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いや、国作るぞ!~ホノルル幕府物語~  作者: ほうこうおんち
土方歳三氏の日本来訪騒動
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離日

 土方歳三は、杉村義衛(永倉新八)から受け取った、故大村益次郎の思想を伝え聞いた書類を見終わった。

「要は、こういう事かな。

 徳川様の政道は間違ってはいないが時代には合わない。

 百姓たちには厳しいが今のやり方でやっていかねえと外国に食われちまう。

 古い徳川様のやり方を懐かしんで、戻ろうとしたら元も子もなくなる。

 だから俺たちがハワイで、旗本や会津様たちの蝦夷共和国をもう一回やろうってのは、目障りという程度ではなく、大村にしたら絶対に消しておかねばならない事だった。

 そういう事だな。

 後は、そこから使える人材を新政府に入れて、国を挙げて一丸となって政治をするって事だな。

 かーーーっ、頭の良い人は色々考えるんだねえ」

「なまじ、まだしばらくは徳川様のやり方でも通じるのがいけないようです。

 中央で徳川様、全国に諸大名。

 時間が経つと、徳川様でも買えない武器が出来て、一気に全国呑み込まれるか、

 各地の大名が資金繰りに困って領地を切り売りし、少しずつ日本は外国に蚕食されていくか」

「ま、そうはならなかったわけだがな」


 大村は、門弟制度や家伝、門外不出といった古い制度も全て改めたかった。

 家臣はともかく、ただ上にいるだけだった大名は、有能な者以外は全て排除したかった。

 いずれ自分の殿様・毛利公も含めて大名を全て無くするのに、薩摩の徳をもって敗者を許すやり方は迂遠であった。

 どうせ潰すのに、何故存続させる? 時間の無駄ではないか?

 古いやり方は全て改め、政治にせよ技術にせよ知識にせよ、誰でも学べて、誰でも実践できるようにする。

 ゆえに旧時代の象徴ともいえる「幕府」には跡形も無く消えて欲しい。


「永倉、大村は暗殺されたんだったよな?」

「ええ、同じ長州の神代直人によって殺されました。

 後ろには薩摩の海江田信義が居たとも言われています」

「改革をやろうって奴は、身内からも命を狙われるって事か……」


 そう言って土方はふと、今の自分の主君を思い出した。

 カラカウアもまた改革をしようとしている。

 勝海舟の言葉によると、彼は日本と手を組む事を考えている。

 それはアメリカとの距離を少し遠ざけ、日本を含めた微妙なバランスに変わる。

 カラカウアにはアメリカ人の親友が多い。

(王は、やがて親友と思っている者たちに害されるか???)


 少し先走り過ぎたようで土方は邪念をどこぞに追い払う。

 その時が来たら、彼は彼の責任を果たせば良いだけだ。


「その大村を殺した神代直人ですが、土方さんたちと同様に謎の免責で、今はハワイに居ますよ」

 永倉はさらりと、しかし重要な情報を話した。


「大村を殺した男がハワイにだと??

 ……って俺ぁそいつの事よく知らねえ。

 どんな奴だった? 京都に居たか?」

「京都に居た志士ってのとは違いますね。

 長州の領内に居た過激攘夷論者で、高杉晋作を殺そうとした事があるそうです」

「高杉を? 見境無い野郎だな」

「俺たちの知ってるとこで言えば、河上彦斎が近いかもしれません」

「『人斬り彦斎』か……、なるほどなぁ。

 その河上彦斎はどうなった?

 まさか奴もハワイにいるとか言わねえよな?」

「奴も神代同様、攘夷を訴え続けていましたが、奴は捕縛されて処刑されました。

 長州の上士広沢実臣暗殺の疑いをかけられていましてね。

 肥後人の河上が長州人の広沢を斬ったら許せぬ、

 しかし長州人の神代が、長州とは言っても周防の大村益次郎を斬ったのは大目に見られる、そんなとこですかね。

 まあ神代も周防の出で、長州の中では扱いが低いようですが」


「なあ、永倉ぁ」

「はい」

「長州の中でも萩の武士と周防の武士では差がある。

 近藤さんは百姓の出で、かつては講武所にも入れなかった。

 白人は自分たちこそ偉いとふんぞり返って歩き、ハワイにおいてハワイ人は下に扱われている。

 差別ってのは無くならねえものだな」

「馬鹿にされたら、相手をぶん殴って二度と馬鹿にさせなかった多摩の悪タレが、何を感慨深げに言ってるんですか」

「おう、それだよ、それ。

 ハワイで俺たち日本人が一目置かれているのは武力だよ。

 捕らえた奴を真っ二つに、袈裟懸けに斬ったらな、白人ども怖がって俺等の事は馬鹿にしねえのよ」

「……噂は本当だったんですか……。

 本当、変わっていませんねえ」

「日本だってそうだろ?

 攘夷で外国人が殺されまくって、ご公儀は苦労されたと会津様は言っていた。

 だが、あいつらが外国人を斬りまくり、海行く船に大砲ぶっぱなし、時に腹を切って見せたから、奴らもそう簡単には手出し出来なくなったんじゃねえかな」

「何を長州の志士みたいな事言ってるんですか」

「ハワイ人は大人し過ぎるんだ。

 話を聞けば、昔は随分と戦と生贄が好きなサムライだったようなんだが、キリスト教に改宗して大人しくなってしまった。

 時々先祖返りをして狂暴になるが、白人たちには、まさにその狂暴さこそが警告になるんじゃねえかな」

「……負けたら全てを失いますよ。

 もう刀の時代じゃない、土方さん、貴方は鳥羽伏見でそう言ったじゃないですか。

 武器を取り、暴れるだけでは、火力の前にかないません。

 今の日本も、軍艦を買い、洋風に国を改めて、世界の中で生きているんですから。

 国力も無いのに先祖返りして暴れたら、一気に西洋の軍事力に蹂躙されます。

 刀じゃ勝てねえって言っても、もう遅いんですからね」

「いやいや、永倉よ。

 お前とは話をしてみるもんだな。

 全くもってお前の言う通りで、国力も無えのに狂暴になってみても潰されるだけさ。

 だが、士道とか大和魂だったかな、そういうものも無えと、フワフワした人間になっちまう」


 もしも高杉晋作や久坂玄瑞といった人物が生きて傍らにいたなら、両手を取ってこう言っただろう。

 新撰組も松陰吉田寅次郎先生の思想がやっと分かったか!と。


 元々ただ開国し、言いなりになるのではなく、骨のあるとこを見せろと言ったのは攘夷の総本山・水戸の徳川斉昭だった。

 彼の「言いなりにならぬ日本」は武士階級のもので、百姓は相変わらず武士のやる事に口を出すなという考えであった(代わりに善政を敷く)。

 吉田松陰の場合は、魂の亡国を防ぐべく、草莽から立ち上がって一致団結して事に当たるべし、外国の脅威に脅えず、目覚めた民はよく彼等を学び、大和魂を失わないまま西洋の力を取り込んで「植民地にならない日本」を目指した。

 その為に私塾で若者たちに志を教え、外国に対し唯々諾々と従っているように見え、その上大和魂の核である朝廷をも圧迫する井伊直弼と、その京都での代行者・間部詮勝を憎んだ。

 同郷でも開国を志なく、流れのままに受け入れようという長井雅楽とその理論「航海遠略策」を嫌った。

 行き着く先は「航海遠略策」と同じ「今は耐えて、西洋の文物を学び、力をつけて、簡単に征服などされない日本を作る」であっても、より多くの民が他人事であるのはダメだ。

 そういう意味では、疫病で人口が減り、キリスト教化で牙を抜かれ、土地を奪われ気力の萎えているハワイアンに必要なのは吉田松陰なのかもしれない。


 ……もっとも、吉田松陰の弟子たちを殺したり、追いつめて決起させたりした新撰組の副長と二番隊組長は、そこまで気づいてもいないし、気づいたら嫌な顔をするだろう。


「まあ、俺ぁハワイ人の昔の魂を呼び起こすよう、考えてみるわ。

 他の面倒な事は榎本さんがやるから、それでいいだろ」

 土方はそう言って書面を閉じた。

「まあ、志と現実とはどちらも無いとならぬものなのは分かります。

 ……榎本さんの苦労が思いやられます」




 永倉が宿舎を辞した。

 土方は、カラカウアという王について、もっと深く知ろうと決意した。

 そのカラカウアは、親友だが監視役でもあったジャッドやアームストロングから、明治天皇との交渉内容について追及されていた。

 彼自身は喋らなかったが、日本語通訳が問い詰められて、全てを話してしまう。

 白人2人は顔色を変えた。

 カラカウアは唯々諾々とアメリカに従う国王ではなく、別な方策を持った王だったのだ。

 近くに居ながら彼等はそれを感じ取れなかった。

 完全に出し抜かれたのだ。

 それを理解すると、カラカウアに対する視線も変わる。

 もう二度と出し抜かれないよう、監視を強化すると共に、今後の日程でアジアの首脳たちとの面会を全て無しとした。

 カラカウアが話せる話題は、移民要請のみとなった。


 だが、カラカウアは希望を捨てていない。

 日本の天皇から、姪の婚約受諾や合邦交渉の連絡が来る事を、いつまでも待とうと思う。




 その明治天皇は、岩倉具視、伊藤博文、井上馨を呼んでカラカウアとの会談について話し、意見を聞いた。

 確かに連邦となって領土を拡大するのは魅力的である。

 だがそれは、大体同じくらいの国力を持つ相手の場合だ。

 1足す1が2となれば以前よりずっと強くなる。

 だが我が10、彼が1の足し算は彼は有利になるが、我の増える分はそれ程でもない。

 その足した1に対し、大国アメリカや、ハワイの元宗主国イギリスが文句を言ってくるかもしれない。

 井上馨外務卿は、条約改正交渉を行っている為、英米を敵に回すかもしれないカラカウアの提案には反対であった。

 岩倉、伊藤も同意見である。


 ところで、ハワイには既に日本人の集団が居る。

 彼等を強める事で、間接的にカラカウアの支援は出来る。

 岩倉は表情的に反対、伊藤は保留だったが、井上馨はそれに飛びついた。

 ハワイの日本人たちはフランスに極めて近い。

 外交において日本は、経済では英・米、領土問題では露・清と交渉しているが、仏・独・伊・墺という欧州諸国との関係も重要である。

 外交における協力を条件に、何かで彼等を助けて良かろう。

 それをどうするかはこれから考えるが、これでカラカウアという「初めて訪日した外国君主」にゼロ回答する非礼は避けられそうだ。

 カラカウアにも条約改正の際に日本の紳士ぶりを紹介して貰うとして、官製移民を送るという公式回答と、ハワイにいる旧幕臣を介した支援という秘密の回答を「お土産」に出来た。


 1881年3月18日、横浜を出発したカラカウア一行は神戸に到着し、市長と食事を供にする。

 3月22日、全ての日程を消化したカラカウア一行は、上海に向けて出港の蒸気を上げた。

 土方歳三は、かつて血刃を振るって戦った関西の地を遠くに見ながら、心の中で祖国に別れを告げた。

 この後、土方は日本に足を踏み入れる事無く生涯を終える。

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