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明治新政府との関係改善への第一歩

 ホノルル港にイギリス軍艦旗を掲げた日本海軍軍艦が2隻入港した。

 イギリスで建造され、日本に回航途中のコルベット「金剛」と「比叡」である。

 先年の西南戦争の際、ハワイ王国にやって来て逮捕された旧西郷軍の男たちを日本に引き渡す為に、途中寄港して貰ったのだ。

 満載排水量3178トン、13.7ノットの新鋭艦である。


「大きいなあ」

 とフランス製二等装甲艦「カヘキリ」の排水量3500トンの艦体を見て、同乗していた日本海軍の士官が呟いた。

 「カヘキリ」は、既に発注済みで、数年後に完成する日本海軍の装甲艦「扶桑」とほぼ同サイズである。

 主砲は「カヘキリ」の19cm砲に対し、「扶桑」は24cm砲と強力になる。

 軍艦は日々進歩しているから、今日の優勢が明日の優勢をも保証するものではない。


「いい艦だな」

 「金剛」級を見て榎本武揚が声を漏らした。

 扱いやすそうな艦で、それが姉妹艦2隻ある。

 元々外洋航海を基本として設計されるイギリス式は、万事余裕のある設計をしている。

 フランスやオランダも海外植民地を持つ為、外洋航海を考えて設計されているが、どうも軍艦設計においては「イギリス植民地帝国」が一歩進んでいるようだ。


 所有は日本海軍であるが、現在は回航担当のイギリスの指揮下にある。

 旧西郷軍の関係者を引き渡し、夜は歓迎会となった。

 イギリス海軍軍人、日本海軍軍人、ハワイ海軍軍人に、近くの真珠湾に停泊しているアメリカ海軍軍人も混ざっての会となった。

 洋酒をグラスに入れて乾杯する。

 酒が出る事は分かっていた為、飛び入りでカラカウア王も参加し、会は盛況となった。


「エノモト! 私たちもあの軍艦が欲しいのだが」

 カラカウアが何気なく言うと、随員と榎本が揃って同じ反論をした。

「そんな買い物をする予算がありません!」

 反論されて王はたじろいだ。

「だが、このサイズの軍艦が『カヘキリ』1隻では寂しい。

 もっと増やすわけにはいかないか?」

「議会が承認しますまい」

「王の権限でどうにか出来ないかなぁ」


 榎本にしても、新型艦は欲しい、装甲艦が1隻というのは厳しい、そう思っている。

 以前のように中古艦でも格安もしくは無償提供してくれるような欧州列強ではない。

 かつては日本という国から利を得ようと、あるいは植民地化しようと、将軍や各地の大名に船を売りつけていたが、新政府成立後はそのような事をしても旨みは無くなった。

 さらに軍艦の高額化もある。

 ペリー来航時の蒸気フリゲート「サスケハナ」よりも小型ながら、南北戦争後期型の装甲艦「ストーンウォール」、後に「甲鉄」と呼ばれた艦の方が強い。

 その「甲鉄」よりもサイズが大きく、砲の数も多く、船足の速いフランスのアルマ級「カヘキリ」はさらに強い。

 だが強さは、舷側に貼られる装甲や蒸気機関の出力、大砲の性能に依る。

 それらが軍艦をどんどんと高額化していた。


 榎本が話を聞くに、「金剛」型には魚雷(トーピード)という新兵器が搭載されている。

 これは水中を進み、敵艦の艦底部で爆発して穴を空けて艦を沈める兵器である。

 この魚雷は小型艦艇にも搭載可能である。

 その魚雷を搭載した艦艇種を「水雷艇(トーピードボート)」という。

 この年、1878年1月に、ロシア帝国とオスマン・トルコ帝国の間で勃発した露土戦争において、ロシアの小型の水雷艇がオスマン帝国の警備船「インティバフ」を撃沈した。

 なお、水雷艇を使った戦術を考案したロシア軍人は、後に日本とも大いに関わるステファン・マカロフという提督であった。

 「金剛」型には纏わりつく小型の水雷艇を撃退する為の機関砲、機関銃を装備している。


 「カヘキリ」は確かにサイズと主砲口径において「金剛」に勝る。

 だが、単艦同士の戦いなんて考えてもあまり意味は無い。

 「カヘキリ」と「カメイアイモク」に対し、「金剛」「比叡」と水雷艇が組んで戦った場合、こちらは魚雷攻撃に対し為す術がなく、装甲の貼られていない底部を破壊されて沈められるだろう。

 大口径砲は威力は大きいが、発射速度が遅く、小型で高速の水雷艇を止められない。

 新型艦はともかく、ハワイ海軍も魚雷と水雷艇、そして近接防御用の機関砲を搭載しなければなるまい。

 それをいくつ準備出来るか……。

 独立採算制の軍隊の資金不足が痛い。


 軍艦「比叡」に乗っていた日本人の一人が、ホノルル港の端に停泊する小型軍艦を見て呟いた。

「あいは『蟠竜丸』ごわすな」

 少し離れた場所に居たが、榎本の耳に「蟠竜」という言葉が薩摩弁と共に飛び込んで来た。

 榎本は周囲に挨拶をしてその場を離れ、小柄な日本海軍軍人の元に向かった。


「貴公はあれが『蟠竜丸』だと知っていなさるか?」

「…………」

 その男は無口なのか、言葉を選んでいるのか、よく答えない。

 ただ、榎本の顔を見て、考え込んだ後にようやく口を開いた。

「失礼ながら、榎本殿でしょうか?」

「そうです」

「俺いは東郷平八郎いいもす。

 箱館であん艦とは戦ったことがございもす」

 この男、東郷平八郎は7年の英国留学を終え、「比叡」回航に同乗して帰国するところであった。

 昔はお喋りと言われたそうだが、今の彼は口数が少ない。

 だから榎本の方から話しかける。

「貴公はどの艦で戦っていましたか?」

「『春日丸』ごわす」

「おお! それじゃ宮古湾で『回天』が『甲鉄』に接舷乗込攻撃(アボルダージュ)を仕掛けた時も居たな?」

「はい」

「そうか!

 その『回天』もあそこに居るぞ」

「はい、確かに」

 また東郷は黙り込んだ。

 別な話題を振ろうとした榎本に、東郷が聞く。

「アボルダージュの前に、『回天』はアメリカ国旗を掲げ、突入前に日の丸に変えもした。

 あいは国際法上問題の無いこつごわずが、榎本殿はそいをご存知ごわしたか?」

「えーーっと、殿は堅苦しいから、さんづけでいいよ。

 俺もあんたの事を君づけで呼ぶから。

 で、アボルダージュの前の事だが、俺は知らん」

「?」

「あの攻撃はド・ニコールっていうフランス人に任せた。

 それで、確かにその攻撃が国際法に抵触しないかは聞いた。

 国際法が大事なのは知っているが、全部は頭に入っていない。

 その都度調べねえと、おいら程度じゃダメだよ」

 と謙遜するが、榎本は秀才と言われた男で、大体の事は理解していた。


「榎本さぁは五稜郭開城の時、国際法の辞書ば黒田どんに譲りなさったち聞きもした」

「うん、国の為に役立てて欲しいってね」

「今、榎本さぁは国際法については?」

「ああ、こっちに来てから新しいの買ったよ。

 オランダ語のでなく英語とフランス語の。

 新しくなってるとこもあるし、勉強しないとね」

「俺いも英国で国際法を学びもした。

 細かいとこまで頭ん中に詰まっとりもす」

 やや若者らしい「ドヤッ」感が出て、逆に榎本には気持ちが良い。


「西郷どんの使者ば日本送還チ聞きもした。

 じゃっど、彼等は何も犯罪ば犯しちょらんチ思いもすが?」

 確かに援軍要請は、それだけなら犯罪にはならない。

 拒否した後、ハワイに置いておいても問題は無い。

 だが、

「彼等のは査証法違反だよ。

 ハワイ王国への入国にあたって、日本国にある領事館での正しい審査を受けていなかった。

 上海渡航の査証までで、そこから先は密航でやって来た。

 査証無しでの密入国で、出生国への強制送還って事さ」

「納得しもした」


 榎本は東郷と国際法について様々に話をした。

 東郷平八郎という若者は、榎本自身も理解できる程に国際法に精通している。

(法学者にでもなるのかな?)

 と思ったが、海上勤務希望のようだ。

 こういう若者が現れた日本は侮れない。

 今回の「金剛」「比叡」寄港と、その回航に携わる日本海軍軍人と交流を持てた事は、「旧幕府」の人間と新政府との間の新しい関係構築に繋がる契機になるやもしれない。

 榎本はそう期待をする。


 榎本は、日本に帰国して故郷に錦を飾るような事は考えていない。

 ハワイに来た時の使命を忘れず、この国を維持したいと思っている。

 だが、日本の新政府の方が旧敵を警戒し、入国を認めず、場合によっては刺客や工作員を送ってくる。

 戊辰からもう10年も経ったのだ。

 日本に帰って大臣とかする気は無いが、たまには墓参りでもしたい。

 そういう事すら頑なに禁じている関係は、ちょっと困る。

 もしかしたら将来手を携える事もあるかもしれない。

 「普通の関係」でいいから、関係改善したいとこである。




 翌日、「金剛」「比叡」はホノルルを出港した。

 4月中に日本に到着し、海軍軍籍に入ったという。

 そして5月、驚くべき事件が日本で発生した。


 明治十一年5月14日、内務卿大久保利通暗殺される。

 紀尾井坂の変である。

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