ホノルル裁判所暴動始末(後編)
新撰組に限った話ではないが、幕末の対立陣営は大概おかしい。
「大義」の元、命は大分軽い。
「天誅」という言葉等、「天に代って誅殺してる」という理屈だから、自分が殺しているという罪悪感は無い。
ただでさえ自分以外の命を軽く考えている武士に、「天に代って」という理論武装させてしまったらたまったものではない。
新撰組は、そういう志士たちから市中を守る役割であったのだが、それ故にこっちもまた狂信的である。
鉄の掟で固め、随分と掟に背いた身内を殺している。
内に対してすらそうなのだから、敵に対してはもっと凄まじい。
それを伝えた者が1人を除いて「存在しない」のだから、詳細は分からないが。
「伊牟田尚平だな?」
土方歳三はそれだけ聞くと、返事も待たずに棒で何度も伊牟田を殴打した。
「総裁、こいつはいくら責めても悲鳴一つ発しません」
「知ってる、んな事ぁな」
「はっ……、では何故殴られたのですか?」
「薩奸は気に食わん。だから殴っただけだが、なにかおかしいか?」
……拷問ですらなかった。
土方歳三は薩摩人という、幕末の日本人の中でも、更に変わり種の蛮人(日本人全体が蛮人だが)の口を割る方法は、とっくに心得ていた。
「薩奸は気に食わんが、俺ぁ西郷吉之助って男は評価してるぜ。
……てめえのような蜥蜴の尻尾を平然と切り離して涼しい顔をしていられる、あの冷酷さだ」
伊牟田が目を剥いた。
「その西郷も、大久保一蔵によって切り捨てられたようだな。
因果応報ってやつだろうな」
土方は西郷隆盛を褒めながら、徹底的に貶す。
その度に伊牟田の縛られた身体から殺気が漲って来ている。
そして
「その西郷も薩摩でいずれ野垂れ死にするだろうよ。
てめえは今ここで死ぬから、故郷なんざ関係ねえだろうがな」
そう言った後、伊牟田の放つ気が変わったのに気づく。
「なんだ? まさかてめえ、薩摩に帰りたいのか?
西郷の元に行きたいのか?」
伊牟田は返事をしないし、表情も変えないが、土方はそれでも心の奥底を読んだ。
「西郷なんかのとこに行きてえのかよ(笑)。
あの冷酷な男のとこに。
てめえも変わった男だな」
やはり西郷の悪口で、伊牟田の雰囲気は変わる。
(分かりやすい野郎だ)
土方がそう感じたという事は、もう伊牟田から情報を聞き出せると確信を得たのと同じ事であった。
「おい、人払いしろ」
土方が命じ、拷問する者もされる者も、土方と伊牟田の傍から離された。
誰もいないのをみて、土方は伊牟田に言った。
「てめえは今日ここで死んだ事にして、薩摩に送り返してやってもいい。
本間の船に乗せて、鹿児島で下ろしてしまえばそれで周囲には分かりやしねえ。
どうだ?
言っておくが、俺も侍だ、口約束と言えど約束は必ず守る。
てめえが今従ってる野郎に殉じて死ぬか、西郷の下で死ぬか選べ」
外に出された平隊士が、原田左之助に話しかける。
「土方さんって、あんなに恐ろしい人だったんですね?」
「え? どこが?」
原田の反応に、隊士は驚く。
「あんなの、幕末の京都じゃ普通だって。
お前さん、いつの入隊だ?」
「戊辰の頃です」
「ああー、それじゃ知らないんだな。
でも、副長の本当の怖い部分は、ああいう拷問とかじゃないぞ。
同士を切腹させる隊規の厳しさとかも違うぞ。
本当の恐ろしさはなあ…………、
まあ、その内分かるだろうさ」
そう言ってはぐらかした。
土方は伊牟田から情報を聞き出し、そして約束は守った。
伊牟田尚平という男は、ホノルルで拷問によって死亡、そういう事になった。
拷問していた白人の中から、
「こいつ、なんか伊牟田に似てるな」
そういう理由で、一人が首を飛ばされた。
首は通りに晒されるが、政府関係者が急いでやって来て、早々に撤去される事になる。
それゆえ、伊牟田が殺された、首が晒された、という話だけがラハイナに伝わる事になる。
アメリカ西部から招かれた無法者は
(金輪際、こんな野蛮な連中に近づくものか! インディアンの方が遥かに紳士的だ)
と決意した。
白人たちは国外追放となり、新撰組に捕らわれた者は、軍に捕らわれ紳士的に扱われた者との扱いの差に愕然としつつ、「恐ろしく野蛮な奴がいる」と新撰組の恐怖を伝染させる事になる。
彼等は幸せである、生きてハワイを出られたのだから。
騒動を大きくしようとした日本人の内、新撰組に捕らわれた者は、結局全員首だけとなった。
「伊牟田の首」同様、早々に撤去させられたが、白人社会には都市伝説じみた悪名となって伝わり、ハワイ原住民たちは久々に生贄を見られたと喜んだ。
伊牟田尚平は密かにホンマ・カンパニーの船に匿われ、薩摩に送り返される事となった。
その伊牟田から情報を聞き出した土方は、マウイ島にいる藤田五郎に伝令を送った。
「黒駒勝蔵とやらの巣を突っついて来な」
と。
新撰組一番隊と比呂松平家の応援合わせて30人がラハイナの裏町に突入しようとする。
「旦那方、どちらにおいでで?」
日本語で問いかけられる。
見ると、裏町のあちこちから、新撰組は狙われていた。
港湾労働をしている華僑の苦力は巨大な中国刀を手にしていた。
裕福な、商店を経営する華僑は小銃でこちらを狙っている。
白人たちも、小銃や拳銃を持ちながら、彼等を睨んでいた。
「藤田隊長、これは……」
隊士は怯んだ。
相手は町全体とも言える。
「旦那方、一体どのようなご用件で?」
シャツに半ズボンのあやしい日本人が声をかける。
藤田五郎は表情だけは笑顔で答えた。
「散歩ですよ。真夜中のね」
「それにしては、帯刀に拳銃携帯、後ろには銃隊と物騒ですね」
「そうだね。今日は出直してくるとするよ。
君たちの親分さんによろしく言っておいて」
藤田は踵を返した。
「隊長!」
「いいから。帰るぞ」
「納得いきません!」
「そうです。士道に背く……」
「うん、そうだね。不満があるなら、ホノルルに送っておいて。
ただし、状況は余さず全てを書いて……」
笑顔の下の、笑い目の奥から殺気が来る。
監察の尾崎が言った。
「それでは、自分が土方さんに報告致しますので。
今あった、逃げて来た事を全てを記して」
「そうしてくれたまえ」
欠伸をしながら藤田は引き返していった。
(手の内晒すんじゃなかったかな。それとも、全部見せた方が今後の交渉には役立つか?)
黒駒勝蔵も悩んでいた。
分かってはいたが、藤田五郎は食えない男だった。
白人もハワイ人も華僑も皆味方になっているという事実は、新撰組をしても討ち入り等出来ないと判るものである。
しかし、それくらいの実力だという事を、相手は見極めて帰っていった。
まったく、武士道とやらに従って、少数でも背を向けずに戦いを挑んでくれた方が御しやすかったものを。
「追わんのか? ヤクザ」
「追いませんよ。先生。あんたが、あの堂々と背中を向けて去っていく奴の怖さを感じんわけないですろう?」
「まあ、確かにな。
こっちに入って来て、四方八方から襲い掛かれば勝ち目はあったが、今奴を襲うには背後からしかない。
なのに、背中に目でもついてるかのような感じがする。
行ったら返り討ちに遭うな」
「ヤクザはね、堅気の者は戦争に巻き込まないもんなんですよ。
巻き込む時は、単にこっちには数がいるぞって脅しなだけ。
実際に戦わないから喜んで参加してくれますがね、一人でも死人が出たらあっしらはそっぽ向かれますぜ」
そう言って、黒駒勝蔵と神代直人も引き返した。
(親分さんによろしく、か。またこの次がありそうだな。難儀な相手だ)
そして黒駒勝蔵は、味方してくれた手下たちに酒や金を振る舞い、そして考え込んだ。
(まだ足りない。まだ今は俺の赤城山は弱い。もっと豊かにならないとな)
ラハイナから「詳細な」報告がホノルルに届いた。
局長・相馬主計は
「藤田君には三日の謹慎を命じ給え。あと、三ヶ月の減給」
と、形式的に処分を下した。
土方は藤田に「巣を突っついて来な」と言ったのであり、首を持って来いとは言っていない。
ミツバチの巣と思って突っついたら、凄まじい数のスズメバチが攻撃態勢で待っていたって事だ。
当然相手は、ミツバチの王ではなく、スズメバチを統率する王であろう。
(黒駒勝蔵。名は何となく聞いた事があるが、それ程の男か……)
報告は土方歳三にももたらされた。
土方は榎本武揚、大鳥圭介らと情報交換をした。
「捕虜から得られた情報で、敵の大本は我々がハワイに居る事を面白く思わない、新政府の高官。
元官軍の長だった公家の名が使われているが、黒幕はそっちではない。
だが、黒幕と言ってもこんな遠くに及ぼせる力は無く、降りかかる火の粉として払えば良いだけだ。
読めないのが、ラハイナに巣食った甲斐の侠客・黒駒勝蔵。
奴は戊辰の頃に『志士』の真似はしていたが、今ここでしているのは、俺たち憎しで動いた『志士』とは明らかに違う。
奴だけが読めない。
奴だけが攻めるに攻められない」
「黒駒は、我々のように一部の白人を敵に回してはいない。
豊かな白人も貧しい白人も、あらゆる人種が奴を親分として慕っている。
今回、『志士』たちを送り出したり、匿ったりしていたようだが、奴自身の考えは違うところにありそうだ」
情報をまとめて、榎本が総括した。
「認めざるを得ないが、黒駒勝蔵もまた、ハワイ王国の中に国を作っている。
侠客風情と侮ってはいけない。
ラハイナを攻めるには、国を落とす時と同じ細心さが必要となろう」




