カラカウア王初の外遊へ
ハワイ王国第7代国王カラカウアの治世が始まった。
彼は弟のレレイオホクを後継者に定める。
これで3回続けての国王選挙は無くなるであろう。
次に彼は、先代ルナリロ王が廃止を宣言した国軍を復活させる事を決めた。
警戒するアメリカ白人たちを抑える為に、軍務省を新たに設立した。
その多くはアメリカ系白人が占めたが、審議官の中には酒井玄蕃の名も記されていた。
軍は陸軍と海軍に分けられ、それぞれに白人の司令長官が就任した。
本来は榎本武揚を海軍司令長官、大鳥圭介を陸軍司令長官にしたかったのだが、両名から拒絶された。
相変わらず榎本は外洋艦隊司令官で、大鳥圭介は第1旅団長であった。
軍、警察とは管轄が異なる近衛隊が編制された。
基本的にハワイ人中心で編制され、伝統的にカメハメハ大王やそれ以前の武器や軍装で、式典等に花を添える。
その近衛の中に、親衛隊という特別部隊がいた。
それは機能的な洋服を着て、長大な刀を佩いた達人の部隊である。
式典、儀典用ではなく、王に危害を加える者を退ける武術家の部隊である。
日本人の土方歳三を隊長に、ハワイ人、欧州系白人、華僑、さらには移住して来た他のポリネシア系にアメリカ系も加わった。
平常な銃を携帯していないが、柔術に角力、拳法などで素手でも相手を制圧できるよう日々訓練をしている。
ルナリロによって丸裸に近くなったハワイの軍備を再編するが、完了までにはまだ時間がかかる。
そして、無防備にしてまで勝ち取った経済上の互恵条約を、相手を警戒させずに実を結ばねばならない。
中々難しい仕事な筈だが、カラカウアには前王には無い長所があった。
底抜けに明るいのである。
真剣に悩んで酒に溺れるより、当たって砕けろ的な楽観的なところがあった。
そのカラカウアは土方親衛隊長を呼び出し、彼が思ってもいなかった事を命じた。
「今年中に私はアメリカ合衆国を訪問するから、君も護衛として来て欲しい。
同行する者を何人か見繕っておいてくれ」
「へえー、鬼の土方君がアメリカ行きか。
あっちに行ったら価値観が変わるだろうが、果たしてどうなるだろうね?」
「かえってガチガチの攘夷論者になったりしてね(笑)」
「どうせなら、大統領の首でも取って来たら面白い。
あの国は大統領がよく暗殺されるそうだからね」
「面白そうだな。土方! 俺に代われ!」
夜、第1旅団司令部に顔を出し、そのまま宴会になってしまった。
酒の肴は土方のアメリカ行きであり、
(好き放題言いやがって)
と土方が渋面になる程、色々と言われた。
「やってるね!」
榎本ら海軍の面々も合流した。
彼等は日本酒よりも強い洋酒を持って来た為、さらに宴会は騒がしいものとなった。
貧乏くじは『もしこの場を敵が襲撃したら、一網打尽にされてしまう』という事で警備を命じられた新撰組である。
(敵って誰よ!?)
と文句たらたらで、かつての上官たちを警備していた。
「ところで、真珠湾はやっぱりアメリカの手に渡りそうかね?」
榎本が真面目な話をする。
周囲はバカ騒ぎしてうるさいが、土方は、これもまた真面目に答えた。
「その為の渡米になる。
国王は、先代の約束は全て実行して、やはり隙を見せないようにしたいようだ。
と同時に、アメリカがどれだけの物を欲しているか、見定めたいとも言っていた。
出来るならば、真珠湾以上を譲らずに済ませたい、との事だ」
酒に酔わない土方と違い、病気で酒を控えている中島三郎助は不満そうに、だが真面目な口調で語る。
「あの場所は軍港としては役に立つ。
湾口こそ狭いが、中は広く入り組んでいて、多くの軍艦を護りながら置く事が出来る。
あそこに大軍を置かれたら、我々では勝ち目が無い。
だが、そんな重要な場所だからこそ、アメリカも欲しいのだろうな。
土方君! 君は国王に従ってアメリカに行くからこそ、真珠湾を得たくらいで野心を持たないよう、しっかり補佐してやって欲しい!」
いや、たかが護衛役に何が出来る?と言おうとしたら
「中島殿! ご安心あれ! 我々も同行して大統領を脅しつけて来ますゆえ」
と伊庭八郎が赤い顔でとんでもない事を言うと、
「左様、こんな面白そうな事を土方君だけに任せてはおけない」
と酒のせいなのか分からないが、血走った目の今井信郎もそう言った。
「てめえらは随行の数に入ってねえぞ」
飲んでる癖に素面の土方がツッコムが、
「君が随行者を決められるって聞いたぞ。あれは嘘か?」
「君次第なんだろ? 俺を連れていけよ」
絡まれる……。
「てめえら、陸軍の大隊長サマだろうがよ!
軍務放棄して遊び行こうってのかよ?」
「ああ、大丈夫だよ。2人ともアメリカ視察ってことにしとく。
大隊の方は僕が面倒を見ておくよ。
いやー、楽しみだなあー」
「大鳥さん! あんたからして、なんて事言ってるんですかい!」
「僕は久々に書類仕事じゃなくて、部隊指揮をしたい。
2人は刀を持ってアメリカに乗り込みたい。
君は随行する腕の立つ者を探している。
三方丸く収まったじゃないか!
いやあ、めでたい、めでたい!」
土方が何か言おうとしたが、
「散々好き勝手にやって来たんだし、今度は俺たちの番だろ?」
と伊庭八に言われる。
「俺が? いつ好き勝手にやったって?」
「内務大臣と警察長官軟禁するわ、捕虜は人間が壊れるまでいたぶるわ、その癖首謀者の薩摩人は生かして帰すわ……」
「………(なんも言えねえ)」
「君、知ってるか? 白人たちは我々は野蛮人と呼んで恐れているんだぞ。
この悪名、半分、いや四に三は君のせいだろう?」
「………(全くもってその通りだ)」
「どうせ野蛮人だと思われているなら、潜在的な敵を先に斬ったとこで、評判は大して変わらんだろ」
「おい、今井! 誰を斬る気だ? 誰を斬ろうってんだ?」
「それは言えん」
「お前ら見廻組が殺した濡れ衣を、何故か新撰組が着せられた事を忘れたのか? 一体誰を斬るってんだ?」
「忘れたなあ、坂本某の事なんか」
「覚えてるじゃねえかよ!」
咳払いが聞こえる。
「僕としては彼等が行きたいってんなら連れて行ったら良いと思うが、それとは別な外国行の話もある。
日本に使者を派遣する事になった。
僕が外務大臣と話して決めた事だ」
「榎本さんが? 日本行の船なら酒井家から出てるでしょう?」
「外務省を通した正式の国使となる。
先のホノルル裁判所暴動に多くの日本人が関わり、それは我々に対する攻撃が目的であったことを捕虜から聞いた。
これに対する正式な抗議と、今後も干渉行為があれば即戦争だと伝えて貰う。
サンフォード・ドール氏にも行って貰う」
「そんな抗議を新政府の連中は聞きますかね?」
「国と国との使者で、ドール氏はカラカウア王の名代という事になる。
そして抗議の宛先は御今上だ。
我々をハワイに行かせた陛下に対し、新政府の行状を申し立てるのだから意味はあると思う。
それと……」
「それと何だい?」
「移民は今後、公家や武家は受け容れない事にすると伝えて貰う。
分かるだろう?
新政府は、政治的な敗者が再起の夢を持って移住したり、我々の再侵攻を望む声が大きくなるのが嫌なんだ。
公家や武家、はっきり言えば今後反乱を起こしそうな者は受け容れないとすれば、新政府の人間も多少は安心するだろう。
今後の移民は、商人、農民、漁師たちに限る」
その一方で、新しい日本人たちも欲しいと榎本は言う。
「さっき中島さんが言ってたように、アメリカが真珠湾に拠点を持って、本気になればこの国はおしまいだ。
だから対抗する我々も、もっと兵力が欲しい。
兵力は疫病に弱いハワイ人の数が増えれば何とかなるとしても、数が増えても銃も大砲も無い。
それを買う為に、稼げる者たちが必要だ。
最近では桑名、いや古奈松平の者たちが、真珠の採集を始めたようだが、これ等漁師の方が適任だからね」
土方は酒を飲み干した。
相変わらず酔わない。
「榎本さん、やっぱあんたは俺たちの束ねとして必要だよ。
そこまで先を見通す目を俺ぁ持っていねえ。
あんたは日本と上手く交渉し、俺たちをもっと強くしてくれ。
俺はその前にアメリカに行って、真珠湾以上の欲の芽を摘んでくるわ。
伊庭さんに今井さん、2人もあんたが言うなら随員に加えてみるわ」
「よし! 話がまとまったようだから、飲め!」
「切っ先三寸、久々に血に濡れる事を望む!」
「悪い酒はやめろ! あと今井、本当に人を斬る気なのか? やめろよ! 絶対やめろよ!」
酒宴は更けていった。
警備の新撰組隊士は思った。
(人を斬るってんなら、なんで俺たちを連れて行ってくれないんだ!?)
翌日、素面になった伊庭八郎、今井信郎から改めて随員の件を請願され、酔って言った事は
「全部冗談です! 真に受けないで下さい! 我々はこれ以上野蛮人と言われるのを望んでおりません!」
と釈明された。
土方は正式に両名を訪米の随員に入れた。
 




