 日本人はやはりハワイ人の友になれる民です。

 どうか、国民をよろしくお願いいたします」

 と涙ながらに言った。


 こうしてホノルルに現地人や貧民を無料で診る病院が建つ事になる。

 それが意味を成してくるのは、十数年の時を必要とする。




 そして同じ苦しみを味わっている日本人医師が、ハワイ島にいた。

 元江戸幕府奥医師・松本良順である。

 彼はかつて軍医として共に戦った会津藩士たちと共に、ハワイ島ヒロに移住した。

 そこで藩士たち用の病院を建てたが、頑健な藩士たちより疾病に弱い現地人の方を、やがて多く治療するようになった。

 支援を頼もうにも、比呂松平家にも藩士たちにも経済的な余力など無かった。

 薬にも医療道具にも事欠く中、良順は病気を予防する為の衛生管理の徹底、金を使わずとも出来る事から松平家士や現地ハワイ人に伝えた。


 良順はヒロだけに留まれなかった。

 コナの松平家からも、雇っている日本人やハワイ人に病が流行ると、治療の依頼が来る。

 ワイメアを通り、コナとハナを往復している内に、

「病を治してくれる者がいる」

 とハワイ島でも評判が広まった。

 そこで良順はヒロ、ワイメア、コナの他、北部のコハラに診療所を作った。

 日本に書状を送り、本道(漢方)蘭学問わず、幕府側に属し、行き場をなくした医師を呼び寄せた。

 報酬面で折り合いがつかない、新政府から改めて「軍医として雇いたい」という引き留めに遭うなどで、ごく少数がハワイにやって来て良順を手助けする。


 一方で王国首都のオアフ島はともかく、ハワイ島とかはいまだ「禁忌カプを犯したから神の罰が当たった」と考え、外国人を生け贄に捧げようとする保守的な者や、祈祷で病を治療するシャーマンがいた。

 ハワイ王国としての最後の生け贄は、アルバート王子が病に倒れた時に、快癒を願って捧げられたものであり、数年前でしかない。

 日本で言えば文久元年の話である。

 まあ……生贄生贄も、天誅天誅も大差は無いか……。

 近代国家と祭政一致な部族社会の入り混じる中、良順は一度ならず命を狙われる。

 往診道具、医薬品を持って、両松平家が用意した駕籠(かご)に乗って移動すると、

「酋長でもない者が輿(こし)に乗るとは何だ!」

 と怒る者も出た。

『輿と駕籠は違うだろ』

 と思っても、猛った者に理屈は通じない。

 そんな良順を、何名かの元会津藩士が護衛に就いて、護っていた。


 医師たちの戦いは数十年単位のものとなる。

 後日の視点で見るなら、数十年の戦いをこの時期に始められたから、何とか間に合ったと言えよう。

 ハワイ人の、特に乳児・幼児の死亡数がこの時期から少しずつ、少しずつ減り始めた。

 彼等日本人医師は、全くもって世界最先端の技術を持っていない。

 蘭学といっても、最先端医療からは遠いものだった。

 さらに麻疹、コレラ、インフルエンザ、梅毒、淋病、ハンセン氏病という病に対し、彼等とて有効な治療法を確立しているわけではない。

 対症療法と滋養で、病人本人の生命力に頼るやり方しか出来ない。

 天然痘に対しては、種痘という方法が有効であったが、それとてワクチン株を手に入れにくかったり、迷信から拒否されたりと、苦戦の連続である。

 長い戦いが始まったのだった。

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