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エンマ女王立つ

 1874年、第2回ハワイ国王選挙が発表された。

 本命のデーヴィッド・カラカウアと、「無投票で当選を決めた!八百長だ!」とする批判を防ぐ為かバーニス・ビショップという白人の立候補があった。

 ビショップは、ルナリロ王の外務大臣を務め、またカメハメハ大王直系最後の王女・パウアヒを妻としていた。

 ……先々代カメハメハ5世の恋敵とも言えるが……。

 ハワイ王族と、その伴侶ではあるが一介の白人、どちらが勝つかは明白と思われた。

 だがここに別勢力が参戦する。

 カメハメハ4世の妻で共同統治者だったエンマ女王が立候補したのであった。




 エンマ女王は、カメハメハ大王の実弟(異母弟に非ず)の子孫で、大王の血筋が減った中、相当な権威を持っていた。

 相当な美女だった為、夫のカメハメハ4世は時に嫉妬を覚え、自身の秘書官であるイギリス人との関係を邪推してしまい、泥酔した時に拳銃を持ってその男の家に押しかけ、そのまま射殺してしまった。

 実際には誤解だった為、4世は後悔したという。

 まるで「細川忠興とガラシャ夫人の植木職人の話」のような逸話である。

 その美貌の為、4世死後に兄のカメハメハ5世、遠縁のルナリロからプロポーズを受けた。

 その時期、息子と夫を相次いで失った為、精神に異常を来していたようで、彼女は両者のプロポーズを受け容れなかった。

 5世の勧めもあり、しばらくイギリスに滞在し、ヴィクトリア女王の歓迎を受けた。


 アメリカ系白人から見れば、夫ともども明白な親英派だった。


 ハワイ人から見ると、偉大な大王の血筋であると共に、カメハメハ4世時代の善政の記憶があった。

 彼女は議会に反対されたハワイ人の為の病院を、私財を(なげう)って建設した。

 またハンセン病患者の為の療養施設も、これまた私財を投じて建設した。

 特に福祉行政で実績があり、ハワイ人からの人気は高かった。


 このエンマ女王は、カラカウア・カピオラニ夫妻を嫌っていた。

 カラカウア夫妻が再婚した時、丁度カメハメハ4世の喪中だった。

 それ以前は、最初の夫との子を亡くしたカピオラニを、王子の乳母に雇う等と気に留めていたのだが、この結婚以来嫌悪するようになった。

 そんなエンマ女王の下に、元ハワイ王国軍人らが集結した。

 彼等は「エンマ女王党」という政党を結社し、女王に国王選挙への出馬を要請した。

 女王も、新王候補カラカウアへの不満もあり、立候補を決めた。

 ハワイ人たちは大喜びをし、女王党は一気に勢力を拡大した。




 カラカウア陣営は真っ青になった。

 選挙対策本部長的役割のサンフォード・ドールが見るに、エンマ女王の支持率の方が高い。

 せめて白人支持層だけでも固めておかないとならない。

 この選挙対策本部には、対立候補な筈のビショップも顔を見せていた。

 折角故ルナリロ王が取りまとめたアメリカとの関税撤廃協定、その代償としての真珠湾租借を実現させねばならない。

 カラカウアはこの批准を約束した。

 エンマ女王は?

 彼女はハワイの土地をこれ以上外国に渡さないという、旧ハワイ国軍の支持を受けている。

 真珠湾については反対と見られる。

 関税撤廃については、どれだけ知っているのか分からない。

「そこが攻めどころだろう」

 ビショップは言う。

「女王は4世の死後、海外で転地療養をしたり、離宮に籠っていたりと、現実の政治から遠ざかっていた。

 病院や福祉への協力はあったとしても、今決まりかかっている協定をひっくり返す事は得策ではない。

 だが、彼女の支持者はそれを全く分かっていない」

「成る程。現実の政治をどうするのかを問うならば、ハワイ人ですらカラカウアを支持する事になるか」

「いやドール君、そこまで単純ではないよ。

 それを言って支持を集めても、それでも単純な得票差では女王の方が勝つだろう」

「では、現実の政治観を問うのは一体の何の為かね? ビショップ君」

「選挙は得票率を受けて、議員が決戦投票をする。

 その議員に彼女で良いのかを問えば、最終的にはカラカウアが勝つだろう」


 カラカウアという男は、かつてルナリロとの選挙において、大差で敗れていた。

 「大酒飲みの、歌と踊りが好きなだけの怠け者」というもっぱらの噂であった。

 かつては反米ではないか?とも思われていた。

 だが、親米国王のルナリロの下で補佐官として精勤し、条約交渉でも反米的な動きはせず、むしろ後押しするように動いた為、白人層は考えを改めていた。

 改めていなかったのは、むしろ元国軍軍人たちであった。

 彼等「女王党」はカラカウアを徹底的に中傷した。

 カラカウアのネガティブキャンペーンに勤めた。

 そして、それは見事に逆効果だった。

 ハワイ人の中からすら、女王党の下品さに嫌気が差し、カラカウア派に転じる者が多発した。

 女王党の自殺点もあったが、それでもまだ女王党有利という状況であった。




 この選挙において、昨年と同じように日本人たちは蚊帳の外だった。

 だが、昨年の選挙と異なるのは、今回は両陣営とも彼等日本人とは関わりがあった事だった。

 エンマ女王は、日本人の悲願の一つ「ハワイ人のこれ以上の減少を防ぐ」為、病院設立活動に協力をしてくれた。

 もう一方のカラカウア派は、最近つき合いの深くなった王族である。

 どちらが勝っても、負けても、無関係ではなかった。

「去年の方が気安く見ていられましたな」

 と榎本の幕僚たちは冗談を飛ばすが、榎本には他人事ではない。

(我々はどう動くべきか?)

 それが榎本の頭にあった。


「エンマ女王は負けるんじゃないですかね」

 食事に来ていた土方歳三が呟く。

「同感、同感」

 大鳥圭介も珍しく同調した。

「どうしてそう思うのかね?」

 榎本が問う。

「榎本さん、あんた留学先から日本に帰国したのはいつだい?」

「慶応三年(1867年)二月だったかな?」

「じゃあ、内府公が将軍職を継がれた経緯等は知らないな」

「ああ。帰国したら、十五代征夷大将軍になっておられた。

 そして、その慶応三年の内に大政を返上なされたのだったな?」

「俺たちは一橋様と言ってたから、そっちの言い方にするけどよ、あの方は将軍に成るのが遅かったんだ。

 機を逸してしまった。

 いや、それは今だから言える事なんだけどな。

 俺たちにとって公方様と言えば十四代様なんだが、その公方様が亡くなって、四ヶ月も将軍職を固辞されていた。

 公方様が亡くなられ、前の帝は一橋様にすぐに将軍職に就かれるよう言っていたんだ。

 どういう計算かは分からねえが、そうやって将軍になるのを引き延ばしていて、やっと将軍に成られたと思ったら、ひと月もせずに帝がご崩御された。

 もっと早く、公方様が亡くなられたらすぐに将軍職をお引き受けされていたら、帝の信任の下で薩長をどうにか出来てたんじゃねえかって思うのさ」


 榎本は

(そう簡単な事でもないだろう)

 とは思うが、確かに機を逃した人物の再登場は、大体上手くいかないとも思い出した。

 彼は帰国後、幕府内の人事を色々見て来たが、遅きに失した人事はやはり上手くはいかないものだった。


 大鳥は別な感想を持っていた。

「エンマ女王様の陣営は、気が緩んでいる。

 カラカウア大佐の悪口ばかり言い、勝った気分で真珠湾等貸さんとか叫んでいる。

 それに比べて、カラカウア大佐の方が気が引き締まってるように見える。

 こういう時はひっくり返されてもおかしくねえな」


 日本人たちは選挙というのは、蝦夷共和国の時の一回しか経験していない。

 だが、つい先日まで「政争」の最中にいた。

 彼等は、政争に敗れて北の果てまで追い込まれた者たちであり、どうも敗色に関しては嗅覚が利くようになっていた。

 理屈ではうまく言えないが、どうにもエンマ女王の陣営は純粋(ピュア)に過ぎて、政争を仕掛けられたら脆い感じがする。

 逆にカラカウアと白人の陣営は、負けが濃いながらも一発逆転を狙っている、そんな気配がする。


「カラカウアとその親米政策は、我々が討つべき夷狄だとは思わんかね?」

 榎本は土方と大鳥にそう質問してみた。


「それを言ったら、カラカウアより先にルナリロ王を斬るべきだったな」

 と土方は物騒に返す。

「親米政策と売国奴、物の計り方で見え方も変わるでしょうな。

 ですが、今のルナリロ前王のやり方踏襲程度で夷狄云々言ったら、我々は水戸浪士となって桜田門でカラカウア大佐を斬らねばなりますまいな」

 冗談がましいが、大鳥も物騒な事を言い出す。


「もう少し様子を見た方がいい、両名の言い分はそういう事かね?」

「然り」

 大鳥がそう言い、土方は黙って頷いた。


「では我々は静観かな」

 榎本に対し、土方はそれを否定する。

「喧嘩の匂いがするんだ。

 俺ぁ人間ってのは、洋の東西、肌の白黒問わず、あまり変わらないものだと思ってる。

 昨年くらい気持ちよく負けたら、そりゃあカチコミに行く気も失せるってもんだ。

 だが、今回は勝っても負けてもシコリが残るような気がする。

 やらかすのはカラカウアと白人たちの方だろう。

 が、やらかされた後で文句言ったって、どうにもならねえ。

 小御所会議とかで、薩摩の芋野郎の陰謀にしてやられたが、やられた側が反撃したら朝敵にされちまった。

 ここでも同じような事は起きねえかい?」


 榎本は、先年カラカウアの頼みで、解散する国軍の中から兵士たちを引き受けて、自軍に組み込んだ。

 ここが暴発しないよう注意が必要だ。

 大鳥率いる陸軍も同様である。

 土方の言う「喧嘩」を止める役、起きても大ごとにしない役割、それが今回の仕事であろうか。


 土方は口には出さず、また物騒な事を考えていた。

(汚れ役には慣れている。今回も新撰組が泥をかぶってみるか……)

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