ホノルル裁判所暴動始末(前編)
1874年2月12日、デーヴィッド・カラカウアは選挙で当選したという報告を正式に受け、第7代ハワイ王国国王に就任した。
同日、対立候補であったエンマ女王は敗北を認める声明を出し、暴動を起こした自分の支持者に代っての謝罪と、今後の国家の安定を願った。
翌2月13日、新国王カラカウアはアメリカ領事館より苦情を受ける。
まずは選挙の結果で国民が暴動を起こした未開ぶりに対する非難。
続いて自国民の保護の為に上陸をしようとした海兵隊を、ハワイ海軍が妨害した事への非難。
そして合衆国国籍も同時に保有している内務大臣が、一警察の部隊長によって指揮権を奪われた暴挙に対する非難であった。
「ハワイ人が未開と言われるのか?」
「そうだ、選挙の結果は厳正に受け止めなければならない」
「ハワイ人の全てがそうだと言われるのか?」
「全て、とは言わないが……」
「確かに暴動を起こしたのはハワイ人であり、それによってアメリカ国籍を有する者への危害が及んだ。
国王として謝罪をしたい。
だが、そのアメリカ系議員を救出したのもハワイ人である。
ハワイ人は全てが暴徒ではなく、ほとんど全ての者は選挙結果を厳粛に受け容れたものです」
アメリカ領事はそれ以上は言えなかった。
さらに追い打ちで
「他の島では全く混乱が起きていません。
これはハワイ人が十分に民主的であるからだと言えませんか?」
特にハワイ島において、各地に完全武装した「侍」が警備にあたっていた為か、何も起きなかった。
カウアイ島でも「侍」が要所を警備していて、ここでも何も起きなかった。
マウイ島には、新撰組一番隊という警察組織が居たが、ここでも何も起きず、警察部隊は出動すらしていない。
白人経営の農園の多いラナイ島やその他の島でも暴動は起きなかった。
ゆえに「全ハワイ人が」とする文句はつけられなかった。
(せめてアメリカ海兵隊が上陸し、暴動を鎮圧していればイニシアチブを握れたものを……)
アメリカ公使は、海兵隊上陸を阻止された事への非難に移った。
だがこれも
「誰の依頼で上陸しようとしたのですか?
国王はその時は不在で、代理となるのは議会の依頼となりますが、そうなのでしょうか?」
(白々しい……)
アメリカ公使は唇を噛んだ。
選挙の為に議員たちはホノルル裁判所に集まっていた為、議会による米軍出動要請の議決等出来るわけがなかった。
大臣1人の依頼でも、越権行為と知りつつ既成事実を作りたかったのだが、それを阻止された。
「確か、ハワイ王国は国軍の解散を宣言していましたな。
我々の軍艦を阻止したのは国軍ではなく、私兵集団ではないのですか?」
この非難に対しカラカウアは
「国軍の解散は宣言されましたが、手続き上軍の解体は終わっておりません。
協定により、今いる軍隊はあと5年間は存在が保証されています。
解散は”宣言された”のみで、実際にはまだ存在し、国がそれを管理しています。
事実上の国軍と言って良いでしょう」
「詭弁だ!」
「私は先代国王の軍事補佐官で、その任は解かれていません。
軍隊は解散に向かって手続き中なだけで、きちんと軍を管理する上位機関は生きていますぞ」
「解散を宣言した以上、最早国軍ではないだろう」
「アメリカは軍艦を何隻もお持ちですね、羨ましいことです。
その内の旧式艦を廃艦と決めた場合、その瞬間から軍籍は外されるのですか?」
「そ……それは……」
「確か現役登録から予備役に変わり、解体に関わる機関の所属となり、それから解体が先か軍籍解除が先か、ケースバイケースでしたな。
というのも、一度廃艦と決めてから、再度現役に戻す場合もありますし、解体を延期して放置状態というのもありましたな。
そんなに簡単に軍の処理は終わらない事を、お国でもご存知でしょう」
(この男は、酒飲みの歌とダンスが好きな怠け者では無かったのか?
なんでこんな専門的な事を知っているのだ?)
アメリカ領事は、他の非難もまともには通らないと感じた。
「さて、実りの無い話は終えて、実務のお話をしましょうか。
真珠湾の貸与に関する件ですが、よろしいですか?」
アメリカ領事は苦虫を噛み潰したような表情だったが、その奨めに従った。
内務大臣と警察長官を一時的に軟禁し、指揮権を奪った罪で、土方歳三は警察に拘束されていた。
(嫌われるのは慣れっこよ)
土方はそう心の中で呟いていた。
カラカウア新王の依頼で、サンフォード・ドールが土方の弁護にあたる。
(あの男、どこまで俺なんかの為に動くかな?)
懐疑的な土方だったが、ドールは弁護士としての義務は果たした。
彼はまず、他の警察官の証言を元に、内務大臣と警察長官の無作為について批判した。
さらに資質に問題ありとした。
その上で「無作為と無能によって暴動を助長した」として殺人・傷害・暴動の幇助で告訴する手続きに入った。
すると相手方から取引の申し出が来た。
そんな不名誉な件で起訴されるより、取引で適当なとこに落とし込もう、となった。
意見を調整した結果、
「土方歳三は新撰組総裁を辞任する」
「その代わり、反乱や秩序紊乱の罪には問わない」
「土方の越権行為は無かった事とし、遡って出動と鎮圧の命令が発せられた形にする」
と決まった。
土方はその報告を聞き、
「俺は馘首か。それはそれは」
と笑ったが、ドールはただの馘首では無いと伝える。
「総裁がいて局長がいる、君の部隊はよく分からない。
だから局長に指揮権を一本化し、君は別の任に就いて貰う」
「別の任?」
「国王の親衛隊長だ。その刀をもって、我が友カラカウア陛下を護るのだ」
土方はしばし考え込んだ。
彼は新撰組からは離れたくはなかったのだから。
だが、それを受ける事にした。
一つには、新撰組を警察の一部門というより、内乱鎮圧用の特殊部隊として独立させる事を聞いたのがあった。
(俺の辞職はどうしても必要らしいな。
だが、俺の首一つで新撰組が元の裁量を取り戻せるなら、それは悪くない)
そして、彼の選ぶ剣士で親衛隊を結成出来るという。
銃の保持は認められない「儀仗兵的存在」と言われたが、一方で「王に危害を加えるなら、隊長の判断で攻撃して良い」ともされた。
土方は新撰組は相馬主計に任せ、新たな任に就く事になった。
カラカウアの許可により、米英の軍艦から海兵隊が上陸し、自国民の保護に当たる事となった。
もっとも、昨晩の内に暴動は鎮圧され、形式ばかりの居留民保護活動となったのだが。
イギリスの部隊は、エンマ女王の離宮に向かった。
そこに暴徒の一部が居ると聞いたからである。
エンマ女王の離宮の周囲は日本人部隊の第3大隊が警備をしていた。
彼等は敬礼を交わし、紳士的に話し合った。
「暴動に参加した者を引き渡して貰いたい」
「ここにはそのような者はいない」
「では、暴動に関しエンマ女王の責任を問いたい」
「女王は無関係である。暴動前日から我が軍が警備に当たっていて、暴動に対し指示や示唆は行っていない」
「この周辺で戦闘があったと聞いたが」
「不逞な日本人と白人が襲撃して来た。捕虜の中にイギリス人がいるというなら引き渡すが?」
「引き渡しは不要である。ところで、彼等は選挙結果を不服としての襲撃をしたのか?」
「尋問の結果、単に争乱を拡大するのが狙いで、思想的背景は無いようだ」
「こちらでも尋問したいが、よろしいか?」
「よろしい。ただ、その前に女王陛下に謁見なされると良い。
選挙で敗れたとは言え、第四代国王の共同統治者です」
イギリス兵はエンマ女王に謁見し、挨拶を交わし、日本軍陣地にいる捕虜に2、3尋問をしただけで引き上げた。
本国より、問題が無い限りは特に高圧的に出るな、という命令が来ていたからでもあった。
エンマ女王の離宮やカラカウア邸で日本「軍」に捕らわれた者たちは幸福だった。
指導者の榎本武揚が、西洋の事情に詳しく、国際法に精通していた為、過酷な取り調べはされなかったからだ。
ホノルル港倉庫街で捕らわれた者たちは、人種を問わず不幸だった。
無法者が
「弁護士を呼べ!」
と泣き叫ぶくらい、人権? 投降した者の保護? 拷問の禁止? なにそれ?という行為をされたのだ。
カメハメハ大王は「ママラホエ・カナヴィ」という、戦時国際法の先駆けとなる、民間人や非戦闘員の扱いを決めた法を制定している。
だが新撰組にとって、そんな話は知らない。
彼等は「正月には一切の殺生を禁じる」というハワイの禁も、都合によって使い分ける。
遵法精神なんて無い、結果が全ての組織である。
西部から来た無法者が
(俺たちやギャングの連中やインディアンどもはまだ甘かった。
どうしてこんな野蛮で残酷な奴らが警察として堂々と振る舞ってるのだ?)
と、現実逃避がてら考えたくらいの酷さである。
現実逃避から戻って来ると、逆さに吊るされ、足を釘が貫通し、そこにロウソクが立てられ炎が揺らめいている事実が見えてしまう……。
隣では、耳を削がれ、原型を留めていない顔を、何度も水を貼った樽に突っ込まれて息も絶え絶えになっている東洋人がいた。
東洋人こと日本人への拷問で何が聞かれているかは分からない。
自分たち白人には、アメリカ政府の指示で暴動を助長しようとしたのか? その他の陰謀は無いのか? を聞いて来ている。
彼等はそんな事実は知らなかったが、知らない事は許されないようで、拷問が行われる。
陰謀は有ったとか言っても、回答が気に食わないとまた水樽に沈められる。
一体何を話したら気に入るってんだ?
そう思って横を見た。
この暴動に乗って騒ごうと持ちかけて来た巨漢の日本人が、自分たちよりさらに酷い責めを受けていた。
(まだ上があるのか?)
と泣きたい彼等とは違い、その男はどんな酷い目に遭わされても悲鳴ひとつ上げない。
(こいつはおかしい。俺はなんでこんなクレイジーな連中と関わってしまったのだ……)
と後悔していると、一人の男がこの場所にやって来た。
黒いダンディな服を着た、痩身の優男なのだが、纏っている空気が明らかにヤバかった。
その男が、黙って拷問を受けている大男に近づいた。
いきなり傍にあった棒で、首が折れるのではないか?という勢いで殴りつけてから口を開いた。
「薩摩の伊牟田尚平で間違い無いな?」




