土方、伊庭、今井アメリカを見て今後を語る
アメリカは2度、日本人の来訪者を見ていた。
最初は万延元年遣米使節団である。
珍しい衣装と髪形をした東洋人を「ようこそ文明国へ」と各地で歓迎した。
立石斧次郎という通訳見習いの少年等は、アメリカ女性の人気者となった。
だがこの使節団を日本に返還したアメリカ船が冷遇された事で、日本人気は一気に沈静化する。
当時、桜田門外の変の後の「開国派は殺されかねない」状況下で、入港歓迎も無く、黙って追い払われた。
次の日本人使節団は、数年前の岩倉使節団だった。
アメリカではこの使節団は、歓迎こそされたが、相手にはされなかった。
いまだ日本は基本法も無い未熟な国だという事である。
今回、違う国籍でやって来た日本人は、これまでの者たちとは違った。
これまでの日本人は、交渉や親和の為に来たのであるが、今回の3人からはそんな気配はまるで感じられなかった。
服装こそ洋服だが、相変わらず長い刀を腰に差し、これまでの日本人に見られない血の臭いを出していた。
既にこの年の春に、ハワイ王国にちょっかいを出したアメリカ人が強制送還されたが、その内の数名は悲惨な姿であった。
あの地にいる日本人は野蛮人だ、悪魔の使徒だ、残虐に過ぎると、数本しか歯の無い口で批難した。
……彼等は、自分たちが原住民にやってる事をやり返されたようなものだが、それでもやられた側は恐怖した。
その情報も伝わっていた為、3人の行く先には警察官も着いて回り、危険人物として接触した。
とは言え、彼等3人、土方歳三、伊庭八郎、今井信郎はハワイ王国国王カラカウアの護衛であり、伊庭と今井には武官としての視察の命も含まれていた為、無闇に邪険に扱えないのも事実であった。
土方と伊庭は日本では美男とされていたが、それはアメリカでも変わらなかった。
今井は美男ではなかったが、その引き締まった緊張感のある表情に憧れる女性も現れた。
血腥い風評と、一方でそうだと知りつつ魅かれる魔性っぷりに、アメリカ女性の一部は熱狂的になり、男性は嫌悪感を覚えた。
伊庭八郎については、その隻腕に様々な憶測が飛び、
あれは恋人を護って戦った結果だ、とか
約束を破ってしまった時に戒めとして自ら切り落とした、とか
1対多数の戦いに勝ったが、代わりに腕一本失った、とか
「つい最近の内戦で負傷した為」という一番まともな理由以外を、様々に妄想された。
……そんな事、彼等3人にはどうでも良い事だったが。
カラカウア王はアメリカの歴史上初の快挙を為す。
ホワイトハウスにおける初の公式晩餐会のゲストとなったのだ。
当時のアメリカ大統領はユリシーズ・グラント、南北戦争の英雄であった。
グラント大統領は、政治家としての資質には恵まれていない。
大統領としての評価は非常に低いものであった。
しかし、酒飲みで快活で、そこがカラカウアと相性が良かったと言える。
カラカウアが連れて来た個人的な友人共々、ホワイトハウスで楽しい時を過ごした。
3人の日本人はこの中には入っていない。
部屋の外で警備をしていた。
部屋の中には大統領の護衛が居る為、「国賓を害する事は無い」というカラカウアの命によって室外待機となった。
グラントは一瞬この3人を見て、カラカウアに
「素晴らしい戦士だ。我が軍に欲しいくらいだ。だが、扱うのが難しいのではないか?」
と言ったという。
3人は、ホワイトハウスでも、議会見学でも、アメリカ陸軍海軍視察でも、表情をほとんど変えなかった。
君主であるカラカウアがよく笑い、悲しむ話には泣きそうな顔となる等、表情豊かな事と対照的だった。
(こいつらは楽しんでいるのか?)
(彼等は何故驚かない?)
と、アメリカの豊かさ、機械力の凄さを見せつけても表情を変えない日本人に、案内役は首を傾げた。
日程を消化し、ハワイ人・白人・日本人の不思議な一行はサンフランシスコを離れ、ホノルルへの帰途に就いた。
「いやあ、もう刀で戦う時代じゃねえなあ……」
伊庭八郎の言葉に土方歳三が
「伊庭さん、それぁ俺が鳥羽伏見の戦いの時の台詞だぜ」
とツッコミを入れた。
「土方さんと同じ感想持ったんでね、同じ台詞言わせて貰ったのさ。悪いかね?」
土方は鼻で笑う。
「それで心形刀流の教授は、剣を捨てて銃で戦うのかね?」
「戦うなら、そうせざるを得ないね。というか、既に箱館でそうやっていたじゃないか。
改めて思っただけだよ。なあ今井さん」
今井信郎は愛刀を鞘に納めたまま眺めていたが、伊庭に話を振られた為、会話に加わる。
「刀の時代じゃない。が、それでも俺は刀が好きだぜ。
こいつを差し、いつでも人を殺せるのを自戒出来る、それが侍の矜持だからな。
刀も差さない侍にはなりたくねえな」
「それは全くその通りだ」
「おお、俺の言いたい事言われてしまったな」
伊庭が笑って、ウイスキーの栓を開ける。
土方と今井がガラス瓶を3人分持って来て、酒を注ぐ。
3人は酒を1杯口にする。
以降、土方は酒は飲まず、伊庭だけ飲みまくる。
「アメリカの陸軍と海軍を見たかい?
あれには勝てねえな」
そう言う伊庭に土方は
「あれがサンフランシスコに来たならな」
と返す。
今井も
「サンフランシスコを見た限りなら、ホノルルを見ていた俺の予想内だった。
人が少ないだけで、工夫をすれば勝てるのでは?と考えた。
だが、東海岸は想像を遥かに超えていた。
あれがサンフランシスコまで達したら、ハワイだけじゃない、日本も勝てないだろう」
そうため息をついた。
「それで、俺たちがどうするか、って話だな」
伊庭が次の酒を片手で器用に注ぎつつ、喋る。
「俺が思うに、アメリカ全土が東海岸の町のようになるには、もう少し時間がかかる。
その間に、ハワイの俺たちの軍を、もっと戦えるようにしておく必要がある。
装備も、訓練も、人数も」
土方が冷静に
「それを全部満たしても、絶対に勝てないぞ。
国として、それだけ絶望的な差を俺は見て取った。
まあ、負け戦でも俺は戦うだけだが、軍の隊長としてそれだけじゃいけねえだろ?」
と質問し返す。
「勝っても、全ての民衆は納得しない、反乱軍を作って戦い続けるだろう……
ってのも限界があると、俺は彰義隊の時に知ったよ。
いくら江戸の町人から持て囃されようが、彰義隊は優勢な敵に勝てなかった。
やはり相手には勝たないといけねえ」
今井は人並みに酒を飲みながら、自論を吐く。
「一戦、二戦は勝てるかもしれねえが、最終的にアレには勝てねえぜ。
その時の方策が必要なんじゃねえか?」
土方がツッコむ。
「土方さん。そう言うって事は、あんたには何か方策があるのかい?」
「無いわけじゃない。だが、言うとするとでは大違い。難しいんだ」
「聞こう。土方君とは京都以来の仲だが、こういう事を腹を割って話すのは初めてだ」
今井が居住まいを改める。
土方が語る。
「戦は勝たねえと意味が無え。
今井さんが言っただけじゃなく、俺たち皆が奥羽や蝦夷地で嫌になる程経験した事だ」
2人が頷く。
「俺が話で聞いている中で、白人の中には自分の本国にハワイを献上させたがっているのがいる。
多いのがアメリカ人なだけで、隙があれば他の国も同じだと思った方がいい。
だけど、ハワイの国の中にいるそういう奴らには、俺たちは勝てると思う。
何故なら、彼等は戦の素人で、俺たちは戦慣れしているからだ」
今井が語を継ぐ。
「確かに、銃は立派で、銃を撃つ腕も中々だったが、三々五々自由気ままに撃って来る、武装した農園の親父相手に負ける気はしなかったな。
大砲も無いし、何より指揮系統が無いから、押すも引くもなっちゃいなかった」
彼は先日のホノルル裁判所騒動時、どさくさ紛れに押し寄せた白人と日本人の混成暴徒を、軍を以て押し返した時の事を思い出していた。
「で、土方さん。軍と軍が戦ったらどうなるかね?」
「五分と五分、いや四分六分で負けると思った方が良い。
ただしそれは覚悟であり、実際には二勝一敗か二勝負け無しを目指す」
「ほお?」
「その心は?」
「長く戦えば四分六分で押し込まれるとこを、最初の一撃に全てを賭けて、最初に勝ちを持って来て勝ち逃げする」
「ふふ……」
「確かに、言うのは簡単だが、やるのは困難ですな。
で、勝ち逃げする方法は?」
「首」
「くび?」
「そう、最初に勝って、こいつは侮れねえと相手に思わせて、すぐに講和するんだ。
その時に、相手は色々言って来るだろうが、呑める条件と呑めねえ条件がある。
その呑める条件の中に、落とし前としての首ってのがある」
「あんた、まさか講和の条件で榎本さんの首を敵に差し出すって言うのか?」
「そんな汚え話を、本人抜きにして言うかよ」
「じゃあ、誰の首なんだ?」
「ここにいる3人の内の誰かだ」
「フフ、ハハハ、面白いな。つまり、アメリカに恥をかかせ、そして恥をかかせた奴の首を差し出して戦を止めるって事か」
「差し出すとは行儀が良いな。俺が思うのは、勝った俺たちの誰かの首を見せながら
”こちらは勝利した者の首を出すのだ、アメリカは一体何を出すのか?”と脅しつけるんだよ」
「やれやれ、また野蛮人の風評が酷くなるなあ」
「だが悪くない。
あいつらも所詮は人間だ。
落とし前として誰かの首を求めるのは分かる。
ご立派な大義名分を作り出して、打ち首にするのだろうな。
土方君のとこも、近藤局長が打ち首になった。
内府様(徳川慶喜)や会津様の首を実際には取れない以上、近藤局長や、主戦派の小栗上野様の首で我慢していたが、それでも首は必要だ」
「そういう訳だ」
彼等はアメリカの強大さを目にした。
だから、もしアメリカの一部がハワイを侵略しようとしたら、全力でそれを倒しつつ、アメリカ全国がその報復として侵攻するのを防がねばならない、そう悟った。
故に、侵略の先兵を倒す事で恨みを一身に背負う役割、ハワイ王国とアメリカ合衆国の和睦の為の人身御供となる事を、己が使命とする。
そう内心で思っていた事を、お互いに口にし、共通の想いとした。
尤も「その大役は俺の仕事だ」と、3人が3人とも思っているのだが。
その晩、伊庭八郎は船に揺られながら夢を見た。
悪夢と言っても良い。
彼の母国である日本が、アメリカに戦いを仕掛けた夢であった。
その指導者は「アメリカの支度が整わない内に、勝って、勝ちまくって、勝ち逃げするのだ」と言っていた。
しかしアメリカは諦めず、やがて千代田のお城の周り、江戸が焼き討ちされるまでに追い込まれた。
そして多くの者が、何やら大義名分を後付けされて、犯罪者として裁かれていった夢である。
だが、その夢の日本は生き残った。
アメリカにこき使われていても、独立国として残った。
おかしな夢から目覚めた時、伊庭は寝汗で気持ち悪い程濡れていた。
バケツに寝間着から汗を絞り出しながら、一人言した。
『言うのは簡単だが、やるのは困難……。難しい舵取りが求められるな。
だが、それでこそ武士の本懐と言えるだろう』
ハワイ王国史の転換点の1つ「ホノルル裁判所騒動」編終了です。
史実では、選挙結果に憤慨した旧ハワイ軍の兵士等の暴動で、議員が負傷し、それをアメリカとイギリスの軍艦から上陸した兵士が鎮圧します。
イギリスの海兵は、エンマ女王の離宮にまで進撃し、女王派の人間を捕らえ、女王も軟禁されます。
そしてビショップ外相等の白人系大臣が
「選挙結果を受け容れないのは、民主主義国家として未熟に過ぎる。
今後は白人による選挙監視を行う事とする」
となり、カラカウア王の周辺も白人で固められ、エンマ女王の影響力も消滅し、亡国の道へ一歩ずつ進む事になります。
この後もエンマ女王党は暴動を起こしますが、やればやる程ハワイ人の不利になっていきます。
あれ?この構図はどこかで……。
そう、イギリス公邸焼き討ちとか、ロシア水兵殺害とか、攘夷をすればする程江戸幕府の外交を不利にしていった幕末初期のものと一緒だったので、ああ、これは早く新撰組を持って来ないと、となりました(笑)。
その新撰組の事実上のトップにも、そろそろラスボス見せておかないと、と思いました。
「幕府」までにはまだ遠いですが、土方にはヤマ場を用意しているので、頑張って貰います。
 




