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そして1873年は暮れゆく

 クリスマスにはパーティをするものだ、キリスト教国家では特に。

 榎本武揚はオランダ留学の経験があり、それは知っている。

 だが、その時は留学生であり、世話になっているオランダ人からの招きで食事をした程度のものであった。

 国家の代表格のような立場の今、彼はこの1873年にようやく私的に、政治的にパーティに招かれた。

 招待主はデーヴィッド・カラカウア、カピオラニ夫妻である。


「ようこそおいで下さいました」

 榎本を迎えたのは、カラカウアの妹のリリウオカラニである。

 椅子に気だるげに座っていた男も、立って挨拶に来た。

「ようこそ、代将(コモドーア)エノモト、私はレレイオホクと言います」

 カラカウアの弟である。

 妹、弟に手を引かれ、榎本はパーティ会場に入っていく。


「ようこそ、いらっしゃいました」

 カピオラニが榎本を歓迎する。

「酒井様、永井様、林様もあちらにいらっしゃいますよ」

 見ると酒井玄蕃、永井主水(尚志)も正装で椅子に座っていた。

「お久しぶりでございます」

「おお、榎本殿、こちらこそ久しぶりであった」

「うむ。オアフ島に居られる御三方とは違い、わしはカウアイ島から正月でも無いと出て来ぬのでな」

 林忠崇は白人たちとの会話を終え、榎本たちに合流した。

「榎本殿、お久しぶりですな。山を越えた反対側におると、顔を合わせる事も中々ないのお」

「林様も、式典ではよく見ておりますが、お話しするのは久しぶりでございますな」


「日本人だけで固まらないで、話に入れてくれませんか?」

 カラカウアが、一人の白人と共に会話に混ざって来た。

「貴方を断る障壁など、このどこにもありませんよ」

 こういう言い回しが出来るのが榎本である。

「ありがとう。では紹介したい。私の親友で弁護士のサンフォード・ドールだ」

 紹介された髭面の大男が握手を求める。

 榎本は無難に握手を返す。


「サンフォード、彼等は変わっていてね、選挙権を求めなかったのだよ」

 カラカウアの説明に対し、榎本は否定をする。

 選挙権を、ハワイ人としての権利が必要無かったのではなく、あくまでもしばらく間、日本人の軍隊をバラバラにされない為に引き換えた「権利」であり、日本人が居場所を見つけてハワイ王国に溶け込んだ後は、ハワイ人としてはいずれ回復させたい、そのように訂正した。

 ドールが疑問を口にする。

「私も日本という国については調べました。

 あなた方の国は、まだ選挙をした事が無いと聞いています。

 何故選挙権が重要な権利だという事を知っているのですか?」

 榎本が笑う。

「それは間違いです、ミスター・ドール。

 我々はかつて蝦夷共和国という”事実上政権(デ・ファクト)”を建国しました。

 その中で既に選挙を行い、総裁(プレジデント)を決めた事があります」

「ほほお。君たちは国を作った事があるのか! 実に興味深い」

「長続きはしませんでした。

 私の希望は、政権抗争で敗れた側の、行き場の無い兵士たちを使って開拓事業を行おうというものでした。

 しかし、勝った側はそれすらも許そうとせず、戦争になって負けるところでした」

「負けるところだった……、では負けてはいないのかね?」

「負ける直前で講和が成立し、我々はハワイに移住する事で、負けた側の兵士や民衆も許されることになったのです。

 我々だけがこの国に来て、あとは敗者ではなく同じ国民として生きることになりました」


「サンフォード、彼等はハワイ王国に仇為す敵を倒す崇高な意思を持っているのだよ」

「ほお! それは頼もしいではないか」

 榎本はそう喜ぶドールに、何か引っかかるものを感じていた。

 だから、カラカウアがバラしてしまったが、それは「余計な事は言わんでくれ」というものである。

 何かは分からないが、この場で開けっぴろげに何もかも言うべきではない、そう感じた。


「エノモト代将、何がこの国に仇為すものだろうね?」

「病気ですな」

「病気??」

「病気です。伝染病、酒毒。貴方たちも見て来られたかと思いますが、この国の人々は実に病に弱い」

「その通りだ。だから、この国はもっと近代化しないとならないよ。正しい食事に正しい生活。酒に溺れるのは、神の望む生き方ではない」

「この国の人々を病から救い、減ってしまった人数を増やす必要があります」

「全くもってその通りだ。だが、その為にわざわざ太平洋の北側から来たのかね?

 軍艦まで持って来たと聞いているし、病が敵であるなら理屈に合わないではないかね?」

「それが来てしまったのです(笑)。

 我々の心根の事はさておき、軍隊や艦隊の事を気になさるのであれば、それは伸びて十数年の事でしょう。

 我々はいずれはこの国に溶けて、ただの国民になります。

 しかし、この国の民が減ってしまった以上、戻るまで我々が代わりに外敵から王国を守ろうという事です」

「外敵か。そんなのいるのかね?」

「『治にあって乱を忘れず』、『常に戦場に居る心構えで在れ』我々の教訓です。

 もう島国だからと言って、外から敵が攻めて来ない等と安心してはいられません。

 備えだけはしておく必要があります。

 そうでないと、二十年程前に開国せよと迫られた、元の祖国のような事になりましょう。

 そう言えば、祖国日本に開国を迫ったのは、ドール殿の母国の艦隊でしたな」


 榎本はちょっと警戒を強めて余計な事を言ったかと後悔した。

 だがドールは笑いながら

「これは手厳しい」

 と言っただけである。


 榎本の回答から、期せずして話題は「病気」に変わった。

 ルナリロ王が数ヶ月前から咳をし始め、先日は倒れたという。

「国王陛下のご健康はどうなのか?」

 酒井がカラカウアに聞く。

「良くはないですね。仕事を頑張っておられるが、それと同時に酒の量が凄い。

 肺病を患っているのに、薬よりも酒を飲んでしまう」

「酒についてはデーヴィッド、君も他人の事を言えないぞ」

「よしてくれ、サンフォード。私は今の陛下程には飲んでないぞ」


「いえいえ、サンフォードさんの言う通りです。

 貴方も酒を飲み過ぎてますから、気をつけて下さい」

 カピオラニも話に入って来た。

 政治家を、政策実行能力と人心掌握能力に分けるならば、人心掌握の方はこの夫人の方が優れているのだろう。

 おそらく今日もパーティは夫人の発案。

 ルナリロ王にもしもの事があった場合に備え、仲間を増やしておきたいのだろう。

 白人の農園経営者や学識者、官僚に政治家も多い。

 名目上は「王が発病の為、王主催のパーティを今年は開催出来ないので、代わりのパーティ」という事であったが。

 そんなこんなで、王の健康がすぐれない事を耳にした者たちが、「国王陛下の健康の為に」と言いながら乾杯をしていた。

 今年選挙で当選したばかりの国王ゆえ、今すぐどうこうという事もないだろうし、選挙権の無い日本人まで呼んでいて「選挙前決起集会」というのでもないが、まあ支持者の結束を固めておきたいのだろう。


 夜になりパーティは散会し、出席者は帰路に着いた。

 永井尚志が榎本に話かけた。

「榎本君は、あのドールという男をどう思った?」

「どう……とも。何か引っかかるものはありますが、特に何かあっての事ではございませぬ。

 永井様は何か思うところでもありましたか?」

「わしも無い……が、わしも何かが引っかかったゆえ、聞いてみたのよ」

「永井様、お互い注意はしておきましょうぞ」


 一方、林忠崇は同じ大名である酒井玄蕃の宿舎に泊まりたいと言い出した。

 林家の農園はオアフ島の北岸にある為、夜に峠を越えるのを嫌っての事だが、何か話をしたいというのは玄蕃にも伝わった。

 2人の大名は、海の彼方に居る徳川将軍家へ礼をし、日本式で再び酒肴を共にする。


「酒井公は近隣の白人農園主との付き合いには、本間家を介しておられますな?」

「左様」

「身どもも周囲を白人農園に囲まれておりますが、昨今の銭の病は彼等とて苦しいようで、新しい儲け口を探しております」

「”銭の病”とは古風な物言いよな(笑)。

 白人農園主は、本間家との取引を望んでおるのだな」

「左様ですが、それだけならばわしがこうして酒井公と膝を突き合わすまでもありますまい」

「ふむ」

「本間家の他に、日本より商家を招く事は出来ますまいか?」

「国王がこれ以上の日本人は不要と、移民停止令を出したであろう。難しいのお」

「数百、数千であれば難しいかと存じるが、商家の暖簾分けであれば何とかなりますまいか」

「ふむ……」

 酒井玄蕃は酒を飲み干し、家臣が再び盃に酒を注ぐ。

「困っておるのか?」

「林家はまだ大丈夫です。比呂と古奈の松平家は、作物は獲れる、特産品も出来るようになりましたが、どうもそれを持て余しておるように聞いております。

 ホノルル家老の西郷頼母と話した事がありましたが、ハワイ島というのはホノルルから離れておる上に、本間家の廻船の扱える量もそう多くはなく、物のみあって金子(きんす)に換えられぬと嘆いておりました」

「なるほど、のお……」

 玄蕃は、ホノルルに居る内に西郷頼母とも話をし、本間家で何とかならないか探ってみる事とした。


「しかし、カピオラニという女子(おなご)、中々食えぬ人にございますな」

「林公、貴殿もそう思われたか」

「わしのとこには、この年の正月が終わる頃に参りましてな。

 幾人か農園主を紹介され、それらと交わっておりまして、先ほどの取引の話もそこから出て来てます」

「あの者は、日本人も白人も仲良くして欲しい、それ故に手を組むよう斡旋して歩いておるのよ。

 共に利在らば、彼等を支持するであろうと考えての」

「カラカウア殿より、人たらしですな」

「貴殿は気づかれたか?」

「何でござろう?」

「妹御の、えーーー、名前が出て来ぬ、あの者よ。

 カラカウア殿よりその妹の方が、地に足の着いた物の見方をしておった」

「それは残念。わしは白人たちと話しておったゆえ、聞いておりませんでした」

「カラカウア家は、女で成り上がる家やもしれぬぞ」


 酒井玄蕃の酒席での発言は、やがて現実のものとなる。

感想、コメントありがとうございます。

読んでおります。


さて、カメハメハ5世、ルナリロという国王の業績ですが、日本人絡み以外全部本当の話です。

ルナリロはリアルに国軍解隊をやりました。

こういう事もあって、日本にもいる「お花畑系」か「売国系」の政治家かな?と思って調べてみたら、利権の切り売り系は警戒しながらやっていたっぽいです。

実際はやりたくない感じです。

なのでそこを拡大解釈して「付け入る隙を見せたくない」というポリシーに設定してみました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ハワイの歴史を学べたような気がします。 ハワイの歴史専門書なり挑戦してみたくなります。 国軍解体したらこうなるという見本かなあ。
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