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本末転倒なヤクザたち

「お久しぶりでござんすねえ、次郎長の親分」

「誰だったかね? 俺ぁてめえなんか知らねえ」

「黒駒の親分の下に居る者でござんす」

「黒駒か……、懐かしい名前を聞くねえ。

 あの馬鹿は官軍の真似事をして、首ちょん斬られたって聞いたぜ」

「次郎長の親分、そいつは新政府の垂れた嘘ですぜ。

 黒駒の親分は生きておられます。

 ハワイって国に流れて、そこで一旗揚げようって魂胆でさぁ」


 かつて黒駒勝蔵と対決した清水次郎長は、どちらかと言えば幕府寄りだった。

 だが、この博徒は官軍だ賊軍だという事に興味はなかったと言える。

 戊辰の際、榎本武揚の脱走艦隊のうち、暴風雨で難破した咸臨丸が修理のため清水湊に入港したとこを新政府艦隊に攻撃され、戦死者を出した。

 この戦死者の埋葬を、誰もが新政府を恐れて行わない中、次郎長は引き受けた。

「死ねばみな仏にござる。仏に官軍も賊軍もない」

 と、抗議も突っぱね、翌年には「壮士墓」と碑を立てた。

 このような漢であり、侠客として一目も二目も置かれている。


 その次郎長の元に、旧敵勝蔵は使者を送った。

 黒駒勝蔵が生きている事を、次郎長は驚かずに喜んだ。

「それで、奴は一体何をしている?」

「博徒がやる事はどこだって一緒ですさ」

「そうか、そうか、それは真に結構!」

 この男はどこか浮世離れしている。

 土地の開墾だの、旗本崩れの乱暴狼藉取り締まりだの、茶の栽培だのとやっている事は地に足がついているのだが、どうにも権力というものに興味がなくて、博徒の価値観こそ第一。

 それゆえ、ニセ官軍として処刑された黒駒勝蔵なんかより、博徒としてハワイに君臨する黒駒勝蔵の方が嬉しくて堪らない。


「勝蔵は俺に何を求めてあんたを寄越したんだい?」

 いよいよ本題に入る。


「親分は次郎長の親分と手打ちを望んでおります。

 日本とハワイとで、縄張りが勝ち合う事はもうありますまい。

 正式に手打ちをし、それを黒駒一家と兄弟分の一家にも教えとうござんす」

「古風だねぃ! ハワイと清水、確かに縄張りなんか勝ち合うたぁ思えねえ。

 だったら黙ってりゃいいものを、わざわざ手打ちたぁ、義理堅いことよ。

 その話が伝われば、清水一家は平井一家と争わなくて良くなるって事だ。


 ……って、おい、待てよ。

 この次郎長様への用事はそれだけで、本命は平井一家にいる原田常吉や雲風竜吉らなんじゃねえのか?」

 なんとなく自分がぞんざいに扱われた気がして、次郎長は文句を言う。

「次郎長の親分に別に頼みたい事があるんでさ。

 そうでなかったら、あっしらは直接三河に行って平井一家に話をつけてます」

「ならいいんだ」

 気分を良くする次郎長。

「そんで、俺にして欲しい事たぁ何だ?」

「清水の腕の良い漁師を貰いたい」


 黒駒勝蔵は、縄張りにいる全ての人種が、博打をやれるくらいに豊かになって欲しいと考えている。

 マウイ島はラハイナのカジノから山岳地帯のリゾート開発が行われていた。

 これで儲かるのは白人たちである。

 マウイ島に暮らすハワイ人たちの漁業をもっと盛んにしたいと、勝蔵は考えていた。

 それでハワイ人たちも豊かになる。

 獲った魚のうち、カツオやマグロは日本に持って行けば高く売れる。


「漁師だけでいいのか?

 船で行ったり来たりしてえんじゃねえのか?」

「その通りでさ。

 清水の漁師や、まあ諸々の船が親分のラハイナに来て、売ったり買ったりすれば港町も活気づきまさ。

 まあ、ラハイナでの取り分は親分がまるっといただきますんで、清水湊での取り分は次郎長の親分のもので」


 そう言う勝蔵の子分の胸倉を、次郎長は掴んで顔を近づける。

「そうさせて貰うが、一言だけ言っておきてえ」

「な、なんでござんしょ?」

「阿片だけはダメだ。

 あれを清水には入れさせねえ。

 平井一家に渡すのも許さねえ。

 いいな?」

「へ、へえ……」

「おまえの返事は要らねえよ。

 帰ったら黒駒のに伝えてやれ。

 それ破ったら、海が間にあろうが戦争(でいり)だってな」

「へ、へい……」


 次郎長は手を放し

「乱暴してすまねかったなあ。

 ま、これから仲良くやっていこうぜ」

 と笑った。


 黒駒の使いが去った後、次郎長は清水の港を眺める。

(蒸気船が入ってくるには、ちと狭えな)

 そう感じた。

 彼は私費を投じて、清水湊の拡張工事をする事になる。




 ラハイナには大きな砂糖農園と精糖工場がある。

 砂糖から酒を造る工場の拡大を、白人経営者が申し出て来た。

 勝蔵はすぐには答えず、ある専門家を探させる。

 その専門家を伝手を使って呼び寄せ、話を聞く。


 鉄砲の発射には火薬が必要だが、火薬の点火には雷管が使われる。

 雷管の薬品を使う際にアルコールが使用される。

 また、薬品を入れるにはガラス瓶が必要となる。


 酒造会社の経営者に黒駒勝蔵は聞いた。

 そのようなアルコールを造れるか?

 経営者は「自分のとこの酒は蒸留酒だから、高濃度のものを造れる」と回答。

 ガラス瓶についても可能であった。


 黒駒勝蔵はさらに問う。

 ガラスは酒のボトル、薬品の瓶以外に、それ自体で売り物になるものを作れるか?

 答えは、今の工場と人数では作れない。

 黒駒は「人と金は手配する」と言う。

 ならば可能だという返答を受け、勝蔵はやっと笑った。


「少しずつでいいから、工場(ファクトリー)とやらをでかくしてくれ。

 売れる物を作ってくれ。

 その為の金なら貸してやる。

 いくらでも貸すから、絶対に返せよ」

 白人たちは迫力にゾッとしながらも、融資を取り付けたことにホッとした。

 この男は、おっかないけどケチではない。

 アメリカに行けばギャング、マフィアの類で、騙したりしたらタダでは済まない。

 だが、騙すつもりがなく、きちんと付き合うなら危険は無い。

 むしろ優良な部類の金貸しである。

 ……単に金貸しで儲けるつもりがないから、複雑な利子、がんじがらめになる利息のつけ方を知らないだけなのだが。


 白人たちは黒駒の部屋を出て行った。

 黒駒は、瓢箪のような形をしたマウイ島の地図を広げて見ていた。

 何も話さない。


 黒駒勝蔵は官軍に捕縛される前、黒川金山の採掘権を購入していた。

 そのまま金鉱採掘を……と思っていたが、どうやらあの山からはもう金は出ないようだ。

 ラハイナに来て、彼はマウイ島の巨大な火山を毎日見ている。

 ハレアカラという山は、勝蔵の故郷より眺めた富士山に近い高さである。

 そのお山から、何か出ないかと、黒川金山を買った時の山師を招いたが、どうに何も出て来ないようだ。

 彼も思った事全てが順調にいっているわけではない。

 彼はマウイ島、海を挟んで並ぶカホオラウェ島、ラナイ島、モロカイ島をも見ていた。

 ラナイ島では宗教絡みのゴタゴタが起きていた。

 ここも奪えるか?

 奪って、ここは何に使えるだろうか?


 土地には人がいないと話にならない。

 人を食わせる為には農業・漁業が必要だ。

 だが、農業・漁業だけで人は満足しない。

 その欲に寄生して、彼等ヤクザが生きている。

 だがここに来てヤクザの親分は、欲を出すまでに人の方を豊かにしようと、本末転倒な事を考えているのだ。

 彼は、胡坐をかきながら、地面に広げた地図を見ては空を眺め、また地図を見ては頭を掻きむしっていた。


 その様子を見ているのは神代直人だった。

「あいつは何を考えているのだ?」

 と隣にいる平間重助に尋る。


「俺にも分からん。

 博徒だ侠客だってのは、元より分かりにくい連中だった。

 だが今の黒駒は、何かこう、別の化け物に変わって来ている。

 俺にはもう、あいつが何なのか、分からなくなった」


「ふん……」

 面白く無さそうな神代は、どこかに去った。

 平間は似た人間に心当たりがあった。

 京都に居た時に、遠目から一度見た事があったあの男。

 噂と実態との差、大名たちも振り回された考えの読めなさ。

(一橋慶喜の腹の読めなさに似ている)


 一瞬そう思って彼はかぶりを振る。

(まさかな。奴はただのヤクザだ。一国を動かした傑物と同じ筈がない)

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