ホノルル新撰組
「今更百姓なんかやってられねえ。
百姓するくらいなら、多摩に帰って兄貴でも頼るさ」
土方歳三は、榎本武揚の持ち帰ったカメハメハ5世の決定を聞き、そう言った。
彼は蝦夷共和国陸軍関係者なので、土地を与えられて農民になる必要は無い。
当然、榎本もその事を指摘した。
「新撰組は俺一人じゃねえよ。
会津に仕えた斎藤、おっと今は藤田って言ってたな、あいつもいるし、
原田もいるし、相馬や島田もいる。
幕臣ではないし、元の殿様の下で百姓しろってのもおかしな話だ」
大鳥圭介が口を挟む。
「土方君、君はこのハワイで、新撰組をやりたいのかね?」
「決まってるだろ」
「ハワイまで来て、新撰組かい?」
「悪いのか?」
「いや、悪くはないよ。でも君は、陸軍奉行並だよ。
多分、大佐か准将にはなるんじゃないか?
それを捨てて、新撰組ってのが……」
「俺ァ、寝ても覚めても新撰組だよ。
近代戦は楽しかったし、今更刀の時代じゃねえのも知ってるさ。
でも、やっぱり俺には刀しかねえと思っている」
榎本と大鳥、さらに永井や松平太郎という重鎮たちが顔を見合わせる。
土方は呆れた表情の榎本に頼み込み、カメハメハ5世との面会に挑んだ。
カメハメハ5世は、図々しい事を言って来た日本人を、何故か気に入った。
気性の激しい彼は、堂々と自分のやりたい事を言って来る者を好んだ。
警察がしたいなら、警察に入れば良い。
ただ、この男の言う分からないとこは
「俺たちは、警察とやらには属さない。独自の組織だ」
と言っている事だった。
新撰組は、今風に言えば「カウンターテロ組織」である。
テロ集団を探し出し、急襲して捕縛、もしくは殺害する独立部隊である。
幕末の日本では「不逞浪士の取り締まり」の一言で納得された。
だが、平和なハワイ王国にテロ組織は無い。
独立した機動性を持つ内乱鎮圧部隊、というのがどうにも理解出来ないのだ。
5世は返答を保留した。
5世はフランス公使を呼んで、彼に意見を聞いた。
フランス公使も詳しくは知らない、本国に問い合わせると言って来た。
数日後、イギリス、フランス両国の公使が揃って現れ、幕末の日本というものを紹介した。
幕末の日本で、ジョーイボーイたちは、外国人と見ると切り殺しに来た。
それを保護するタイクンの政府関係者も、テンチューなる言葉で殺された。
そんな状態で治安維持活動をしたのがシンセングミである、と。
カメハメハ5世は何となく理解し、何となく気に入った。
即日、土方を呼びつけて言った。
「そなたの言う新撰組というものを認める。
警察と違い、内務省の下には置かない。
王直属とするが、それで良いか?」
土方は黙って頭を下げ、そして国王への忠節を誓った。
ホノルル新撰組は、現在のチャイナタウン、アアラ・パークの辺りに屯所を置いた。
総督・土方歳三、局長・相馬主計、1番組長兼副長助勤・藤田五郎、2番組長兼副長助勤・原田左之助、監察・島田魁という人事とした。
彼等は発足後すぐに、ハワイ人を驚かす事を3度してみせた。
上手くハワイ王国陸軍、海軍に収まった蝦夷共和国関係者と違い、他の者は「土地を与えるから自給自足し、必要なら一兵卒として手を貸してね」という農民、よく言っても屯田兵といった扱いであった。
「騙された」と思っても、勝海舟に言わせたら「別に行ったら即、武士もしくは軍人なんて言ってない。自分でどうにかしろよ。っつーか、詳しい話知ってるジョン万に紹介するって言ったけど、誰もそうしなかったじゃねえか」となるだろう。
藩主自らハワイに来て、酋長という扱いだが、その分礼節と広大な土地で遇された「藩士」はまだマシである。
涙を流しながらも、殿様と共に辛苦を乗り越えるだけである。
問題は江戸で参入した「一旗揚げたい」「薩長の下には着きたくない」「徳川宗家と一緒に駿河に移っても貧しくなるだけだ」という思いの連中だった。
彼等は土地を与えられても、より下の身分の者に任せて、自分はホノルルやワイキキで怪気炎を上げるだけだった。
ハワイの酒であるアヴァを飲み、時に刀を抜いて暴れたりした。
「貴殿たち、日本人らしく振る舞われよ。同胞の恥である」
新撰組隊士は、このような愚連隊と化した旗本・御家人崩れを取り締まった。
旗本愚連隊は、黒のアロハシャツに「誠」の文字の袖章をつけた男たちを
「なあーにが新撰組か、この土百姓めが!」
と侮った。
直後、彼等は三方から刀に突き刺され、絶命した。
見ていたハワイ人、白人は唖然とした。
白昼、数名の不良日本人が、同じ日本人の治安部隊によって殺害された。
その目撃談がハワイ王国中に広まる。
その噂も冷めやらぬ中、今度はチャイナタウンでひと騒動が起きた。
ハワイ王国警察が、持ち込み禁止の阿片を輸入した華僑を逮捕しようとし、反撃されたのだ。
彼等は商社に立て籠り、銃を撃って威嚇した。
屯所がすぐ傍の新撰組も現場に急行した。
手をこまねいている警察を横目に、出動した1番組長藤田五郎がぼそっと、ただ全員に聞こえるように呟く。
「士道に背くあるまじき事……」
隊士の間に緊張が走った。
そして新撰組は銃を撃たれる中、真正面からその商社に突入した。
1人が至近距離からの射撃で討ち死に、2人が重傷を負ったが、残り7人で19人の華僑を捕縛・もしくは殺害した。
刀剣が銃に勝ったのだ。
見ていたハワイ人、白人はゾっとした。
最後の1件で殺されたのは、同じ新撰組隊士だった。
たまたま市中見回り中、喉が渇いた彼は、露天のハワイ人商店から飲み物を取り、
「金は今持ち合わせが無いゆえ、後で払う」
と日本語で言い、通じなかった為に騒動となった。
警察を通じて苦情を受けた土方歳三は、その隊士に問合せる。
事実と判明し、土方は一言
「腹を切れ」
と言った。
隊士はたまったものじゃなかった。
別に盗みを働いたのではなく、後で金を払うつもりだった。
たまたま言葉が分かるものがおらず、意思が通じなかっただけだ。
その程度で切腹など、納得出来なかった。
「お前は戊辰の頃に入った隊士だったな」
土方はその隊士に語った。
「お前は知らねえだろうが、新撰組がまだ壬生浪士組と呼ばれていた頃なあ、そういう理屈をつけて京都の店から金品を巻き上げ、勝手に飲み食いしていた奴がいたんだよ。
お前には理由があったかも知れねえが、相手から見たら、ただの乱暴狼藉者にしか見えねえんだ。
お前への侮蔑は、日本人全体への侮蔑に繋がる。
日本人なら、責任を負って腹を切れ。
そして、日本人はまともな人間だと、この国の者に見せつけてみろや」
納得はいかなかったが、彼の意地が日本人全体への不評の発端となる事を許さなかった。
即日、新撰組はそのハワイ人に謝罪し、奪った飲み物の代金を支払うと、広場に敷物を敷いて公開処刑をした。
英語の分かる者に、
『この者、市中より盗みを働きし咎により切腹を執り行うもの也』
という文を訳させ、立て札に掲げた。
多数の見物人が並ぶ中、隊士は腹に刀を突き立てた。
介錯人が刀を振り下ろそうとするが、
「まだまだ」
そう言うと隊士は刀を抜き、今度は縦に切って「十文字」をして見せた。
「土方さん……これでいいですか?」
血を吹き出しながら聞く隊士に、土方は頷いた。
鋭ッ! という掛け声で刀が振り下ろされ、介錯が為された。
白人は大いに不気味がり、吐き出す者、気を失う者も現れた。
一方でハワイ人たちは喝采した。
元々ハワイ人は、カメハメハ1世の統一以前は、生贄を捧げ、敵対者は殺す気の荒い民族だった。
久々に凄まじいものを見られ、彼等は興奮した。
そして新撰組に対し、彼等の予想もしなかった要求をし出した。
「何だって? 死体が欲しい?」
自ら刀で腹を切って死んだのは「勇者」である。
罪は償われた。
ならば「生贄となった勇者」の血肉が欲しい、それを戦いの神クーに捧げたい、との事だった。
土方は、その隊士の身内が日本本土にももう居ないことを確認し、ハワイ人たちに下げ渡した。
現地ハワイ人は、日系移民を恐れると共に、親しみも持つようになった。
一連の新撰組の活躍を聞き、カメハメハ5世は満足した。
恐怖によるものもあるが、治安が劇的に改善し、日系人、華僑、白人ともにハワイ人を蔑ろにしなくなった。
5世は新撰組にボーナスを渡した。
土方は、王から渡された臨時収入を不満の無いよう、一般の隊士まで行き渡るよう分配した。
往年に比べ随分人数の少ない新撰組だが、それでも全員に渡すと微々たる額になる。
『もっと金が要るな。そうでないと、新撰組を大きく出来ねえ』
土方がそう思っている中、幹部ゆえ少しは多く貰えた藤田五郎が屯所を辞した。
彼はその金で様々な生活雑貨や農作物の種子を買った。
そして白人商人に頼み、ハワイ島ヒロの会津松平家の元に送ったのであった。




