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いや、国作るぞ!~ホノルル幕府物語~  作者: ほうこうおんち
土方歳三氏の日本来訪騒動
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一人の名に揺らぐ東京

 そもそもの情報混乱の原因は、「国王お忍び」をやりたかったハワイ王国が、日本に随員名簿を送らなかったことにある。

 日本はVIPが来日する予定である事を、アメリカ経由で知った。

 その時は確かに「カラカウア国王、ジャッド陸軍大佐、アームストロング司法長官、ヒジカタ親衛隊長」とあった。

 このトシゾー・ヒジカタ氏について、在日ハワイ王国領事館に問い合わせたところ、

「確かに日本人です。1869年に移民して来た男性で、数年前まで警察関係の職にいました」

 という回答が得られた。


 さて、ここから日本政府内の混乱が始まる。

 普通に「国王が来日するのだから、きちんとしたもてなしをしないとならない」というものだ。

 これに外務卿井上馨の「どうにか条約改正に繋がる、我が国を世界に知らしめる契機とならないか」という思惑が加わる。

 芸者を呼ぶ、政府閣僚の日程調整、天皇との会見等を手配していた。

「随員には日本人もいるのだろ?

 二流のものを見せたら、見抜かれてしまう可能性もある。

 全てを一流でしつらえろ!」

「ですが、日本人と言ったって移民でしょ?

 貧農がそんな事を知っているわけもないと思いますが」

「いや、苗字を持った武士階級のものだ。

 聞いた事があるのだが……」

「確か明治二年に、旧幕府の人間を帝の御意志でハワイに島流しにしたんでしたか。

 では、誰なのですか、その日本人は」

「ヒジカタ、トシゾーとか言ったな。

 そういえば、宮中に土方久元君って男がいたね。

 彼は土佐者だったかな。

 親戚かな?」


 井上の周囲の長州人たちは顔を青くしたり、赤くしたりした。

「井上卿! 土方違いです。

 新撰組の土方です! 鬼の副長と言われた、我々の敵です!」

「そうなのか。新撰組か……。

 まあ、もう十年も前の話だろ?」

「井上卿はその頃、英国に留学されていたから知らないのです!

 新撰組に我等長州の同志がどれだけ殺されたか!

 新撰組に恨みを持たぬ長州人などおりません!」

「だから、十年も前の話だろ?

 先の西南の役で、元新撰組の男も抜刀隊として働いてくれたと聞くし、もう良いのではないか?」

「いいえ、こればかりは外務卿の言う事でも聞けません!

 入国を禁止して下さい!」

「国王の警備主任を入国禁止とか、我が国に何か野心があるかと疑われるだろ?

 土方がそういう男なのは分かったが、奴とてもう一国の重職だ。

 宮中で我々を一網打尽とか、迂闊な事はせんだろう」

「外務卿!!」

「条約改正の為に、日本国として外交に瑕瑾があってはならない。

 他国の使者を名指しで入国拒否等しない。

 これは政治的な判断である、以上!!」

 昔は短気で知られた井上は、議論を打ち切って決定のみ伝えた。




「おい、伊藤! これはどういう事や?

 麿は旧幕府の者を許そう言うたが、新撰組まで居たとか知らなんだぞ!」

 岩倉具視もまた「土方歳三」の名を知って、慌てふためいた一人であった。

「新撰組は麿を許さんだろう。

 麿が幕府を潰し、奴らを散々な目に遭わせた男やからのお。

 麿は殺されるかもしれん」

 伊藤博文はため息をついた。

「新撰組なんて、もう十年も前の遺物に過ぎません。

 大体、岩倉卿は国家の重鎮、右大臣にあらせられます。

 そして土方も今はハワイ王国国王親衛隊長という地位です。

 そのような重職の者が、お互いを傷つけて外交問題を起こすわけがありません」

「そう思うか?」

「十年も前、旧幕府の人間は日本は新政府に任せる、代わりに帝の勅を奉じて海外へ去ったのでしょう?

 今更討幕の意趣返しもありますまい。

 大体、たった1人でどれほどの事が出来ますか。

 何も出来ますまい。

 それなら、黙って国王の後ろで刀を杖に、威張って立っている程度で我慢するでしょう。

 何も怖い事などありません」

 伊藤はそう言って岩倉を落ち着けた。


 だが、伊藤博文もまた、新撰組が猛威を振るった文久年間はイギリスに留学していたのである。

 帰国後は京都で活動をせず、専ら長州内で高杉晋作と行動を共にし、守旧派に牛耳られた長州藩を軍事行動で取り返し、そして外交関係に従事していた。

 その為、新撰組の恐ろしさ、新撰組への恨み、どうあっても殺したい怨念からは遠い位置にいた。

 伊藤にしたら、人殺しの集団である新撰組等より、「今より昔の方が良かった」と言われそうな幕府という組織の方が余程恐ろしかったのだ。


 岩倉も伊藤も、さらに井上外務卿も未来の事を予知できない。

 もしもこの十年後、「訪日中のロシア皇太子を、たった一人の警察官が襲撃して負傷させる」という事を予知出来たなら、対土方歳三をもっと充実させただろう。

 日本人というのも、何かあれば簡単に刃物で会話する野蛮人である事を、上流階級に上がった彼等は甘く見てしまった。




 こういうバタバタした状態から、新聞記者が土方歳三の情報を嗅ぎつけた。

 宮中の儀典関係には、礼儀作法に秀でた幕臣出の職員もいる。

 新聞は政権に噛みつくものであり、その記者には文章の巧みな旧幕臣もいた。

 この幕臣のネットワークで、新撰組副長だった土方歳三の来日が漏れた。


 幕臣からしたら、新撰組などは「多摩の百姓どもが侍ごっこをしたもの」であり、それがやり過ぎた為に尊皇派の恨みを買って、やがてご公儀を亡ぼしたものと思っていた。

 新撰組なんてものを主役にしたくない心理があった。

 そして、新聞社が「サンフランシスコでのハワイ国王一行の情報を集めろ」とした時、数年前のアメリカ・ハワイ互恵条約批准の為にカラカウアが渡米した時の情報と混ざり合った。

 そこには「隻腕の剣士・伊庭八郎」や「元彰義隊・今井信郎」が居た。

 写真を見て、確かに伊庭と今井を確認した新聞記者は、彼等を主役にしたくなった。

 そして「元新撰組の土方歳三氏帰国」の報に、デカデカと伊庭・今井の並んだ挿絵を、月岡芳年に描いて貰った。


 「亜米利加國に於ける剣士三人衆」

 を描いた新聞は爆発的に売れた。

 特に東京では、伊庭八人気が高く、大いに売れまくった。

 他の新聞社も追随し、どちらかと言うと伊庭八郎主役で、土方と今井が従う構図で描かれたものが売れた。


「これは一体何事か! 土方歳三の件は置いといて、伊庭や今井等は来日しないぞ!」

 政府からの文句に対し、新聞社は平然と

「これは亜米利加における三人の絵であり、来日する三人とはどこにも書いていません」

 と返す。

「我々政府の人間の同志を殺した新撰組を称えるような記事は一体何事か!」

 に対しても、

「ただ単に人物の紹介をしただけで、称えて等いません。

 この挿絵にしたって、どちらかというと伊庭八じゃないですか」

 と屁理屈で返す。


 政府は新聞に、反政府的な挿絵を載せる事を禁止したが、もう手遅れであった。

 新聞記事は、英字紙の翻訳で

『土方氏は王国首都において暴動を起こした者を召し取った。

 しかし事件について尋問する過程で、刀で人間を真っ二つに斬る、足を縛って水を張った樽に逆さ吊りで落とす等の、非人道的な拷問を加えた』

 というものを、想像図付きで紹介した為、市井では噂が拡大した。


「鬼の副長って言うぜ。あのでかいメリケン人どもをどれだけ殺したんだろうな」

「メリケン国に上陸し、3人で気に入らない連中を斬りまくったっていうぜ」

「ハワイ国も日本と同じ不平等条約を結ばされていたんだが、あの3人が大統領に刀をつきつけ、条約改正させたらしいぜ」

「それは凄いな。どうして我が国もそれを出来ないんだ?」

「仕方ねえよ、剣術の出来る連中を片っ端から追放していってるんだから。

 西郷さんもそうやって、刀を抜いて外国と対等にやろうとしたら、政府の連中に追放され、それで戦になっちまったんだ」

「まったくだらしないよな」


 市民のそういう声に乗っかるように、洋服ながら片手で血刀を持ち、口に首だけとなった男の金髪を銜える伊庭八の錦絵が飛ぶように売れた。

 酔って女性に手を出そうとした外国人の大男が、背後から多数の新撰組隊士に突き刺され、腹から切っ先が飛び出している錦絵が大量に刷られた。

 白い道着に剣道の胴、頭に鉢巻きをして刀を抜いた男が、シルクハットを被ったどこかの政治家を脅し、目の前にいる黒い王の前で署名をしている想像上の錦絵が、大量に売れただけでなく政府から問題視され、発禁となった。

 庶民の鬱憤や、新聞等が広めた「不平等条約」への不満が、こんな形で噴出してしまったのだ。




 庶民の権力への不満とは別に、かつて在った「旧幕府という形式を許してはならない」という策謀とも別に、全くもって私的な感情から政府の中級・下級官吏が会合を持ち、陰謀を練っていた。

 長州、土佐、水戸、その他西国出身の者たち。

「土方歳三を新政府はもてなす気らしい」

「同志の死を忘れたか!」

「土方にしても、勝った我々がいまだ書記や県知事の補佐役という地位なのに、負けた奴は国王の親衛隊長だというぞ」

「あやつを日本から生かして出すな」

「そうだ! 迷惑だと上は言うだろうが、あんな奴をもてなす上なら、責任を負って貰おうぞ」

「いくら刺客を集められる?」

「表立っては動けないからな。ヤクザ者を集めることしか出来ん」

「それで良い。何としても奴を仕留めろ!」


 日本が揺れるのを知らず、カラカウア王一行、随員の土方歳三はサンフランシスコを出港しようとしていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 土方さんほんとに騒動の主役になっちゃいますね〜。 どんな大騒ぎが起きるか! 次の話が楽しみですw
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