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ホノルル裁判所暴動(後編)

 戦いは、事が起こる前から始まっていた。

 ラハイナの黒駒勝蔵は、日本本土やオアフ島のハワイ王国首都の様子を探る為に、手駒をホンマ・カンパニー他、商船の船乗りに潜り込ませていた。

 船乗りは、今も昔も命掛けの仕事である。

 商社マンは自らは船に乗り込まず、船長他船員は雇っている。

 その為日本企業の船ながら、他国の船長というのは普通にある事なのだ。

 そして船乗りは、港につけば命の洗濯をする。

 酒を飲み、女と遊び、一攫千金を夢見て博打をする。

 そういう船員は、黒駒一家からしたら良いお客様であり、身内を紛れ込ませても分からないものである。

 無論、船を操る能力、船上で仕事を出来る能力は必要であるが。

 黒駒勝蔵は船員を介し、ラハイナに居ながらにして数多くの情報を得ていた。


 逆もまた真であった。

 新撰組も密偵を船員として潜り込ませたり、船員と懇意になって情報を得たり、買収したりしていた。

 土方歳三と黒駒勝蔵、両者の経歴も、幕府か新政府かの選択もまるで違いながら、情報を得る手法は同じであった。

 日本人に限らず、現地ハワイ人、華僑、さらには白人すら部下にして、バレないように各地に潜り込ませていた。

 見え見えの間諜にはあえて同じ日本人を使い、非日本人を使っていると悟らせないよう工夫していたのも似ている。


 土方は、ラハイナへの廻船に乗り込む船員や、新撰組の間諜から、「かつての不逞浪士」どもが何かを仕掛けるという情報を既に得ていた。

 そして住民投票の終わった日の夜、投票箱を持った船が入港して来た。

 その混雑に紛れて、不似合いな日本人を見つけた時、手当たり次第捕らえた。


「榎本さん、営倉借りますよ」

 と、屯所ではなくあえて日本人部隊の駐屯地に不審な日本人を連れ込み、尋問した。

 中には無関係の日本人もいて、本間家に後で謝罪する事になったりもした。

 だが、有無を言わさず捕らえた中には、騒動を意図的に起こそうとする過激派が確かに居た。

 土方と新撰組は、ハワイ王国政府要人が見たら「人権が」とは言わないまでも「やり過ぎ」とは確実に言われる過酷な拷問をした。

 同じ日本人である陸軍兵士すら目を逸らす程の責め苦である。

 ほぼ「リンチ」の中から、騒動が起こった場合にそれを大きくする、カラカウアやエンマ女王の邸宅を攻めて焼く、日本人部隊の駐屯地及び新撰組屯所を攻める、ホノルルを火の海にしてその責任をホノルルにいる日本人の仕業とする、白人にも危害を加えて日本人と対立させる、その証拠をあちこちに残す、という情報を得た。

 これだけの情報を得る為に、捕らえて拷問にかけた4人のうち、3人は死んだ。

 残り1人も、足の指は既に8本切り取られ、両手の指全てに鉄串が突き刺されていた。


「夜が明けたか。時間が無えな」


 土方は、内務大臣と警察長官に呼ばれ、決戦投票が行われるホノルル裁判所から少し離れた場所で待機する事になっていた。

 無論彼は、選挙結果に不満な層が暴動を起こす可能性を伝えるつもりではあるが、白人の上長は今一つ信用していなかった。

 土方はそこに行く前に、新撰組で相馬主計と打ち合わせをした。

 拷問の是非はともかく、相手の目標が分かった為、榎本武揚は艦隊を率いて海に出た。

 その前に彼は英国領事に使者を送り、不当な内政干渉をしないよう頼んでいた。

 既にエンマ女王の離宮、カラカウア邸には兵を送っていたが、他に議事堂や王宮にも警備部隊を送り、駐屯地は大鳥圭介が直接守備する事になった。


 かくして暴動が起こる前に、暴動は起こる前提での日本人部隊の配備は終わっていた。

 仮にハワイ人が選挙結果に納得したとしても、不穏分子を装って日本人の過激派が代わりに暴動を起こすのは確実だと見ていた為である。


(問題は、どういう意図があって暴動を起こすのかが、いまだはっきりしない)

 土方の疑問はそこであった。

 何が目的で日本人を貶めるような行動に出るのか?

 捕らえた者はそこまでは知らないようだ。

 ただ暴れられる、威張り腐った新撰組に一撃を与えられるから、それだけだった。

(以前、永倉新八が臭わせて来たように、新政府の陰謀でもあるのか?)

 彼は、今回は切り捨てずに、捕縛出来る者は捕縛せねばと考えた。




 ホノルル裁判所前の暴徒は、同じハワイ人の突撃部隊によって蹴散らされた。

「この裏切者! 白人に尻尾振るのか?」

 という女王党の叫びも、問答無用で叩きつけられる棍棒や槍の一撃にかき消される。


 現地ハワイ人は、新撰組に憧れていた。

 野蛮で強くて容赦しないからである。


 現地ハワイ人は、同時に新撰組を恐れていた。

 野蛮で強くて容赦しないからである。


 銃声がした。

 数発、突撃したハワイ人に命中した。

 だが狂奔する彼等は、銃弾が当たろうがそのまま突撃し、逆にその血走った目を見た暴徒や野次馬が逃げ出していった。

 そしてホノルル裁判所は解放された。

 ハワイ人隊士の手によって……。


「直ちに救護班を呼べ!」

 ハワイ人突入隊は、別部隊であるがハワイ人警官に病院への搬送を依頼した。

 土方歳三が、傍観しつつ命令系統にのみこだわる白人の上長から一時的に指揮権を強奪した為、ハワイ人警官隊は指揮官の気質が乗り移ったかのようにキビキビと動いていた。


 暴動で、投石や銃撃、さらに選挙結果無効を訴えての暴力で、議員十数名が負傷していた。

 だが、それを救出したのもまたハワイ人たちだった。

 白人議員の中には複雑な表情の者もいた。




(土方め、ハワイ人たちを死兵にしやがった……)


 先ほどハワイ人新撰組隊士に向けて銃を撃ったのは、暴動を大きくしようとする「志士」の仲間であった。

 それで血が流れ、暴動が拡大する事を狙ったのだが、隊士は命中も気にせずに突撃し、その気迫で暴動を鎮めた。

 彼は裁判所に突入した後で倒れ、病院に運ばれていったのだが、「志士」たちをそれは知らない。

 「志士」たちには、侮っていたハワイ人が「死を覚悟して突撃する」かつての壬生の新撰組のようになった事が忌々しかった。

(失敗した以上、さっさと引き上げないと……)

 「志士」の一団はホノルル裁判所前から姿を消した。


 エンマ女王の離宮には、女王党の者たちが数名逃げ込んで来た。

 離宮は今井信郎の部隊によって守られている。

「武器を捨てて降伏せよ。そうすれば、悪いようにはしない」

 ハワイ語で彼等を説得し、武装解除した。


「彼等をどうする気ですか?」

 支持者の前に姿を現したエンマ女王は今井に問う。

「何もしません。いえ、彼等は何もしてないのですから、しばらく離宮に居て貰います」

「どういう事でしょうか?」

「彼等が大人しくこの離宮に留まり、貴女が証人となれば、彼等は暴動に参加していなかったって事になります」

 女王は今井の言った事を理解し、支持者たちを説得した。

「私を支持した皆さん。

 皆さんは今日は朝からこの離宮で私を守ってくれていました。

 そういう事になりますので、彼等の指示に従って下さい。

 皆さん、私の為にありがとうございます。

 今度は私があなた方を護ります」

 女王の発言に、暴徒だった者たちは涙を流し、大人しく従った。


 その離宮の外側では戦闘が起きていた。

 エンマ女王を襲撃し、その罪を旧幕臣たちに着せようとした一団、日本人と白人の混成集団だったが、彼等は完全武装した軍隊の前に行く手を阻まれた。

(どうしてバレたんだ?)

 その疑問に今井信郎ならこう答えただろう。

(誰を暗殺すれば何が起こるか、そんなのは京都で散々実践済みだ。

 お前らがしようとした事なんて、同じく暗殺者に戻って考えてみれば分かる)

 拳銃(ピストル)騎兵銃(カービン)で武装した十数名は、歩兵銃と三十斤砲で武装した陸軍部隊によって攻撃され、破れかぶれで反撃するも多くが死亡し、数名が捕虜となった。

 捕虜となった白人も日本人も、同じ残酷な未来が待ち構えている……。


 戦闘はカラカウア邸前でも起きた。

 人数が多い方が威力の高い兵器を持ち、要所を抑えて待ち構えているのだ。

 勝敗は分かり切っていた。

「日本人も中々やりますね」

 サンフォード・ドールが感心する。

 ここの守備隊長たる伊庭八郎は頭を下げると、

「守ってやった代わりとは言いません。

 土方歳三氏の弁護の件、よろしくお願いします」

 そう弁護士であるドール氏に頼んだ。


 伊牟田尚平率いる部隊は、日本人部隊の駐屯地も、新撰組屯所も、油断なく護られているのを見て襲撃の失敗を悟った。

 あとは逃げ延び、再起を図るまでである。

 彼等はホノルル港の、黒駒勝蔵の息がかかった倉庫に逃げ込もうとした。


「やっぱりここに来たか。土方さんの読みは凄いなあ」

 そこには新撰組二番隊、原田左之助が槍を持って待ち構えていた。

 詳しい場所までは分からないが、彼等が逃げ込むならすぐに船に乗れるホノルル港で、人数からいっても倉庫になると読み切っていた。

 ハワイ移住以来、常に市中警備や軍事訓練に明け暮れていた旧幕臣たちと、数年は機を待つ為にヤクザの元で手持ち無沙汰で暮らしていた者の差が出た。

 「志士」たちはナメ切った計画を立て、それが事前に漏れるという事に思い至らなかった。

 幕末の京都の志士たちですら、誇大妄想としか言えない計画を立てては、新撰組や見廻組や会津藩士らに察知されて潰されていた、。

 南国で監視する者も居らず、気だけ大きくなっていた彼等は、その悪い部分が拡大していた。


 だが「志士」たちはここで最後の意地を見せる。

 捕り手で斬りかかった隊士もまた、南国でとある警戒を忘れていた。

 かつて新撰組局長近藤勇は隊士たちに言った

『薩摩の初太刀は絶対に受けてはならない、何が何でも外せ』

 というものを。


「きぃぃぇええええええええええ」

 南国の夜空に、猿叫が響く。

 余りの大音声と奇怪な声に、窓から顔を出して覗く者たちも出た。

 新撰組二番隊の隊士3名は、伊牟田尚平の薬丸自顕流によって、瞬時に絶命した。

 一人は袈裟懸けに、真っ二つに切り裂かれ、斜めにずり落ちる上半身を見た白人野次馬は数年トラウマに苦しめられたという、。

 だが伊牟田の奮闘はそこで終わりだった。

 3人を斬った後、僅かに息をついた。

 その刹那、原田左之助の持つ槍の石突が、彼の胃の腑の辺りを強打した。

 体が動かない、そう感じた直後、槍の柄でこめかみ辺りを強振され、この薩摩人は吹き飛ばされた。


「捕縛しろ」

 残った隊士は伊牟田を縄で縛り上げた。

 それを見た「志士」の中には、舌を噛んだり、首に刃を当てたりして自害する者も出た。

 白人のならず者は

「クレイジー……」

 と漏らすと、拳銃を捨てて投降した。


 暴動は鎮圧された。

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