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明治六年政変の影響

「大鳥さん、昨日はお祭りをしたそうじゃないか。

 どうして呼んでくれなかったんですか?」

 土方歳三が、後始末の書類仕事で忙しい大鳥圭介の執務室にやって来て、彼を詰った。


「祭りの後片付けをしている最中だ。

 そんなとこに来るとは実に親切だ。

 何枚か報告書を書いてくれんかね?」

 大鳥は、絶対断って来る事前提でそう返答し、会話を流す。


 先日のハワイ国軍の反乱と、一昨日の日本人部隊緊急出動、そして早朝の奇襲で犠牲者は数名だけの早期鎮圧。

 土方は、これに新撰組を参加させなかった事に、不満は無いが文句は言いたかった。


 国軍反乱の報がもたらされた時、彼は屯所に居た。

 丁度内務省の事務官が来ていて、装備の確認等をしていた最中だったが、報を聞くと

「直ちに出動準備。

 蔵番の奴らには、小銃と着込みを持って来させろ。

 待機中の隊士は、武器を受け取ったら広場にて待て。

 非番の者も、来られるのは来させろ。

 留守番だ」

 と指示を出し始めた。


「ミスター・ヒジカタ! 我々はまだ君に出動命令を出してはいないぞ!」

 官僚の制止に対し、土方ではなく局長の相馬主計が答える。

「いつ出動命令が出ても対応出来るように、支度は済ませておくだけです」

「君たちは、いつでもそうなのかね?」

「いつもこんなもんですけどね」

「いつも、何かあったら人殺す準備を始めるのかね?」

「??

 何を言いたいのか分かりませんが、命令を聞いてから支度をするとか、怠慢もいいとこではないですか」



 ……そういう事があったと、土方は大鳥に話した。

 大鳥は書類を書く手を止めて、昨日の戦闘についての話をした。

 聞くに、反乱軍も鎮圧軍も、銃を突きつけ合ってるにしては、随分と隙だらけだったそうだ。

 中には歌を歌ってる兵も居た、適当な時間で双方が退いて休息しようとした。

「つまりは、戦い慣れていない」

 大鳥はそう結論づけた。


「そういや俺たちも、十数年前はそんな感じだったな。

 歌はともかく、法螺貝を吹き、金鼓を打ち鳴らしての行軍。

 歩哨の重要さは軍学で知ってる筈なのに、緊張感無く居眠りしてるような軍もいた。

 最初だけ勇ましく、大砲が着弾したら、偉い奴ほど馬にしがみ付いて逃げ出す……」

「それが実戦を重ねて数年で、見違えるように変わった。

 この国もそうなるだろう、いや、そうしてみせたい」

 大鳥は、ルナリロが国軍解隊を考えている事を知らない。


「時に、君たちはマウイ島ラハイナに支部を作れって言われていると聞いてる。

 こんなとこで油を売っていていいのかね?」

「それは藤田に任せてあるし……」

 土方はニヤリと笑う。

「藤田がラハイナに行く前に、大体の目星を付けておかねえとな。

 戦いは、準備段階から始まっている……」




 そのラハイナでは、黒駒勝蔵が平間重助らの隠家(アジト)を訪れていた。

「おい、ヤクザ!

 尽忠報国や天誅より前に、金儲けしたらしいな。

 やはりお主は我々の同志たりえん、それどころか売国奴よな」

 噛みつく神代直人を

「はいはい、そうですね。

 でもな、金が無かったらこんな物も買えないずら」

 と相手にせず、伊牟田尚平に拳銃(ピストル)小銃(ライフル)を渡す。

「こいは?」

「売国奴さんが儲けたお金で買った、あんたさんらの武器ずら。

 日本ではスナイドル銃に一本化し、他のスペンサー銃とかツンナール銃とかは予備に回るらしい。

 そんで、巷にあるそういった銃を安く買って来たわけでさ」


 黒駒勝蔵は、子分・手下をホンマ・カンパニーの中に入れている。

 その子分たちは、ホンマ・カンパニーの交易で日本と往復していた。

 黒幕から不定期に命令を受ける平間重助よりも情報通なのだ。


「俺のとこにも、この前日本からしばらくぶりに繋ぎが来てな。

 早く目障りな連中をどうにかしろと、散々に言われたよ」

 言外に(これで仕事が出来るようになった)と言った平間に対し、勝蔵は彼の情報を披露する。

「平間さん、どうしてあんたの雇い主がそう言って来たか、分かりますかね?」

「ハワイの王が代わって、動けなかった事を日本では知らないから、勝手な事を言っているのさ」

「違いますな。

 ご一新の時みたいに、また嫌になった連中が歯向かわないよう、俺たちと手を組まない安心が欲しいのさ」

「何を知っている?

 日本で何かが起きたのか?」

「なあに、新政府の中で対立が起きて、西郷参議が故郷に帰ったって事ですよ」

「西郷どんが? 何ぃでなぁ?」

 伊牟田が驚く。

 伊牟田にしたら、他の誰よりも新政府に居なければならない人物と思っていた。

 黒駒勝蔵は知ってる話をし、同時に佐賀の江藤、土佐の後藤、板垣といった者も下野したと伝えた。


「そんで、西郷さんを慕う薩摩の者も一緒に政府を辞めて、薩摩に帰ってしまった。

 残った連中にしたら、今ここにいる連中と、薩摩の西郷さん、これが手を組む事は有り得ないと頭の中じゃ思っているが、それでも怖いんだろうさ。

 そんな不安が、あんたらを『早く何とかしろ』とせっついて来てるのさ」

 言葉が止まった。

 しばし沈黙の後、

「ありがとな。俺らもそういう事は知らなかった。

 本当に、そろそろ動かんとダメなようだ……」

 平間がそう言うと、伊牟田も

「そうじゃの。早う幕府の連中バ倒し、俺いも西郷どんの下に駆け付けたかごわす」

 そう気炎を上げた。


(いや、海外に居る不穏分子と国内の反対勢力が手を組むって事では、旧幕府でなく、伊牟田さん、あんたが行っても同じ事なんだけどな)

 勝蔵はそう思ったが、口にしたのは別の事、

「やってもいいが、俺らとは関わりない形でやってくれな。

 芋づる式に俺らまでやられたら、あんたら、匿ってくれるモンいなくなるぜ。

 あ、あと人斬りサン、あんたにも土産があったよ」


 勝蔵は手下に命じ、神代直人に一振りの日本刀を渡した。

 喜色を現した神代は、危険な目つきでずっと抜き身の刀身を眺めていた……。




 日本の政変の情報は、本間家と通じてカウアイ島の酒井家、そしてホノルルに届いた。

 情報は政変だけの事ではない。

「地租改正……、徴兵令……。

 これに反発する一揆が各地で起きる。

 その上で功臣の下野。

 荒れるかもしれないな……」

 榎本や酒井玄蕃、永井尚志らは先を読んだ。


「それで榎本さん。

 兵を率いて日本に帰るかね?」

 土方歳三が聞く。

 答えは分かってる癖に。


「君も暇だね。役割が減らされたとは言え、市中見回りの仕事はどうしたんだい?」

 一言イヤミを返してから、榎本は先の問いに答える。

「日本の事は日本でやっていけばいいさ。

 今は、このハワイ王国でやりたいようにやって、攘夷を完遂する。

 俺はそうするが、君こそ帰りたいのかね?」

 土方は鼻で笑った後、真剣な表情になる。

「俺たちに帰国の意思は無え。

 だが、俺たちが帰国し、やはりお江戸の昔が良かったと思う民草の前に立つ、

 或いは『徳川様を潰したのは失敗だった』と思う連中の拠り所になるのを恐れる奴は、必ずいる。

 そいつは、今の政治が悪いと批判されている政府の中にいる。

 何か俺等に対し仕掛けて来るかも知れねえ。

 榎本さん、あんたに死なれたら困るから、注意してくれよ」

「心得た」

 それだけ聞くと土方は榎本の執務室を辞した。


 屯所に戻ると、幹部を集めて同じ話をした。

 そして

「藤田、そろそろラハイナに行ってくれねえか?

 尾関と中島を俺の目付って名目でお前に付ける。

 ホノルルは新撰組が、カウアイ島は酒井家が抑えているから、ラハイナの港はお前に一任する」

 藤田五郎は頷き、彼の仕入れた情報をこの場で全員に共有させた。


「元会津の者が、平間重助を見たと言っていた。

 あと、御陵衛士にいた奴の顔もあったと。

 それと、ラハイナでは謎の日本人が莫大な金を持って、白人を顔にして賭場をいくつもやっているそうだ。

 こいつが黒幕で、平間たちはその手先かもしれない。

 俺は自ら間者となり、この黒幕に近づくとする。

 その為にいくらか情報を漏らしたりするが、良いな?」

 幹部や、目付として派遣される尾関泉、中島登は承知した。

 虚実入り交ぜての情報戦がこれより始まる。

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