帰国
「ただいま戻ったぜ」
黒駒勝蔵は、ふらっと棲み処に戻って来た。
「親分、一体どこに行っていたんですか?」
「ちょいと香港、マカオにな」
「縄張りを5ヶ月も空けるヤクザの親分が一体どこにいるってんですか!?」
「国定忠治は赤城山を3年留守にした事があったがな」
「………」
「お、反論出来ねえか!
じゃあ、土産がいるんで、ラハイナの顔役を集めてくれや」
「土産?? いる??」
「おう! マカオでカジノ経営してる連中で、うちにも出店してくれる英国人とか連れて来たんよ。
まあ奴らも俺らたちと同じ、裏稼業のモンだから、ただの健全な賭場じゃ金を動かさねえ。
まねーろんだりんぐとか何とか言ってたな、そういう話をしに行くずら」
帰国早々、黒駒は精力的に動き始めた。
「おい、ヤクザ」
「何ですか、人斬りの先生」
「お前、何を考えている?」
「世界を知っておかないと、商売成り立たんだろ?」
「フン、世界一周旅行とやらに出かけたこの国の王様と同じ事言ってやがる。
お前、何様のつもりだ?」
「気づいてないようですの?」
「何だと!」
「俺ら、とっくにラハイナの王様ずら。
『裏の』ってつきますがの。
王様はやはり世界を知っておかないとなぁ。
このラハイナはまだまだ田舎賭場ずらよ。
もっと立派にせんとならん」
神代直人はガチガチの攘夷論者である。
志士かどうかは怪しい、基本人斬りなのだから。
”天朝、帝の御為に働く。
因循姑息な徳川家とその残党を生かしておく事は出来ない。
ハワイは穢れた異国が日本に迫らぬ為の盾である”
彼はそう教えられていた。
黒駒一家が異国人どもをラハイナに呼び、それによって日本に行かないようにするのは理解出来る。
だが奴はそちらにばかりかまけて、本来の役目である幕府残党の始末を忘れてしまっていないか?
イラつく神代に、勝蔵は思いもかけない事を言った。
「そういや、この国の王様と土方歳三を見て来たぞ」
「は? そりゃホノルルに行けば見られるんじゃないか?」
「香港でだよ」
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カラカウア一行は、日本を離れ、天津→上海→香港と移動していた。
清国の皇帝との謁見は無かった。
香港ではイギリスの総督に招待され、食事を共にする。
汽船乗り継ぎの為に香港には9日程滞在していた。
黒駒勝蔵はマカオでギャンブルに大敗した。
もっとも、それは覚悟の上でポーカーの勝負に出たのだ。
そして褌一丁になってから相手の紳士に話す。
「さて、金で払えるものは全部払った。
次は仕事の話をしたい、命を賭けるような仕事のな」
「さて、何の事でしょう?」
「あんたのような強者を動かしてる、この賭場の顔役を紹介しろ、そう言ってるんだ」
「私には何の事か分かりませんね」
「……腹の探り合いは無しだ。
てめえらの言葉でビジネスしに来たんだ。
てめえは俺らと勝負し、見たまんまを伝えてくればそれでいいんだ。
分かったらさっさと行け。
こちとら裸なんだから、あんまり待たせるなよ」
しばらくして、褌一丁に短刀だけ差した東洋人は、ホテルの中に招かれた。
そこで何やら話し合われた。
黒駒は自分のホテルに戻ると、きちんと正装して再度出かけた。
日本のヤクザの正装、黒紋付袴であったが、それ故に下手な洋服姿より迫力があり、マカオの人たちは思わず後ずさる。
ホテルの中には、勝蔵の貫禄に負けない黒い紳士たちが何人かいた。
情報交換を、太平洋の真ん中で何が出来るかを相談し、カジノ以外の大金が動くものを作り出す。
黒駒勝蔵は無学で、西洋の金融システムとかは知らない。
知らないが、理解は出来る。
「儲かる」か「儲からない」かと、「騙そうとしている」か「本当の話」かであるが、理と直感で分かる。
なるべく多くの「非課税」の町に、大金を預けては引き出し、別に預け替えを繰り返して実態を分からなくしたいという、「隠し資金は土の中に埋めておく」田舎臭いヤクザのやり方と違う、西洋のヤクザの資金繰りを彼は理解した。
だが、詳しい話はラハイナに戻って、手下に収まっている(彼等はむしろ黒駒を自分の手下と思っている)アメリカ人やイギリス人と話をさせた方が良いだろう。
そして黒駒も、そういう欧州ヤクザ(シンジケートとかファミリーとか言うらしい)の金庫番を連れてハワイに戻るべく、香港に戻って来ていた。
カラカウアと黒駒は、ともに香港で汽船の調整をしていたのだった。
陽気で金遣いの荒い、肌が黒くて大柄な髭面の王は、香港の街中では目立った。
行く先々に人だかりが出来た。
それをホテルの窓から黒駒たちは見ている。
「あれがハワイの国王か。
街中をふらついているとは、随分不用心だな」
「そうでもねえですよ。
後ろを見なせえ。
黒い服着たおっかねえ男が目を光らせてますぜ」
「あれか?
あれはてっきり、国王を狙う暗殺者か何かだと思ったぞ。
あれが護衛なのか?」
「そうです、あの人斬りが国王の親衛隊長で、俺らの敵ですら」
「君の敵?
君は日本人だと言ったな。
では、あれはサムライか? ジョーイボーイなのか?」
「攘夷志士じゃあねえですよ。
侍なのはその通りでさ。
飛びっきり融通の利かねえ、俺らたちみてえのは取り締まる、いやぶった切りたくて仕方のねえ、厄介な侍ですぜ」
「ハワイも随分と物騒な場所になったようだ。
我々がビジネスをして大丈夫なのか?」
「そこは心配いりません。
この黒駒の勝蔵に任せてくれればいい。
あいつもどうにかしますよ」
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神代は黒駒が香港で土方を見た話を聞き、
「そうか、土方はまだお前の敵なんだな。
だったら良い、とりあえずお前を信じることにする」
そう言ってどこかに去った。
黒駒は思う。
(侍なんざ、自分で金も稼げねえ、博徒にも劣る生き物だ。
博徒は農民や町人の稼ぎの一部を頂戴するが、それは博打や用心棒などの見返りで、仕方ねえと納得できるものさ。
だが侍は理屈もなく、農民から税といって稼ぎを取り上げていく。
侍の方がタチの悪い生き物だが、それだけに扶持とか禄とか言うので飼う事が出来る。
一旦飼う事が出来たら、獰猛な犬でもかわいいものだ。
金遣いの荒いハワイ国王もろとも、俺らがいずれは飼ってやるさ。
そうすれば、陸軍とか言っている連中も俺らたちが稼ぐ金で雇われる事になる。
さて、話に聞く『壬生の狼』は飼えるか?
土方の腹心である藤田五郎って奴ですら、腹の底が見えねえ。
……新撰組だけが読めねえ。
どう見ても理屈で動いていない。
敵か、それとも使い方次第で味方になるか、見極めが難しいずらよ)
勝蔵が見るに、榎本武揚や大鳥圭介からは政治家の臭いがする。
抱き込むとまでは言わないが、表裏で棲み分ける事が出来よう。
他からは「武士たるだけで禄を得て当然」という侍の臭いがするから、金で飼えるだろう。
新撰組の他、一部の連中は抱き込む事が難しい。
特に京都で血刃を振るっていた連中は、芯の部分で志操が堅固に過ぎる。
黒駒勝蔵にとって、金は貯め込んでいても意味の無いものだった。
博徒なのもそうだが、貯めていたって喧嘩で奪われる事だってある。
だから、大きく金が入って来て、大きく金が出ていく、人が多く出入りし、何度も何度も売り買いが起きる”流通量”の大きさこそが賭場の魅力と思っていた。
直感的に。
彼は商人ではなく、商人が出入りする市場を運営する者であった。
博徒でなく、賭場を支配する主であった。
銀行家ではなく、金融市場の支配者であった。
扱われる銭金・物や人の量こそが生命線、そしてそれはラハイナにいる商人よりも、香港やマカオの商人と共有出来た感覚であった。
そういう視点を持つ者こそ「王」ではないだろうか。
「さて世界を見て回っている表の王様・カラカウア陛下。
貴方はどこまで見て来ますろうか?
俺らに飼われ、顔だけの王様になるか、ともに金を稼ぐ身内になるかは、貴方次第ずら」
カラカウアの世界一周旅行はまだ続く。
あら、幕間に黒駒の話を入れたら、カラカウアの世界一周が終わりませんでした(笑)。
全部は書きませんが、この先、イタリア、フランス、イギリス、ポルトガル、アメリカを回る予定です。
先に思惑を書いておくと、黒駒の野望はハワイ全土です。
ハワイ全土の裏のボスになりたいのですが、それにはマウイ島だけの金じゃ足りないな、と思っていたら、勝手にマカオに資金繰りに行っちゃいました(笑)。
もう少し黒い面々と兄弟分にならないと、まだまだ勢力は小さい。
どっかにヤバい組織無いかな?繋がり作れないかな?と、脳内の黒駒さんが探してますので、上手く結びつくのを期待したいとこです。




