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いや、国作るぞ!~ホノルル幕府物語~  作者: ほうこうおんち
土方歳三氏の日本来訪騒動
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土方歳三の長い1日(前編)

「土方が護衛任務から外れる日がある?」

「ああ、確かな情報だ。

 浜離宮に勤める土佐の同志から聞いた」

「元土佐郷士は宮中に多く勤めているんだったな。

 それでいつだ?」

「赤坂離宮に国王が陛下を訪ね、会談なされる日だ」

「すぐではないか!」

「だからこうして皆を集めたのだ。

 時間が無い、動ける奴は早々に動け!」

「分かった。土方を血祭に上げるのだ。散っていった同志の為にも!」




 その日、土方歳三は丸腰で宿舎を出た。

 腰が軽く、気持ち悪いのだが、日本では廃刀令が出ていて帯刀しての外出は「面倒」だった。

 彼が外国人であれば、警察官も一々誰何はして来ないだろう。

 だが、二重国籍とは言え、彼は日本人なのだ。

 日本人で警察官でも軍人でも無い者が、帯刀して歩けば警察から一々止められる。

 外交特権やら振りかざせば何とかなるが、今回は私的な用事な為、それをするのが憚られた。


 彼はまず、寿徳寺にある近藤勇の墓に参った。

 幼馴染で親友で兄貴分、新撰組の局長として全てを背負ってくれた男。

 土方は、永倉新八からの手紙で、明治九年にこの墓が立てられた事を知った。

 多摩まで歩いて行っている時間は無い。

(近藤さん、本当にここに居るのかは知らねえが、あの世に居るんならどこからでも聞こえてるかもしれねえな。

 俺ぁはまだ生きているぜ。

 まだ当分近藤さんのとこには行けそうもねえ。

 だが、行くまでにはもっと楽しい事いっぱいしようと思ってる。

 土産話を楽しみにしててくれよな)


 近藤の墓に線香を差し、花を供えて、その場を辞した。

 次に、場所が分かっているとこで、伊庭八郎の実家にあたる「練武館」を訪ねた。

 心形刀流の宗家であり、九代目当主は海軍兵学校で剣術師範をしていた。

 土方歳三の訪問を、当主は喜んだ。

 それと同時に、伊庭八郎自身が来ないのは、日本で病気になったのか?と聞かれた。

「????

 病気もなにも、八郎君は日本には来ていませんよ。

 ハワイで相変わらず陸軍の大隊長をしています」

「新聞では、君と八郎と今井殿だったかな……が国王の護衛に就いたとあったが」

「それは6年前の話ですよ。

 あの時は自分と八郎君と今井とでアメリカに行き、国王を護衛しました」

「では、この新聞が誤っているのか。

 年甲斐もなく騒いでしまい、申し訳ない」

「いえ、こちらこそ沿道で『伊庭八はどうした?』という声の理由に合点が参りました」


 手紙と土産を渡し、道場を辞す。

 さらに場所を聞いていた榎本家、松平家、永井家や華族として東京に移った林家、酒井家を訪ねる。

 林家からは門前払いされたが、他の家は快く迎え入れ、手紙を受け取るだけでなく、手紙を書いて渡され、また近況について尋ねられた。

 そして、より多くの者への手紙を託すべく、赤坂氷川に勝海舟を訪ねたのは、夕方を過ぎてからになった。


 勝海舟は事前に土方から訪問の連絡を受けていたが、この日は昼から夕方にかけて御上の用事があり、勝の方から夕刻を指定したのだった。

 勝は帰宅していたようで、土方を家に上げた。


「土方君、あんたまだ人を斬りまくってんのか?」

 前置き無くバッサリ来るのが勝流。

「は?

 最後に人を斬ったのはもう6年前の事です。

 それが一体何か?」

「お前さんね、いまだに人斬りって事になってるよ。

 お前さんが王様に着いて、親衛隊長として日本に来る前に、新聞が色々書いてやがったぜ」

「また新聞ですかい……」

伊庭八の事といい、テキトーな事を書かれている。

「そうさ。

 白人を斬って国を護り、アメリカの大統領の首筋に刀突き付けて条約改正した、とかな」

「待って下さいよ。

 そんな事出来るわけねえ。

 そんなトンチキな話するのは、アメリカを見た事もねえ馬鹿タレですぜ」

「フフフ……。

 鬼の副長もアメリカを見て、攘夷なんてもんの無意味さを知ったってとこかい。

 今のお前さんなら、徳川家陸軍奉行なんてのを任せても面白えな」

「冗談じゃねえですよ。

 ハワイはアメリカとの微妙な関係で成り立ってるんですぜ。

 榎本さんはフランスを巻き込もうとしてるが、フランスは遠い……」

「フランスはアテにならねえなあ。

 ナポレオン3世が死んでからこっち、パっとしやがらねえ。

 頼るんならイギリスじゃねえか?」

「イギリスもまた遠いし、既に借りれる手は借りまくってるとこです。

 そして、それでもどうにも頼りにならない」

「だから日本ってとこかね?」

「日本がどうしたと?」

「おいおい、あんた王様の親衛隊長なんだろ?」

「そうですが?」

「なんでハワイの王様が日本に来たのか、物見遊山だとでも思っているのか?」

「そうです、と言いたいとこですが、ちょっと違いますねえ。

 王は減ってしまった人口を、農民を増やす為に移民を求めている。

 その為の世界行脚だと言ってました。

 物見遊山でもおかしくない、遊び人なとこがある王ですがね」

「ふうん。

 お前さんはそこまでが王様の狙いだと思ってるんだね」

「ええ、そうです。

 勝さんは一体何を考えているんですかい?」

「あの王様は、日本と手を組むつもりだよ」

「日本と?」

「アメリカに対抗する為、日本とね」

「無理ですよ。

 あのアメリカと比較したら、日本なんて貧乏な国に過ぎねえ」

「だが、ハワイからしたら、フランスやイギリスなんかよりよっぽど近い」

「それはそうですが」

「これはな、おいらが咸臨丸でアメリカに行って、帰って来た時にハワイに寄った、その時からの事なんだよ。

 カメハメハ4世とエンマ女王って言ったな。

 あの夫婦がな、白人の閣僚たちに隠れて咸臨丸を訪ねて来た時があったんだ。

 そして日本に同盟を申し込んで来た。

 おいらたちにゃそんな権限は無いから、どうにも出来なかった」

「エンマ女王ならよく存じてます。

 現国王との選挙で敗れ、その時に女王の支持者が暴動を起こしたのです。

 その時に、日本人と白人が一緒になって暴動を拡大しようとし、それを鎮めました。

 俺が最後に人を斬ったのは、その時になります」

「へえ、そんな事があったんだ。

 話を聞けて良かったよ。

 それはともかく、ハワイはアメリカと対抗出来る国を探している。

 今回、王様は世界一周するんだって?

 あの王様、ぬぼーっとした感じながら、中々面白いぜ」

「会ったのですか?」

「ああ、すぐそこでな」

「すぐそこって、赤坂離宮でですか?」

「ああ、おいらも咸臨丸の縁から招待されたんだ」

「それで王は一体何を言ったのですか?」

「まずは、日本人移民は過酷な環境でも、雇用主からの扱いが悪くてもよく働く、実に素晴らしい。

 軍は忠誠心が強く、精強で軍規もしっかりしていて頼りになる。

 だから政府主導で移民が欲しい、大体十万人くらいくれないか?と」

「十万人?

 勝さん、ハワイ全体で今十二万人にやっと人口が回復したとこです。

 そこに十万人も容れたら、ハワイは第二の日本になっちまいますぜ」

「全く、器がでかいんだか、大風呂敷な王様なんだか」

「他には何かありましたか?」

「次はまともなとこで、日本・ハワイ間の海底電線を敷設してくれ、と。

 今回、お前さんを含め、誰が来るかを連絡しなかったのは、私的な旅なのもそうだけど、ハワイと日本の間に電線が無いからだ。

 だから、きちんと連絡する為にも電線敷いてくれってさ」

「誰が?」

「日本が、だ」

「そんな金あるんですか?」

「無えよ」

「勝さん」

「なんだ?」

「こう言っちゃなんですが、現実を見ずに物を言っていませんかね。

 ハワイも日本も滅茶苦茶になるような事を頼んでるように聞こえましたよ」

「ああ、全くだ(笑)。

 だが、それくらい大風呂敷拡げられる奴の方が、後々面白いかもしれねえぜ。

 お前さんたちが斬ったおいらの弟子はそうだったぜ」

「勝さん……、坂本を斬ったのは新撰組じゃないんですから、いつまで言うんですか?」

「ま、言わせてくれよ。

 真犯人に会えるわけもねえし、お前さん相手に愚痴くらい零させてくれ」

(いっそ真犯人連れて来てやろうか……)


 勝と土方の話は長引いた。

 日も沈んだし、そろそろ宿舎に戻らなければならない。

 勝は、旧幕臣の小身たち、駿河に移り住んだ者たちへの手紙配達を引き受けてくれた。

「おいらがやるんじゃなく、政府の逓信制度を使うし、細かいとこは書生にやらせるけどな」


 勝が見送りに玄関まで出た。

 そして土方に短刀を渡す。

「廃刀令の御時世、見た目日本人の俺が刀を持っていたら面倒な事になりますよ」

 と断ろうとしたが、勝は強引に押し付けて来た。

「お前さん、王様の安全を考えるばかり、自分が狙われてるのに疎くなってねえか?

 今この国で命を狙われるのは、ハワイの王様じゃなくて、その親衛隊長だ」

「そんな奴、刀無くても返り討ちにする備えは出来ます」

「いいから持っていけ。

 使わなかったらそれでいいから。

 それじゃあ、ちゃんと生きて帰って、ハワイの王様の為に働くんだぞ。

 あの王様は、おいらから見たら面白いからな」




 氷川の勝邸を出てすぐに、勝の言った事が正しいと分かった。

 どうも囲まれているようだ。

 一人や二人ではない。

(ちょっと甘くみていたか……予定よりも随分と数が多い)

 そう言いながら、懐の「物」を触って所在確認する。


 そして相手が暗闇から声をかける。

「鬼の副長殿、日の本最後の一日は楽しかったかな?

 明日からは地獄だから、もうハワイ王の元に帰る必要はねえ!」

 そして人影が見え、彼等が突きかかって来るのが見えた。

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