カラカウア王帰国
イオラニ宮殿建築費、最終的に36万ドル。
世界一周旅行予算2万2500ドル、結果的に超過。
さらにカラカウア王は、イギリスで蒸気船を2万ドルで購入すべく手付金を払っていた。
その蒸気船は議会の下に置かれる。
カラカウア王の世界一周旅行からの帰国は1881年10月になったが、翌年には以前暴動で行えなかった戴冠パレードを行おうと計画していた。
議会は予算オーバーに怒り狂っていた。
そんな中、ギブソン財務大臣は頑張って予算の穴埋めを行っている。
兄の世界一周旅行にも反対、そして散財について怒りを爆発させていた摂政リリウオカラニだったが、王の旅行の真意を聞いて驚き、そしてある部分感動をしていた。
「では、アメリカ以外の移民が増え、アメリカの影響力は小さくなる、と」
「そうだ、清国には百万人の移民を要請した」
「……それは逆に清国の力が強くなり過ぎて、国を奪われませんかね?」
「大丈夫だ!
榎本や土方たちの母国日本が、アジア太平洋連邦を纏めてくれる。
あの国はな、自国で鉄道を動かし、蒸気軍艦を多数浮かべ、大量の兵士を持っていたのだ!
あの国と聡明な皇帝ならば、きっとハワイに野心を持つことなく、欧米列強に対抗する勢力を築いてくれようぞ!」
「信じられません。
いえ、日本の実力はともかく、そこまで野心が無いのは有り得ません。
確かに榎本や土方、松平兄弟は野心もなく我が国の為に働いてくれます。
ですが、国ともなると別な意思で動くものでしょう?
お兄様は何か、日本がハワイを征服しない裏付けでも得たのでしょうか?」
「ああ、重要な保証をな!」
「それは一体何でしょう?」
「姪のカイウラニを、日本の皇族に嫁がせる!
それで我が国は日本の兄弟国になれるのだ!」
「お兄様……」
「なんだ?」
「カイウラニはまだ5歳ですよ!!」
「それが何か??」
リリウオカラニもまた、幼少期にハワイ王族との間に婚約を「勝手に」されていた。
成長した彼女は、婚約を解消し、アメリカ人ジョン・オーウェン・ドミニスと結婚した。
幼少期の許嫁というものの虚しさを、身をもって分かっていた。
なお、リリウオカラニの許嫁は、第六代ハワイ国王ルナリロであった。
リリウオカラニと姉妹のように仲良く暮らした王族・パウアヒ王女だが、彼女もまた許嫁を棄ててアメリカ人と結婚した。
パウアヒの許嫁とは第五代ハワイ国王カメハメハ5世である。
とりあえずカラカウアは、幼い姪に許嫁が出来た事を伝える。
「君と結婚するのは、日本の皇族だよ」
「日本って何ですか?」
「土方の生まれた国だよ」
途端にカイウラニは堰を切ったように泣き出した。
「怖い! 怖い! 怖い! 怖い! 怖いぃぃぃぃぃ!!!!」
「え? そんな反応?」
「お兄様……、土方の名を挙げる事はないじゃありませんか!」
「いや、土方ならカイウラニも知ってるかと思って」
「知ってますよ!
『悪い事をしたら土方がやって来て、首を切って持っていく』とか
『嘘をついたら、土方の刀で舌を切り取られてしまう』とか
『夜更かしすると土方が現れて、真っ二つに体を切り落としてしまう』とか
幼児の躾に散々に利用されていますので」
「あ……。
あいつ悪魔とか祟り神とかと同じカテゴリーなのか?」
「だから日本の皇族なんて、この子には『土方よりもっと怖い、地獄の王の一族』って感覚ですよ!」
「えーーーー? 日本はいい国なのに……」
「だ・か・ら……もっと物が分かるようになってから言えば良かったんです!!」
イオラニ宮殿はまだ出来ていなく、仮の住まいでのこの一件は、何故かホノルル市民に伝わった。
「カイウラニ王女が婚約されたって?」
「どうも日本のプリンスらしい」
「日本?? あの野蛮な国のか?」
「野蛮だが、蒸気軍艦に大量の大砲と、白人にも負けない強さの国だそうだぞ」
「日本人なら自分は賛成だな。
また生贄が見られる」
「あれ怖いよな。
悪い事をした日本人は、自分で腹を切って責任を取る。
あんな事、俺は出来ないよ」
「野蛮だよなあ」
「本当、強くて野蛮って、怖いよなあ」
ハワイ人の一部から『悪霊屋敷』と影で呼ばれている日本人旅団司令部。
ここで土方は榎本や大鳥に帰朝報告をしていた。
と同時に、日本で預かった家族からの手紙や写真等を渡している。
「へえー、国王は日本との合邦を申し込んだのか」
「ああ……、その為に宿舎を脱走し、騒ぎになるところだった。
単に移民申し込みの旅ではなく、世界各地に救援を求めての旅だった。
俺も出し抜かれた後で聞いた話なんだがな」
「危ないな」
「そうですね、危ないですね」
「榎本さんに大鳥もそう思うかい?」
「色々と形が見えて来たら危ないな。
今はまだ、口だけだから法螺の類と思われるかもしれないけど。
実際に大量に移民が来て、白人が数で圧倒されて来たら、一部の者は王を狙うかもしれない」
「それだけじゃないですね。
陸軍にも聞こえて来た話ですが、王様が金を使い過ぎて、他に使う分が不足してるんです。
俺たちも演習を半分中止してくれ、と言われたからねえ」
「王はアメリカから発電機を買って来たぞ。
それで電信を国中に張り巡らすつもりだ」
「発想は実に良い、が……今すべき事かどうかは疑問だな」
「勝さんは、気宇壮大な王の方が何かやってくれるんじゃねえか、って言ってたが」
「……勝さんは部外者だから好きに言えるんだろう」
「あと、大村益次郎の手記を持って来た。
どうして国を出た俺たちが狙われたのか、その細かいとこが書いてある」
「これは、関係修復出来た今でも重要な事かね?」
「多分重要だと思うぞ。
榎本さんが読めば、もっと深いとこが分かるかもしれねえ」
数刻、榎本はその手記を読んでいた。
読み終わったものを、今度は大鳥圭介も読む。
時間が過ぎるのも忘れ、2人は読み続けていた。
「なあ、土方君」
「おう」
「我々は蝦夷共和国のような、議会による政府を目指していた。
だが、それは場合によっては間違いかもしれない」
「大村の考えにあったな。
将軍家の領土と大名の領土に分かれ、それぞれで肌理細かい政をするなら幕藩体制も間違いではない。
善政を競わせ、悪政の領主は改易し、民への負担を減らし、かつ軍閥化も防ぐ。
戦をせず、ただ守る事だけに専念するなら、幕藩体制はあと10年は使える、と」
「土方君、それを日本の話として聞くだけでは足りない。
このハワイ王国で考えてみたまえ。
国土は8つの島に分かれている。
一番大きなハワイ島も、中央の火山によって6つの地域に分かれている。
それぞれの領主が責任をもって守り、一方で中央政府と軍がそれを監視する。
オランダの軍管区というやり方よりも、幕府と大名の方がしっくり来ないか?
軍管区は中央の予算で兵士を養っているが、幕藩は独立採算制だ」
「すると榎本さん、このハワイは幕府を置いて、各酋長を大名とした政体の方がいいって言うのかい?」
「大村益次郎の論を逆に読むとそうなる。
莫大な金を集めて国を強くするから、幕府も大名も邪魔で近代国家が必要だ。
だが、資金など無い貧しい国が、どうにか国を守るには近代国家では荷が重く、幕藩体制の方が軽い負担でどうにか出来る」
「だが、俺ぁイギリスで見て来たんだが、大村の言う通り、武器の値段が上がっている。
幕藩体制ってのじゃ、いずれ立ち行かなくなる。
金が足りず、武器も買えなくなるとな」
「ずっと同じやり方ならそうだろうな」
今度は大鳥圭介が語る。
「海軍については、土方君が言う通りさ。
陸軍でも、今までのシャスポー銃をグラース銃に置き換えているんだが、それも金がかかっている。
このままを続けたら、いずれハワイは金が無くなってしまう。
俺たち軍隊は金食い虫でしかない。
戦争をしてどこかから賠償金でも分捕らねば、軍隊は何の生産もしない、ただの特権身分になる。
だが、武士として考えたらどうか?
武士と言っても江戸の旗本じゃなく、地方の芋侍を考えてみようぜ。
彼等は自分の食う分を自分で稼いでいた。
田畑を耕し、時に新しい田畑を開墾していた。
今、旧会津に桑名、庄内なんかはそれをやっている。
部隊1個の話じゃない、兵士1人の話で、自給自足でやっていくやり方の方が、この国にかける負担は少ない」
「それで戦に勝てるのか?
俺は無理だと思うがね」
「それこそ大村益次郎が書いたように、勝てなくなる時期が来る。
だが、ある時期までは勝てる。
正しくは、勝たなくてもいい、それで間に合う時期までやっていけばいい」
「ここはハワイ王国だ、日本ではない。
人口も少なく、疫病が流行し、白人に土地の7割を奪われている国だ。
一気に負担の大きいやり方ではなく、まずは鎌倉幕府から始めた方がいいかもしれん。
土地を耕した者にはその土地を政府が保証する、だからその御恩の為に戦え、とな」
「まあ、鎌倉幕府は古過ぎる。
徳川幕府のやり方も混ぜないとならないし、海軍なんかは地方に置くより中央での管理が重要だ。
やり方を考えねばならないな」
やがて榎本と大鳥は難しい話を議論し始めた。
土方は、どうやら大村益次郎の手記を持って来て正解だったな、そう思って自宅に引き返した。
明日からはまた出仕である。
そしてハワイ王国の日々が戻って来た。
摂政は不要となり、リリウオカラニは辞職した。
国王カラカウアが白人閣僚を従えて政治をしている。
布告が出た。
「これまで宗教上の理由で禁止されていた、フラダンスを公式に許可する」
カラカウアのハワイアン・ナショナリズムを喚起する政治が始まろうとしていた。




