幕間狂言
話は飛んで、マウイ島ラハイナ。
やる事なく、平間重助と神代直人が酒を飲んでいる。
「先生方、親分見ませんでしたか?」
黒駒一家の子分が声をかけた。
「知らぬ」
「黒駒の親分がしばらく留守にするのはいつもの事じゃないか。
この前もどこかの港を見て、現地人に何か頼んだとかしてただろ」
平間の返事に子分は
「それが、ここふた月も姿が見えねえんでさ。
この島のどこかに居るなら、噂がどこかから聞こえて来るんですが、それも無え。
親分は先生方に何か話してませんでしたかね?」
平間と神代は顔を見合わせた。
「ふた月行方不明だと?
お前ら、一体何をしてたんだ??」
子分たちがやっと慌て、島中を探し回っている時、黒駒勝蔵はマカオにいた。
元々、ハワイ王国は白檀交易で中国との間に定期船があった。
香木の白檀は、高値で売れるハワイの特産品であった。
ハワイ8島のうち6島を制覇したカメハメハ1世に、カウアイ島のカウムアリイが対抗出来たのも、白檀交易による経済力と、それを侵されたくない白人の支援があったからだ。
この白檀は、カメハメハ2世の時から大量伐採される。
カメハメハ大王の第二夫人で、死後に摂政となったカアフマヌは、大王の死後に敬虔なキリスト教徒となる。
ハワイをキリスト教化すると勝手に宣言したアメリカ・カルヴィニスト協会は、この時期積極的に宣教師を送り込んでいた。
カアフマヌはその中のハイラム・ビンガムの指導の元、カルヴァン派キリスト教に改宗した。
そしてカルヴァン派の言うがままに、禁忌を禁止し、キリスト教への改宗を国民に迫った。
あまりにも急な宗教改革に、多くのハワイ人は戸惑う。
ある者は反乱を起こし、キリスト教の軍に潰された。
国王カメハメハ2世は、母親で摂政のカアフマヌが禁忌無効を宣言した日は、
『私は関与していない事である』
として、沖合にカヌーを出して、ずっと酒盛りをしていたという。
そんな宗教改革の不満を緩和する為、カアフマヌは各地の酋長に白檀貿易を許可する。
儲かればキリスト教も受け容れるだろうというものだ。
結果、酋長たちは切った先から白檀を売り、やがて枯渇させ、白檀は先物取引にも使用されていたから、連帯責任で大変な事になった。
不渡りとなった信用手形の処理が王国政府に求められ、カメハメハ5世辺りはキレていた。
そんな絶滅寸前の白檀だが、まだ若干残っている。
規模は小さくなったが、中国からの交易船もやって来る。
日系移民より華僑が随分前から住み着いているのは、こういう事情もあった。
黒駒勝蔵は、その船に渡りをつけ、広東に出かけた。
彼の最終目的地は、アジアにおけるカジノの本場・マカオである。
(カジノってのがどんなものか、聞いて分かったつもりになってるが、やはりこの手でやってみないと分からんずら。
博徒が頭の中だけで博打を語るなんざ、博徒の風上にも置けねえ。
やっぱここは、実際にやってみて一攫千金だな)
…おそらく、最後のが本音であろう。
マカオの賭博の起源は古い。
16世紀には既に船員向けの賭博場があったようだ。
当時中国はまだ明であったが、マカオは西洋人を含む外国人の滞在が許された場所だった。
そのまま清の時代になっても、マカオは交易の中心都市であり、船員がいる限り賭博もあった。
1849年にポルトガルが清の官吏から行政権を奪取し、1887年には条約で認められる。
ヨーロッパ人の統治となってから、賭博はカジノへと進化した。
やがてマカオ政庁はカジノに対し非課税とした。
カジノはますます栄えていく。
マカオに上陸した黒駒勝蔵は
「お上品なようで下劣な臭いもする。
人間の臭いと金の臭いがする。
実に俺ら好みの港町だ」
と気に入った。
持って来た金貨を両替する。
そして、ホテルに宿泊すると、すぐには博打に手を出さなかった。
ハワイで西洋人相手に多少遊んだとはいえ、トランプでのギャンブルは彼の得手ではない。
どんな博打があるのか、見て理解してからでないと、ただの鴨以下だ。
やがて彼は、ドッグレースという賭博を見つけ
「これなら分かるわい」
と賭けに加わった。
最初の少々の負けの後、勝ちを増やし、少額勝ったところで手を引いた。
「遊べるが、大金は動かんな」
小さな室内賭博場で、麻雀にも手を出した。
これは大金を動かせるな、と思ったものの、この場の異常な空気を察し
(血を抜いて賭けろとか言ってる変なジジイいるし、狂の度合いが酷過ぎる。
程々にしとかんと長続きせんずら)
負けたところでさっさと逃げ出した。
やがて勝蔵は「大小」と読める字を見つけ、そこで行われている賭博に気がついた。
「サイコロでやる賭博なら、これは面白い」
博打は、完全に運任せ等ではない。
胴元がある程度、勝ち負けを制御出来ないと、たまにやって来る「狂気を帯びた博打打ち」に場を荒らされる事になる。
適度に勝たせ、収支で胴元が儲けるように制御しないと、賭場の「旨み」は無い。
そして、日本人は長らく丁半博打をして来た。
サイコロならば単純なイカサマから、高度なツボ振りまで、慣れ親しんでいる。
彼は「大小」のルールを、何度か場を見て、理解した。
そして彼も参加し、勝ち始める。
勝蔵は大金を得た。
勝蔵はホテルに投宿し、西洋人の様々なやり方を学んだ。
会員制にする、会員も段階があり、上得意には様々な優遇制度を設ける。
会員を認めるにあたり、身元調査をしっかり行う。
黒駒勝蔵はラハイナの表の顔役に頼み、表向きの役職の身分証明書を作っていた為、豪華ホテルにも宿泊出来た。
なるほど、博打で負けて丸裸になろうが、宿代を踏み倒されないようにするのか。
それくらいの分限者を優遇するのか。
会員制の方に、高額の金が動く賭博を入れる。
会員制賭博に入れない人にも、簡単な賭博を用意する。
一方、彼は意図せずにマカオのローカルルールをも、正式なものとして呑み込んでしまった。
後出し禁止である。
ルーレットを見ていて、後から追加で金を追加しようとした者を、ディーラーが首を振って拒否した。
カードゲームをしているのを見ていても、同じ光景を目にした。
(一発勝負、追加出来たら儲けも大きくなるが、負けた時の損もでかい。
それを踏みとどまらせるのは、俺らが考える縄張り皆がそこそこ損をしない博打には合っているな。
あの狭い国で、かっぱぐような博打は先細りにならあ)
マカオの悪い部分も目についた。
(ツボ振り、中盆のあの態度はイケねえや。
荒くれ者の多い日本の賭場でも、客に対してあんな金を投げつける態度はしねえ)
※黒駒はチップと現金を混同している。
彼はラハイナの賭場での態度に、細心の注意を払う事を決めた。
運が良かったのか、黒駒勝蔵はここ数日のマカオで、ちょっとした有名人となった。
身なりはあまり上等ではないが、大金を持って来て、大金を惜しみなく賭ける。
負けもあるが、上手く勝ちを拾って、丁度良いとこで切り上げる。
勝ち方が上手いのだ。
中国人かと思ったが、どうも違うようだ。
作法は時々下品ではあるが、他人に媚びたとこはない。
あれは一体何者か?
賭博に慣れていくにつれ、黒駒勝蔵は次第にイラつき始めた。
(まだ来ねえのか? これだけ目立っているのに、まだ足りねえか?
大勝ちして場を荒らさないと出て来ないのか?)
彼は何かも待っていた。
そして、それは現れる。
博徒の彼が感じる、こいつはただ者ではないという気配、それを纏った紳士が勝蔵の対面に座った。
ポルトガル語かと思ったら英語でその男は話しかけて来る。
「どうも暇にされているようですね。
どうです? 私と対戦してくれないでしょうか?
上限を設けるとか、そんな事は言いませんよ。
どうです? 受けて下さいますよね!?」
(やっと大物が針にかかった)
黒駒は心の中で笑った。
今日はもう1話アップします。




