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いや、国作るぞ!~ホノルル幕府物語~  作者: ほうこうおんち
ハワイアンズ・アイデンティティー
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カラカウア王戴冠式に向けて

 フラとは、ポリネシアの文化圏のあちこちで似たようなものが見られる。

 彼等の文化の大事なものと言えよう。

 ハワイのフラは、モロカイ島を祖とする説がある。

 元々男声の詠唱(チャント)を神殿で捧げる厳かなものだったが、いつしか女性のものに変わった。

 女性のフラは長い間一子相伝の秘儀であったが、ある時それを嫌って脱走した者がハワイ各島にフラを伝えた。

 一方、カウアイ島にタヒチ島から新しい酋長が来た時に、「オヘ・カエケ」という竹の筒のドラムと、「パフ・フラ」という鮫皮のドラムがハワイにもたらされた。

 このドラムによる音楽と、女性の踊りがハワイの古いフラ・ダンスとなった。


 このフラは、第二代国王カメハメハ2世の時に禁止される。

 キリスト教がこのポリネシア文化を認めなかったのだ。

 まだアロハシャツもムームーも出来ていないハワイでは、女性は上半身裸で踊った。

 踊った後に売春する事もあったという(神殿売春は世界最古の職業である)。

 この風習を壊滅させたアメリカの宣教師ハイラム・ビンガムは

「この国に巣食っていた迷信、狂信、淫らな振る舞い、愚かしい文化は全て滅亡した!

 神の勝利である!!!」

 そうアメリカ本国に報告したという。


 だが、フラは突然復活する。

 ハワイ文化至上主義で反米の急進派・第五代国王カメハメハ5世が復活させたのだ。

「上半身裸で腰蓑纏って踊るものでなく、普通に上半身服着てれば良いだろう」

 とフラが淫らであるという理由を打破した。

 だが、カメハメハ5世のフラ許可は「公式の場以外では」というものであった。


 だがついに公式行事に復活する。

 第7代国王カラカウアは、公式の場である自分の戴冠式で、フラを唱えさせる事を宣言した。

 カラカウアの古典文化復活はそれだけではない。

 自然の驚異を感じる運動、サーフィンもまたキリスト教によって禁止されていた。

 精霊崇拝(シャーマニズム)の一環であった為だ。

 カラカウアは自らもサーフィンをし、その競技会も行う事にした。


 フラの話に戻す。

 ハワイ人は元々独自の文字を持っていない。

 細かい数字のような記録は結縄で行っていたが、歴史や物語の伝承は専らフラが担っていた。

 フラのチャントの古代ハワイ語は、既にカメハメハ2世の頃には正しく使える者がいなくなっていた。

 古代ハワイの歴史を、ハワイ人は知らない。

 口伝は断絶し、フラは禁止された為、彼等は先祖の事を知らなかった。

 だが、これもカラカウアが変えようとしていた。


 「クムリポ」と呼ばれる王家に代々伝えられてきた創世神話がある。

 カメハメハ大王の祖父の代、ロノイカマカヒキ王子の誕生を祝って編纂されたとされる。

 日本で言えば「古事記」に相当する。

 これをカラカウアは王家独占ではなく、一般にも解放しようと考えていた。

 上で書いたように、ハワイには文字が無かった。

 王家に伝わる「クムリポ」も口伝で、所々失伝している。

 カラカウアはそういった散逸した歴史を集め、史書編纂事業を始めた。


 さらにカラカウアは、記念硬貨も発行する。

 相変わらずドルを通貨としてはいるが、その中の25セント(1ダイム)を自らの顔を刻印した銀貨とする。

 また1ドル金貨も鋳造しようとした。

 そんなホノルルに、ついにあの男が現れた。




「国王、マウイ島ラハイナの商人たちが訪ねて来ました」

 カラカウアは快く彼等を通す。

 だが、白人商人や経営者は単なる王への橋渡し役でしかなかった。

 本命は、親衛隊長土方歳三の視線を受けて、どこ吹く風な表情をしている東洋人だった。

「こちらは港湾労働者の組合長をしています、カツゾー・ブラックです。

 日本人で、中々役に立つ男ですよ。

 なんでも王の役に立ちたいというので連れて来ました」

「日本人か!

 そうか、土方、君の同郷人だな。

 私は日本人の事は信頼している。

 つい最近、ブラック君の故郷日本に行って来たのだよ。

 いやあ、あの歓迎は忘れられない」

「そう言っていただけて、俺らも嬉しい限りでさぁ」

 王に対し、黒駒は港湾労働者訛りの英語で応じる。


「さて、我々は失礼して、彼を残しますよ。

 用事があるそうですから。

 彼は素晴らしい男なので、王の役にもきっと立つでしょう」

 白人たちはそう言って、王が用意した食事会場に去った。

 黒駒勝蔵が王の前に、土方歳三が王の後ろに居る構図となる。

 王の傍には複数の白人の側近も立っているが。


「さて、ブラックとか言ったね、用件は何ですか?」

「王様は今度、銀貨と金貨を造られると聞きました」

「耳が速いな、その通りだよ」

「俺らたちにも協力させて貰えませんかね?」

「なんと!?」

 王は意外な申し出だが、喜んでいるのが判る。

 土方は背後で

(危険だぜ、それはよぉ)

 と声にならない声で呟いている。

 貨幣鋳造に携わる者は、卑賎な身分でも権力を持てるのだ。

 その国の経済の根幹を握ってしまう。

 それを、土方は「博徒・ヤクザ」と正体を知っている男が、やらせてくれと言って来ているのだ。

 だが土方にして、黒駒勝蔵の化けた後のモノは何者なのか、正しい表現が出来ない。

 腹心の藤田五郎が言うに、ハワイに仇為す気は無さそうで、むしろハワイを成長させられる。

 その真意がよく分からないが、暗黒街の住人であろうとハワイの為になるなら見逃す他ない。

 なにより、彼を斬る理由など無い。


「お前みたいな東洋人に、ドルを造れるというのか?」

 白人の取り巻きが馬鹿にした口調で黒駒の申し出を蹴り始めた。

 土方には『ああ、こいつらは金座銀座を扱う権利を奪われる事を恐れているな』と感じられた。

 同じ日本人同士助け船を出しても良いが、なにせ得体の知れない相手なだけに、土方は様子を見る事に決めた。

「東洋人が質の悪い金貨なんか造ったら、経済はガタガタになるのだよ。

 まあ、港湾労働者の組合長に言っても分からんか、アハハハ」

 白人たちが笑うが、同時にそれを打ち消すような大声で黒駒勝蔵も笑った。

「何が可笑しい?」

「あんたらの無知が笑えて仕方ねえんですら。

 あんたらご存知ないかい?

 俺らたちの国は昔『黄金の国ジパング』と呼ばれたらしいんですぜ」

 白人たちから笑いが消えた。

 そして懐紙代わりに新聞紙で包んだ二十五両包(きりもち)を取り出す。

 包みを剥がせば、中から日本の金貨・小判が出て来て、白人たちも息を飲む。

「さて、この端金をあんたらにプレゼントしますんで、思う存分調べて下せえ。

 金が何分、銀が何分、銅が何分含まれた金貨であるか?

 2枚目、3枚目、25枚目まで全部調べておくんなせえ!

 ちょっとでも品質に問題があったら、俺らは資金だけ出して手を引きまさあ」


 アメリカ白人が仲間に何か耳打ちする。

 黒駒の自信、アメリカ人の情報の種は30年前に遡る。

 勝海舟が咸臨丸で訪米し、帰路ハワイに寄ったこの年の訪米使節団だが、勝やジョン万次郎たちは副使であった。

 正使はアメリカ蒸気船で訪米し、その中の一人小栗上野介は重要な任務を持っていた。

 日本国内と海外とで、金銀の交換レートが大きく違い、金が国外流出する問題を解決すべく、通貨交換比率を正常化する下交渉である。

 結果はアメリカから「君たち使節団にそのような権限は無い」と拒絶されたが、小栗が「試しに調べてみろ」と渡した安政小判は、フィラデルフィアの造幣局で分析したところ、3枚が3枚とも0.01%のレベルまで同じ品質であり、アメリカ人を大いに驚かせた。

 この情報を知った者がこの場に少なくとも2人いた。

 もう日本人の申し出に「君らの通貨は品質が悪い」等と言えない。


 カラカウアは、マウイ島にも造幣局を置く事を許可し、黒駒に協力を頼むと共に、役人の派遣も決めた。

 この居並ぶ取り巻きの1人が、不正が無いか監視役となる。

(こいつは代理人を派遣し、王の傍を離れねえだろう)

 黒駒はそう観察し、代理人と共にこの男をも懐柔しようと計算を始めていた。

 今この場に大した男は居ない。

 後ろの親衛隊長にしても、銭金の話には入って来られない。

 王は世界一周をし、どうもハワイ人たる自尊心には目覚めたようだ。

 だが、国を運営する経済ってものには疎い。

(ちょろいかもしれねえ)

 オアフ島というご馳走と、その無能な守護者を見て、黒駒は心の中で舌なめずりしていた。


(化け物が王国に食いついて来たか)

 土方はそう感じていたが、こいつの真意が見えない事には、どうしたら良いか分からない。

 王に協力すると言う者を、理由も無く殺せない。

 大体今は、直感でもこの男が為そうとしている事が悪事なのか良い事なのか掴めない。

 仏頂面がさらに渋くなっていく。

 そんな土方をチラ見した後、黒駒は2つ目の話をした。


「王様は戴冠式を行う時に、ボートレースを行うと聞きました」

「おお、確かにやるぞ」

「その仕切り、俺らたち黒駒一家にやらせていただけませんかね?」

「何だと?」

「どうせ王様、そちらの取り巻きの方々と、小銭を賭けて誰が勝つかの遊びをしなさるでしょう?」

「まあ、やるだろうな」

「見に来た島民たちも同じ事をしますよ」

「それはそうだ。

 祝い事だし私は禁令を出す気は無い」

「ならば、この黒駒一家に胴元として仕切らせていただきたい。

 あっしらのやってる事は、先ほどの白人の旦那たちや、その後ろの土方隊長が知ってまさぁ。

 決して身勝手な仕切りはいたしやせん。

 そして、出た儲けは王国政府に納めさせていただきます。

 どうでしょう?」


 黒駒は土方を見てニヤリと笑う。

 散々調査した結果、賭博の仕切りとしては恨みを残さぬ公平な運営をしていたのだが、土方はまさかそれをもって黒駒の保証人にさせられるとは思ってもいなかった。

(この男、本当に得体が知れぬ。

 船の競争の博打を仕切る等、とっかかりに過ぎねえだろう。

 どこだ? この男の野心の行き着く先は一体どこだ?)


 土方の困惑を元に、カラカウアはあっさり言ってのけた。

「よろしい、君にボートレース運営の一切を任せる。

 戴冠式の行事について、まだ他にも案があったら忌憚なく教えて欲しい。

 これからも時々会いに来て、一緒にやって行こうじゃないか!」

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