土方歳三の長い1日(中編)
(しかし、俺ぁ恨まれてるたぁ思っていたが、こんな人数集まるとは見通し甘かったなぁ)
土方歳三は、彼を囲む敵の口上を聞き流しながら、そう思っていた。
(嫌な予感はしてたんだよ。当たってしまったか……)
そう思いながら、勝海舟から貰った短刀を抜く。
声を上げながら四方から迫る刺客に
(素人が……)
そう思いながら、彼は前方に突進し、一瞬怯んだ敵の短刀をこちらの短刀で弾き飛ばすと、思いっ切り蹴り上げた。
そのまま左旋回し、そちらの敵の首に短刀を突き刺し、すぐに離脱する。
明らかに相手は狼狽している。
「集団戦法は理にかなっている。
俺たちも京都ではよく使った。
だが、お前らのやり方は間違っている。
敵の足を止めるには、まず相手と互角な力量の者をぶつけるのだ。
そうして鍔迫り合いになり、動けなくなったとこを後ろや横から襲うのだ。
分かったら、さっさと地獄に行け!」
その声に、斬られた呻き声と共に
「副長、その講釈は京都に居た時何回も聞かされましたから、耳にタコが出来てますよ。
ところで、援軍必要ですよね?」
そう言いながら、死者を踏み越えて杉村義衛こと永倉新八が現れた。
「なんだ、永倉……じゃなくて、何だったか、名前変えたんだよな」
「永倉でいいですよ」
「お前、いつから見ていた?」
「土方さんが浜離宮を出るとこからです」
「なんだよ、だったら声をかけりゃいいのに」
「土方さんと一緒で、面倒事を避けたり、敵を誘い出す為です」
「おい、警察、お前こいつの味方をするなら、一緒に殺すぞ」
「この人は一国の使節団の一員ですよ。
外交問題を起こしたいんですか?」
「知るか!
そんなの気にしなくていいって、言われてるんだ」
「ほお? 誰に?」
「………」
「自分のお喋りが過ぎたと気づいたようだな。
だったら、我々の流儀で聞くことにする。
新撰組の流儀で」
「てめえ、何者だ?」
「元新撰組二番隊組長永倉新八。
外交使節団の護衛任務の為に奉職中である。
退かねば斬る!」
「退いても斬るがな……」
標的が2人になったことで、相手は明らかに混乱し始めた。
2人になった事で、死角を補う事が出来る。
1人を襲うより、お互いの死角を補い合う態勢に入った2人を襲う方が格段に難しい。
「かまわねえ! やっちまえ」
敵が一斉に襲いかかって来た。
「土方さん、この刀使って下さい」
「今日は刀を貰える日だな……。
さっき勝先生からも、この短刀貰ったばかりだ」
「あげるんじゃないです。
これは預かりものですから!」
永倉が言い終わらない内に敵が襲い掛かって来た。
永倉は日本刀で一撃を受けると、膂力で相手を弾き飛ばす。
相手の武器は、やはり廃刀令下で長刀は少なく、短刀が多い。
ヤクザを雇ったものと思われる。
角材を持った相手の方が厄介だが、バラバラに振り回す素人だったので、対処は容易かった。
「永倉ぁ、俺ぁもう46歳だぜ。
なんだってこんな、くたびれる事してるんだろうな?」
「何歳になったか知りませんが、あんた、多摩に居た頃とやってる事変わってないじゃないですか。
歳取っても破落戸相手に喧嘩三昧、いや、羨ましいことです!」
「厭味か?」
「ええ、厭味ですよっと!
私は所帯を持って、責任が重くなったっていうのにね!」
「そいつは迷惑かけたな!」
2人で無駄口を叩き合いながら、あっさりと敵を全滅させた。
「あそこ! あいつがここの大将らしいですね。
逃げられますよ?」
「分かってらっ!」
土方は逃げ出した敵に対し、懐から拳銃を出し、発砲した。
銃弾は足に当たったようで、敵は盛大に転倒した。
「勝先生も自分も、大きなお世話でしたかね。
丸腰に見せかけて、ちゃんと拳銃を持っていたんですから」
「いやいや永倉よ。
刀を差していたら警察に止められ、刀だけでなく拳銃まで見つかっちまうかもしれなかったんだ。
だけどよ、警察のお前が最初から護衛すると名乗り出ていたら、堂々と刀差して来て、もっと楽に戦えた。
だから早く言って欲しかったよ。
そんで、この刀は預かりものだって?
返すぜ」
「返すのはハワイに戻って、会津公に返して貰えませんか」
「何?」
「それは西南の役で戦死された、元会津家老佐川官兵衛殿から預かったものです。
縁があったら大殿に返して欲しいと、自分が預かったもので」
「そうか……。
佐川殿の戦死の場に、お前さんが居合わせてくれたのか……」
そうこう言ってる間に、銃声を聞いて通報があり、警官が多く駆け付けて来た。
「土方さんの身分は私が説明しますので、しばらく相手願いますよ」
「心得た」
こういう場合は変に逃げたりすると面倒臭くなる。
元警察的な部隊を率いていただけに、よく分かる。
警察署に馬車で移動し、土方は応接室に通された。
ハワイ王の宿舎に連絡が行き、そのまま帰れるだろう。
襲撃を仕掛けて来た者たちも連行されて来た。
だが永倉が言うには
「おそらく、長州か水戸か、どこかの志士の息がかかっているから、すぐに釈放されるでしょうね。
連中は今、政治家とか官僚として日本を牛耳ってますからな。
だから自分では天誅も出来なくなり、あんな素人どもを雇ったんでしょうがね」
「処罰されないなら、殺しておけば良かったな」
「冗談ですよね?」
「ああ、冗談だ。
仮にも一国の外交使節が、身を護る為と言っても、何人も他国の者を殺しまくったら問題だろう?」
「ハハハ、土方さんも大人になったんですね」
「俺は昔から大人だ!!」
「ところで土方さん。
頼まれていた『新政府が何故旧幕府を敵視するのか』の件、分かりましたよ」
「どうも幕臣と新政府とは手打ちになったようだから、頼んでおいてなんだが、今更必要無いとも思うが……。
……結構、重要な理由だったか?」
「私は結構重い理由だと思いましたよ。
考えたのは、明治二年に暗殺された兵部卿・大村益次郎」
「明治二年、俺たちがハワイに行ったその年だな」
「大村の弟子で、船越衛という男がいます。
今は千葉県令をやっていますが、その男が詳しい内容を知っていました」
その話に深入りする前に、警察署長がジャッド大佐を伴ってやって来た。
ジャッドは早口で何かをまくしたてている。
聞いている土方の表情も険しくなって来た。
「永倉! 済まねえが、また手を貸してくれ」
「何が起きたんですか?
自分は英語は分かりませんよ」
「王が、カラカウア王が宿舎を抜け出し行方不明になってしまった!
俺に休暇与えたってのは、どうもそのつもりだったようだ。
出来るだけ内密にって事だ。
悪いが頼めるか?」
土方は、赤坂氷川の勝邸を出てすぐに襲われた。
幕末の勝邸と、明治以降の勝邸は、近所ではあるが別な場所である。
だが、この場所からそう遠くないところに「長州藩下屋敷」が在った。
幕末に長州藩上屋敷、下屋敷は幕府に没収され、破棄されてはいたが、この界隈は長州藩士だったものには、地の利がある場所であった。
そこから、すぐ傍とは言えないものの、同じ赤坂に離宮がある。
カラカウアはその赤坂離宮にいた。
カラカウアは土方に休暇を取らせ、昼に天皇と赤坂離宮で会談した。
その内容は陪席した勝海舟が聞いた通りだが、その後があった。
王は宿舎に引き返したものの、すぐに随員の目を盗んで宿舎を脱走した。
ジャッドやアームストロングが脱走に気付いた時には、カラカウアは赤坂離宮に着いていた。
そして明治天皇に私的な会談を申し込んだ。
異例な事である。
明治天皇は最初はその会談を断る。
だが、カラカウアは粘った。
離宮の前から立ち去ろうとしない。
一国の王にいつまでもそのような真似をさせる訳にもいかない。
天皇はカラカウア王と私的に会談する事となった。
カラカウアは明治天皇に対し、驚くべき提案をしていた。
「ハワイ王国と日本とを連邦国家に出来ないだろうか?
私は陛下を支えたい。
私は、姪のカイウラニを貴国に差し出す。
しかるべき身分の方で結婚させて貰いたい」




