カメハメハ5世とナポレオン3世
ハワイ王国は、カメハメハ大王(1世)が主要8島を統一して成立した。
カメハメハ登場以前、ハワイはマウイ島のカヘキリ2世によって、8島のうち7島を抑えられ、カヘキリ朝成立寸前であった。
残されたハワイ島は、その他7島を合わせたに匹敵する面積と人口を持ち、最初にハワイにやって来た人たちの神殿が存在したりと、1島だけで対抗する国力があった。
そのハワイ島の王が死んだ時、カメハメハ、当時はリホリホと名乗っていた男は、島の3分の1を相続した弱小勢力であり、しかも叔父たちや舅が実権を持つ傀儡の王に過ぎなかった。
日本で例えるなら、元服時の毛利元就、松平時代の徳川家康のようなものだった。
カメハメハがそこから飛躍するにあたり、白人というものは外す事が出来ない要素だった。
イギリスの探検家・ジェームズ・クックが発見して以来、白人はよくハワイに来るようになった。
クックはハワイ島で、現地住民と揉めて殺害される。
その報復でイギリス艦から砲撃を受けた時、当時はハワイ王の親衛隊長だったカメハメハは負傷し、その身で西洋文明の破壊力を実感した。
ハワイ3分の1の王となったカメハメハは、やはり現地住民と揉めて拿捕されたアメリカ商船の生き残りを保護し、その2人を軍事顧問とした。
彼等からアメリカ式の大隊・中隊・小隊という軍制を習ったカメハメハは、これまでの酋長連合軍という統制の取れない方式から、王下で統一運用される組織に自軍を再編した。
また、歩兵・工兵・砲兵という区分を作り、特に砲兵と工兵を専門化させた。
これによりカヘキリの息子を撃破するも、カヘキリ自体はついに倒す事が出来なかった。
左右の半身を入れ墨で覆ったカヘキリ、日本で例えれば仮面ライダーWのような見かけなのだが、彼は個人としても強く、またカリスマであり、かつ策略家でもあった。
カヘキリの死後、カメハメハはかつてカヘキリが自分たちに行った事をやり返した。
結束に楔を打ち込み、結果カヘキリの嫡男のカラニクプレは、カヘキリの弟でカウアイ島を支配するカエオを倒し、またカエオ戦を手伝った白人の武器を欲して船を拿捕しにかかって、逆襲されたり、とにかく敵陣営をガタガタにした。
有力な酋長に離反されたカラニクプレをオアフ島で撃破し、彼を生贄の祭壇に掲げてカメハメハはハワイ王国成立を宣言した。
しかし、8島のうち西の2島、カウアイ島とニイハウ島にはカウムアリイ大酋長が残っていた。
カメハメハはカウムアリイ討伐の軍を起こすが、天候不順や疫病に阻まれて失敗した。
そこで政治的にカウムアリイをカウアイ・ニイハウの王と認め、一方で自身はそれより上の王、ある意味「大王」であるとして8島統一を為した。
カウムアリイ討伐失敗は、強力になり過ぎたカメハメハを警戒する白人たちの協力拒否、紳士的なカウムアリイに味方する白人の出現も理由に挙げられる。
カウムアリイの「王としての投降」も、アメリカ商人メットカーフ兄弟が仲介している。
ハワイ王国は、成立の時期から白人の影響から逃げられない国家であった。
閉ざされていた南国の島国は、急に欧米と関係を持つ通商国として歴史に現れた。
結果、白人たちが持ち込んだ「麻疹」や「梅毒」等で、免疫の無かった原住ハワイ人は病死していった。
カメハメハ1世の時代、ハワイ人は30~40万人を数えた。
その次男のカメハメハ3世の時代、既に人口は13万人まで減少していた。
カメハメハ1世の女系の孫にあたるカメハメハ4世、5世の時代、ハワイ人は8万人になっていた。
移民による人口維持、生産力確保はハワイ王国の死活問題だった。
そして距離的な問題からアメリカ白人が増えていき、やがて二重国籍のまま選挙権を得て、二重国籍のまま大臣に任命されたりした。
かつて訪問したアメリカで人種差別を受けたカメハメハ5世は、アメリカ白人で無い移民を探した。
カメハメハ1世の時代から、中国系・華僑というものは居た。
しかし彼等は土地に執着せず、すぐに都市に出て商業をはじめる。
生産力確保の為には、土地にしがみついて、農作業をしてくれる人たちが必要だった。
カメハメハ5世は、弟の4世が在位中に見た「機械船を自分たちで操る有色人種の国」を思い出した。
そして日本に移民の要請が来た。
明治元年の日系移民数百人に、カメハメハ5世は喜んだ。
彼等は荒地、水の少ない土地にも文句を言わず、与えられた土地で必死に農作業をしていた。
こういう国民なら安心だ、そう思っていた5世の元に、思いもかけぬ報告が入る。
『日本の酋長たちが、戦士たちを率いて大規模移住して来る。その数は8千人程度』
5世は訝った。
戦闘力を持った移民が大挙押し寄せて来た。
日本という国もまた、アメリカ同様にハワイの国益を奪おうとする国なのか?
5世は、日本移民団の代表であるエノモトという男と会う事にした。
5世はイギリスやアメリカを訪問し、また教育の甲斐もあって英語は話せる。
榎本武揚も渡欧経験があり、英語は理解している。
両者による話し合いが始まった。
「率直に聞くが、8千もの兵力と軍艦2隻の移民など聞いた事が無い。
君たちは我が国を奪いに来たのか?」
榎本は歓迎の言葉でなく、詰問に近い言に少々驚いた。
日本は、天皇の夢に発した今回のハワイ救援移民(と勝手に思っている)について、相手国に何の根回しもしていなかったようだ。
外交当局の稚拙さに頭が痛くなった榎本だったが、すぐに切り替えた。
「誤解です、陛下。
軍艦2隻は王国に寄贈します。
対価としてどこかに土地をいただきたい。
8千人と言っても、中には女子供を連れて家族で来た者もおります。
我々は既に日本には戻れなくなった身です。
どうか、我らの生きていける場所を与えて下さい」
続いて5世が考え込んだ。
なるほど、軍艦2隻を貰えるのは嬉しい。
武器を差し出すと言う以上、自分たちへの敵意は無いようだ。
だが、ハワイ王国で軍艦を操れるのは白人のみだ。
そこをどうするか?
「軍艦を受け取るとなれば、船員も必要だ。
日本人は軍艦を操れると聞く。
日本人は我が国の軍人となり、王家に忠誠を誓うか?」
「誓います。私が代表して受け合います。
我ら元日本の海軍軍人を雇って下さいますなら、これに勝る喜びはありません」
やはり5世は不安になった。
随分と物分かりが良過ぎる。
彼等の行動原理を知りたいと思った。
会談は長引いた。
5世は何となく理解出来た。
彼等にはブシドーという道徳があり、忠義や意地の為に命をかける。
一方でソンノーという、彼等の王への忠誠もある。
さらにジョーイという白人への敵愾心もある。
ただ、ジョーイは今回来た連中の中では形を変えている。
ジョーイは白人を追い出すのではなく、「国家に仇なす外敵から国を守る」という国家忠誠心のようなものであり、時に彼等の武器を使う事も躊躇わず、時に敵の敵として別の白人と手を組む事もある。
忠義・忠誠。
彼等の仕えた主君が滅ぼされ、新しい政府には従えない、旧主への忠義がそこにある。
一方で彼等の王が「ハワイを助けよ」と言った為、旧主に従ってここまでやって来た。
やって来て、為そうとしているのは「ハワイを主としたジョーイ」である。
(扱いを誤れば危険な存在だ)
5世はそう思ったが、一方で確かに「使える」連中でもある。
「エノモト、了解した。君たちを我が軍に加える。
王国軍には機械軍艦を使った部隊は無いから、その運用一切を任せる」
「ありがたき幸せ……」
「ただし!」
「はっ、何でしょうか」
「8千人全てを雇う事は出来ぬ。
酋長たちに土地を与えるゆえ、酋長に従う兵たちはそこで農作業をして暮らすように。
私が必要なのは、軍艦を操る者だけだ」
そして日本人たちの間で「騙された」という声が出るようになる。
5世は榎本武揚の後に、フランス公使の訪問を受けた。
内容は、日本からの移民の話であった。
時のフランスは、ナポレオン3世による第2帝政の時代だった。
ナポレオン3世は、幕府に肩入れする事で、極東の島国をゆくゆくは植民地化しようとしていた。
しかし、その目論見は失敗し、自分だけでなく対抗するイギリスも驚く無血革命と、短期の内戦で全てが終わってしまった。
そして、フランス人も参加していたというエゾ共和国は、よく分からない理由で政権を解体し、ハワイに組織ごと渡ってしまった。
だが、ナポレオン3世はこれを別な好機と見た。
フランスは、カメハメハ1世の時期からハワイと交易をしていた。
残念な事に、フランス革命、ナポレオン戦争、その後始末でハワイとの関係は薄れ、アメリカに一歩も二歩も出遅れてしまった。
それでもフランスは、タヒチに勢力を伸ばす等、太平洋に拠点を作りつつあった。
かつてフランス軍人が教育し、関係の深いエゾ共和国の日本人を介してハワイに再び影響を及ぼしたかった。
そこで皇帝命令を発し、在ハワイ・フランス公使に「日系移民、特にエゾ関係者の優遇」をさせるよう交渉させた。
カメハメハ5世の敵はアメリカである。
イギリス、フランスはむしろ味方であると思っていた。
5世はフランス公使の説明を聞き、さらに中古だが軍艦1隻を寄贈、フランス陸軍の最新型銃を贈与されると聞き、打算もあって旧蝦夷共和国陸軍、即ち「旧幕臣」をハワイ陸軍に組み込む事を決めた。
同時に、フランスから軍事顧問を招く事、日系移民が持って来た輸送船を買い上げて、フランスとの交易に使う事、その為の商社を設立してフランス人を経営陣に加える事も決めた。
ナポレオン3世にもカメハメハ5世にも榎本武揚にも、満足のいく内容となった。
……アメリカ白人や、会津・桑名等の「酋長」扱いされた諸藩の移民は大いに不満だったが。
かくして、8千人を超える日系移民は、それぞれの運命によってハワイ各地に分散される事となった。