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ラハイナ改造計画

 カラカウアが国王に就任し、カラカウアがアメリカ訪問の旅に出るまでの間の話である。

 黒駒勝蔵の「銭金絡みで博打に出る時機ではない」という読みは当たった。

 一方で勝蔵は「もっと銭金の力を強めないと、いずれジリ貧だ」という読みも持っていた。

 港湾都市の価値、それ故にギャンブルが流行りやすく、その利権はあった。

 だが、ラハイナの港湾としての価値は徐々に減少していく。

 この港町に「ホエール・ウォッチングの母港」という価値が出るのは、遥か後年の話である。

 勝蔵は捕鯨衰退期と鯨保護愛好期の間で、如何に町の価値を高めるかを考えた。


 基本、彼は博徒であって、それ以上の事は考え付かない。

 逆に、博打に関する事は未知の話であっても、その意味を理解する。

 彼はラハイナの顔役の白人たち、華僑の取り纏め役などと何度か会合を持った。

 アメリカ系白人からは大した意見は聞けなかったが、フランス系白人からは重要なヒントを得た。


 フランスの南、イタリアとの国境近くにモナコという独立都市国家がある。

 その小さな国は、観光とカジノによって莫大な収入を得ている。

 カジノは賭博とはやや異なる。

 非合法な鉄火場で丁半言ってるものと違い、上流階級の娯楽であり、動く金も大きい。

 半裸でさらしを巻いた男が籠にサイコロを入れるのではなく、礼服を着た紳士が応対する。

 旅籠に素泊まりさせるのではなく、高級ホテルという容れ物をきちんと用意する。

 モナコのカジノは、つい十数年前に始まって、今まさに大儲けしようとしているところだ。

 カジノというもの自体は、二百年も前からあって、そのような高級感で儲けを得ていた。


 黒駒勝蔵という男は、人の頭の中身、欲の深さに洋の東西は無いと考えていた。

 彼はカジノというものを飲み込むと、白人たちを集めて提案する。

「金は貸す。それなりに高利にするが、いくらでも貸す。

 それで高級ホテルとやらを作り、カジノをやろう」

 アメリカ系白人は、カジノにはまだ疎かった。

 ラス・ベガスという都市でのカジノも、まだ始まっていない。


 勝蔵は彼等にカジノの仕組みを話し、アメリカ西部の町の場末のポーカー等とは桁の違う儲けを出す仕組みに出来る事を理解させた。

 アメリカ系白人も、ラハイナが徐々に衰退している事は肌で感じていた。

 前年、金融で大儲けさせてくれたカツゾー・ブラックという男の誘いに乗って、大丈夫なような気がする。

 それこそ彼等も賭けに出る時機であった。

 勝蔵は、貯め込んだ金をほぼ全部貸付に回した。

 ラハイナでホテルリゾート、カジノの建設ラッシュが起こる。

 このラッシュに魅かれて、さらに白人や華僑がやって来て、それを狙った賭博で黒駒一家は儲けを得るが、それは後日の話。

 今は言い出しっぺとして、金を出し、アイディアを出し、人を手配する段階だった。




「平間先生、神代先生、ちょっと俺らの用心棒を願えませんかね」

 勝蔵は平間重助と神代直人に声をかけた。

 彼等「志士」の一党は、ホノルル裁判所騒動に失敗し、ほぼ壊滅していた。

 しかし残存勢力は、黒駒一家の庇護の下で安全に生き延びている。


「俺たちを何に使う気だ?」

「なあに、新撰組の屯所に行くんで、俺らの身を護って欲しいだけですら」

 サラッととんでもない事を言う。


 事態を呑み込めない2人を従え、表向きの顔役である白人とともに、彼等は新撰組のラハイナ分署に向かった。

 一番隊隊長藤田五郎との会見は、予め手配済みであり、すんなりと会えた。


「藤田五郎です。黒駒の親分ですな。会いたいと思っていました」

「おいおい斎藤サンよ、俺らはただの付き添いずら。

 挨拶して、話を聞いて欲しいのはこちらの旦那方に対してですら」

「それは失礼しました。あと、私は藤田、です」

 そしてカジノの話を始める。

 今の雑然とした賭場を改め、もっと治安の良い、雰囲気の良い場所に変えるという事。

 それを政府の金ではなく、このラハイナの顔役の資金(元手は黒駒だが)で行う事。

 それによる景気回復が成った場合、ラハイナとして納税するから、個々の経営者への所得税は徴収しないで欲しい事。


「それでも犯罪者が金に魅かれてやって来ますから、あなた方には引き続き警察活動をお願いします」

 白人たちがそう言った。

(三文芝居の脚本家は黒駒だな……)

 藤田はそう思い、

「いえいえ、私どもよりも、そちらの黒駒さんの方が随分とお役に立つのではないでしょうか?」

 と返した。

「何をおっしゃいますやら。

 俺らはただのヤクザで、今は安働きの港湾労働者を守る事しかしておりませんずら。

 新撰組の先生方には遠く及びません」


「その新撰組に来られた事が不思議ですな。

 我々は警察に過ぎません。

 税金に関しては、ラハイナの知事閣下がいらっしゃるではないですか」

「そちらにも話を通していますが、ここは是非とも斎藤の旦那から、ホノルルに話を通していただきたいんでさ。

 この前みたいな行き違えが無いように、必要ですろお?」


「なるほど、分かりました。

 顔役の方々の要望は、私から上司を通して伝えておきます。

 それについて、細かい事を打ち合わせたいので、黒駒の親分と2人きりで話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」

 白人たちは鷹揚に頷き、一方の勝蔵は

「2人きりだと心配する者もいますので、この2人も同席させて下され」

 と平間、神代の同席を願い出た。

「ええ、よろしいですよ。何も人を斬る、斬らないの話ではありませんからね。

 あ、でもそうしたらこちらも、尾関泉、中島登を同席させます」

「ご随意に」


 藤田は笑顔、ただし目の奥は笑っていない、勝蔵は穏やかな表情だが、他4人は緊張感に満ちた表情となった。

 藤田は笑顔のままで聞く。

「黒駒の親分の、そのまた黒幕はどなたでしょう?」

「黒幕なんかいないずら」

「おかしいですね、あなた方は全て、日本本国からの紐付きで来ていると思いましたが」

「そんな紐、とっくに切ってますがね」

 平間と神代が逆に驚いている。

 それに構わず勝蔵は続ける。

「なんか本国のお公家さんやら、新政府のお偉いさんやらは思惑持って俺らたちを送りつけたようですがね。

 いつまでも遠い東京やら京都やらの傀儡(くぐつ)で居られる程、自分は大人しくはねえもんですぜ」

「何らかの思惑で送り出されたってのは認めるんですね?」

「認める」

「どういう内容か、教えていただけませんかね?」

「断る。いくら俺らを捨て石にしようとした連中と言っても、義理は欠いちゃいけねえ。

 義理を無くしたら、俺らたち渡世の者はおしまいですら」


 藤田は、動こうとした尾関を睨んで抑える。

「まあ、いいでしょう。

 それで、黒駒の親分は何をなさり、私どもに何を求めてるのですか?」

「何って、博徒がなさりたいのは、賭場の拡大だけですよ。

 新撰組に求めるのは、邪魔だけはしてくれるなって事だけですら」

「新撰組に味方はしないが、敵対もしない、と?」

「さあて?

 先の事などどうなるか分かりませんろお?」

「欲しいのは、あくまでも金?」

「それしか見えてねえんでしたら、それで構いませんぜ(笑)」


「この前、ホノルル裁判所の暴動に乗って、王宮とか離宮とかを焼き討ちしようとした連中とは無関係ですか?」

「斎藤サンもお人が悪いですら。

 とっくに黒駒一家が匿っていた事くらい、調べがついてたでしょうに」

「では、お仲間だと?」

「仮にも『尽忠報国の志士』が、ヤクザ風情と仲間なんて言ったら、志士さまの方が怒りますら。

 俺らたちはこの人たちを利用しているだけですし、志士さまも黒駒一家を利用している、それだけずら。

 とは言え、俺っちにも義理人情だってのは有りますんでねえ。

 匿っている以上は、手も足も出させませんよ」

 勝蔵の表情は相変わらず穏やかだが、体の奥底から相手を威圧する気を発している。


「分かりました。当分の間、手打ちといたしましょう。

 どうも我々新撰組と事を構えるのを、今はお望みではないようだ。

 親分さんの金儲けが、即新撰組への敵対となる事もなさそうだ。

 ……あんた、もっとでかい事を考えていなさる」

「怖い怖い、そう人の心を覗き込みますな」

「当分の間、ちょっかいを出して来る暇も無さそうですな。

 ですが、そちらの志士の方の動向やら、親分の金儲けが王国への害悪とならないかは、調べさせて貰いますよ」

「やれるものなら、やってみるがよろしいです。

 こちらも黙って見せやしませんよ」


 藤田と勝蔵は、お互い目は全く笑っていないものの、表情としては笑顔で

「まあ、そういう事ですんで、仲良くやりましょうや」

「ラハイナも狭いですからね。喧嘩はしない方が良いです」

 そう合意した。




 2人は、別れた後でお互いの付き添いから抗議を受けた。


「なんで、あんなヤクザの好き勝手に言わせてるんですか?

 奴が金儲けをしたら、その金で武器を買って、きっとまた襲って来ますよ」

「池田屋の時の古高俊太郎のようにか?」

「分かっておいでじゃないですか」

「あれは古高と違って、首に長州の縄は着いちゃいねえよ。

 あれは歴とした野良犬だ。

 誰の縄も着いてない野良犬が、縄張りを拡げようとしている。

 その縄張りの話を聞かせに来たわけだが……」

「縄張りを作る前にひっ捕らえましょう」

「その縄張りが、ハワイ王国の為に役立つ、だから堂々と来やがったんだよ。

 町が活気づけば、国全体に金が回る。

 ラハイナは衰退しつつあるが、ここが盛り返す事で他の島にも旨味が出るかもしれない。

 あいつは俺たちに『それでも邪魔するかい?』と挑戦しに来たんだよ」

 尾関と中島は沈黙した。

 単なるヤクザとは格が違うようだ。

 そして、藤田五郎が派遣された理由も理解出来た。


「おい、ヤクザ。

 てめえの金儲けは、本当に新撰組を倒す事には繋がらないのか!?」

「神代先生、抑えて下さい」

「……先の事は誰にも分からないって言ったろう?

 それにな、確かに武器を持っての新撰組討伐に、俺らが興味ねえのも事実ずら」

「なんだと?」

「へへへ、まあ見ていなせえ。

 何十年か前は、このラハイナが京の都のような存在だったそうだ。

 江戸ことホノルルに王様が移ったのは、人と金があちらの方が多かったからだ。

 こっちの金の方が多くなったら、ホノルルごと俺らが飼う事だって出来らあ。

 そうなったら、奴らの生殺与奪はこっちのものだ。

 それにな……」

「それに?」

「それにな、案外そうした方がハワイ王国としても幸せなのかもしれねえですぜ。

 へっ、俺ぁどうもやり方が違うだけで、ハワイ王国を立派にさせようって点で、幕臣の奴らと同じかもしれねえな。

 まあ、あいつらと違って無欲でやっちゃいねえがね」

 黒駒勝蔵の頭には、幕臣たちと無意味にやり合う未来ではなく、活気づいたラハイナの町に、政府関係者すら頭を下げて金策に来ている未来が浮かんでいた。

 そして、白人も華僑も日本人も皆、金を持って遊んでいる豊かな社会。


 藤田五郎が、攻撃を即断しなかったのも、そういう勝蔵の望む未来を垣間見たからかもしれない。

 もっとも彼の表情から、真意を読める者など誰もいないが。

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