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ハワイ国軍の解散

 真珠湾とは現地語でWai Momiワイ・モミと呼ぶ。

 そのまま「真珠・水」である。

 この地はカメハメハ大王の統一以前から、西洋船の寄港地として使用されていた。

 カメハメハ大王による統一戦争期、カメハメハの前の覇者・カヘキリ2世の弟でカウアイ島の大酋長カエオクラニと、息子でオアフ島の大酋長カラニクプレが戦ったのが、この真珠湾であった。

 カエオクラニの率いる水陸両用のカヌー部隊は、真珠湾に停泊していた3隻の西洋船から砲撃を受けて壊滅した。

 入口が狭く、内は開けていて軍事基地としては優れている。

 だが、ハワイ王国はその後海軍を発展させず、商業港としてはホノルル港の方が利用された。

 榎本武揚たちが、真珠湾を海軍基地にと考えたのは、軍事的見地だけではない。

 ホノルル港の方は手狭で、商業の邪魔になるという判断だった。

 だが、真珠湾の港湾としての有用性は、アメリカにも注目されていた。


「いきなり建設予定の要塞工事を中止し、軍港もホノルル港に移せとは、国王は何を考えているのですか!」

 元浦賀奉行所与力で、ハワイに来てからは軍港と造船の担当者となった中島三郎助が、榎本武揚の元に苦情を言いに来た。

 要塞建造は大がかりで、まだ1割も進捗していない。

 彼等は箱館五稜郭という要塞にかつて暮らしたが、この稜堡式沿岸要塞は、射程距離の伸びた艦砲の前に役立たずになってしまった。

 箱館の戦いでは、沿岸砲台である弁天台場や、山側を守る四稜郭、彼自身が守った千代ヶ岱陣屋は、小型で大砲の射程距離内に収まってしまう他に、力押しの猛攻にも耐えられなかった。

 中島は、ホノルルに来る商人に頼んでヨーロッパの最新築城学を調べ、真珠湾を測量し、3つの城から成る要塞を設計しようとしていた。

 そこに急に、王国政府から中止命令が出された。

 生真面目な中島は憤懣やるかたない。

 榎本はそんな中島を宥め、そして頼む。

「明け渡すのは良いですが、測量は全てやっておいて下さい。

 水深、潮の干満、砲の死角等、次に何者があの湾を使用するにせよ、我々は備えておきましょう」

 中島は頷いた。

 生真面目な男なだけに、今までやって来た事を無駄にしない榎本の指示は有り難かった。


 続いて中島は、ハワイ人を生徒とした海軍学校の話をする。

 開校して2年、ハワイ人は元々海洋民族であり、実習も座学も中々優秀である。

 しかし……

「生徒が足りません。練習船を使った訓練航海は、出来れば生徒と教官のみで行いたいのです。

 それなのに、集まりが悪く……」

「国王軍事補佐官のカラカウア大佐に、王族の入学を増やすよう頼んでみよう。

 榎本は最近仲良くなった王族の名を挙げ、中島の要望に応える事を約束した。




 そのカラカウアは、ルナリロに謁見していた。

「いい加減、酒飲みながら、憲法の条文書いて深夜まで起きてるのは止めたらどうだ?」

 カラカウアは苦情を言う。

 彼自身も酒飲みなのだが、ここ数ヶ月のルナリロの深酒は深刻だ。

「先王の憲法は、民主主義的に問題が多い。

 色々と直して、他国から文句を言われる隙を無くさないと……」

「それこそ法学者たちに任せたらどうか」

「細部は任せるが、私自身がある程度の形を作らないと、彼等も迷うだろう。

 それに、私とてあまり他国の者に、この国の基本法を触らせたくない」


 ルナリロは親米派であるが、それは経済面での話である。

 彼の基本方針は、アメリカにせよイギリスにせよ、付け入る隙を与えない事である。

 本来は真珠湾のアメリカへの貸与も、国土を売る事になりそうで、やりたくは無かった。

 だが、それを引き換えに経済を立て直さないと、破産の挙句に国を乗っ取られる可能性がある。

 経済は何としても立て直す。

 他国と付き合うに当たり、民主主義的である事を貫き通す。

 そうすれば、どこかの国が野心を見せようと、同じ民主主義国家を守れと世界の世論が守ってくれよう。

 これが前世的な君主国家であると、「文明国によって非文明国は支配されて当然だ」となるだろう。

 だから、ハワイ王国を民主国家に戻さねばならない。

 王の権限が強い憲法を改正し、代わりにハワイ人民に権利をもっと多く与え、資産制限の無いハワイ人の為の普通選挙制を導入したい。

 こちらから始めないと、強要されたものではダメだ。


「それで国軍も解散するのか?」

「そうだ。

 ハワイ人に権利を与えるが、それは民主主義の為だ。

 軍はその辺が分かっていない。

 政府の命令に従わないとあれば、そんな武装勢力を残す事は危険だ」

「前も言ったが、それだと日本人の部隊だけが残る事になる」

「10年だ……。先王との契約は1869年から1878年までの10年契約だ。

 それを過ぎると、両者の協議で更新か解消かを決める。

 私は、5年後の更新を認めるつもりはない」

 生真面目に過ぎる、カラカウアはそう思った。

 カラカウアの方は「陽気」と称される、どこか抜けた明るさがある。


「陛下の言いたい事は理解したよ。

 だったら文句はこれ一つにする。

 酒の飲み過ぎだ! いい加減にし給え!」

「……分かったよ。覚えておくよ」




 数日後、カラカウアと榎本武揚は打ち合わせをした。

「なんと! 国王は国軍を解散する、そんな事を言ってるのですか?」

「そうです。こればかりは諫めてもお聞きにならない」

「危険ですよ。軍事力の無い小国を、自分で国を守ろうとしない国を、打算無しで守ってくれる大国等存在しません」

「おや? 打算無しでこの国を守ろうとしている軍隊の長が言うには、相応しくない発言ですなあ」

「あはは……、確かに我々は打算も無しに、この国を守ろうとしております。

 存在しないというのは、自分で自分を否定する発言でしたな。

 ですが、言いたい事は分かるでしょう?」

「分かります。国王は民主主義的な正義を信じ過ぎています。

 民主主義を掲げて他国と戦ったフランスという例を見れば、正義にどれだけの意味があるか……」

「そういえば、ナポレオン1世と、お国のカメハメハ大王は、ほぼ同じ年代の英雄でしたな」

「ナポレオンの方が少々後の人だ、と以前フランス人に聞きました。

 あの時代のヨーロッパの事を知れば、軍の解散など思いも寄らないことだと思うのですがね……」


 カメハメハ大王が全島を統一し、王朝を立てた後、ハワイ王国はヨーロッパ諸国の脅威と何度か向き合った。

 国旗という概念の無かったハワイ王国では、大王の白人顧問の国籍から、英国旗(ユニオンジャック)を国旗として使っていた。

 だがそれは、革命戦争、ナポレオン戦争で対立するフランスの海賊行為を受ける危険性もあった。

 フランスでなく、米英戦争でイギリスと対立していたアメリカ人がその事を指摘した為、大王は新しい国旗を作成して公表した。


 カメハメハ大王に、カウアイ島のカウムアリイは最後まで勝利させなかった。

 一知事的な権限ながら、彼は王としてカメハメハに並び立った。

 そのカウムアリイは、軍事的な対抗心からロシアの毛皮商人を通じて、ロシア軍を招き入れた。

 このロシア人たちは、英仏のように通商の為ではなく、純粋に土地を奪い、人民を「ロシア皇帝の臣民」として扱った為、一時期カウアイ島内にロシア領が出来てしまった。

 ハワイ王国は米英仏を味方にして、外交的にロシアを退去させた。


 カメハメハ大王の死後、愛妻であり摂政のカアフマヌは、カルヴァン派キリスト教をハワイの国教と決めた。

 そして、王国内でのアメリカ(カルヴァン派)とフランス(カトリック)の揉め事に介入し、一方的にカルヴァン派有利な裁定をした。

 フランスはこれに激怒し、軍艦を差し向けた。

 これは「今後中立に徹する」と約束し、外交的に解決した。


 カメハメハ3世の時には、今まで味方をしてくれたイギリス軍が、急に軍艦でもって首都を制圧し、ハワイ国旗を引き摺り下ろして英国旗(ユニオンジャック)を掲げる暴挙に出た。

 国王カメハメハ3世は幽閉され、一時的にハワイ王国は消滅していた。

 この時は王の家庭教師であったアメリカ人ゲリッド・ジャッドが、フランスを味方にし、また現在ハワイを占領している軍艦は本国の命令に背いている事を突き止め、退去させた上でイギリス女王からの謝罪も引き出した。

 そのゲリッド・ジャッドが、アメリカに対して「ハワイはアメリカに併合されたがっている」と報告を送っている。


 ハワイは欧米列強の力に弄ばれている面もあり、それ故に「付け入る隙を与えない」という王の方針は理解できる。

 問題は、隙などどうでも良い、悪名覚悟で奪いに来た時、防ぐ力があるのかどうかだ。

 開き直った欧米列強に対抗するには、正直軍事力が必要だ。

 日本人部隊ですら足りないように思える。

 まして、国軍解散等もっての他だ、カラカウアはそう思った。


「王は1878年までは、我々との契約を守る、それは確かですな?」

 榎本が聞いた。

「それは間違いない。約束を個人の都合で違えると、それこそ法治国家と見做されず、付け入る隙を与えるからな」

「では、5年後にどう転ぶかは分かりませんが、国軍解散の折はハワイ人の軍人は、我々の部隊に編入させましょう」

「やってくれるかね?」

「喜んで。そして、一度我々の指揮下に入れば、人事権は及びませんからね」

「全く、とんでもない契約だよ」

 カラカウアが笑った。

「それでいこう。いつでも復活させられるよう、ハワイ軍は解散後は日本人部隊に編入し、維持される」

「それに絡んで頼みがある」

「なんだ?」

「ハワイ人の海軍軍人が不足している。

 自分たちで自分たちの海を守るべく、海軍への転属なり、王族の海軍学校への入学なりを斡旋してくれないか?」

「分かった。こちらとしても、それは望むところだ」


 話はまとまり、両者は握手を交わした。

 そして数日後、ハワイ国軍は反乱を起こしたという理由で、国王の命令で解散された。

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